2011年8月31日水曜日

きみのやさしいがやさしいのまま、誰かに届きますように。


(ブロッコリーとジャガイモのドライカレー/cafe leute)










思い返せばこの夏は
おいしいカレーを何度もごちそうになった。










8月最後の日。
ずっと観たかった市川準監督の
『buy a suits スーツを買う』を観た。








心を重ねることを
おそれず生きたいと思った。

誰かのなかで、私を離れた私が育つこと。
私のなかに、私が受け取る誰かがあること。

関わること。


 
 
 
 
 
 
なにをしていても、時が流れていく。
姿が変わっていく。
 
 
 
 
生きてみよう。 
 

2011年8月29日月曜日

みーちゃんたちのおうちは車になっていて、どこへでも行ける。

雲が薄く長く伸びる朝だ。
自転車漕ぐ背に汗かいても
空気の奥がすん、と冷たい。


待ち合わせの約束のメールに
「空気が変わった」ってあって
今、そのこと思ってたよって電話する。


朝8時半の駅のホームに
夜のまま鈴虫の声。



新幹線のホームに
立ってる夢をみたのだった。

2011年8月27日土曜日

「守ってあげる」




やさしいニュースが続いている。

 だからか

今朝みた夢に
長く会っていない女の子がでてきて

晴れやかな顔した彼女は会うなり
「なおみ、わたしもう大丈夫だから」
と言った。


本当にそうなんじゃないかって思えて
目が覚めたあとも
心がすっとしている。
 
 


2011年8月26日金曜日

星空



髪の毛を切ってもらって隠れていた耳が出たら
自分のことばを離れられる気がしました。
 
 
耳を傾けるということと
理解するということが
いっしょに起こらなくてもいいのかもしれないなと思った。

簡単に自分のことばに
引き寄せて噛み砕かなくても。


 
 
 
ドーナツ食べたいなと思っていたら差し入れでもらって
彼女の会議が終わるの待って半分こして食べた。
 
 

2011年8月24日水曜日

腰痛予防したいと感じていたら
ヨガ教室を紹介してもらったので
体験レッスンを受けた。

「生きていればみんなそれぞれの形に歪んでゆく」
と先生が言ったとき
涙がでそうになった。

関節に障害のある人が
「わたしの体、曲芸みたい」
と言うから
「わたしは体が固すぎるらしいよ」
と話題をスライドさせる。
違うよ、というのも違く思えた。



ひとつの歪みが生まれると
その負担を補う為に
違う箇所にも歪みが生じる。

くねくね歪みながらも
軸を見つけてなお、
立とうとするのは
美しいことに思える。


そして
歪みに手をあてて
理学療法士が負荷のかかる部位を補っていく様や

筋肉をのばして歪みをただしていく健やかさに触れるたび

視界が開けるような感覚がめぐる。





太陽礼拝というポーズした時
「太陽、ハロー」
と先生が言って

太陽の方向むいて拝まなくても
光に囲まれてると思った。


ハロー

2011年8月21日日曜日

テニスコーツ、エスパーズ、

ノースリーブスってすごくかっこいいバンド名だなと思ったらアイドルだった。
しかしかっこいい。

雨音
夜勤明け 半袖で帰るの寒かった。

みんなパーカーやカーディガン着てる。

肌寒くて
薄手の一枚では心細くて
おなかがきゅっとする季節は
重たかったタオルケットも柔らかくなる。

「PASMOで払います」
緑の輪 点滅、


電子音が響くのは秋のはじまるサイン。

スーパークールビズ・ワールドは今やUFOの中。銀河のむこうがわ。だ!
 

 
 

 
 

 

 


2011年8月20日土曜日

ハッピーバースデー!

昨日と今日は同じに見えても
全然違う
そういう毎日を
一日、一日、一日、

新しい日

いつもの顔

小さな不満

報われる優しさ

繰り返す繰り返す

退屈なふり 何かを待って

動く景色を見逃す贅沢


知らぬ間に誰かの奇跡になりながら

変わってみようと時々決断する。



朝がきて
夜になって
朝がきて


たくさんのものを失っているけど
気づかないでいられる

たくさんのものが今日
生まれているから



ここはよいところ?
とたずねられたら

よいところ

とこたえられるように

きみに
ようこそと

いえるように


一日、一日、

2011年8月19日金曜日

帰省

今週のはじまり、映画館へ行って久しぶりに映画を観た。
コクリコ坂から と 奇跡
奇跡 は川越のスカラ座で26日まで上映しています。

奇跡を観終えて劇場をでたら
光がやわらかく、空気が軽やかで
いい映画を観るとそうだ、世界がすこし変わるんだったと思い出して
映画は映画館で観るとやっぱりいいと思った。

