2017年4月22日土曜日

 
 
久しぶりにお芋屋さんで働いた。
朝から働いて、ゆっくりな1日かと思っていたら
予想に反して忙しく、ずっと働きっぱなしで夜になっていた。

外が明るいので、午後3時頃かと思って時計を見ると6時だったり。
焼き芋を焼いたり、飲み物をつくったり、
お客さんと話したり、
商店街のうどん屋さんにお昼ごはんのどんぶりを洗って返しにいったり、
忙しかったけれど、動いた分だけ疲れた体の中で、魂はすくすくしていた。
 
夜に九条に戻って、絵の仕事をしに事務所へ行こうかと思うも
もう10時間働いている、と思って、まっすぐ家に帰った。
 
ふとんにごろんと寝転ぶと、夜はひろくて
わたしが夜を、せまくしていたのだなぁと思った。
時間という時間に、やることを思いきりつめて。
 
夜がひろいのは、いいな。
 
 

2017年4月7日金曜日


うれしいメールが届いた。

いよいよ、薄手のコートで出かけても
帰り道、寒さに身をすくめるようなことがなくなってきた春に。

お返事はまだ出していないけれど、受けとっているよ。
 
 
 
絵を描いたり、企画の準備をしたり。
遅くなってしまった連絡をしたり。

企画の懇親会で出す料理を仁美ちゃんの家のキッチンで作っているとき
音楽を流しながらあれやこれや話していて、
『創聖のアクエリオン』というアニメの主題歌を仁美ちゃんが流したとき、

一万年と二千年前から愛してる
八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった

という壮大な歌詞に畏れおののきながらも
胸の底をざらっと触る感じがあってぐっときた。

『秋日子かく語りき』とか
『ぼくの地球を守って』とかを、読みふけたい夜です。

そのあと、YUKIちゃんの『まばたき』を聴く。
YUKIちゃんが自分のことを歌ってるのが伝わってきて、胸ふるえる。
かっこいい。
  
 

自分のことばで
自分自身のことばで

ここからみえることを
ここで感じていることを


わたししか知らないこと
 

2017年4月5日水曜日



フキノトウやタラノメの天ぷらを食べたりして喜んでいたら
いつの間にかコートがいらなくなっていた。

石山さんに無農薬で育てたお米を白米と玄米、どさっともらう。
3合炊きの炊飯器で、白米2合玄米1合あわせて炊く。
美味しい。

のこさんの家で食べたサラダに黒酢をつかっているのが美味しかったので、
黒酢を買って野菜に合わせてよく食べている。

 
 
1ルームの小さなままごとみたいなキッチンでは調理がしにくくて
調理台とストッカーを兼ねたこぶりな棚がずっと欲しいと思っていた。

古道具で探したり、ネットで検索したりしても、予算とサイズでぴったりくるものがなく、作ろうかと思いながらも足はホームセンターに向かない。
頭のどこかにそれを抱えたまま、ひと月、ふた月と過ぎていくので、
「あれが欲しいな」と延々と思い続けるのをやめよう、と思って
若い女の子向けのインテリア雑貨店で1500円で買った棚が、
ひとまず、という気持ちだったのにとてもいい収納と作業台になって
その棚があることで料理をするようになった。
 

 

 
佐田さんに「人生フルーツ、観たほうがいいよ」と言われて
十三の映画館へ観にいってみた。
暮らし方をみつめながら、佐田さんや、西村さん、なべ氏や、ひかり幼稚園
自分の出会ってきたひとや、育ってきた場所が重なっていく感じがした。
 
生きることを、自分の手に握りしめるのではなくて
時や、環境や、自然にゆだねながら、そこにすっと一本、自分の筋で立つ在り方。
 
呼吸が深くなる感じがした。
 
映画のなかにあるような暮らしに心惹かれながら、
あの人生が素晴らしいのは、
彼、彼らが自分自身の生きる上で起こったことに、ごまかさず、つつましく根気づよく
こたえながら生きたからだ。と思う。
そこにある悲しみにも楽しみにも、心をひらいて、地を足で踏んで。
時をかさねて。
 
