2011年6月30日木曜日

新月市のこと

7月3日に
以前にもお知らせいたしました
shureの新月市があります。

Auroraは出品のほかに
「7月の文通」という企画を提案いたします。

たくさんの方々に
たのしんで、ご参加いただけたら幸いです。

きっとすてきになるって
信じられるから。


「7月の文通」


袖触れ合うも
多生の縁

新月市には
様々な方がお越し下さることと
思います。

ひとりひとり
それぞれの場所でその方の今日を
生きていらっしゃいます。

市を通して
その、知らない誰かと
文通をしてみませんか?

市にやってくる
まだ知らない誰かへ宛てて
お手紙を書いてお持ちいただいたら

やはり他の誰かが書いて来て下さった
お手紙を一通、
お持ち帰りください。

そうやって
見知らぬ誰かの言葉を
あなたの人生に

あなたの言葉を
見知らぬ誰かの人生に

ささやかに贈り合えたら

小さくても
とびきりのことに
感じられます。

そんな気持ちで
お手紙の交換会を企画いたします。

ぜひお気軽に
ご参加ください。

また
文通とありますが
お手紙にお名前を添えるかどうか
などもおひとりおひとりに
おまかせいたします。
ご自由にお書きください。


みなさまのご参加をお待ちしております。


今、
こうやってAuroraで
yuzuriさんとcimaiさんがつくられたshureという場所に
だいすきなみなさんと一緒に
立てることを
本当にうれしく思っています。

その気持ちをもって
やさしいもの
たのしいものを
ひとりでも、おおくの方と
わかちあえるように

自分たちのできることを
真摯につとめようと思います。

わたしたちもまた、
たのしみながら。


おひとりおひとりに
お会いできることを

心から
たのしみにしております。

傘をありがとう。

6月はものすごく、ものすごく長かった。もう充分。
あと数時間でこの月が終わると思うと最高に嬉しい。
ずっと玄関で迎えのバスを待っていたような気持ち。
はやく7月へいこう。
明日は新月で日食だしたぶんなんだかきっと出発なんだ。
ゴーゴー 待ちくたびれていたよ。

