2011年9月11日日曜日

たまたま隣にいる人を、たいせつにするということ。

 
 
深夜の帰り道、彼女が
「すこしでも今関わっている人たちって前世でも出会ってるっていうでしょ。
どうなっているのかな。どうして出会うんだろう」
と言った。

「本当にそうだとして、わたしたちも出会っていたのかな」
と呟いたら
「きっと出会っていたと思うよ」
と彼女がこたえて

それが本当でも嘘でも

何度も生まれ変わっていたとして
今わたしと彼女が出会ったことが「再会」だっていう風に

彼女が感じてくれたことが
涼しい風がふっと渡るみたいに、
やさしくて嬉しくなった。
 
 
 
 
『ホノカアボーイ』という映画があって
春に、よく観返していた。
 
 
人は人に出会う。

出会って関係が生まれれば

偶然のぜんぶが必然のように感じられ

出会うべくして出会った、なんていう風に思ったりする。
 
 
運命というものがあって
前世やら来世やらなどというものがあり

実は何度も出会っていて、今生でも会おうと約束があるのかもしれないけど

そんなことはぜんぜんわからないし

わからなくてもいい。


わたしたちは結局、

たまたま出会う。

たまたま出会って、そこからはじまっていく。
 
なんてやさしい。 
 
 
もしかして、にくにくしいような、誰かと出会うことも
あるかもしれないけど


でも。


今、たまたま隣にいる人とのあいだに

「運命」がなくても
「奇跡」がなくても

だいじにしたい。


たまたま隣にいるという

なんでもなさの上で。
 
 

0 件のコメント:

コメントを投稿