2011年5月30日月曜日

猫を撫でる人をたびたび見かける。

雨があがった。

昨夜NHKで細野さんの番組を観た。
生きているということが
会いたい人に会いたい、いちばんの理由だなと思った。

2011年5月29日日曜日

「前の駅を出発しております。もうしばらくお待ちください」

手紙をずっと出し忘れている

雨はずっと降っていて
そのずっとのことといったら
ずっとで
ずっとのことを考えていると
ずっとから逃げたいなと思う

昼寝するこどもにはタオルケットがかけられて
おへそは守らなくてはなりません

かみさまの垂らす釣り糸に
ひっかからないように

赤いポストが待っている気がする

雨がずっと降っていて
ぬれた服で電車に乗れば
車内の窓も曇りだす

スーツの生地はざらざらとして肌にかたいから
わたしがやわらかいのがよくわかる

となりの人の呼吸のリズム

生きているよね、ね


書いた気持ちが古くなる前に
手紙を出そう

赤いポストがあくびしている

雨がやんだらもう
知らぬ顔をされるだろう
 
 

1歳おめでとう。


夕方
なにも持たないで橋を渡るときの気持ち


風が渡る 波の背金色


西日浴びる腕も頬も
水を喜ぶ魚みたいに
風を喜ぶ凧みたいに
ぐんぐん世界を吸い込もうとしている

まだ何もかも明るいのに
向こうのマンションに
光が並んで

隣の橋を行く車も
ぱらぱらライトをつけ始める。


遠くにあるものも
懐かしく
色々あった今日だけど
からだの力もなんだか抜けていて
今は素直な
いい気持ち。




Tuuliにいるとき、
しばしばわたしは
そういう気持ち。



深く息をつけるような
気持ち。




昨日は
入間市駅ちかくの
cafe Tuuliの一周年のお誕生日でした。


窓からの風がさーっと
細長いお店の奥まで

キッチンの音






トゥーリ、という
風という意味のその場所を思うとき
私のなかでいつからか
吉野弘さんの『生命は』という詩が
ふと立ち上がる。


 
生命は
自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
・・・
吉野弘『生命は』



小学生のときに先生が
吉野さんも当時、狭山に住まわれているとお話してくださった。

詩の言葉は普遍。

きっと誰が読んでも。


でも

たぶん、同じ川面をいつか見て
同じ匂いをかいでいた。

Tuuliの まりちゃんと
吉野さんと




水面を渡ってくる風に
髪の毛湿らせたことがある やさしさ


つむじくんの 正直さ



いいお店が
近くにあるんだ。

http://cafetuuli.jugem.jp/

2011年5月27日金曜日

ごくごく水を飲むように今日はきのうに



予感だけが満ち満ちて
閉じた傘を揺らしている

湿気た風寄せてきて
小料理屋の窓辺の小さな電飾

彼女たちは今晩餃子



会いたい人に会えれば その日はやさしい日になる
会いたい人に会いたかったと言われれば わたしがやさしい一日になる



さっきまでの時間が
知らない家の窓のむこうみたいに
もう懐かしい




2011年5月26日木曜日

それはしずかな景色です。

DOWN

DAWN
になると
よあけ
になるのだなぁと
思いました。

ちいさなひとたちのこと。それはわたしたちのこと。

雨の気配ひたひたとした涼しい風が
朝からふいていた。
紫陽花の気配が大きくなる。
綺麗で好きな花だけれど
あの花はやっぱりおばけみたい。

ぐっぐぐっぐ水を飲む気配が今世界を覆ってる。



わたしは今すこしずつ
関心を持ち始めていた児童福祉に携わる機会をもちはじめました。


このあいだのこんこん市で
こどもたちと絵を描いて

ほんとうに無条件に

どんなこどもも、しあわせでなくちゃ
しあわせであるように。

と湧いた願いは
胸のなかで、星のようになりました。
生まれたばかりの小さな星ですが、
迷ったときはそれを探せばいいのだなと思います。


tanaka norikoさんというライターの方のブログで、
あんざい果樹園さんの気持ちを知りました。
http://noricoco.exblog.jp/14705216/


