2018年1月18日木曜日

年が明けた

大晦日は西君と過ごした。
鍋をして、紅白を見始めたけれどあまり面白くなくて、
お腹いっぱいでうたた寝している間に日付が変わっていた。
眠たくてもうこのままお風呂に入って寝てしまいたいと思ったけれど
西くんが「お雑煮の仕込みだけしておこう」と言ったので
野菜を切ってお鍋に炊いておいた。

和歌山は味噌味らしいのだけれど、
味噌ともちの絡まる感じがあまり好きではないとのことで
それなら関東風にしよう、とお出汁とお醤油のお雑煮にした。
餅は丸餅だったけど、
正月の朝から野菜の出汁が出て美味しいお雑煮をふたりで食べた。


年明け早々は
年末に関東から近所に引っ越してきた友人がいて
その子の新しい部屋でお茶飲みながら、
一緒にしている仕事の打ち合わせをしたりして

正月とも平日ともない
だけどなんとなく緩やかな時間を過ごしていたら
突然、家族が入院したと報せがあって帰省した。

幸い、大事には至らずもう退院しているのだけれど
予定していなかった短い帰省の中で、色々感じる出来事があった。


私の母は片付けがあまり上手ではない。
片付けが上手ではないというのは、
片付けよう、と心に決めたことがない。
ということと
片付け方を知らない。という2点が大きくあると思う。
片付け方を知らない、の中には
捨てることができない、もある気がする。
捨てたことがない、とか。
母の場合は、義理の両親とずっと同居していたから、
自分の意思で何かを捨てたり選べなかった環境にずっといたことも大きい気がする。


思っていたよりも入院した家族の症状が軽かったこともあって気楽になって
ものの多さにあらためて驚いた実家の台所の片付けもしてきた。

冷蔵庫の掃除をしていると
賞味期限が数年前の未開封の佃煮などが出てきた。
前はそれを見て「お母さん!これいつの!」と母を咎めるようにしたこともあったけど
賞味期限を見ながら、
ちょうど祖母の介護が大変になっていた時期だなぁと思いが浮かび
母が母の時間を、どれだけ生きていたのだろうかと考えながら
賞味期限切れの佃煮はそのままそっとゴミ袋に入れた。

これからも時々実家に戻って、
自分が残している荷物や、もういらないものの片付けをしていこうと思った。
実家のものを片付けたいのは、私だから。





昨年の秋頃から、自分が今まで見ていなかったこと
苦手だからと後回しにしていたことがたくさん明らかになってきたので
今年は
自分が今どこにいるのかの確認と
何と関わっているのかの確認を丁寧にしていこうと決めた。

それで、A6のノートをto doノートにして、やることをとにかく書いて、
終わったら斜線を引いて消すというのを始めた。

それから手帳を探して、いちばんしっくりくるものを買って
ここのところgoogle カレンダーだけを使っていたけれど
やっぱり紙に書いていくことにした。


昨日、ヘルパーの仕事の前にふと、インデックスをつけようと思って
後回しにすることも一瞬考えたけど
今欲しいって思ったんだ!と思い直して、
さっと100円ローソンに行ってインデックスシールを買って
ヘルパーの仕事中の待機時間に手帳に月ごとのシールを貼っていった。

そうして作業をしていると、どんどん手帳が自分と近くなってきたのがわかった。
インデックスシールを貼りながら、この手帳の使い方(マンスリーとデイリーと年間、12年間、今年やりたいことリストなどがある)もわかってきた。

大学受験の時に、参考書にインデックスシールを貼った時のことを思い出す。

その参考書はボロボロになるまで毎日見て、書き込みもして
なんでもないはずの参考書だったのに、特別なノートに変わった。
今もボロボロのその参考書のことを大切なものとして、時々思い出す。

インデックスをつける作業を通して、本屋さんに置いてあった手帳は
私のところにやってきた。




ヘルパーの仕事を終えて、
帰り道に自転車を漕いでいるとふと、クリームシチューが食べたい、と思った。
家に帰ってから少し疲れていたけど、
途中で買ったキノコとお肉も入れて、
まゆちゃんにもらった里芋と、この間八百屋で買った春キャベツも入れて
クリームシチューを作って食べた。

