2011年3月29日火曜日

inochi ga aru no nara moyase,



昨夜ネット配信で FISHMANSのライブが始まるよ!と
連絡をもらって
みんなに、知らせなきゃ!と思ってメールをうって
暗い部屋の中パソコンの前で
ぐーっとぐーっと
音楽に潜りました。

仙台のともだちも
パソコンの前で
聞いたよって
連絡をくれた。




認知症のお年寄りは
遠い部屋の中から
世界を見ている。

ドアをたたく。

時々
遠い部屋から手紙が届く。
繰り返されるエピソードとして。

わたしがわたしを忘れたとして
繰り返すエピソードはなんなのだろうかと
考えながら今日も
自転車を漕ぐ。






2011年3月27日日曜日

ピース

3/15に私は
「ブログの更新は節電を考え、しばらく控えます。」
と書いた。
それなのにこうしてパソコンにむかっていて
恥ずかしい思いもあるけど、今は書きたいことがあるように思うから
書こうと思う。
そしてそれはすごく私的なわたしの言葉であること。と思う。

自分の言葉で今を話すこと(黙ることも含めて)を
ずっと忘れないでいようと思う。

それから
そういう言葉が聞こえるように
じっと耳をすませていたいと思う。


memo:

世界の観察点として私達は生まれた時から1点を担っていて、
誰にもそれを譲れないし代れないという。
だから
どんな状況であっても
ここから見えるものここで感じるものここで行うことに対して
誠実であることが
自分にできる最善のような気がする。

ここというのは
今いる地理的な現在地のことではない。

わたし
という場所。

2011年3月26日土曜日

nikki

部屋の壁に貼っていたもの、かけていたものを外しました。
部屋には本棚にしている小さな棚が3つあります。
背表紙がいちばんよく見える棚には、迷いなく好きな本を並べていました。
その棚の本の並びも今、しっくりこなくなっていることに気がつき
棚から本を出し、並び変えました。
まったく違う並びになりました。

背表紙を眺めながら
こんなにも、短期間のあいだに
自分の中身が
ものすごく
大きく変わったのではないかと感じました。
それは思っている以上に大きな変化で
1ヶ月前に本棚の整理をしたあの時から
もうずっとずっと遠く
夢と現実くらい離れた世界に
やってきてしまったんだ、と思いました。

それと同時に、
今その棚には
根本的な心の在り方を教わったある作家の本が多く並んでいて
自分のベースともう一度出会ったように感じ
シンプルなところへ
もどっているような気もしました。