雷光れ、

干草しいた貨物列車に逃げ込もう。

出発だよ、

2011年6月28日火曜日

アイラブユー

女子高生が水飲み場で水をかけあっている姿が眩しすぎる。

夕方、Tuuliにようやく行けた。夏が楽しみだね。とっても。

まるひろで食料品買って稲荷山をぬけて帰る。

高校生が手を繋いで歩いていて、心の中でくちぶえ吹いた。

全力で、幸せになる方向でいこう。

繁った葉の影と、そのむこうの空を見ていたら

シンプルだろ、という気持ちになってきた。

シンプルだよ。

ときどき癖みたいに「はやくおわらせなきゃ」というような

小さい苛立ちというか焦りが湧く。

湧いた、と思ったら大きくなる前に

「アイラブユー」って心でとなえてそれを消す。

そうして淡々とつづけていく。

同じペースで手を動かし続ける。

ホオポノポノを知る前から

わたしのおまじないの言葉はアイラブユーだよ。

愛は宇宙の秘密なんだよ。

2011年6月27日月曜日

みんな元気でいますように


ノウゼンカズラ

黒になるくらいの緑に
夏の花は鮮やかで
間違えてもいいやなという気持ちになる。


屋台のおばちゃんの二の腕のようなやさしさだ。

2011年6月26日日曜日

三宅さんの焚き火

商店街をぬけて
横断歩道を渡って国道方面へ右折すると
金物屋の前に夾竹桃が植わっていて
今朝、その花が咲いているのを見た。

夾竹桃
百日紅

木になるピンクの花が好きだな、と思う。
また好きな花が咲いた。

クチナシは肉厚のその花びらを茶色くしていたが
かおりはなお強まって感じられた。


熱を出した女の子と一晩過ごした。

水分を摂って
汗をかいて
汗を拭いて
また水分を摂って
汗をかいて、拭いて

氷嚢の氷が溶けて
新しくして
溶けて
新しくする。

カッカと熱かった体から次第に熱が引いて
呼吸も深く落ち着いていく。

カーテンの隙間から
白い朝が見えたときには
寝顔もやわらいでいた。

もっと、自分に知識があれば
と申し訳なくなるのと同時に

なんてシンプルなのだろうとも感じた。

汗をかいて、拭いて、水を飲んで
汗をかいて、拭いて、水を飲んで

ゆっくり沈静していく。

回復していく。



そのシンプルさに

私のほうが励まされているような気がした。



朝、検温すると
熱もひいてきていて
ほっと小さく笑いあう。



お昼から
naguさんに
フットケアと

それから、熱がでたときの対処法など
ほんとうに丁寧に
教わることができた。




正直、
どうして介護の方にむかっているのか
自分でもよくわからないでいる。

何もかも、動機になる一方で
強い理由は未だに見つからない。

疑いはないけど、
説明ができない。



でも
今日、naguさんの隣に座って

わたしは
naguさんみたいになりたい、と思った。




自分の手と
からだを使って

できることをすこしずつ
すこしずつ

増やしていきたい。


マイノリティは生きにくいんです、と
ある人が言った。


マイノリティ、ってなんだろう。

それを作る「わたしたち」とか「ふつう」というものを
ぶっこわしたい。

そんな安心は、
切ない嘘だよ。

2011年6月25日土曜日

潮流をよめ、旅にでよう。


新宿を歩いていたら友人に出会った。
彼女とはいつも偶然で
そういえば約束して会ったことはないなと思う。

なんだかオールライトだ。

ワールドをピースに。


(丁寧に書き直す)

日付をまたいでしまったけど
昨日、24日は
素敵な場所をたずねては
大好きなひとたちと出会っていく日だった。


遠足のような一日で
今はバンテリンをヒラメ貼りしている。


訪れた場所については
ゆっくり紹介したいから
また書かせてもらうことにして

今夜のうちに記したいのは
出会ったひとたちから
感じたこと。


今、
わたしが感じていることは

出会えてよかった
と思う人とばかり出会ってる
ということ。


ひとりひとりの顔を思い浮かべては、
あぁ、すごいなって思う。

そして
すごくない人なんていないんだ、とハッとした。


その人が
その人自身であれば

それが、すごい。
その人を発揮すれば
どんな人もみんなすごいのだと感じた。


そして
これは私にもある気持ちで
慎重に書くべきことかもしれないけれど、

「自分なんて」
という発想は
傲慢なのではないか
と思った。


どうしてかというと
その人が
その人を発揮しないということは

本人だけでなく、
世界がその人を失っているということに
思えるから。


生きているということは
世界のあるスペースを
分け与えられているということで、


自分という存在は
自分の所有物ではない。


自分をぞんざいにするということは
世界への触れ方を
問われることなのかもしれない。

2011年6月23日木曜日

黒い土に種を寝かす。

暑い。
クチナシの花がかおる。
くんくん吸いこむ。
この匂いになりたい。
この匂いがする人ではなく。

日が落ちた空
青みの深い宵の口
木々の影が暗い


何か学びたい、
新しいことを。


橋を渡る。
風が出てきた。
海風みたいに重たく吹く。




元気ですか、




 
 
 

2011年6月22日水曜日

夏至

ガラガラの駅で
高校生の男の子が
コーラのボトルキャップひねって
照り返しの強い下りホームに
炭酸ぬける音が涌く。

それも一瞬で
白い光の中に
すぐ消えた。

夜勤明けの自由が夏至で
長い今日をもらう。


今日は太陽のお祭だから、
きっとやさしいことが
あらゆる人に場所に
注がれるはずで


ふくふく膨らむ光の時間に
願いごとをこめて
育てたらいいと思う。


心が過去に過去に戻りたがって
まるまって眠っていたいと思っていたけれど


昨日、夜に備えて昼にすこし眠って目覚めたら
今の世界にきたと思った。
時間が動きだした。

悲しいのも
素晴らしいのも
思い出に捉えられたらいけない。


今、ぜんぶ新しいから
息をふきこまないと。


ここにいられるのだから。

2011年6月21日火曜日

ニュース

昨日の帰り道、歩道橋から
土手と中州の緑の繁りようがすごいと
ごくごく飲むように川の方を見ていたら
おじさんに声をかけられて目に入るものについてすこし言葉を交わしました。