わたしはもうすぐ30歳になるので
自分がこの人生でこどもを産み育てるのだろうかということを
ふと思います。
それはご縁のことと思うので、わかりません。

でも今、

どんなこどもも、みんなのこどもだと思います。



幼稚園、保育園の先生になろうとしている人たちを教えている、
大事な大事なともだち、じゅんこさんや
cafe leuteでもお話会をしてくださった助産師の、正林さんとの出会い

それから、近くで
こどもを産み、育てている友人たち
産み育てようとしている友人たち
出会ったこどもたちが
わたしにそういう気持ちをくれます。

はずかしいくらい、
わたしもいまだにこどもなので
わたしがこんなことを書いていていいのか
どきどきしますが
でも。


Tuuliのつむじくんは
blogに

昔はよかった
と伝えていくことより
未来
今よりよくなったと
言えることは
どんなに素晴らしいだろうか
と、書いていて
ほんとうにそうだよね、
と思いました。

そうだそうだ。

でも話がほんとうに大きくて
ひとりじゃ途方に暮れるばかりなのだ。

手をつないだらどうだろう。
近くの人と、話してみたらどうだろう。


すこしずつのことしかできないけど
すこしずつがいっぱいになったら
すこしずつはすこしじゃないし


自分の歩幅より大きくは歩けないことも、
たいせつ。
わすれては、いけないと思ってる。






出口は入り口



2011年5月25日水曜日

出口


祖母の隣に座って演歌ショーを一緒に観るとき、
ちいさく祖母に寄りかかると
祖母もわたしにちいさく寄りかかる。

妙にロックテイストな洋装で歌う演歌歌手を観て
「着物の方が似合うね」
と言うと祖母はぐっとうなずき、すこしの間のあと
「うん」
と言う。

祖母の心は、祖母にしかわからない世界の中に根ざしているけれど
心はとても大きいから、今ここにまで波寄せていて
目の前のものを一緒に見つめることができる。


ほんとうは
どの人ともそうなのだよなと思う。



おなじ景色を一緒に見られるということはトートイ

とうとい。




誰かと一緒に作業をはじめるときや
新しいドアのむこうに行くとき

わたしは
今まで集めてきたすべての荷物を持ち寄るもの
すべてを背負っていくものだと思っていた。

でもそうではなくて

集めてきたすべてを置いて、
何も持たないで出かけるものなのかもしれない。

そう思った。

わたしは生まれてこの方ずっと
ゴーマンさまであったなと思った。


昼ごはんは混ぜご飯(鮭、ごぼう、にんじん、しめじ)
大葉と胡麻をたっぷり

2011年5月24日火曜日

正体はジャスミンだった。



雨があがった。
緑が揺れるのをみて心しずか

学ラン高校生3人すいすい
自転車並走

自分をゼロにできれば
なにもこわくない。





今日は
cafe leuteの誕生日

あの大きな窓のむこうを眺めているとき
「世界に魔法がかかるとき」
という言葉がふと浮かぶ。



love
http://cafeleute.blogspot.com/


2011年5月23日月曜日

あーまいにおいーすーいこんだらー

 
 
雨がよく降る。
紫陽花はくいくい水を吸って、
きっと気がついたら花を咲かせているだろう。

栗の花の匂いに混じって、
このあいだ甘い花の香りがした。
クチナシかなと思ったけれど、まだ少し早いだろうか。

クチナシの花の匂いが好きだ。

夜の方が、花の匂いは強くなる気がする。

だから春からずっと
夜に歩くのが気持ちいい。

最近重なる偶然がある。

何かのサインだろうかと思うけれど、
あまり期待はしないで
小さく横目で見ている。
 
 
 
きみにピース
雨の日はよく眠れる気がする。

2011年5月22日日曜日

病み上がりのピース

風に揺れる葉の音で
緑が深まったのがわかる。

しゃわしゃわとここで緑が揺れるとき
離れたどこかでもやっぱり
ざわんざわんと緑が揺れている。



本当に久しぶりに届いた彼女からの手紙

懐かしいくせ字は以前よりもまるくなっている。

手紙と一緒に届いたプレゼントを包んだのも多分彼女だと思うと

そこに宿っている彼女の気配に触れていたくて

包装をひらけないままでいる。
 
 



