2012年5月23日水曜日

大きなブルーシートを駐車場に広げて
土を拭き取る。
風が吹くので何度かめくれあがる。

大きく広げないで畳みながらやった方がよいのではないかなと思うけど
綺麗に広げて、という指示だったので
めくれあがるたびまた綺麗に広げて雑巾をかけた。


優先されるのは効率のよさではなくて、
指示を出す人のよいと思う方法、やりたいやり方がかなうことだということが
やっとやっと、馴染んできた。

よっぽどの強風で難しければ提案しただろうし
別の指示をもらっただろうけど。




たとえば、
花瓶のことを水差し、と話していたとしても
本質的にはずれていないときや、ただの言葉間違いのときには訂正しない。

逆に、しないでいてもらっていることも感じる。

期待と違う動きをした瞬間に咎めないで、
その動きの意図が果たされるまで、見守られていること。見守ること。



人と近くいるということの術を
からだでおぼえていっている気がするし
辛抱強く、教わっているように思う。



いいや悪いを逡巡することがずいぶんと、
最近のわたしの空白を埋めていた気がする。


言葉があって、生きるわけではないから

もう黙ろう、と思った。



なにがいいとか
なにがいけないとかに
疲れたし
結局どこへも行けなかった。















もう黙っていたらいいのだと思った。


草木が繁って、言葉がみえなくなるまで。

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