2013年6月26日水曜日

部屋に花がほしい。


夜勤前

行ってみたいお店を見つけて
足をのばそうかと思ったけれど
雨が降っているし
からだも疲れてきたし
欲張らずにゆっくりと過ごすことに決めた。



ゆきこさんが教えてくれたお店へは
夜勤明けの明日、出かけてみようと思ってる。




すこし慣れてきたように思っても
からだが疲れてくると最初に感じたこの土地の濃さがぐっとやってくる。


昨夜は電気をつけたまま眠ってしまった。











一週間とすこし過ぎ
滞在の折り返し地点がみえてきた。

わたしはここから、帰るけれど
一緒に来たひとはこのままこの土地へ残り、暮らしていく。

やってきたばかりのはじめの一週間は
名古屋へ来た!今まであったものがここにはなにもない!
という未知に触れるのにお互いに夢中になっていたけれど

土地の空気を吸い 土地の上に眠り 土地のものを食べ
からだと土地とが近づいてくると
(もしくは土地に内包されると)
生活が始まり
そのままここへ定着していく彼女と
滞在先のそばにある梱包屋さんで
荷物を送る段ボールを買おうと考えているわたしと
重なっているラインももうすぐ離れ
いよいよ、もうすぐ、さようならなんだと
わかっているはずの事実に
今気づいたように、
はっと生々しく触れる瞬間が
ふいに訪れる。

昨日は前日あった出来事のために
気分はよかったけれどからだが疲れていて
日勤を終えたあとの帰り道
疲れたからだがこの土地の空気の密度から逃げたくしてるのを感じた。

賑やかに喋る若いカップルの隣に座った桜通線の車内で
自分が生まれ育った場所を離れて暮らす感覚についてすこし考えた。

正確には、自分が生まれ育った土地とは異なる性質を持った土地へ
ひとり向かい、ここで生活をしようと決める
そのひとりひとりに、何があるのだろうということ。

距離は関係ない。

自分の中に流れる空気感と土地の呼吸が合えば
どれだけ離れた土地でも、それは音楽になるだろうと思う。
音楽になれば、生きやすいだろうと思う。

でもなかなか手強くて、すぐにはなりださないこともあるのだろうと思う。

それでも、そこへ行き、暮らす、そこにある決意のようなもの。
その温度について。


地下鉄を降りてから
気合いを入れようと思い、
駅地下の矢場とんで味噌カツを食べた。












0 件のコメント:

コメントを投稿