3月の地震のあと、
なんとなく聞ける音楽が少なくなって

だからこそ聞きたいと思い浮かぶ音楽があった。

ホフディランの『欲望』もそう。

手紙をくれた彼女も好きだと言っていた。






体調を崩して弱気になったけれど
昨夜繰り返しあのばかばかしいジンギスカンの動画を観て
ゆっくり眠って、ちゃんとごはんを食べたら元気がでてきた。


あたりまえのことが
あたりまえにできれば

人はいつでも
ちゃんと回復するのだなと思う。

あたりまえのことが、
あたりまえにできれば。



手紙をくれた彼女は中学時代の親友で
中学の3年間だけ狭山で暮らしていた。
高校からは宮城に戻り、今は仙台で暮らしている。


「ほんとうのこと」
がどこにあるのか、私にはまだまだわからない。


体を覆っていた風邪菌が引いていったら

ぐるんぐるんだった頭の中に

いくつかの言葉が残っていて


それは
いつか友人たちがそれぞれ話してくれた言葉なのだけど

それをたよりに、

すこし歩いてみようかと思う。

2011年5月21日土曜日

くだらないのピース

この間、幼なじみと話しているときに
「ジンギスカン踊りたい!」
と言ったら
「夜の運動会くればいいじゃん」
とすぐに返事があった。

夜の運動会というのは
わたしが通っていた幼稚園(今は幼なじみのこどもが通っている)で
初夏の夜に行われるイベントで

締めでは必ず
キャンプファイヤーを囲み、

息を弾ませながらみんなで
ジンギスカンを踊る。


えんえん踊る。

ポロシャツのお父さんも
お尻の大きなお母さんも
日に焼けたこどもたちも
踊り続ける。


汗をかきながらみんな笑ってる。

足がつっても笑ってる。


なんだかそういう
ばかばかしいくらい無意味で
楽しいことが
とてもしたい。


何のためにもならない、
笑えることがしたい。

みんなでしたい。
というかみんなで笑いたい。

お腹を抱えるくらい
いっぱい笑いたい。

そろそろユーモアの
出番ではないでしょうか。 





ひかないでー。
いやもはやひかれてもかまわない。
元気だいじ。

2011年5月20日金曜日

ユーモアは世界を救う




熱がでた。
いつも健康でめずらしいことなので
体の変化をじっと観察してしまう。

腕も足もパツパツとして熱く、
自分の体だけど
こどもの体みたいだなと思う。


体温が高い小さなともだちのことを思い出して
なんだかやさしく、
心強いような気持ちになる。



我ながらばかばかしいが
友達が元気がないことや
いろんなことが
全部どこかで自分のせいな気がして
自分が頑張れば解決するんじゃないかと

本気で思っていたことに気がついて
それからわからないけど涙がでた。


なにもしていないのに
オーバーワーク


呆れ話だし
笑い話になればありがたい。

どうしたらいいのか
わからないのだけど、


今度おいしいごはんを一緒に食べよう。


延滞していたDVDをTSUTAYAへ返しに行く。

デトックスデーだなと思う。 
 
 

嘘をついても仕方がない。

ひさしぶりに風邪をひいた。
発酵しているパンの中ってこんな感じかなと思う。

夜が透明

月を見た。何度も。

2011年5月18日水曜日

もうひらいているのに。

もしも、自分の状態が一枚のお皿の上にあらわされるとして

「今よりもうすこし、やさしい状態」をのぞむとしたら

お皿の上にくわえたいやさしさの分だけ

なにかを退かす必要があるのだろうか。

そうしたらわたしは何をすてるだろう。

書店の雑誌棚の前でふと思った。
 
 
 
そしてその「なにか」を差し引くということは

「なにかである状態」を生みだしている

行動、環境を変えるということなのだなと

エレベーターを昇りながら考える。










電車の中で高山さんの日々ごはん⑫を読んでいたら
11月23日の日記が、またよかった。





・・・

 丹治君の、「働くっていうのは、人のために動くって書くんですよね」というのと、
「ドリトル先生って、ドゥー、リトルなんです。ちょっとのことしかしない人っていう
意味の」という名言を思いだしながら。(中略)
 ドリトル先生は器用な人ではないから、できないこともたくさんある。だからこそ、
周りの動物たち(不器用だけど、何かひとつはとりえがある)が知恵を持ちよって、
助けてくれる。それぞれは皆、ドリトル先生を大好きで信頼しているので、力の
すべてを出して役に立とうとする。そして、人に喜ばれるような素晴らしい仕事を、
力を合わせてひとつひとつやってゆく。まるで「クウクウ」のよう。マスターがドリトル先生。
アヒルのダブダブはリーダー。
 暗くなったので、起きて風呂に入る。