別れてひとり歩きながら
この夜のどこかにむかって
あの人が今帰っていると思うと
なんとなくぽかんと、空が広く見えるのでした。


おしらせをいくつかさせてください。



7月3日

shureの新月市に、参加させていただくこととなりました。

なかじまやさんの
天体のリズムに合わせて作られたお米や
枇杷エキスなど、自然にあるものと知恵と手が重なって生まれたさまざま

yuzuriさんから
麻のお洋服

わたしと田中さんのauroraは
レターセットなどを出品させていただこうと考えています。
リーディングやワークショップも予定しています。そちらの詳細はまたお知らせいたします。

詳しくは
shureからのお知らせもご覧ください。
http://shure.cimai.info/

shure
という場所は、「精神を自由にする」という言葉の意味のとおりに
きっと風と光のよく入る
自然としての人の在り方が からだの中にすっと宿りなおす場所になると
感じていて

だから
惹かれる方は、心と足にまかせて
ぜひ、と思っています。

auroraで出品するものも
すてきなものを、つくります。




6月26日 今週末の日曜日

cafe leute で 結城のnaguさんがいらして
からだの温め講座をひらかれます。

今回は
フットケアと冬につながる快適な夏の過ごし方
を教えていただけるようです。

夏は、実は冷えがたまりやすい季節と聞いたことがあります。
この時期の過ごし方はきっととても大切なはず。

前回、参加させていただきましたが

日常のささやかなことがとても大切なのだなと感じました。
体の仕組みの繊細さに気づき
それと同時に、
ふだん体に課している負担にも気づきました。
とても繊細にできてきているのに、その負担をうけ続けてくれていた体への
ごめんーという気持ちにあわせて
ありがとうーという気持ちが湧きました。
人へむけるやさしさとおなじだけ、自分のからだにもそれをむけていいのだな
と思いました。

知恵をいただける、本当にすばらしい機会だと感じています。

言葉がわるいですが、
超!おすすめです。

予約が必要なので
くわしくはロイテのブログをご覧ください。
http://cafeleute.blogspot.com/




それから、今日6月21
にじ画廊でのなおちゃんとフルカワさんしまださんの3人展
最終日です。夜20時クローズです。

なかなか、言葉にできなかったけど
展示をみに出かけてから
ぼーっと
空間に思いを馳せていました。

3つの夢を見たような
やさしい一晩のふとんの中みたいでした。





あとは
今年もわたし Tシャツつくります。
ロゴの言葉はずっと前から決めてあります。
できたらまた、お知らせさせてください。






朝からたっぷり

読んでくれて
ありがとうございました。



晴れてきました。


いい一日を!

たぶん、すごく
すてきなことが
あります

2011年6月20日月曜日

タチアオイノウゼンカズラツバメツバメ


栗の花柳の木鳥がとまった百合の花ばらの花ムラサキツメクサ桑の実落ちたふんずけないで自転車

2011年6月19日日曜日

日曜日


朝五時に目が覚めると
雨音がしなくて、
窓の外が白く明るかった。
カラスが呼びかけあっている。

心がとっちらかっている。
広いプールを平泳ぎしている気分だ。
岸辺が見えないが
ひとまず泳ぎ続けること。
泳ぎ続けて自分で景色を変えていくこと。
冷たい水が寄せてくる。





母の好物でわたしもいつの間にか好きになっていたお菓子が
くるみゆべしで、色んなお店のゆべしがあるけれど
郡山製菓というところのくるみ餅がふたりの一番で

この間、福島にあるその工場へ
そこのくるみ餅が本当においしくて、いちばん好きであることと
おいしくいただけていることへの感謝
それから、従業員の方々へのお見舞いをこめて
母とお便りを出した。

