2013年1月5日土曜日

年末に田舎の山奥にある老人ホームの話をきいた。
月に一度
大きなスーパーへ買い物へ出かけるのがビッグイベントで
あとの日々はおなじことの繰り返し。

大きなポリバケツいっぱいに
折った折り鶴をためていくおばあさん


時間がない
という言葉を
よく聞く


おばあさんは
折り鶴を降り続ける

ポリバケツの中を
時間のかけらが満たし
空けられ
また満たされていく



昨年末から、
編み物を編みはじめた。

大きな膝掛けを完成させた。

本を読まなきゃ
勉強しなきゃ

浮かぶ心を、はしに寄せて
ひたすら編み棒を動かした。


また、
昨年の暮れは体調が優れなくて
予定のないときはひたすら眠っていた。
横になるのに飽きると編み棒を動かした。


ただ眠ることも
わたしはなかなか自分に許せなかった。

仕事に支障をきたさないために、寝よう。
という目的をもってはじめて
ただ眠るだけの時間を
自分に許せた。


とにかく編み続けると、
しだいにかたちが生まれてくる。

編み続けている合間にも
わたしはお店で
自分の作ろうとしている膝掛けが
とても安く売られているのを何度もみた。


春からは生活が変わるから
そこへむけて何か勉強しなくてはならない
という考えも
何度も頭に浮かんだ。


それでも

編み物を編んでは
よく眠った。




昨日、
長い膝掛けが完成した。
ふたり並んだ膝にかけても
じゅうぶんな大きさの。


友人たちと集まって
楽しくおしゃべりして
笑って

家についてから
掛け布団の上に
その膝掛けをかけて
眠りについた。



今朝、
目が覚めて

自分の編んだ膝掛けの
色とりどりに鮮やかな毛糸が
目に入った。

やさしい気持ちになった。


どんなやさしさかというと、
こどものときみたいに
ただゆるされているみたいなやさしさ。


なんの役にも立たない。
それでもいいよ、
効率の悪い
そんなの関係ない、

そんなこととはまったく
別の場所にあるやさしさ

豊かさがあった。

わたしはそれを

すごく久しぶりに見つけた。


とっても懐かしかった。




人生はそんなに長くないかもしれない、たぶん。


だけど、時間は
ない、なんていうほど
ないことは
ないんだ。


わたしは
自分にとっての
ゆたかさや
ユーモアや

いのちのつかいみちや

せかいとのあそびかたを

いま、あらためたいと思った。


今年もよろしくおねがいします。

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