少し薄味に出来上がったけど、
まゆちゃんの里芋はやっぱり美味しく、クリームシチューによく合った。

そして今朝起きてから食べた時には、煮詰まってもっと美味しくなっていた。

充実感。



ふわっふわっと小さく淡く浮かぶ
すぐどかせそうなあの感じこそ
たぶんきっと、お腹の声なんだろう。


お母さんが台所に残した賞味期限きれの佃煮は
ふわっふわっと浮かぶものを、どかしてきた分の影な気もする。

そういう状況をお母さんが抱えていた、私たち家族の影でもある気がするから

山登りをするときのように
今いる場所を何度でも確かめて、
必要なものと結びつき、いらないものは静かに片付けて

そしてふわっふわっと浮かぶ、小さい自分の声を
そのたびに聞いて、応えて、世界に響かせながら
(声と世界の間の扉が、私。閉じることもすれば、通すこともする)

あの影とちゃんと向き合っていこう。


賞味期限の切れた佃煮を発掘して、
その背景を見て、今この佃煮がもういらないことを確認して
捨てていくのは、
私の話。






2017年12月21日木曜日



少し前、

「どうしたらいいんだろう」と思って
ずっと悩んで答えを探していたけれど

気がついたのは
目の前に答えがなければ、答えはないということ。

どうしたらいいんだろう、なんて
そもそもわかるはずなくて
できるのは
何が起こっているのかの確認と
自分はどうしたいのかの問いかけだけ。

「どうしたらいいんだろう?」と思うと
脳は優秀で、いくらでも答えまがいのものを作り出していく。
よく出来ているから、それに自分も騙されていって、
どんどんどんどん、坩堝。う〜ブルブル。

夜、ぐるぐるして、眠れなくなった。

そうして周りの人も巻き込んで、混乱を続けていた。



ない答えを作り出していることに気づいてから
「どうしたらいいんだろう?」という問いが消えた。

「どうしたい?」と自分に聞くようになった。

自分から出てくる答えは
こどもっぽかったり、
そんなものなの?と思うくらい、シンプルだったりする。

頭でぐるぐる考えているほどの複雑さは微塵もない。



でも、「そんなものなの?」というような
シンプルでささやかなものに
私はずっと命をもらってきた。

たとえば、寒いからっていれてもらった足湯だったり
一緒に遊ぼうって、声かけてもらった嬉しさだったりに。



疲れたから休みたい、とか

好きだから一緒にいたい、とか
 
楽しいからもっとやりたい、とか
 


どうしたい?って自分に聞くようになって

私は全然、複雑な人間ではないんだなぁということを知った。


2017年12月17日日曜日



お芋屋さんの仕事が続いて少し疲れが出て来たのか
混雑した土曜日、お店をととのえる時間もないまま
次のお客さんを受けるような状況。

がおさんに「顔がこわい!」と言われて
え、と思うけど、笑おうと思っても笑えなかった。
 
洗い物をしていたら
「手が空いていたらこっちやってください」と言われたけれど
洗い物をしないと、お客さんに出すお皿もない。
 
お水のコップとおしぼりの用意ができてから
予約のお客さんに電話したい、と言って準備をしていたら
準備をしている間に他のスタッフが席を待っているお客さんに電話をしていた。

お店がお客さん優先のリズムになっていく。

途中からお店の中の油の匂いや蜜の匂いがぐんと迫ってきて
気持ち悪くなって立っていられなくなり、結局その日は早退した。
 


 
以前、すごくお店が混んでててんやわんやだった時、
オーナーの石山さんはお客さんを置いて
「そこにめちゃおもろい中学生がいて、絶対見たほうがいい。みんなで見に行こ」
と言って、スタッフみんなを店の外に出した。