一週間もしないうちに、
直筆のお便りと
いつものくるみ餅、それからずんだとあんことみたらしのお団子が
いっぱい送られてきた。

びっくりした。



わたしは
「おひとりおひとりの健康をお祈りしております」
「この夏がやさしい季節となりますように」
ということを書いた。

返事には
「冬はかならず春になる」
「大悪の後にはかならず大善がある」
「共に頑張りましょう」
とあった。




いっしょに頑張ろう、って
言ってくれた
と思った。


本当はとても大きな変化の中にあるはずなのに
日常を失っていないかたちで生きているわたしに
日常が大きく変わった人たちが
そう言葉をなげてくれた。


想像するしかできない、
ほんとうの部分はわかちあえるはずがない

と思って引いていた気持ちを

本当に大変な人たちが引き入れてくれたような

すごく不思議な気持ちだ。





介護にすこしずつ携われるようになって
その中でも感じていたけれど


介助をする人間は
助けを受けとる人が、許してくれるから
助けることができる。

場所を与えてくれるから、
働くことができる。

体をひらいて、
他者の手がそこに触れることを
受け入れること、
それは、すごいことだと思う。

だから
手を差し出す側が
実は何よりも愛を受け取っている。






手紙を読んだ母が泣いた。






2011年6月18日土曜日

あの空間の、あかりについて考える。

雨。
やんだと思うとまた頬に滴があたる。

蝉が鳴き始めた。

夏がくるなんてほんとかな。

2011年6月17日金曜日

16~17日

主のいない家で、窓の外のあかりを見ながら
その家の主たちのことや
友人たちのことを
やっぱり大切な人たちと一緒に
思うことはとても澄んだ、しあわせな心地をくれた。

赤いランプが点滅を繰り返す、あの細長い建物はなんだろう
基地のあかりだろうか

雨が続いている。

朝、起きると
眠るときにはかけていなかった羽毛蒲団がかけられていて
寝息をたててるどちらかが
夜中にかけてくれたのだと思って
きゅんとしながらまたその中に潜った。

行ったことのないヨーロッパの夢を見る。


午前のうちに主のひとりが旅から帰ってきた。
「おかえり」
と声をかけられることもまた、とてもやさしい。

だって、
HOMEが重なっていることって
人生のあいだのどれくらい。

ただいま と おかえり
ほどやさしい言葉が
今はほかにないように思える。

スイスの空港で書かれた
もうひとりの家主からの、おたよりの言葉

出会うこと
見送ること
歩くこと

わたしたちが出会えたこと。


傘をさして一緒に歩いて
角をまがったところで滑ってすっ転ぶ。

「綺麗に転んだね」
ホームに飛び込む甲子園球児のようだったはずだ。



最近、母親を抱きしめられるようになった。
通せんぼしたりふざけたふりをしながら抱きしめる。




ひとりになって
傘をさして歩きながら

放射能がとんでも
戦争がつづいていても

世界が好きだよと思った。

それはわたし自身が
今すぐにわかるはっきりとした形で
失う経験をしていないから
思えることかもしれないけれど

この目線しか持てないから

この目線で世界を見失わない。


だいじなものばかり
だいじなひとばかり


だからもしも機会があれば
やっぱり私はこどもを産むよ、と思った。

それは何があっても圧倒的に生きることは幸せだと信じているからで

私の両親も、そのずっと両親も
そう確信していたのだろうかと考えながら
横断歩道を渡った。

2011年6月16日木曜日

ひらけごま

吉祥寺、にじ画廊での
なおちゃんと フルカワさん しまださんの展示
今日からです。
楽しみ !

http://hiraitatenohira.seesaa.net/article/202617925.html

今日は満月だそうです。
みなさんよい日を!

