2013年5月7日火曜日

連休が終わった。

風がふいて明るい今日だ。



ここのところずっと
大掃除をしていた。

実家暮らしなので、
自分がこどもの頃に母が着ていた服など
懐かしいものが、たくさんでてくる。


母は買い物が好きで、
また、物をとっておくひとだから
ほんとうにその量たるや、
唖然とするものがあった。



でも、

父の両親と一緒に暮らして
わたしたちを育ててきた母の
唯一自分の自由になる時間が、
買い物へでかけるそのときだったのだと想像すると


ただ飽きれるようなことは、やっぱりできない。




買いためていた色々なものを
燃えるか燃えないかで
どんどん分別して
手放したら


ちゃんとあたらしい時間が
流れだすように思える。









ちいさな頃、
家族から受けた影響のはなし
をした。


「じぶんは何かある?」

そう聞かれて
すぐにでてきたのは

「バランスをとろうとするところ」
だった。

当時意識していたわけではないけど、
家族が多くて
母は義理の両親とのあいだですこし緊張していて
そういうなかで育ったから、
ひとの輪のバランスをとろうとするのかもしれない、
でもそれは、
いい面もあるかもしれないけど、
すごく自分の、いやなところでもある。
そうからだが、動いてしまうけど
表面的なバランスをとることで、
本質的なところを逃しちゃうこともあると思うし…

そう話して

「でも、家族が多かったから、バランスをとろうとするようになったのかもしれない。という事実から、もうひとつ、すすめて、
そのとき、バランスが悪いのは嫌だ、そう感じたのが、わたしの本質なんだと思う」

そうつづけた。



由来にたどりつくと、
安心する。



こういう外部の条件があって、
わたしはこうなった。
そんなふうに。


でもはなしはいつも、
もう一歩先へすすめて、

その条件のなかで
こう反応した、

その反応には
自分自身の
なにかたいせつな
生命のもともとの部分が
光っているような

そんなふうなことを
ふと思っていた。

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