自転車を漕ぎました。

ある日は遅刻しそうで
必死でペダルを漕ぎ続けました。

すこし勾配の急な坂道にさしかかると
足も肺もパンパンになって
私は自転車から降りて進みました。

このあいだはそんなにきつく感じなかったのに。と思いました。



後日、
ゆっくりと自転車を漕いで出かけました。
ペダルを踏み込んでは
小さく力を緩め
踏み込んでは
小さく緩め
ゆっくりと進みます。

坂道にさしかかり
足に大きく力を入れ
緩め
大きく力を入れ
緩め
しながら

自転車を降りることなく
坂を上りきりました。

ホトケノザや
オオイヌノフグリを
地面に見つけました。




大きな流れの中で

ひとつになって
前へ進もうとしているのを感じます。

その集結する力の必要性と
大切さを
思う心のなかで

ひとり ひとりになる
必要性と
大切さも
同じか
それ以上に

だいじなように
感じ始めました。



スピードが必要な変化や修正が多くあるのと同時に

ゆっくりと時間をかけることが
大切なものが

たくさんあるように思えて

それらが同じ勢いの中で
かたちをもっていくことの

ありませんように


今朝、
思いました。




わたしたちは
どこへいくのかな

毎日 思います。

それから

わたしたちは
わたしは

どこへいきたいのだろうと

毎日

思っています。

2011年3月21日月曜日

スーパームーン、満月を越え、春分の日がきた。


卒園した幼稚園
狭山ひかり幼稚園の新園舎が完成しました。

春分の日の今日
開放された園舎を
友人たちと訪ねました。

明るい木造園舎のなか
小さなともだちと大きなともだちとみんなで
ずいぶんと久しぶりのかくれんぼをしました。

新しい木の匂いの中を
めいっぱい駆けまわりました。

ちびっこどろんこの
笑い声と駆けまわる足音が
4月から毎日
この園舎をいっぱいにするのだと思います。

2011年3月19日土曜日

思っているよりも、みんな優しいと気づく。


計画停電が実施されるなか
入間のTuuliも
狭山のcafe leuteも
それぞれに工夫しながら
オープンしています。

そのことに
近所にこのふたつのカフェをもった
わたしたちは
じわじわと力をもらっています。

停電中の静かな空間を共にしていると
知らないお客さんとも
気配で会話をしているような気持ちになる。


プレゼント

きょう、市役所で救援物資の受付けがありました。

そこには朝から夕方まで、たくさんの人がいました。




提供された衣類の仕分けをさせていただいていると

綺麗な状態で丁寧にたたまれ
「暖かいもの」
と選ばれている気持ちが伝わってきました。

ただ、中には状態がよいといえず
詰められなかったものもあります。

ふと

救援物資って
なんなのだろう
と 考えました。





着の身着のままで
何も持たずにいるとき
どんな洋服が届けられたら
嬉しい気持ちになるだろう。


想像力が

とってもとっても
大切。



救援物資って
プレゼントだと


のんきすぎるかもしれないけど、

そう思えました。



赤ちゃんのオムツや
おしりふきを梱包しているとき

おしりふきのパッケージに
「赤ちゃんがんばれ!」

マジックで書かれたものと
出会いました。


たぶん、
それを書いた人は
被災地の赤ちゃんやお母さんのことを
想像したとき、
書かずにいられなかったのだと思う。





ふだん

だいじな人にプレゼントを探すことはとても楽しい。

特別なときじゃなくても

「あの人が好きそうだ」
と思うものを見つけたときはしあわせ。



プレゼントをもらうことも、もちろんとっても嬉しい。

心がみえるから。





なんでもいいわけでは
ない。

心をもつこと。

心を、いかすこと。







やっぱり救援物資は
プレゼントだと
思う。








不足物資の内容は
随時確認が必要だと思いますが

個人的に感じたことは

赤ちゃんオムツの
なかでも、新生児用
離乳食
などが不足しているように感じました。

それから
衣類に関しては

ダウンなど軽くて暖かいもの。

セーターなどは比較的多かったですが
シャツやカーディガンなど
前開きのものが少なく

麻痺のある方や授乳中の方は
前開きの服が必要だと思うので

今日集まったものの中でしかいえないけれど、
そういったものもあるといいように
感じました。

各団体に
お問い合わせの上
物資提供をされるのが
よいと思います。




集まったものが
適切に必要な場所へ
とどきますように。

2011年3月15日火曜日

いまできること。

地震の翌日に買ったチューリップが
水をくっく吸い上げて
花びらをひらいています。

その健やかさが目にふれるたび
ちいさく勇気をもらいます。


たくさんの情報があふれ、
変化する状況が伝えられ続けています。


今できることを行い
明るい方向をみつづけようと
思います。


ブログの更新は
節電を考え、しばらく控えます。

ですが
今日も明日も
私はいつもの場所にいます。



 
小池アミイゴさんのブログに
日本赤十字社からの募金についての具体的な内容と
被災地への寄付や心の在り方について
あらためて確認したい内容があり大変参考になりました。
わかち合えたらと感じますので
リンクを貼らせていただきます。




それから
ツイッターで
アートディレクターの森本千絵さんを中心に
元気の出るプロジェクトが動いています。

で、さまざまなアイデア
で、地震以降のハッピーなニュース
で、祈りのメッセージ

に触れることができます。

では、彼女たちの作ったポスターなどをダウンロードし
活動に活かせます。


みんなが
それぞれに、今できることを
ひたむきに実行している姿に勇気をもらっています。

長時間の徒歩や自転車で通勤しているみんな!
私も明日はぐんぐん自転車漕ぐよ!

筋肉痛に気をつけようね。

これを読んでくださったあなたと
あなたの大切な人たちが
今日も元気で、そこにいますように。
ありがとう


そして
だいじなともだち、
お誕生日おめでとう!