2011年6月15日水曜日

勇気をだして帰ろう。


わたしたちはいつも知らない景色の中。





見上げるといつも空が綺麗な今日だった。

「この空を見ながら帰れるんだね」
という言葉もらって
帰り道がやさしくなる。




どうしたらいいんだろうか。









2011年6月14日火曜日

くるくる くるり

田んぼの中に手を入れると
土が温かかった。



行きの電車の中
京都弁で話している人がいて
やさしいトーンに耳すませてしまう。



ハイウェイ

ぐんぐん
川べり放牧 牛



どうやって生きていきたいか
心を見つける

会話の中に
景色の中に


言葉になるよりも
深いところで

誰も話さないときにも

なにかを交わしていたような感覚もあって

呼吸が深まった。





今日があってよかった。

2011年6月13日月曜日

余白


朝、今年はじめての枇杷を食べる。
曇り空にNTTの鉄塔
体を励ましてペダルを漕ごう。


夜、水やりをしながら月を見つけた。
思い立って前髪を切った。

2011年6月12日日曜日

邂逅


帰り道、雨

通りがかりの再会が続いて
人生を信じようと思う。

2011年6月11日土曜日

6月11日

夕立がきそうな空だったけれど、まぬがれて
葉っぱの揺れる音がしゃわしゃわとしている。
風鈴をだし始めた家がそこここにあって
日暮れた帰路
風が吹くとリン、と冷たい音がする。
魔女の宅急便のキキの出発の夜みたいだなと思う。
友人のひとりひとりがそれぞれに変化の中にある。
出港した船が、帆先をさまざまにして
まとまりから離れはじめ
それぞれの姿や進路が見えるようになる。
だから、手をふることができるし
その行方を、信じ、祈ることができる。
そしてどんなにどんなに離れて、
もしかしていつかお互いが見えなくなっても
同じ海の上に違いない。
どこかでまた、会えるかもしれない。
今までだってそうやってきたみたいに。

小さな頃、
兄がゲームをしているのをそばで見ていた。
大冒険の途中、様々な土地で
たくさんの仲間ができる。
ある期間だけ一緒に戦う仲間もいれば
旅の途中から加わって、最後まで一緒に戦い続ける仲間もいる。

最後の戦いを終えて
迎えた世界の平和が、旅の終わり。
目的を果たした帰り道、仲間との別れが訪れる。

それぞれの故郷に差し掛かるたび
ひとりひとり、パーティーを離れていく。

透明な寂しさは失われない絆から生まれている。

発つことは別れ
別れは失うことではない

天の川

雲が張った夜空は街の明かりをぼんやり映して
うすっぺらい嘘みたいに見える。

たくさん携帯電話の鳴る日

夜、一時雨



電話を鳴らしてくれたむこうがわに
やわらかな体温

動物みたいにくんくん
鼻先伸ばす私の野生よ、

2011年6月10日金曜日

ダンス ダンス ダンス

夜、雨上がりの空に
昨夜よりすこし満ちた月が光って
明るいなと思った。

なんとなく、遠回りして帰る。

綱渡り

綱のむこうとこっち

どんなに穏やかな瞬間にも
どんなに安らかな瞬間にも
いのちがけだよ

曇った瞳も最近はもう
見かけなくなった。


みんな今にエントリーしている。

2011年6月9日木曜日

夏至へむかう

夕方、草の緑があまやかで
風はそれが撫でたくて吹くのだと思った。

2011年6月8日水曜日

チカチカ


早朝、自然と目が覚めると
心はまだ昨夜のつづきにあって
揺れていた。息を吐く。
「ありがとう」と呟いたらそれが
なにかやさしいあらわれになって
その人に届くといい。

そうありますようにと思った。ホーホー鳩が鳴いている。


夕方、
ロイテで窓の外を見て「明るいね」と話す。
明るい話、好きな人たちの話題をたくさん交わして
今日がまるまるいい日になったと思ったら
まっぴがそう言ってくれたから
同じだと思った。