・・・

『日々ごはん⑫』高山なおみ / アノニマ・スタジオ




高山さんの日々をとらえる目線や、心の行方に
どれだけの人が
ぐっと力をもらっているんだろう。

今、引用しながら思った。

高山さんも好きだとよく触れている
武田百合子さんの『富士日記』にもやっぱりそういうところがある。

人がひとり、生きているということは
すごいことだなと思う。

その人がその人だけの心で
日々を体験して
はっとするようなこと
なんでもなく流れていくこと
毎瞬、思うということ。
 
そういうものを
共有したいな、と
いつもどこかで思ってる。
 
  
 
 
 

 
夜、
土手の雑草の影がずいぶん高くなっていることに気がつく。
 
 

2011年5月16日月曜日

たましいみせてよ

 
 
茫然自失

湯船につかったまま朝になっていた。
すっかり水風呂になって指は白くふやけている。


それでも
昨日が本当に楽しかった。
まだ、気持ちの全部は言葉にならない。
すごい一日だった。胸が熱くなる。

こどもと絵を描くことは
やっぱり最高に楽しかった。

ちいさなひとたちの
自由さも優しさも繊細さも傲慢さも、いとしい。

それでわたしは
おおきくなったひとたちも、好きだと思った。
今よりもまた、好きになれるかもしれないと思った。

いじわるも
強欲も
いじけ虫も
もうどうでもいいじゃないか。

それちいさなころからあるものだよ。
持ってていいんだよ。

なでてやろう


つけあがらせはしない。
でも、愛をこめて。



これを昨日、
教えてくれたのが
いっぱいのこども。


 
 
 
馬を描こうとしていたら
「これ何?」と聞かれて
「なんだと思う?」と聞き返したら
「きりん」と答えたから
そこから一緒にきりんにした。

「何を描きたい?」と聞いたら
「ハート」と言うから
「じゃあきりんにハートをあげよう」と言って
きりんに心をあげた。

「自分が描いた絵、見てごらん」
って言って、
すこし離れて一緒に見ると
笑っているのが背中からもわかる。


筆の運び方も様々で
ひとつひとつ、いとおしい。

 
 
 
すごい瞬間を
もらったような気がする。


 
 


 
 
昨日、会えた人たち
穏やかな人ばかりだったけれど
よちさんのいうところの「ワル」がある人ばかりだった気がする。

ロック

やさしい顔してやるね。
好きだ。

思い出しながら思った。

そしたらそんな人に今日もまた
どうしても会いたくなって
彼らに会いに行ってしまった。  → 


こどもは天才。

だからみんな天才だ。
 

ハートをかくんだよ、


こども天才。

こんこん市は
本当にひとりひとりの笑顔が心に残るすごく楽しいおまつりでした。

ヨチさん、ヨーコさん
本当にありがとう。

壁の絵は
こどもたちと というか
こどもたちが描いてくれました。
ものすごく、楽しかった。
興味深かった。

本当はこの絵の前に人が立つと
すごくよい景色になるのだけど
人の写った写真は載せてもいい?
と聞けてないので。
想像してみてください。

ほんとうに強い絵です。

それで、残らないことも私はいいと思う。

真っ白に戻します。



14時46分からの朗読のはじめに

すーごくおいしいスタッフ弁当を作ってくださった
うみのわっか弁当のやんさんから教わった
ハワイの言葉を読みました。
ALOHAの意味。


Akahai E Na GAIA
Lokahi A Ku Like
`Olu`olu Ka Mana`o
Ha`aha`a Kou Kulana
Ahonui A Lanakila 