つい冷たいものを飲みすぎて体が疲れたので
右半身を上に横向きに寝転んで
肝臓のところに手をあててあたためる。

むくむ足をマッサージする。

体調が戻ったら
出かけていた心が
からだの芯に戻ってきた。おかえりなさい。とてもあなたがなつかしいです。

あいぽんからもらったzineを眺めていたら鉛筆で絵を描くのがすきだと思い出す。

回復
recover 

治るっていうことが「元に戻ること」というアイデアが好きだ。
とても美しく感じる。

つけたしたり、強化したり
そうでなく

ある状態にあるようにする ということ。

ともちゃんが作ってくれたハートのブローチが大好き。

心を忘れない。

雨がやんだら草に寝転びたい。

暑すぎてたぶん、忘れていた色々なこと。
もう私は、何者にもならない。

治ろう。

2011年8月17日水曜日

おかえり

大切な友人が長い旅から帰ってきた。
顔を合わせると、今までもずっとそばにいたみたいで
ずいぶん会っていなかったその時間が
どこかにいってしまったように思える。

でも彼女のなかにはいくつもの風景が
人が光が生きていて

彼女は確かに旅の先の今にいる。

サムシング・グレート

隣り合って生きても出会わないこと
離れていても思い合えること

なにによって 出会えるんだろう

「愛」って返事が、心からやってきた。

おかえりなさい。

2011年8月14日日曜日

わたしたちちかくなれるかな

人は沢山いるけど
わたしはひとり

とあのこが言う。

わたしは確かにわたしの中にひとりだけど
わたしの中にだけわたしがいるわけではないと思う

とわたしが言う。

それから話は
ぽつぽつ続いて

すこしずつ
わたしの中に彼女が
彼女の中にわたしが
生き始めていく。

2011年8月13日土曜日

「水槽の水がぜんぶ新しくなってしまって、
透明過ぎて拠り所がない」
そういう印象を持った、
という話をしながら

自分の心がいま、
そんな風だと思った。


録画できない世界が
どんどん進んでいく。



人に触れることを
からだが少しずつおぼえてきた。


抱きかかえるとき、
自分の力だけで相手を持ち上げたり
支えようとすると
相手にも自分にも
余分な力が加わって痛い。


相手の体を支えるのだけど
自分もわずかに相手に委ねないと
体の隙間が埋まらないのだ。


硬直していてはだめで
体をひらいて迎えに行く。

力を合わせる。

2011年8月9日火曜日

それを話していたのは昨日のことだよ、

昨日の朝、
祭の片付けで商店街に人がでていて
ざわついた気配もすぐにたたまれて
ととのった日常が重なるだろうと思った。

流しそうめんみたいに
目の前を景色が逃げていく。

子どもの頃
夏祭りは夏休みの終わりにむかうはじまりで

祭が明けると
計算ドリルや
自由研究や読書感想文やらが
目に迫ってくるような気がした。

忘れてるんじゃないよ、と。



地球のことを考えよう
自分の寿命を超えたスパンで



社会の在り方を問おう
幸福を置き去りにしない新しい方法



それはそうとしてどうして

目の前のことがこんなにすぐ
流れ消えていくのか



セーブするのを忘れたら
ぜんぶなくなってしまいそうなこの軽さ

だいじなこと
忘れないように。

2011年8月5日金曜日

スターマイン


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明日、明後日の土日は狭山の七夕祭りで
小さな田舎街の年に1度のビッグイベントです。
たのしく夏らしい2日になるとよいねと思います。

雨のバチバチのあとの

 
帰り道に空を見上げたら
涼しくて湿度の高いなか星がチラチラしていて
山の中にいるみたいと思った。
流れ星が流れたらいいなと思った。
 
よしもとばななの新刊を買って読む。
涙をこらえる。

世界は個人の物語に寄らない。

なのにどうして
今ここでこの空の色なんだろうと思うようなことがあって
わたしたちはとても通い合っていると
信じる。時々。

 