店のすぐ近くにストリートダンスをしている中学生2人組がいて
「チップくれたら踊ります」と言う。

「踊ってくれや」と石山さんが言うと
2人の男の子は生き生きと踊り出した。

ヘルメットも何もつけていないのに商店街の通りで
頭ぐるぐる、まわしたりして。

拍手をして、急いで店に戻って、石山さんはお店のレジからお金を持って
私とおかめちゃんはお芋のチップスを箱に詰めて彼らの元に戻った。

それで、気ぜわしくしていた気持ちがほどけて
もう一度、自分たちのリズムにお店の空気が戻っていったことがあった。



早退をした日
家に帰ってすぐにお風呂に浸かって
それからお布団に入って眠った。

横になりながら、今日の何がいかんかったんだろう、
今度はどうしたらいいんだろう、ということを考えた。

それから、自分のしていることや状況を
もっと人に、伝えていく必要がある。ということと

一緒に働いている人が何をしようとしていて
今どこに触れているかも、聞く必要がある。と思った。




中心が、自分から外れてしまうとき
エネルギーが回らなくなる。





夜中に1度目が覚めて、水を飲んで
それからまた眠って、翌日の昼頃まで横になっていた。

インスタグラムは携帯からアプリを抜いていて、しばらく見ていない。
時々パソコンで見ている。
ツイッターをこの頃見ていたけれど、今日起きてから、
フォローしている人を少し減らした。



昼、ふとんから出る前に西くんと少し電話をして
話しているうちに笑ったら
なんだか元気になってきた。


起きて洗濯機を回して洗濯物を干してから
簡単なお昼ご飯を作って軽く食べて
それから手紙を3通書いた。
それから絵を描きに事務所に行った。



亀の水槽の前に立つと、亀が水にふよふよ浮かびながら
こっちに寄って来たので、お腹が減ってるのかな、と思って餌をあげると
パクパクと食べ始める。
少しだけ水槽に水を足した。



頼まれていた印刷物の用意をし終えてから
お腹が減ったので、やよい軒にいってチゲ定食を食べた。
私の両隣の人もチゲ定食を食べていた。

それから、スタバに行ってチーズケーキを食べてあったかいコーヒーを飲んだ。
吉本ばななの新しい本の続きを読んだ。
雑貨屋さんで母に贈る小さなプレゼントを買った。



帰り道、自転車を漕ぎながら考えた。

本当は母を旅行に連れて行ってあげたい。でも今の自分にはできなくて
本当にささやかなものしか贈れない。

前は、本当に贈りたいもの(旅行)を贈れないなら
何もしないということをしていた。
でも、今、贈りたい気持ちがあるなら
今贈れるものを、それがどんなにささやかだとしても、今贈れるものの中から
良いものを選んで、贈ったらいいんじゃないか。

何もしなければ、何もしないということしか残らない。
思ってる気持ちがあるなら、あるということを、
思い通りの形ではなくても、伝えたらいいんじゃないか。



それから事務所に戻って、絵を1枚描いて送った。


そして、やりとりしながら
なんとなく気になっていたことを
言葉にして先方に送ってみた。

内容は
私が少額で引き受けた仕事について
先方が気にかけてくれて
「いつか返せるようにがんばります」とメッセージをもらったことについて
「気にかけてくれてありがとう。でも今回は話しあって納得したことだから、充分だよ。何か返ってくることは期待していないし、注ぎ込みたいだけ。だから、返してくれなくていいよ」
とメッセージを送った。


仕事を受ける時の、お金の問題ってとても難しい。
正直にいえば、今の自分は旅行に行く余裕もないようなところにいる。
それでも、気持ちがあってお金にかかわらずやりたい仕事もあるし
関わりたい人もいて、その関係はずっと大切にしたい。
そして相手の状況を聞くほど、相手の予算で受け取りたくなる。
でも自分にも自分の状況があり、それをきちんと見なかった結果
この秋は火の車になってしまった。
だからこれからは、丁寧に見ていきたいと思っているし
必要があればちゃんと相談していかないと、と思っている。


そんな中で、夏からの約束だったので
引き受けた仕事。

「いつか返せるように」という、
相手にとっては良かれと思ってかけてくれただろう言葉
申し訳なく思ってくれた気持ちが、重荷になった。


返してほしいものなんて、何もないんだった。



自分もつい、言ってしまう言葉でもある。
身にあまるものを受け取った時に。

でも、この言葉の重たさに触れてから

そもそも、返せるものなんて何もなくて

生きていることは受けとり続けることなんじゃないかと思った。


まず、生きていることそのものがそう。
生きてる恩恵を、返すことなんてできない。
ただ生きるだけ。


受けとったものを返すことなんてできない。
受けとったのならそれを両手でこぼさないように
しっかり受けとること。

そして本当の意味の返礼というものが、もしもあるのなら
それは
それを受けとったことで、変わっていくこと
なんじゃないだろうか。




2017年12月7日木曜日

気づいたら12月

「もう年末ですね」
「今年1年何してましたっけ」

という会話を、介助の仕事先で交わす。
 
4年前に、岐阜へ行った時に買った白いマグがあって
ひとり暮らしを始めてからウキウキと使っていた。
 
2つ買ったうちの一つに、いつの間にかヒビが入っていて
聡君と仁美ちゃんが遊びに来てくれた時
ヒビの入ったマグを見て
「なおが怒りを抑えているから、こうしてかわりに物が壊れる」
と聡君が言った。