かたちを真似ることよりも、態度に敬服すること。
誰かの道に照らされて生き方をかえるとき、
それがより、自分自身の道をゆくことであるように。
 
 
 
絵の仕事、絵の仕事の日々。
 
 
髪の毛がのびすぎて、どうにもならなくなったので
くぼやんにお願いして、髪を切ってもらった。
 
話しながら髪を切ってもらっていると、シャンプーをしていても
髪を切っていても、途中で手がとまって、話し込むかたちになって
18時から始まったカットとカラーが、終わったのは22時半だった。
 
ばっさりと短くなった髪。

それでももう、首筋も寒くない。
身を縮めないで歩ける。

 
 

 

 

2017年3月15日水曜日


 
荷下ろしをしながら、進んでいる。
 
積んで、運んで、またおろして。
 
 
朝、起きて窓をあけたら
マンションのむこうにもくもくと白い雲と青空が見えた。
建物で視界がうまっていても、空はあるし、そしてとても広い。


昨夜、晩ご飯を家で食べようと、19時前に事務所を出ると
明るく青い夜があって、空気もどこかゆるくて
春がきたなぁと思う。
 
 
自分が無敵ではないということ
それは当たり前のことなのだけれど
つい、頭だけになると、からだのことや
時間という制限のことを忘れてしまう。
 
できないことが、たくさんある。
 
足もとをひとつひとつ、みていこう。
 
できないこと、やれないことをみて
それから自分の手の大きさを、はじめて見つけることができた。
 
たんたんと。
 
 
色んなことを、諦めた。
 
かなわないのに夢みていたことや
自分とはずれているけれどやろうとしていたこと。
 
諦めるのには時間がすこしかかった気がするけれど
 
自分とはずれたことを一生懸命なんとかしようとしている自分の奥で
全然、のびのびしていなくて、窮屈になっている小さい自分の姿がみえたときに
 
どちらを大切にするのかが、わかった。
 
 
事務所から一本道、ずっといったところに、珈琲屋さんを見つけた。
事務所からひとつ道を折れてまっすぐいったところにも、とっても美味しい珈琲屋さんがあって
どちらも同じくらいの距離だけれど
きっとわたしは、まっすぐ、一本道の方に、これから珈琲豆を買いに行くだろうと思った。
 
どちらかといえば、ひとつ道を折れていったところのほうが
豆は好みで美味しいんだけど
足と心がむくのは、まっすぐいったほう。

まがる、ということが
案外ストレスなんだな、と思った。
 
まっすぐ一本道の先って
同じ流れのところだから
ひゅっと自転車漕ぎだしたら、なんだか直ぐって、感じられるんだ。


2017年3月5日日曜日


色んなことが全然間に合っていないまま
むかえた3月。

あれをしなくちゃこれをしなくちゃ
ということがいつも心身に乗っかって
朝起きると
「ちゃんとしよう」「ちゃんとしよう」
と自分に言い聞かせている。

でも一向にいろいろできないのだから
どうしたらいいんだ、と思っていた。

こんな気持ちで描いた絵がいいわけない、とも思った。

ずっとためていた会計を終わらせて
ものの考え方を教わって
少しずつ手から抱えていたものが離れていく。

珈琲がすこしからだにしんどくなってきたので
なおちゃんにもらったハーブティのまだすこし残っているのを飲みながら
あぁ、そうだ、なおちゃんにお茶をつくってもらおう。と思う。
それで思いついたそのままにラインを送った。

なおちゃんからの返信は、落ち着いた感じで
的確にいくつかの質問が添えてあって
なんだかその感じにほっとした。

病院で看護師さんに、脈をとってもらうときみたいな
すっと、心がしずかになる感覚。


それから自分でもからだのことを少し見始める。
6時間は睡眠が必要だ、それより短いと疲れがぬけきらない。ということも発見して
6時間眠ろう。6時間眠れるようなスケジュールを組もう。と思う。
いつも4時間とか5時間後にセットしていた目覚ましを、
6時間後にセットしたとき
眠ることが嬉しくなった。
 
