2011年5月22日日曜日

病み上がりのピース

風に揺れる葉の音で
緑が深まったのがわかる。

しゃわしゃわとここで緑が揺れるとき
離れたどこかでもやっぱり
ざわんざわんと緑が揺れている。



本当に久しぶりに届いた彼女からの手紙

懐かしいくせ字は以前よりもまるくなっている。

手紙と一緒に届いたプレゼントを包んだのも多分彼女だと思うと

そこに宿っている彼女の気配に触れていたくて

包装をひらけないままでいる。
 
 



3月の地震のあと、
なんとなく聞ける音楽が少なくなって

だからこそ聞きたいと思い浮かぶ音楽があった。

ホフディランの『欲望』もそう。

手紙をくれた彼女も好きだと言っていた。






体調を崩して弱気になったけれど
昨夜繰り返しあのばかばかしいジンギスカンの動画を観て
ゆっくり眠って、ちゃんとごはんを食べたら元気がでてきた。


あたりまえのことが
あたりまえにできれば

人はいつでも
ちゃんと回復するのだなと思う。

あたりまえのことが、
あたりまえにできれば。



手紙をくれた彼女は中学時代の親友で
中学の3年間だけ狭山で暮らしていた。
高校からは宮城に戻り、今は仙台で暮らしている。


「ほんとうのこと」
がどこにあるのか、私にはまだまだわからない。


体を覆っていた風邪菌が引いていったら

ぐるんぐるんだった頭の中に

いくつかの言葉が残っていて


それは
いつか友人たちがそれぞれ話してくれた言葉なのだけど

それをたよりに、

すこし歩いてみようかと思う。

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