それを聞いた時、きっとそれは本当だろうと思い当たった。
なぜなら、私はずっと怒らなかったし、
自分が怒っていることにも気づいていなかったから。
大阪に来てから、はじめて、
怒らない私に不自然さを感じた人たちとの関わりによって
自分のところにある怒りに触れ始めた。




この頃の自分は
自分のところにきているものから目をそらして、ぐるぐる同じ場所を回っていた。

具体的なところはまだ動いていないので
具体的に書くのを避け、抽象的な物言いになってしまうけど

つまり

変化がやって来ているのを感じているけど
変わることを避けて、来ているものを無視する
 
ということを、必死でやっていた。

来ているものを抑えていて、
抑えているのも初めは自覚がなかったので、
わけがわからず、ものすごく心身共に重たかったし
近くにいる人もその重さを感じている様子だった。

千と千尋のかおなしのようなイメージ。

自分のところにあるものに、触れていないと
かおがなくなっていき、たやすく正体不明になる。

もしくは、もののけ姫のタタリ神のようでもあった。
触れていくものが腐っていく。。

自分も元気がないし、その様子を見て助けにきてくれた人も元気がなくなる。
自分と関わってヘロヘロになっている某H美ちゃんの姿を見たときに
心底、これじゃいかんと思った。自分で見ていないものがある、と思った。

自分が片付けられないでいるものを、
人を巻き込んでまだ片付けずになんとか進もうとしている。

自分が何をしているのかちゃんと見ることにした。



そんな変化の最中にいる時

うちに遊びに来ていた西くんが、洗い物をしようとした時に
手が滑って、落としたマグの縁が欠けてしまったという。
 
連絡をもらってあとから見てみたら
ヒビの入っていたマグの、縁が2箇所欠けていた。
 

西くんは気にしていたけど
そもそも岐阜でこのマグを買った時に、好きだった人がいて
その人といつか使えたらいいなと思って買ったものだったから
もうここで使い終えていい気がする、と話した。


マグが欠けた報告をもらった時には
自分が気持ちを抑えていたことも見え始めていて
私が気持ちを抑えた分、
マグが、今回も身代わりになって
抑えたものを受けてくれたのかもしれない
とも思った。


マグは
金継ぎをすれば素敵になって使えそうだし
岐阜にある本田さんという、素敵な場所を初めて訪れた時に
よくよく選んで買ったものだったし
岐阜を訪ねたのはそもそも、2年介助させてもらったAさんの引越し先までついていき
最後の引き継ぎをしていた期間のこと。
 
今までの大切な時間を受けているマグではあった。
 

手元に残そうか迷ったけれど
今朝、2つ買ったうちの1つだけ手元に残し
ヒビが入り、縁の欠けた1つは新聞紙に包んでさよならした。



新聞紙に包む前に
ヒビと欠けの入った
綺麗な白い陶器を見ていたら
なんとも言えない気持ちになった。
 
ありがとう、とも言い難いし
ごめんね、というでもない
その両方な気もするし
それを言うとしたらこちらがマグに対し、ひどく傲慢な気もする
 
なんとも言えない気持ち。
なんとも言えない気持ちで、
しばらく手のひらに包んだマグと向き合った。
器の微妙な白の味わいや重さが伝わってきた。
 
 
新聞紙につつんだマグの入ったビニール袋、
マンションの入り口にあるごみ集積所に置いてきた。




自転車を漕ぎながら
マグがひとつになったから
もうひとつ近いうちに買わないとな、と思った時
DOORSで益子焼のマグを買おうと思い浮かんだ。
 
カップはもう、ペアで揃えなくてもいいな、と思う。

それから、
自分に来ているものを
自分で迎えていこう、と思った。


 