2011年3月14日月曜日

みきわめる。


14日から輪番停電が決定しました。
どんな風に生活に影響が生まれるのか
だんだん、感じていくことになると思います。

いろいろ工夫が必要になると思いますが
助け合っていけますように。

そして個人的には
この機会に
自分の今までの生活とこれからについて
考え、感じとろうと思います。
それから、自分のだいじな人たちのことも。


自衛隊の飛行機はずっと飛び続けています。
現地から帰ってきた音も聞こえます。

お仕事では地震の影響をもって
忙しくなる方も多いと思います。

どうかご自身のお体を大切にしながら
協力して
乗り越えてください。

そして、もしも私に力になれることがあれば
教えてください。
力を合わせよう !



心の痛む日々ですが
明るいほうを
見ることが
きっと大切なんだって
思います。

明るいほう。



あまり充実していないHPですが
トップページとメニューページを新しくしました。

元気だそう!と思って。
よかったらみてみてください。




メニューページの言葉は
魔法の言葉です。

ゲームの言葉なので
不謹慎に感じられたらごめんなさい。

でも、元気をだして
いっしょにがんばろう。

いちばん大変な人たちのために
いつでも働けるように。

2011年3月12日土曜日

やわらかなものが、ひろがりますように。



なにか、あたたかいものをつくろう。今日。
そう思って、地元の友人たちのもとを
チューリップをもって訪ねました。

TVで流れ続ける状況と
いつもと同じような街の様子のギャップを
受け入れることがむずかしいです。

ただ、
友人たちの笑顔に会えて
元気がでました。

連絡をくださったかたがた
ありがとうございます。

とてもうれしかった。
安心しました。

昨晩、歩きつづけたみなさん
今日はゆっくり、やすめていますか。
あたたかくしてください。

写真は、入間市のカフェ
Tuuliの壁に今日生まれた、プリズム。

今日メールをくれた友人に
「落ち着いたらおいしいごはんみんなで食べよう!」
とお返事しながら
そうだ。と思いました。

おいしいごはんを
みんなで食べよう。




まず、自分が元気になって
それからなにができるか
話し合えたらいいと思います。




こころぼそくなっておられる方へ
先日友人が教えてくれた、ナナオサカキさんの
ポエトリーリーディングの動画を添えます。




いまの自分にできること


電気をできるだけつかわないこと。
近くの人と、協力すること。
不安な人をみつけたら、抱きしめること。手をにぎること。
不安なときは、抱きしめてもらうこと。体に触れてもらうこと。
同じ空間にいる他人に心をひらき、信頼すること。
情報を集めて、現地の人の求めに応えること。
目の前のしあわせを、しあわせとして捉え続けること。
あかるい行いを共有すること。
笑い合うこと。



桜は花を開く準備を
今日もつづけています。
春がくるからです。

あたたかく、やわらかく、あなたがいられますように。

きょうここにいられることの感謝と一緒に。




ちびまる子ちゃん 13巻の表紙から。
わたしの小さなともだちは、
携帯に入れている、この画像をみると
くぅっと目を寄せて
まるちゃんとおじいちゃんの会話に
耳をすませています。
その様子をみることが
わたしは好きです。


あたたかく。

2011年3月11日金曜日

「だいじょうぶ」

今日のお昼過ぎに、大きな地震がありました。
夜になった今も、家族や友人に電話をしても繋がりにくく
メールも届かない様子です。

なので、ここに書くのがいちばん
安否を伝えられるかなと思って
パソコンをひらきました。

狭山も、だいぶ揺れましたが
建物の崩れなどは
目につきませんでした。



地震の最中はちょうど、介護の実習中でした。
寝ている人を前にして、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
となるべく平静にすることに精一杯でしたが
揺れがおさまってから
心がどきどきして

埼玉でこの揺れなのだから
震源地はどれだけなのだろう。
都内で働いているみんなは大丈夫だろうか。
高いビルの上で仕事をしている人は、どれだけの揺れの中にいたのだろう。

様々な人の顔が浮かんでは、祈るばかりでした。


特に、お年寄りの方など
ひとりで今回のような状況を迎えた方々の気持ちを想像すると
胸がいっぱいになります。


だから本当に
そんなに被害も大きくなく、
だいじょうぶに思える場所に住まわれている方も
お近くの方や、心に浮かんだ方に
会いにいったり、連絡をしたり
声をかけてほしいと思います。



