2011年12月31日土曜日

ピカピカ!

昨日、冷たい風がぴゅうぴゅう吹いた。
年末の強風は、かみさまが世界を洗ってるんだって
ずっと信じています。
 
大晦日の今は空がきれい。
心のおくがひゅんとなる。
 
ほんとうに、
今日、明日、あさって、しあさって、
おひとりおひとりがそのときを
あたたかくあれるように
今こころからお祈りします。
 
ピカピカ!
 
 
 
「わたし」はどこにいるのかな?
いないんじゃないかな、と
さっき考えていました。
 
たとえばあるとしたら
それは
beじゃなくてdoにあるのではないかと考えました。

be  ただある、という状態は美しいですが
それは自然で世界と溶け合っているときで

何かと反応しあったとき
何かに働きかけたとき
そのアクションが「わたし」のひとつのかたちなのではないかなと
ふと思って

それって、状態じゃなくて運動だから
次の瞬間にはもう消えていて
 
だから、
生きることはたぶんダンスなんじゃないかなと思いました。
 
 
わたしはどんどん生まれて消えていくので
いたと思った場所に次の瞬間もういない。

それはきっと、
ほかの誰もおなじ。

だから
つかれたら休んでよく眠って
目が覚めたらまた
ステップを踏み続けたらいいんだなと
そういうことを
考えていました。
 
 
わたしはダンスを踊りたい
きみがいるから!
という気持ちです。
 
ほんとうに
それはすてきで
どうもありがとう。
 
 
 
また!



小さな山
http://chiisanayama.web.fc2.com/

2011年12月28日水曜日

----






心は世界に映ると
この季節になるたび実感します。

クリスマスから年始にかけて
世界中で感謝や祈りが捧げられるから
空気が遠く綺麗になる。



今年はすごく長かったなと思います。

それでも
今日を今日をと生活していると
やがて大晦日がくるんだなとわかって、

スタッカート
レガート
なんでも
一音一音響かせること。


手、三つ分のことができることは
すごいけれど、
すごくないことにみえる
二つを動かすことを
し続けることで
現実に魔法を織り込むことと
そこに宿る美しさのもつ強度について





この一年で
自分にもたらされたものは

以前から
ふわっと思い浮かんでいたことへの確信という感じがします。





今年も
たくさん、ありがとうございました。

本当に多くの優しさが
あたりまえのように
照らしてくれたので

その中でわたしもわたしのなかの優しいを
見つけて
そう在れました。


気まぐれと意地悪に関しては
来年もついてきそうで、
旅支度しているのが見えます。
ふたりでケラケラ楽しそうに、
年末年始のテレビ特番をチェックしています。

少しずつ精進して
彼らとも穏やかにやっていこうと思います。




ヨチさんの土人会のはじめに
朗読したマザーテレサのことばの内容を
しばしば、思い出します。



わたしは
わたしの心のありかたに気をつけます。

それは言葉になり
行いに宿り
世界に響くからです。

意識していても
していなくても

ただあるだけで
わたしたちのひとつひとつが
音楽だからです。


わたしはわたしの奏でる音について
責任があります。


わたしはわたしを
ととのえます。





みなさまにあたたかなはじまりがありますように。


ありがとう

2011年12月24日土曜日

メモ

昨日の夕方
母の誕生日ケーキを受け取りに
駅前まで車で出かけた。


YUKIちゃんのCDをセットしたら
その前に運転していた父が
プレスリーを大音量でかけていたらしく
大きな音で『Hello!』が流れ出す。




耳があって音楽が聴けてよかった。
空気があって揺れて音鳴る世界でよかった。


きみよ、天国はここではないかな。


うつくしくしよう。






かなしみにひかりあたれ
わたしはつくるかひかりどのくらい、どこへむけるかな
あてられてるひかりはどこからだ
あちこちから!360°!
うえだけじゃないしたからもだまさかの!