 
マグの柔らかい白
欠けて見えた釉薬のかかっていない内側も
新雪みたいに、ただただ綺麗な白だった。





2017年9月30日土曜日



梅田の映画館で『パターソン』を観てきた。
 
左隣に座っていた女の子は靴を脱いで
座席の上に足を上げてスクリーンを見ていた。

暗がりの中
時々視界の端に、彼女の白い足がうつって
その白さが綺麗だと感じた。
 
空いている映画館
家で観るみたいに、足をくずして。
  
 
パターソン、よかった。

ジム・ジャームッシュの映画は
観たあと、映画の中の時間がぶわぁっと体内に、
日常に、流れ込んでくる。
その新鮮な空気の揺らぎを、知っているような気がして
映画を観ると
現在の続きに、あの場所があるような
あの場所の続きに、現在があるような
そんな感覚を迎えることになる。



2017年9月19日火曜日



日曜日の昼間に
近畿地方を覆う予定だった台風は
高知で随分長いこととまっていたみたいで
夜までお天気がもって
京都御所を散歩できた。
 
 
京都御所はひたすら大きくて
白い砂利道がずっと続いていた。
 
その脇を立派な松なんかの木々が生えていて
木の枝ぶりを眺めながら歩くのは気持ち良かった。






鴨川近くにある、ホホホ座で流れていた音楽。
流れた瞬間、いいなと思ったら
一緒にいた人が「この音楽が気になります」と言って
お店の人に誰の曲か聞いていた。

イ・ラン
という人の音楽だった。

 

帰ってきて、翌日、風邪をひいた。
体の中が、ボワンとする。
 
台風は夜のうちに過ぎていて
朝から介助の仕事があったので兵庫へ向かった。
 
よく晴れている。
 
排便の処理をしながら
日常会話を続ける。
 
便はくさい
そしてそれは当たり前のこと
 
赤ちゃんのウンチだってくさい
 
前は、くさいと思っちゃいけないと思っていた。
そう思うのは相手に悪いことだと思っていたのだ。
 
でも便がくさいなんて誰だって知ってる。
 
顔に出したり口で言ったりするわけじゃないけど
「くさいと思っちゃいけない」と思うのをやめたら
 
結構それは、なんでもないことになった。
 
淡々と処理をするだけ。
それは出るし
その処理の介助が仕事だから。
 

 
秋が深まる、台風一過の日。
交代のヘルパーさんが
「今日は台風家族やな」と言った。
 
たいふうかぞく、たいふういっか、たいふういっか
 
脳内変換して
「本当ですね」と返事したら
 
「台風家族やな、と言って、本当ですねって返事きたの初めてやわ!」
と言われた。
 
 
台風家族の月曜日。



2017年9月12日火曜日



色々やることがあるけれど
パソコンを見ている目が疲れてきて
何をやっていけばいいのか散らばっているものを
整理できず、順番に見ていけなくなってきたので

自転車を漕いでスタバへ行った。


ほうじ茶ティーラテを飲みながら
「疲れた時は、休もう」と思った。
時々忘れる、あたりまえのこと。

「そして今、疲れているな」と、疲れてる自分を見つけた。
先週はずっと、忙しかった。よく頑張った。
 
ひと呼吸。
 
夕ご飯はちゃんと家で作ろうと思って
久しぶりに好きなスーパーへ行った。

24時間営業の玉手ではなくて、21時に閉まる市場の中にあるスーパー。
お客さんに主婦が多く、そのスーパーに入ると「生活」の空気に包まれて安心する。
野菜とお肉とヨーグルトと卵を買った。

 
夕ご飯にレンコンと豚肉を炒めて食べたけれど
レンコンにちょうどいい焦げ目がついて、美味しくできた。
 
1時間ほど眠って、また事務所へ行って絵を描こうと思って横になったら
そのまま寝入ってしまっていたようで
夢を見ていたら電話が鳴った。真夜中0時だった。
 
おかげで見ていた夢を、よく覚えている。
金木犀の茶葉をもらう夢だった。
 
 
京都の住宅街を歩いているその人は帰り道の中。
背景にガシャン、という音がして
「ガシャンと音がしましたね」と言うと
「今、薬局の前で、トラックがとまって荷卸ししています」
と教えてくれた。

 
夜中、薬局の前で、トラックから荷がおろされていた。

2時過ぎから雨。朝になってもまだ雨が降っている。