わたしも緊張がほどけるまで、
誰かと手をつないでいたかった。

ちょうど洗髪をしている最中だったので
洗髪を受けている方は余計に不安だった様子で
揺れがとまったあと、
「こわかったですね。もうだいじょうぶ、もうだいじょうぶ」
と しばらく肩をさすっていました。


どんなときも
人が人をあたためると思います。





どうかみなさんが今、安全な場所で
今夜ゆっくり 休めることを
心から
強く お祈りします。

そして、
わたしはだいじょうぶということを
ここにお知らせします。



それから
今日
自分のおうちで眠ることのできない方や
大切な人をとつぜん亡くされた方々に
適切で安全な
やすらぎが
はやくもたらされますように。


そのために
自分ができることはなにか
考えながら

地震後しばらく
動揺していたという祖母の背を
さすってから今日は
休もうと思います。











かみさま

あなたがだれかはわからないけれども

どうかやさしいものをください。

きずついたひとをだれよりもはやく

なぐさめてください。

2011年3月9日水曜日

テレパシー

月が微笑んだ口みたいな
かたちをしています。

夕方
いくつか届いたメールのなかに
月の写真を
送ってくれた便りがあって

空を見上げにおもてへ出ました。


大切な友人が
海を渡って 旅へ出ました。


彼女が日に焼けてにこにこ
帰ってくる日を心待ちに
たのしい旅の日々を祈ります。



今朝みた夢の中で
わたしは寺院のような場所にいました。

そこで私は学びたいことを
学んでいました。

隣にいる人は自分がそこにいることについて不満がありつつも
私がいるからそこにいるという様子でした。

私はその人に対して
「不満があるのに、どうしてここにいるの。
 私はここにいることを、私が選んだんだよ。
 あなたがここにいることについて、私を理由にしないで。
 あなたはあなたの場所にいて」
と思いました。

目が覚めたあと

夢の中の隣人に感じた気持ちが
自分へもむけられることに気がつきました。



今日は
介護の実習の中で
大人用のおむつを履きました。
履かせることもしました。



世界は本当に広いのに
自分が自分からはみでないことが不思議です。

わたしたちは
いつまでも
ひとりひとりだな
と思います。

だから
出会えたときや
心が繋がったときには

惜しみなく
よろこぶのがよいように感じています。

2011年3月7日月曜日

やさしくなる方法


ときどきぐるぐる迷います。

ドラマ『すいか』DVD全4巻を借りて
観たのですが(名作です!)

その中に出てくる人々もそれぞれに迷っています。

自分もよく迷うくせに
ぐるぐる迷っている登場人物の肩を抱いて
「あなたはここにいるよ!」
と言いたくてたまらない気持ちになりました。

こんなに、たしかに、ここにいるのに
心がここにないなんて
さびしいよ!
と叫びたい気持ちになりました。


『すいか』
の中で浅丘ルリ子演じる「教授」は
主人公・基子に
「いてよし」
と言います。

自分で自分に判子を押せないでいるとき
誰かがふと送ってくれた力が
心を呼び戻してくれることがあると思います。






2011年3月5日土曜日

Normalization


今日は新月だそうです。
ずっと、遠まわしにしていたことに着手することとしました。

それから、
先月から福祉の勉強をはじめました。
もうしばらくのあいだ、
関心はあるものの踏み込めずにいました。

でも今は、勉強をはじめてよかった
と思っています。
どこへ向かうのか まだわからないながらも。


Normalization
ノーマライゼーション:普通にすること

というアイデアがあることを学びました。

もともとは1959年にデンマークで
知的障害者の生活を保障するものとして定義づけられたものだそうです。


障害の有無に
関わらないところであるとも思うのですが
(そして、わたしはどこかで
障害の程度の差があるだけで
すべての人が障害者であるような気がするのです。
または、健常者であるような)

障害や老化によって
日常生活動作が衰えたり
スムーズに行うことができなくても

その人が、
その人らしく
人間らしい生活を営む権利があり
その権利を尊重する

その人らしい日常生活を
営み続けることができる

というアイデア
のようです。



いいな
と思いました。