うつくしいよもう。うけとろう。




ほどけたらむすぼう。








生きてるあいだだけ
見られる夢だ。


死んでからはわからない。


たぶん、命は続く予感がするけど


でも触れたり
笑い合えたり
くだらないことでゲラゲラ笑ったりするのは
みじかい夢の中の話だ。






疲れるとおこりっぽくなるから
疲れてるときは人に会いたくない。
わたしはそんな未熟者ですが
あかるいひかりがさしたら、
目がそちらにむく生物だ。
赤ちゃんのころからの人の本質。
だからひかりに気づけるようでいたい。






じぶんをととのえよう。
そうしたら世界がうつくしくなる。




まずはそこから。




部屋の片付けをしよう。


機嫌よくいよう。




空気がきれい。

2011年12月23日金曜日

「サンタさんにお手紙ハイドーゾ」

母の誕生会の買い出しをしたり
年賀状を刷ったり
サボテンの鉢をかえたり
枯れてた花瓶の花をかえたりした。

その合間に
冷たい風を浴びたり
くっきり浮かぶ秩父山脈見たり
キンと冷えた手を手袋のやさしい手と合わせたりした。

重なっていた不在着信の履歴にも終止符。
久しぶりの声にぽかぽかする。


特別なものはなにもないけれど
ひとつひとつが尊い。

あるのが当たり前だから
欠けてはいけない。
あって欲しい。明日も明日も明日も。

年と年の合間
空気が凪ぐ。

わたしたちみなが
向こうに渡っていけるように。

2011年12月20日火曜日

tamashi-i

家の前の道で
水道管工事をずっとやっているのだけれど
ひとり、女性の警備員さんがいて
家を出るたび、挨拶を交わす。

「おはようございます」
「こんにちは」
「いってらっしゃい」とか
「おかえりなさい」とか。

その警備員さんがいるから
ほかの警備員さんや工事をしている人とも
挨拶を交わすのが自然になった。
 
毎朝
家を出て、その警備員さんと挨拶を交わすちいさな瞬間が
もっと寝てたいな とか
お休みならな とかいう気持ちをさっと拭いてくれて
まっすぐ自転車を漕がせてくれる。
 
 
この間
コーヒーショップに寄って帰り際
「お気をつけてお帰りください」と声をかけられたとき
すごく嬉しくなった。
 

 
心がある生き物が
電車に詰まって
流れている。
 
 
 
 
改札をぬけていく。
 
 
 
 
心が歩いている。
 
 
ヒートテック着て
ウコンの力飲んで

うなだれて
笑って

ハチ公前で待ち合わせてる。

心が。






 
 
小学生のとき
タカハシくんがこわかった。
タカハシくんが机から外れた30センチくらいの細長い棒を振って
「叩かないでー」とびくびくしていたら
小野田先生がタカハシくんをぎゅって抱きしめたときのことを
時々思い出す。
 
