2013年7月8日月曜日

とおくで夕立



ひとりの帰り道
彼女がいないことを感じた。


わたしの身についた、彼女に合わせた身体の動き
可動域が、空白に揺れてる。


精神的な面でも
身体的な面でも
介助という仕事を通して
自分とは別個の存在の意図の通り道になったその分
わたしの心身も同時に、拡張したのだなと感じる。




「今、仕事にひと区切りついて、次はどこへむかっていくんですか?」

そう投げかけてもらって

今はまだ、終わりの余韻のなかにいることと
閉じていくのを感じていくことも、関わりなのだと
自分が感じていることに気がついた。



「それが終わったら、自分のからだになって、また次が見えてくるんだと思う」

ふと口にした言葉

「自分のからだになって」




わたしはまた、わたしのからだになって
そこから始めるんだと
感覚的にわかっていて

いまのわたしのからだには
まだ彼女としての機能が残っていることを
しっているんだ。

無意識に発した言葉のなかに
じぶんの実感があった。







昨夜は春から始まっていたワークショップのクラスも最後だった。

場を共有できたこと
ひとつの体験をともにできたこと

ひとりひとりの核から発せられる気配に
触れられたこと
出会えたこと


クラスは終わっても、ゆるやかに繋がっていく予感とともに

ひとりひとりがそこにいることで
生まれた空間を
いとおしく思う。
今朝はまだ、その余韻のなか。







きのうは虹がでたらしい。




名古屋から送って、そのままになっている荷物を
今日はゆっくりほどいていこう。










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