思いやりをもち
助けあうことでハーモニーが生まれる
明るい方向へ向い
どんなことが起きても謙虚さを忘れないでい続けると
生命が輝き包まれる


本当は
GAIAの部分はHawaiiなのだそうです。


ALOHA
教えてくれてありがとう。


書きたいこと
もっとある気がするけど
茫然自失気味です。

ここまで。

天才画伯たち眠っているかな。

こどもはみんなしあわせであること。
今日すごく強く感じました。




ピース

おやすみなさい。









2011年5月15日日曜日

山笑う



快晴だ。

稲荷山の駅で
ジョンソンカフェのユウスケくんに会った。


ジョンソンカフェは
稲荷山の滑走路となりの
お酒と音楽おいしいごはんのお店。


ユウスケくんはそこで毎晩働いている。

爽やかな初夏の光線の下、

あんなにも
夜の匂いをまとい
真っ赤な目で
「頑張る」
と言いながら
BBQに向かう人の姿を
初めて見た。


それはなんというか、
カッコイイ話だと思った。


そして私は
杉戸町へむかう途中。

それぞれの人の今日が
やさしい日曜日であるように。

たのしい音楽
流していいよね。

2011年5月14日土曜日

 
もうすこし知って身につけたいことができたので
アルバイトをしながら夏いっぱいまで勉強を続ける。

みんなそれぞれに
生み出すものがあるのに
とても真摯で真剣なのに
わたしは足りてない。
だから届けられない。
それが悔しいんだ。
もうこの気持ちは書かない。

わたしも頑張るから君も頑張れ!
でも、心の反対にむかっては頑張らないで。

それから
頑張りすぎな人は休め!
コマンド「命をだいじに」です。



明日はこんこんです。
思いきり絵を描くよ。描こう!

それから
言葉のことがやっぱりやりたい。と思って伝えたら
14時46分からリーディングの機会をいただきました。
詩を書いたので読みます。




結城では
s-clothes-treeさんがnaguさんでの受注会に加えて
cafe la familleさんにて展示をなさるそうです。
とても行きたい展示です。



 
 
 

サタデイ

 
朝4時過ぎに
鳥が鳴き始めた。
窓を開けたら冷たい風、雨上がりの夜明け。
むわんと緑の匂い。
山の風だ。


窓を開けたまま、またフトンに潜る。
フトンの中から
夜明けの外の音を聞くのはやさしい。


お腹が減っている。
ホテルのモーニングが食べたいな、
と思う。

冷たいサラダにパンとバターと
スクランブルエッグ
オレンジジュース


眠たい体に
テキパキ用意されるモーニング。


もそもそ食べているうちに
お腹があたたかくなって
パリパリのシーツで眠った体が緩んでいく
あの感覚を思い出す。


雨戸をあける音がした。


それからまた寝て
7時過ぎに起きる。


アーアー吠えてたカラスもいない。
と書いたら
遠くでアーアーいっている。




2時間すこし眠ったのだ。


4時に起きた後、
はじめましての女の人に会って、
その人のかわいい顔も着ていた洋服もはっきり思い出せる。
デニムのスモッグみたいなのを着ていて
絵を描くときにこういうのはいいなと話しながら思っていた。


起きてしばらくしてから
あの人、夢の中の人だったんだと気づいて小さく衝撃。


出会った感覚が具体的すぎて。




 胸の中がまだすこしイガイガ。


でもそこに悔しさを見つける。


悔しいということは
自分がやるべきことをできていない証拠だから
次が見える。
やる。








明日はこんこんこーんです。
 
 

フライデナイト

金曜日は
一日中胸がぎゅっと苦しかった。

いろんな色が重なって
もう何色なのかわからない。
でも放り投げないように。

夜になって
高山さんの日々ごはん⑫をひらき
9月4日の日記を読んだら涙がでた。

 
 

 
夜中に目が覚めて
すごく心細く怖い気持ちになって
でも家族の部屋をのぞくと
自分の纏っているどきどきと
全然関係のない無防備さで
あかるい寝息をついている人がいる。

そういうことがある。
世界のやさしい側面として。
 
 