 
見つけてよ、って
心はあばれる。
 
そこにあるよね、って
手をあてられると
涙が出る。
 
 
心がクリスマスケーキの予約をして

心が手紙を書いて

心が

2011年12月18日日曜日

コスモス

楽しみに使い始めた新しい手帳であったけれど、
自分の時間の流れ方とは合っていない気がして
昨日、違う手帳を買った。

予定を書き写して
ほっとする。



朝の帰り道

青空に白い月

ほどける飛行機雲

わたしにしか見えない
わたししか見てない

と思ってほっとする。

何も分け合いたくない。

そういう気持ちの日もある。

2011年12月16日金曜日

『まぶしい目をしたあの子はたいよう!』

星屑サンセットを口ずさめば
帰り道に勇気が灯る。

光がないと道がわからなくなるから

陰りに気づいたら
自分でマッチを擦るんだよ。

しゃがんで泣いたフリを続けても
誰も手を引きに来てはくれないけど
立ち上がってスタスタ歩けば簡単だ。





踏切開いて
車椅子押して渡り始めたら
またすぐ踏切閉じ始めて焦る。

焦ってタイヤを溝に引っ掛けて慌てた。


『もし危なかったら私置いて逃げてね』

『そんなことできない!一緒に命を終えよう』

『あはは』

『ていうか、抱きかかえて逃げればいいよね』



解決策はシンプル
心が鎖


『もう歩けない』なんてマジック

生きているのが答え

2011年12月14日水曜日

今日が今日であって、明日が明日であること。

 
12月11日の夕方から、
cafe leuteで「夕べのカノン」というタイトルの催しがありました。

冬の宵の、この時間が生まれるまで
ひとつ、ひとつの大切な出会いがあります。
 
わたしたちが、会場に着くと
音響の環境はすっかり調い、リハーサルが行われていて
farverさんの生み出した、植物による美しい空間が生まれていました。
 
なおちゃんとふたり、auroraとして参加させていただきました。
わたしたちは受付をしながら、
やってきたおひとりおひとりとお顔を合わせ、
言葉を交わしていくことに
すごく心をあたためてもらいました。
 
「目には見えないけどあるもの」を意識して
綴った言葉を、auroraは読ませていただきました。
 
目を閉じて、聞いてくださる気配に心をすませながら
それから、その場所にはいない、人のことも感じながら
読ませていただけたことに
言葉にならない思いを感じています。
 
leuteの用意したお飲み物やパンが
人の気配を緩めて、空間が深まっていくのを感じました。
 
haruka nakamuraさん
janis crunchさん
rie nemotoさん
3人の奏でる音楽は、たゆたうやさしい光みたいでした。

音楽と繋がって、
そこにおられる方おひとりおひとりの存在感が立ち上がっていくのを
感じていました。

それは、ささやかでいてふかーく響く、
とてもやさしい魔法でした。
 
 
cafe leuteのおふたり

そして、あの場を共有できたみなさん
あの場にはおられなかったけれど、確かに一緒に
あの日のあの空間を作ってくださったおひとりおひとりに

深い感謝を感じています。

ありがとうございました。

そして、あの宵に生まれた光が
またどこかに繋がっているように思えてなりません。


 
 
いつでも、生きていることが
ギフトだと思っています。

また、祈りはかならず叶うと信じています。

本当に強い祈りは行いとともにあるように思えることと
心は世界に響くと感じているからです。

本当の本当の祈りは
祈ると同時に達成されている感覚を知っています。
(それくらい、わたしたちは、切実に、世界なんだと思う。)


そう、だから

毎日の心が、日常の行いが
瞬間を作っていると思う。
 
指先をあてたささやかな行為が
未来のかたちだと思う。

笑っている、いつかの未来への手紙だと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
peace peace peace

2011年12月10日土曜日

2011年12月9日金曜日

いたいところは、あたたかいものでなぐさめられる。

雨降り
冬の白い空

昨夜、
閉店時間を過ぎたはずのお店に
思いがけず明かりがともっていて
嬉しい笑顔に会える。

あたたかい気持ちわいて
帰ろうと、ドアを開こうとしたら
ガラスが曇っていた。

霧雨

イヤホン耳につめて
陽気な歌を聴いて帰る。


生まれてきたら
生きているだけで
本当にたくさんの出来事があって
いろんな人に出会えるし
心はどんどん動くし
色を変える空も見られて
空から水が降るようなファンタジックを
当たり前の蝙蝠傘でブロック

記憶喪失だ
どうして生まれたのかわからない
からだができる仕組みの中
意識も生まれて
わたしができたのか
意識がからだを見つけて
宿ったのか

わからないけど
それは問題ではまったくない
どちらでもよい

からだも心もいまあるので。
つかうことのほうが問題。

とにかく入場しているから
退場時間まで

わたしたちはあそぶ。

心が視力。



ここはまったく
ワンダーランドであるよ、

2011年12月5日月曜日

まばたき

12月にあっという間になっている。

重たい体を持ち上げてヨガへ行く。
動くと淀みが流れて軽くなる。

たのしいから笑うのではなく
笑うからたのしい


と、YUKIちゃんが歌っているのを思い出して
きっと本当にそう、と思った。

帰り道、月が綺麗。

駅からバスに乗って帰って
バス停は川向こうだから橋を歩いて渡る。

川の上の空は広い。
星粒光る。
ドーム状に見える夜空。

目ー、見えてありがとうと思う。




今朝は銀杏の葉の美しいの見た。

歩道橋から雪かぶった富士山も見た。

笑う人も見た。



きれいきれいよ、