2011年8月4日木曜日

どんなかたちになってもいきることができる

自分の中に偏見があって
「○○だからこう」というカテゴライズをしている。
くだらないからやめたいけど、編みこまれてきている。
ゆっくりほどいていきたい。
そうしてそういう偏見は、自分が苦手と感じるものに対して発生してる。
どうして苦手か理由が欲しくて、
その理由にあてはまれば納得できて、
感情をうまく消化できるから作られたのだと思う。
「やっぱりね」という風に。




 
 
 

中村一義/永遠なるもの

2011年8月3日水曜日

ここはあたらしい

ここは8月なのだなぁ、と2回くらいはっとなった。
 
意地悪な心を反省。ごめんなさい。

I find you と書いてあるTシャツを着て眠ったら
「ちゃんと来てくれたから会えた」って夢の中で言われた。

2011年8月2日火曜日

ニューミュージック、踊るひとたち

「リーダー、不思議なことが起こっています。メンバーがどんどんと消えていくのです。持ち場につき作業に集中している人間が、ある瞬間に忽然と消えていなくなってしまうのです。姿は見えなくなっても存在はそこにあるようで、作業を続ける物音がしたり物が勝手に動いたりといった現象が起こります。しかしそれも数分のことで、やがてそういったことも起こらなくなります。ただ彼らの気配のようなものが空気中を漂い、そうしてそれもしばらくすると消えてしまう。
そしてこの出来事についてもっとも不思議なのは、当然混乱すべきはずのこの現象が完璧な安息の中で引き起こることです。深く穏やかな寝息に耳をすますようにして、我々はその『消滅』の一部始終を体験するのです」
「…彼らは本当に『消滅』しているのだろうか。『移行』のようにわたしは感じる。作業に心から集中しているうちに、彼らは彼ら自身の本質を表現し出し、彼ら自身の音を鳴らし始めたのだ。それぞれの音楽は響くべく場所に彼らを運んだのではないか。まったくわたしは根拠を持たぬまま唐突な予測をしているだろう。ただ、そう感じられるのだ」

2011年8月1日月曜日

こころのなかのピース

6月は物置でボートを見つける。旅の予感。改修に明け暮れる。
旅立ちたい気持ちと、誘われる予感。同じくらい働く、留まりたい気持ち。変化を恐れる心。

迷いながら浜辺までボートをひっぱって
波打ち際に浮かべたボートの中で考える。

何も持たないで生まれてきたのだから、何かを持っていなくても、どこかへ行けるのではないか。

風が吹いて、ボートは流された。海に出た7月。
新しい景色。吹いてきた風が心に宿る前に、次の海風を浴びる。
知らぬ間に海原。

この2ヶ月はそんな風に過ぎてきたように思います。

cafe leuteでのTシャツ展、昨日無事終了致しました。
お越しくださった方、心をとばしてくださった方、力を貸してくださった方、
ほんとうに すべての方へ
それから、お天気だったり、狭山の空気だったり、
はたらいてくれた偶然
そういうぜんぶへ
ありがとうございました。

Tシャツ、楽しく着ていただけたらうれしいです。



だいじな人が
オノ・ヨーコが言ってたよって
ひとりでみる夢はただの夢だけどみんなでみる夢は現実になる
という言葉を前に教えてくれて、
今こうやって書くと大げさな気がしてすこし恥ずかしいけど

ああほんとうだな、と思い返していました。


どうしてTシャツを作るのが楽しいかというと
誰かが着てくれたところで、ピース!完成するから。
その人のストーリーの中で。しかもつづきがある。



「今年もやろうよ!」ってあかるい光をぽんと投げてくれたふたり、
わたしも大好きな季節の果物をつかって、みんなが喜ぶとっておきのメニューを考えてくれたり
いっしょにTシャツを作ってくれたり
Tシャツを見てくださっている方に、そっとお声をかけてくれたり
初夏のこのときにいっぱい笑って、過ごせたこと

ほんとうにありがとう。


いい場所だね
おいしいね

いろんな声が届くたび、うん、そうでしょ!ってうれしくなった。

たけしさんとあいぽんもありがとう!!



8月はどんな旅になるだろう。

自分の持っているものを、どんなに人にあげても
ぜったいになくならない。

同時に
出会った人から 空や風から
たえず与えられているから。

感謝と一緒にあたらしい月をむかえられることを
幸せに感じます。


どうか、
ひとりひとりに
やわらかなひと月と、またなりますように。