2013年6月15日土曜日

帰り道にクチナシの匂いがした。

ふりむいてパッと眺めても
花は見当たらなかった。



銀色の車どめをよけて
あまり使わない小さな駅に入る。





昨日、彼女が立った場所のはなし

昨夜わけてもらった、ティラミス



駅のホームで浴びる風




軌跡の上で
星のようにまたたいている




じぶんの中に
スクリーンがあって

そこに映るものを
ずっと眺めているようだ。



あらゆるものが
映り流れて

とりとめのない
光と影の点滅のいくつかが
繋がり、意味をもち、意識に拾われ

たいはんは流れるままになり

ただ瞬間のあるかたちが

意味に結びつかないまま
焼きつき
からだのなかに
滲みいって一緒に生きていく。






からだの深くで
ごろっとした手触りのまま
たゆたっていたものが


数年なりののち

そのときその瞬間の光と影に呼応して

浮かびあがってくることもある。







偶然はないというけれど
偶然だらけの銀河の星の並びが
軌跡の上で必然となる。






1月に
ちいさな会話からこぼれ
教わった場所の名前を

昨日、友人が口にして

今日、でかけた。



2回めにつかう駅のそばにきて

ここは10年前に
あのひとが暮らしてた場所だと思い出す。




歩みのなかで繋がり

重なれば反応を起こしてしまう




それがわずらわしくも
すこし思えるし

ただ重なっただけで
自発的に起こっていく小さな爆発の連続に
委ね眺めていくしかないような

やわらかな降伏と
きらきら光るなにかを思う。






出張へ行くのがいやだなと
まだすこし思っていた。
前にそこへ行ったとき
見たくない、触りたくない
そう思ったものが
あったから。



でも行くことになって

またスクリーンに様々に
映りこむ何かが
あるのだろうと思う。

そこに符合する
なにか、ごろり、がからだの中で
浮きあがる準備を
しているかもしれない




メールに添付した写真を
なんどもひらいて
ひとり見てみる。




わたしは降伏しているし

たぶんもう
その先に立ってる。

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