2011年5月12日木曜日

それはどこへいきますか。泉の湧く音がしますから。


夢を見て、ここ数日は起きると忘れてしまうのだけれど
親しい人たちとくっついて話しているような
そんな感覚だけ残っている。

今週末の日曜日には
杉戸町のyuzuriさんにて
きつねヨーガのみなさまを中心にして、
こんこん市という楽しいマーケットがひらかれます。

それは素敵な市になると思います。


昨日、なおちゃんのブログを読んだら


学生の時詩人の先生は困ったときはとにかく愛をこめると言った
とっさの行いが愛のかたちかも



という言葉がありました。

その先生のその言葉を 
私も一緒に聞きました。
心に残っています。


迷ったり
見失ったり

あたらしい方法を探したり

もしも困ることがあったなら

いつでもここにかえろうと思います。

心に浮かんでくる
「できない」「やれない」という言葉を
せっせと拭きとりながら。


ここ最近
様々な場面で 様々な人のそれぞれの姿に
ふとした瞬間、はっとすることが多いです。
なんでもないところに見えてしまう。

みんなすごいなと思う。


引用ばかりになってしまうけれど、
ここもぐっときた。




ひとの心を動かすって どんな風に見えても
そのひとの精一杯





なおちゃんの言葉、読んでみてください。 
http://hiraitatenohira.seesaa.net/

 
 
 
こんこん市の詳細は
yotiさんのブログをご覧ください。

当日はおいしいお店がたくさん並びます。
お皿、カップ、お箸などお気に入りをご持参ください。
また、ゴミのお持ち帰りにもご協力をお願いしております。

ほかにも、被災地へむけて力になれそうなこと、ありそうです。
ご確認いただけますように。


たのしもう *
http://kituneyoga.jugem.jp/




 
 
 

TRUST ME 




2011年5月11日水曜日

正直になること。素直でいること。努力すること。



本屋さんで気になっていた本を手に取る。
胸が震えて、喉から心が落ちるかと思った。

いつでも頭より先に
心がピカッと光る瞬間があった。

こんなに正直にやってくる本心を
無視しちゃだめだろうと思う。
 

2011年5月10日火曜日


帰り道
足下に星が落ちていました。
どこからやってきたのだか。
落とした子は
大丈夫かな。
ここにありますよ。
また見つけてね。






どんな気持ちになったらいいのか
まだわからないうちに
世界が動いていくから
しっかりしないと。


 


朝、
高校からの友だちからメールがきた。

その子のこと
考えていたから嬉しかった。




たった二ヶ月なんだよ。




たくさんの人が
誰かのこと
思っているのかな。
日が落ちてから
どんどん悲しくなってきたのは
そういう気持ちの人が
たくさんいるからかな。



今日は電気をはやめに落とそう。



まだまだ
お祈りが必要。
とても悲しい。




 
 
 
ピースピース
きみにやさしいがあるように





星が心に
もどりますように

そっちへいくよ。今すぐだよ。


昨日とは違う場所で月を見つける。
月の形も変わっている。




明日も月を見るだろうか。
どこで見るだろうか。
雨が降るかもしれない。




月を見ただろうか。
どこでどの時だっただろうか。
雨は降らなかったのかもしれない。空に。
濡れないでいてよかったね。
シャツ越しに夜でしょう。

いくつの人に今日の月が映ってるのかなと思うと
寝てる人が優しく光ってるみたいで
フトンに入っても
どきどきして
涙がでそう。


このまま何もかも
優しく
寝息ついて
守られていたら
それがいいのに。



新聞が届いて朝になる。



ピース
ピース
ピース

2011年5月8日日曜日

アンドピース、アンドピース

 
 
 
 
 
 

宵の口
空に鳥影


カラスにしてはと思ったら
白鷺だった


山の上で見るのは珍しいと思った



月がほほえむ口の形




失語症のおじいさんが
おかあさんのうたを聞いて泣いた


自衛隊の飛行機の音



ここはどこかに繋がっていて
どこかはここに繋がっている
あたりまえだわな
ひとつの場所の話





数日前から

忘れよう

って頭に浮かぶ



忘れたいのは
自分の声だよ


思考が世界の型をつくって
目に見えるものを選んでいく


ないのにあるみたいに
自分の考えみたいなものが出来上がっていくことが
こわいよ

 
その考えの中で

考えなくなることが こわいよ



ありえない






わたしはもっと
人と会いたい

その人の声を
聞かせてほしい

ドライな目で
風景を観察する


自分の目線に世界を寄せるな




忘れる
忘れる

ご破算だ








クワイエット

吉祥寺のにじ画廊で開催している
小池アミイゴさんの
『その辺に咲いていた花の絵』
10日火曜日までです。

すごくよくて、
だからもしお時間ある方は行かれるといいなと思っています。

http://www.yakuin-records.com/amigos/



 
 
