2013年8月29日木曜日

初秋の腹痛




 

クリスタルの山 赤土 サボテン 伝説の鳥
 
 
 
  
 
 
 
 
 

 
 
呼吸を合わせるということを、
あたまのすみで思った

息が合わないときもあるし
息を合わせたくないときもある

自分の呼吸をつづけていたいとき

息つく間を与えないこと
息つく間が、必要なこと



同じ呼吸をするのはつらいな、
という人も時々いるけれど
(そういう場合は相手にとってもそうだろう)

ふだんは息が合っているのに
ふと合わせられなくなるとき


お互いにあるいはどちらかが
自分の呼吸から離れてしまっているときなのかもしれない。



(自分の呼吸をつづけたい)
その思いにあるとき、
呼吸にしがみついている理由は、
呼吸ができていないから。
自分の呼吸を離れ本来のリズムとのずれを
どこかで感じとっているからではないか。


ほんとうに、
自分のリズムと合って、自然な呼吸をしていれば
呼吸にしがみつかなくてもよくなる。

ほんとうに自分の呼吸ができていれば

芯にたちながら

相手の呼吸とのあいだに
気持ちのよい流れを生み出し
それをたのしむことができる



 

、のかもしれないなと、今なんとなく思っていた。






 
 
 
 
 
 
昨夜、ひさしぶりにあいぽんにヨガを教わりに行った。
 
ひさしぶりに、ひとつひとつのポーズと向き合いながら感じたのは
からだのバランスがとれてきているということ
 
以前は、ヨガで調整しきれないゆがみを
数ヶ月に1度、整骨院で調整してもらってきた。
(その整骨院の先生が面白くてつい行きたくなるというのもあるのだけど)
 
それは
身体介助のときの姿勢が原因のゆがみだった。
もうすこし意識すれば改善できたことだし、
続けていくためには意識的になる必要があることなのだけど
どうしても動いているときは無意識に癖に寄った動かし方になってしまう。
 
 
ヨガのポーズをとりながら
からだのなかのねじれが少なくなってる感じがするなと見つけて
自分のからだは前職から離れてきているのだなと感じた。
 
 
 

 
 

 




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