帰り道にやっぱり
ばいばいしたふたりにありがとうって思うから
これが魔法になればいいよねとやっぱり思った。

お月さまを見て
「ぼんやり」と声が重なった。

靄がかった空


その月に
飛行機が 重なるのを
見て

見たかなぁと思った。


見たかなぁ

見てなくても

見てたから

きみの一日の中に

そういうことが

ありました。




やさしいもかなしいもあまいも全部

今日のうちにありました。




2011年6月7日火曜日

心を、見せる。

吉祥寺のキチムへ出かけて、
高山なおみさんの遠足に参加してきた。

キチムへ向かう途中、電話がかかってきて
お仕事がひとつ決まった。

面接を受けたときに
もし受からなくてもこの人にまた会いたい、と思った。
人に出会って、景色が変わっていく、と感じた。



遠足がどんなものだったか
まだ言葉にできないけど、
「うん。」と思う。

地震があって、のことを
みんなで話した。

お弁当も、とてもおいしくて



まだ、
ほんとうになにも
言葉にできないけど


出会えるということに

いつもぜったいぜったい

何かがある。



なにもなくてもいいんだけど。

でも
出会えたってことが
そのたびいつも
生きていることのこたえかも。

わからないけど。


わかることなんてなにもないけど。



生きてるよ

顔を隠す必要は、もうどこにもない。

2011年6月5日日曜日

最近の課題


雨が降りはじめた。

自分にとっての幸せを
知らないあいだに
押しつけているかもしれないなと考える。


その人の幸せが何かを理解したいと思うことが
自分はどうあれば幸せなのかなという問いかけも引き出して
じゃがいもの皮をむいたり
床を水拭きしたりしながら
頭のすみっこでずっと
考えている。

考えてわかることなのかな、とも思うけど。

2011年6月4日土曜日

ダンスはつづきます。


幼なじみの長女の運動会へ。
大きくなったなぁーと入場行進で胸がいっぱいになる。
こどもたちとお父さんお母さんの頑張る姿に涙。
自分も通っていた幼稚園なので
両親が注いでくれたものを見せてもらっているような気持ちにもなった。

最後のフォークダンスでジンギスカンを踊っているとき
前に幼稚園のとき大大大好きだったユキコ先生がいるのに気がついて
そうしたらユキコ先生もぱっと目を開いて気づいてくれた。

涙がこぼれてうまく話せなかった。
ユキコ先生と同じ目線で出会う不思議。
抱きしめてくれた。
もう先生をかがませないで抱きしめ合える。

自分に注がれた膨大なもの

胸はって生きねばと思う今の気持ち
明日も明後日も、忘れないでいたい。

大事な親子の思い出の時間に
快く招いてくれた幼なじみ家族に感謝。







2011年6月3日金曜日

2011年6月2日木曜日

夜note.



6月16日から
吉祥寺のにじ画廊
『夜空』という展示がはじまります。


なおちゃんからのお知らせはこちらに
http://hiraitatenohira.seesaa.net/article/202617925.html

田中奈緒さん
古川明佳さん
島田路子さん
の、3人展です。

それはきっと
夜空みたいに
心を照らす景色があると思う。

触れるそのときを
とても楽しみにしています。


トビラヒライタ !




memo. これを読む人には今という時間があるということ。

6月2日 朝のノートから。

やさしいきもちが、しずかに広がる
心の中深くにそれが広がると、世界もトーンを深く沈めて
それと同時に一段、軽く、明るくなり
心の波長に景色を重ねてくれる。

絶え間なくわたしたちはそうやって交流していて
世界にとってわたしが小さな泡だとしても
わたしがやさしく穏やかであれば
世界もまたそう感じてくれるのだろうと思う。

だから心のクリーニングは大切だし
愛と繋がっていることが必要だ。

愛をおしえてくれるのはいつも
小さな仕草 小さな声

過去に耳をすませても
時は流れている。

体を動かし
呼吸を深め
今にあわせて
世界との対話を続けること

大きな音がささやきをさえぎるときは
その音のもとをたどること

その音がどこからやってきているか
よく見つめること

幻ほど大きな音を出す 根源を隠しながら

やさしさは
誰の手の中にもある

どんな人の手の中にもある

ほんとうのことばで
はなせば
ほんとうのことばが
かえってくる

自分を素直に
ひらいていること

世界を素直に
うけいれること

わたしたちは
親しく
信頼の中
生きている

2011年6月1日水曜日

「明るいうちに、歩いて帰ろう」

 
iPhoneの白いシリコンのカバーが汚れて
水色のカバーに変えた。





6月になった。


みんなにやさしいがあるように。




あかるいがあるように。







 
 
 
あかるいがあるよ、

やさしいがあるよ、

それからたくさん、たのしいがあるよ。

そうなんだよ、



そうなんだよ。









なおちゃんが、今夜
ほぼ日刊イトイ新聞のサイトで
是枝監督と糸井さんの対談ユーストリームで観られること
教えてくれました。

20時40分頃からだそうな。
たのしみ!

http://www.1101.com/index.html