 
介助の仕事の研修の帰り道、
仁美ちゃんと橋を渡っているとき、川の向こうに日が落ちたあとの綺麗なピンク色と、うす水色のしずけさが広がっていて、川がたゆたゆとしていて
「この時間が好き」
と言って足をとめた。

仁美ちゃんも隣で立ち止まって、空を眺めながら
「すこしまえの夕陽がぴかーっとしているときより、こっちのほうがすき?」
と聞かれる。
「夕陽がぴかーっとしているときもすきだけど、この時間がすきかも。風がこうやってふいてきて、ちょっとつめたいな、でもあったかいな、とか。遠くのほうまで見える感じがする。しずかで」
と答えると
「おもしろいな、今なおが言ったことそのまんま、なおに思うことやわ」
と、仁美ちゃんが言った。

なんだかじわっと嬉しかった。

 
それから、これから仁美ちゃんとふたり
女性ってなんだろう、という企画をつくるところにいるので
その話をしながら帰る。

はじめは
「自分のなかの女性らしさとか、女性の質みたいなのがわかれば
自分のなかの男性的なところも抵抗なく使えるようになるのではないか」
という話をしながら歩いていて

事務所の玄関前にきたところで、仁美ちゃんが最近の出来事を話してくれたとき
仁美ちゃんは仁美ちゃんのままで、一緒に働いている男の人がその人のところで動いて
豊かにめぐっている景色がみえたときに
「別に男性的なところ、使えなくてもいいかもね」
と、思ってそういったら、なんだかすごく楽になって
仁美ちゃんとふたり「フーーーーーっ」と長い息がもれた。


ひとりマッチョにならなくていいね、という話をした。

2017年2月10日金曜日



東京から新幹線に乗ってやってきたたっつんは
翠江堂の苺大福と鹿の子をくれた。

きっとその日の朝に作られただろうお菓子が
いま大阪の自分の手元にある不思議。
距離をひとは飛んでいく。


村上春樹の著作の中で読まないでいた
『ねじまき鳥クロニクル』を勧めてくれたのはたっつんで
その本を読んでいる間には、本の内容と現実がシンクロしていくような
不思議なことが起こった。
 
埼玉から帰る日、
本棚に残していた本と雑誌をすこし、後から送ってくれるように
母に頼んでいて、そのなかに『ねじまき鳥クロニクル』の3冊もいれた。

 
村上春樹の小説とか『モモ』から教わったことは
くらやみ(何が起きているかわからないところ)への耐性だったように思う。

何が起きていて、どこにいるのか、わからないから
やみくもに動いてしまいそうになるけれど
確実に、着実に、1の次の2を、2の次の3を、と
歩みすすめること。決して戻らず、決して急がず。
そのときに必要なこと、それだけを、そのときに。

 

読みながら、学んだつもりでいたけれど
34歳のわたしはすっかり忘れていた。
 
 
 
もう一度、てもとに。
 
 
 





2017年2月9日木曜日

古河、幸手とめぐって
ふたりの祖母に会って
埼玉への帰省を終えて大阪に戻って来た。

夜行バスは池袋23時半発で、梅田に6時10分着と
短めの乗車時間だったのと
乗る前に薬局で耳栓を買ってつけていたので
案外楽だった。

隣の女の子は毛布と首にはめこむタイプの枕を持参していて
夜行バス慣れしている感じで、乗ってすぐに毛布にくるまって眠っていた。

朝、大阪に到着してシャワーを浴びたあと
三重の亀山へ向かって電車に乗った。
時間はかかるけど、乗り換えは一度だけでよかった。

奈良を走っているあいだ、山の色に春が混じっていて
あぁ、季節が変わったんだなぁと思っていたら
線路のむこう側に雪山があらわれ出す。

伊賀の山々には雪が積もっていて、
雪を被った木々の影が美しかった。

亀山の駅に迎えに来ていただいて
絵のお仕事をいただいたアトリエで、お話を伺う。

毎回、思う。大切な屋号を描く仕事を承っているということについて。
だいじなイベントのお知らせも同じくだけれど。

光栄な気持ちと一緒に、びびっている私もいる。
だからこそ、たんたんと。ぶれないように。