2012年12月31日月曜日

世界のうつくしさを
発見しつづける。

心がほんとうになったときの
人のひとみの
つやつやと揺れるやわらかさが
好きだ。

生々しさを
風にさらしている。

今年もありがとうございました。

あたたかなはじまりをお迎えください。

2012年12月27日木曜日

歩いていたら、
海がみえてきた。

すごく深い青だ。
波に光が照って銀。

青空に白い月
夕暮れオレンジスモーキー

夢の中にあるようだ。
地球の上だ。

赤ちゃんが笑うと
人は嬉しくなって
泣くとわたわたとして
周りに集まる

おしくらまんじゅう
厚手のコート着たむくむくのからだを
ベビーカーからのぞいた小さな顔を中心に
ぎゅうぎゅう

やわらかい心は素敵だ。
笑わせたい
笑うとうれしい
その一心の。


おいしいとか
うれしいとか
きれいとか

どうして伝えたくなるのだろう

おしくらまんじゅう、

ぎゅうぎゅう

海にむけて
空へむけて

届け、

なつかしくなったり
こいしくなったり

ひとりで生きられない

太陽、
月、
風浴びてチクチク痛い頬

弱いといいきるだけでは
こぼれてしまうたくさんの、

2012年12月25日火曜日

自分がひとつの人格をもち
意識を維持していることが
ふとした瞬間
なんどでも不思議になる。

あ、まだ、世界を
みてて、いいんですか。

あ、ども、ども。

と、思う。

すごい仕組みのなかにいる。
お金を払っているわけじゃないのに、
惜しみなく与えられている。

目を覚ます
眠る
頑張る
くじける
眠る
目を覚ます
よろこぶ


かみさまは
なにをしているんだろう。


生きて世界をみることは
世界をつくることに
貢献しているのだとも
どこかで思う。

世界はイメージだから
あらゆる生命の夢の結晶だから


命があってうれしいな。

A.C.
永い放課後だ。



チャイムは鳴った
たたかいを終えよう



ねぇまだもうすこし
夢をみてもよいのだったらば

あたたかいのや
やわらかいのがよいよ

2012年12月19日水曜日

目を凝らしていなくてはならない。
朝のはじまりは風。
真っ暗闇に風が先に光を連れてくる。
風に触れた瞳が艶々と光ると、
星が眠る。
何も見えなくても明るい。
それは朝だから。