 
 




4月に入ってから
自分が思ったこととか見たことを
記録しようと思ってなるべく毎日
ブログを書いていました。

最近、自分の声がうるさいなと思います。







耳をすませたほうがよいのでは。







自分の声が景色より大きくなるのは









水彩で絵を描いてます。
ポスターです。


よい日曜日を。


 
 
 

2011年5月7日土曜日

目がキラキラしているよ。

 
 
なんでわからなかったんだろう、こんなに簡単なことが。
と思う。


ずっと探して歩いていたもの
スタート地点にあったじゃないか
と気がつく感覚。


でもスタートきったときにはやっぱり
見つけられなくて
いっぱい探して歩いてきたから
気がつけたんだろうな。


そういうことばかりな気がする。






今は、わかる。
きっともっと、わかっていく。


だから歩く。
今日、よく眠ったら
明日もまた歩く。




 
 






 
 
 






 
 

2011年5月6日金曜日

ピース、ピース、アンドピース

 
 
 
高いところに立つと
ずっと遠く遠くまで
地上が見渡せて
胸の奥がきゅっとなった




遠く 遠くの
続きの 続きの




車のライトが流れてる
あっちで こっちで むこうで むこうで


願い事100こもっても大丈夫
間に合うよ






ぜんぶの中に誰かいる


その人のすべて
心臓が動いて温かい
ハンドル握る指に爪


何かのことを考えて
どこかを目指してる








だだっ広い駐車場の脇を通り抜ける
ライトの消えた車のすべて
抜け殻に見えてこわかった




「フトンで寝かせてとは言わないわ
 ただ忘れないでほしいの
 朝まで私がここにいること」     
 


    


(そこはどれくらい寒い?私たちはどれだけ無頓着になれる?扉を強く閉めたこと、ごめん。忘れないでいる。忘れていない)








          ○








虫がジージー鳴いている


自転車をこぐ体には
わたしが宿って温かい
 
 
 


 
 
 


 
 


 

2011年5月5日木曜日

あの日の日比谷の夜の空気の


 
 
 
 
朝が白かった。
風がしんしん渡って
顔のおもてが草原だったらそれはよかったです。

 

 
 
 

