2011年9月24日土曜日

信じる。

 
 
 
 
 
朝起きると、窓から見える空が高い。
近くの中学校から、鼓笛隊のタイコの音が聞こえてくる。
窓から冷たい風が静かに寄せてくる。

ぽかんと明るい空だ。
この下にいる人がどうか漏れなく幸福であるようにと思う。
右へも左へも行けなくても
空だけはいつもぬけている。

おじさんが倒れた。
息つめる人たち。それでも朝がくるとすこし、心が緩む瞬間があって
もそもそと朝食をとったり
眠ったりする。

一晩のうちにおじさんは左半身不随を告げられる。
一瞬で、何かが、絶対的に変わる。

それでもそれは、終わりじゃなくて
いつでもこれまでの続きで
これからへ続く瞬間。

おばさんがいつも文句を言っていた長男のりょうちゃんが
今、おばさんを支えて、おじさんの勤務先への連絡や交渉など全部やってくれているという。

りょうちゃんは元・超ヤンキーで
聞けば聞くほどどうしようもないような話をいくつも持っている。
だから親戚が集まると
「りょうはどうしようもない」としばしば話題にのぼった。

そのりょうちゃんが今、誰よりも家族を助けている。


時間は流れていて
生活は続いていく。
「もうだめだ」という瞬間をいくらでも越えていく。



電源を落としても、世界は消えない。

本当に辛い瞬間はそのタフさにいっとき絶望するけれど
過ぎていったとき
そこに宿っていたのはどちらかというと希望らしきものであったと
きっときっと、気がつく。
 
 

 
 
 

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