2012年12月15日土曜日

小さな気持ちを、おそれないで話そう。

あっちも、こっちも
ただしく思えて
あっちも、こっちも
間違えて思えて
わからなくなることがある。


このあいだ
朝、自転車を漕ぎながら
「わたしは、わたしを信じよう」
と思った。

それはいけないよ、
それは幼い考え方だよ、
成熟していない。


いろんな「ただしい」があって
ぐらんぐらん、とする。

でも本当は
わたしが知ってる。

わたしがわたしを信じなくて、どうすんだ!
そう思ったら涙がボロボロッとこぼれた。


そうだそうだ!
って、
わたしの中の小さなわたしがこぶしをあげて踊っているのがわかった。



ただしさは、いくつもある。
誰かからみたら
わたしは間違えているかも。
でも、わたしは間違えていないってわかってる。

それはわたしが、よく知っている。



小さな気持ちがある。

ひかりがきれいだな、
白い息だ、うれしい。
あのひとの瞳をのぞきたいなぁ、
あたたかいもの飲もう、
満員電車はいやだ。

それから

ずーっとずっと、人が人へ思ってきた気持ち。

この人と一緒にいたい、

この子にずっと、元気でいてほしい

笑いながら、大きくなってほしい。



そういう気持ちは、
馬鹿げていないし
幼稚ではない。



小学生のときに、
「お母さんの木」という
戦争に行った息子たちのために一本一本、
木を植えて無事を祈ったお母さんのお話を
朗読しながら先生がゴーゴーと泣いた。

今も忘れられない。



人のかわいらしさや
いじらしい思いのさきには

愛がある。



大学生のころにみた夢で

「宇宙の秘密って愛なのかな」
って、ひとりの人が言った。

「ピンポーン!」
と、おじさんが答えた。


宇宙の秘密は愛。

それからずっと、そう信じている。


宇宙の秘密は
夜中に窓の外をいく鼻歌のなかにある。
落し物を拾ってくれた、おばあさんの手のなかにある。
自転車を漕ぐわたしの足にある。


大きなことを、言うのは
案外、かんたん。


耳をすませて聞こえるところ

ひとつひとつ、ちがう「ほんとう」


忘れてしまわないように。

2012年12月10日月曜日

ほうきで玄関先を掃く音

思考は道筋をつくる

でもほうきの音が
ただ鳴っているだけの朝

波よせているだけの朝

朝日さすだけの朝だよ

2012年12月9日日曜日

寂れた商店街のなかで
集まって遊んでる小学生がいて
からだねじらせて笑って
そうすると
寂しいはずのシャッター街も
あたたかな公園になる。

大丈夫なんだよ、
思っているよりも。

いたずらにこわがらなくて。

浮き立たないで
見つめれば
失わないでいられる。



こわいよこわいよ、って暗くしたら
からだを包む毛布や
いっこのマッチ箱を
こわいよこわいよ、って
奪いあってしまう。


深呼吸。

毛布は奪わなくても
みんなの足をいれよう。
それから抱き合ったり
手を繋げばあたたかいし

うれしい話や
おかしい話を
小さな声で話そう。

いつだって楽しくなれるんだ。

火は小さくてもいいし
隣のひとな体温があれば
くらやみでも安心。

大丈夫なんだよ、

生きている、そのちからのほうが

大きなことばよりも

よっぽどたしかなのだ。

2012年12月6日木曜日

髪の毛を切った。
コロさんとは、
切ってもらっているあいだに
色んな話をする。



今朝、起きる。
髪の毛はすっかり、短くて
額も耳も
もう隠れない。

どんな顔をしていても、
まる見えだから
なるべく笑っていられたらいい。


小さな気持ちを
忘れないでいよう。


考え過ぎてしまう癖は
ほとんど足かせだ。

だけど、
ひとの、繊細な
ちいさな気持ちが
好きだ。

感情はときどき、
煩わしい。

単純なものは美しい。

だけど、複雑な
違う感情の層が折り重なっても在れる
人のおおらかさ
やさしさ(たぶん、慈悲っていう)
それが、好きだ。

2012年12月4日火曜日

枝に雨粒が連なる
葉の先に垂れている

出かけるのに、雨の中は億劫だと思ったけれど
雨粒が木々を飾る様が綺麗で
その気持ちもすこしやわらぐ。



里芋の皮をむきながら
友人と話した夜

袋小路にあった思いが
すこしほどけたように思えたし

久しぶりに大きな声で笑った。






誰によって、何のために檻に入れられているのかはわからないが、いつだって鍵は開いている。ドアもばーんとあいているからだ。
出ないと決めているのは、他ならない自分自身なのだ。


『王国 その3 ひみつの花園』よしもとばなな(新潮社)

2012年12月2日日曜日

仮眠のときの布団が新しくなって
夜勤明けのからだがまるで違う。

寝具って、すごいなぁ…
と思って
帰ってから
自分のふとんを干した。


こどもって、ないしょばなしが好きだ。

耳もとで
ちいさな声で
「コショコショコショ…」
っていうだけで、
くくくって、たまらないように笑って
耳もとに小さな顔を寄せて
熱い息といっしょに、ちいさな声で「コショコショコショ…」って
返してくる。

ただのそれだけで
おかしくって、うれしい。


ちいさなことを、
わすれないでいよう。


しずかなおとを
きけるみみでいよう。

2012年12月1日土曜日

気力がでなくなってしまった。

オールを失くした舟に乗っているみたいでおどろく。

気力ってどこから
やってくるのだったか…!

探すけど見つからない。




Amazonから届いた、
木下晋也の漫画を読んだら
ちょっと元気がでた。

こういう、
ちょっとすてきなものや
ちょっとやさしいものが
たくさん
世界を助けているんだなぁと
いま、思った。


すてきなことや
あかるいことは

いつも、ちょっと、のなかにあるのかもしれない。

そう気がついたら
ちょっと、
気力がでてきた気がする。



ひみつは
ちょっとのなか。