2011年6月17日金曜日

16~17日

主のいない家で、窓の外のあかりを見ながら
その家の主たちのことや
友人たちのことを
やっぱり大切な人たちと一緒に
思うことはとても澄んだ、しあわせな心地をくれた。

赤いランプが点滅を繰り返す、あの細長い建物はなんだろう
基地のあかりだろうか

雨が続いている。

朝、起きると
眠るときにはかけていなかった羽毛蒲団がかけられていて
寝息をたててるどちらかが
夜中にかけてくれたのだと思って
きゅんとしながらまたその中に潜った。

行ったことのないヨーロッパの夢を見る。


午前のうちに主のひとりが旅から帰ってきた。
「おかえり」
と声をかけられることもまた、とてもやさしい。

だって、
HOMEが重なっていることって
人生のあいだのどれくらい。

ただいま と おかえり
ほどやさしい言葉が
今はほかにないように思える。

スイスの空港で書かれた
もうひとりの家主からの、おたよりの言葉

出会うこと
見送ること
歩くこと

わたしたちが出会えたこと。


傘をさして一緒に歩いて
角をまがったところで滑ってすっ転ぶ。

「綺麗に転んだね」
ホームに飛び込む甲子園球児のようだったはずだ。



最近、母親を抱きしめられるようになった。
通せんぼしたりふざけたふりをしながら抱きしめる。




ひとりになって
傘をさして歩きながら

放射能がとんでも
戦争がつづいていても

世界が好きだよと思った。

それはわたし自身が
今すぐにわかるはっきりとした形で
失う経験をしていないから
思えることかもしれないけれど

この目線しか持てないから

この目線で世界を見失わない。


だいじなものばかり
だいじなひとばかり


だからもしも機会があれば
やっぱり私はこどもを産むよ、と思った。

それは何があっても圧倒的に生きることは幸せだと信じているからで

私の両親も、そのずっと両親も
そう確信していたのだろうかと考えながら
横断歩道を渡った。

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