2011年5月4日水曜日

心がふるえるので、壁にうつる光をしばらくみていましょう。



cafe leuteの
5月のMarkt
やさしい笑顔をたくさんお見送りして
パタンと扉をとじました。


おーい、
おーい、
ほんとうに、ありがとうございました。


今、家に戻って
ひとり

胸の中に灯ってる小さな今日の炎を
だいじにみているところです。



会えてよかったです。






なんだか
その一言に
つきてしまう気がする。


来てくださった方々へも。
一緒に出店できたみなさんへも。
ロイテへも。

DMつくってくれたゲンタさんへも。
それを置いてくれた、たくさんのお店一軒、一軒へも。

ぐるぐる
その一言が
めぐっていく。





わたしたちに

つづきがあることは

かみさまがくれたとびきりだ。



Tシャツに添えた一枚の紙の中で
ふたりの人がある時間の中で
明るく通じる
短い場面と
その後の
それぞれの帰り道の場面を
書きました。


裏はポスターになっていて

そこに


きみを信じることは
きみの瞳のなかの
わたしを信じること



という文章を入れました。



この言葉は
最近
実感した気持ちだったのだけど、

もしかして前に
誰かから
同じようなことを話して聞かせてもらったことが
あるような気もしてきて

記憶から
のぼってきた言葉なのかもしれません。


奈緒ちゃんから、
聞かせてもらったのだったか。




ともあれ
本当にそうなのだなと
思います。



今日、会えたひと

優しさとか
すごく本当に綺麗な誠意を
前にしたときに

わたしもこたえられるように
一緒にそこで通じ合えるように

心を
ぴかぴかにしていようと
気持ちが強くなります。






反省したり
まだまだだなと思うところが
たくさんあるのだけど、





たましいの光で
照らしてくれる人と
出会って
その人と向き合える
方法は
ひとつだけ。

わたしの心を
静かに磨くことだけな気がする。


なかなか
転ぶこともあるけど。
でも。









ありがとう
照らしてくれて。

あなたのことだよ。

一日目


空が明るくなってきた。


さっき、
目が覚める前まで
トットちゃんと校長先生が出会うシーンを
夢の中で見てた。






今は昨日になった、
マルクト初日
金色のBB弾のひとがやってきた。



赤ちゃんだったあのこは
とてとて歩いて、顔あげてよく笑う
お日さまみたいな女の子になっていました。





自分ひとりで
八幡さまの長い階段
のぼりきる、つよい











雨が降って
ガレージから窓の中を覗けば
歌声に聴き入る人たちの表情や背中が
せつなくて

窓が曇りそうなくらい
温かく見えた。



マカロン配ってくれた歌うたい


笑ってる目の奥に
溢れる心がみえて
胸が熱くなる。




会える人には
会えるようにできているなら



まちがえることも
ないように思える。





過ごしてきた時間の全部を
開き合うことはできなくて



でも
ふとした瞬間に
感じては



声にださない
いたわりが
肩におちる。





目に見える景色の中で今
笑っているそのひとのことを
好きだと思う。





出会えるなら




どんどん明るくなってくる。
鳥が鳴き始めた。







今日もマルクトあります。

2011年5月2日月曜日

ソークール


アヤコちゃんから素敵なカードが届いた。
アヤコちゃんて本当に、いけてる。
虹を渡る男がディランみたいだ。



髪を切ってもらいながら
ジョギングをすすめてもらった。

運動!
ましてや
ジョギング、だめ、ぜったい。

と思っていたのに
今日、稲荷山公園を5周していました。
うち2周は歩いて調整しているので
走ったのは3周だけだけど。
明日の早朝もまさか走ります。

走っていて
体は走れるのに
頭が止めようとするんだ、と気がついて
おもしろいなと思いました。

イノウエさんはいなかった。


走り終えて、
土に手をつけて 走らせてくれてありがとう
と伝えました。
自分の足に触れて 走ってくれてありがとう
と伝えました。


アリシア・ベイ・ローレルが
ライブの最後に
自分のギターと声に
感謝の歌を歌ったのを思い出したから。




そして
明日はマルクト当日でもあります。

Auroraは
Tシャツを販売しますが

Tシャツだけではありません。
Tシャツのことをすこし登場させた、お話つくりました。
小さなポスターにもなるようにして
Tシャツと一緒に、布バッグに入れての販売です。

届けたいものを
ほんとうに楽しんで作ることができたので
この機会にとても感謝しています。


どうか気に入っていただけますように。



昨日
joyce cafeさんと
明日の約束をして、
それから握手を交わしました。
この厚い手で
あのおいしいコーヒーを淹れるんだ。と思いました。

すてきな日になります。



ぜひ おたのしみに。







いけてるayacoちゃん → 
いけてるパーマ屋さん → 
いけてるjoyceさん → 
いけてるマルクトをひらく いけてるロイテ → 




いけてるって

心があるってこと。


 
 


 
ソークール!
 
 
 
 


「アレクセイ、」

 
 
住みがたい場所を規定で住める場所にするなんて。

でも、信じられるものが明らかになる。

 

ロックンロール

 
 
『魔法のじゅうたん』をバックミュージックに
パーマ屋さんに見送られて電車に乗る。

「ロックですよ、なおみさん」



5月になった。







shure という場所が生まれました。

shure とは 古代ギリシャ語で
精神を自由にするという意味を持つそうです。




自室の窓際の壁に
「精神の自由」と書いた小さなメモ用紙をずっと貼っていました。
細いボールペンを使ってちんまりしたくせ字で書いたものでも
その言葉はすごく美しい方向を示している気がしました。

ここへ通じていたのかな
とふと思いました。



でも、終着地ではない。

流れはつづいています。



強い風が吹いてオリーブの木が揺れていました。

あの結婚式の日みたい、と思いました。

大切な日にはいつも、強い風が吹いているような気がします。

未来が動いているサイン



今日の気持ちでじゅうたんを織って
乗り込んだら飛んでみる

乗りたい人がいるたび織り足すよ





shureという場所を生み出した勇気と愛
それから冒険心に
心からの敬意を贈っています。

未来が笑って、さざ波が伝わっています。


shure
http://shure.jugem.jp/