2013年1月30日水曜日

人が亡くなる前後は
不思議な出来事が起こるなと思う。

からだを離れてしまっても
その人の魂があると
感じられるようなこと。


いったいこの世は
なんだろう
どうして消えてしまうんだろう

ふと、ちからが抜けてしまう。
わからなさすぎて。

2013年1月29日火曜日

朝、駅へ向かう道は
うっすら雪をのせていた。

ふるった粉のように見える地面の雪を指でつまんでみる。

指先がたぶん冷えていて
雪に触れてもそれが冷たいのかわからなかったけど、
つまんでる指のあいだでそれが溶けたから
こっちの方が温かいんだと思った。


空では太陽がピカピカしていた。




仕事があけたら、
雪はもうなく
空は暗くて月が浮かんでいる。

朝、
お弁当につめようとして
冷ましていたおかずを
母が食べたことに文句を言ったら母が怒ったので

悪かったなと思って
なんとなくケーキを買って帰ると

ケーキの箱を見て
「なんでケーキ買ってきたのー?」
と、朝の名残なく母が笑って言ったので
よかったと思った。

違う種類のケーキを
それぞれ小さく切って
少しずつ色々な味を食べた。

2013年1月19日土曜日

たくさん、歩いたり
はじめての電車を乗り継いだり
からだをうごかすこと

そうだった、
こうするのだった。



橋を渡るのが好きだ。
川を見るのが好きだ。

自分の心なんかより
世界の方が大きいって
わかるから。



わたしを大切にしたい
と思うのとおなじに
わたしなんてとるにたりない
という思いによって
すこし安らかになる。



そうだ、
むこうの団地のあかりのなかに
持て余した自分を投げたいって
思ってた頃がある。



もうなんでもいいんだ。
なにかをなにかにしようとすることをやめよう。



笑顔を忘れていたではないか。

2013年1月15日火曜日

雪が降るとしずか
しずかな音がする気がする

聞こえない音
しずかの音


カーテンを開けてこっそり見ていた


爪がのびたから切ろうと
電車に乗る前に思った



本が読みたいな

小説ではなくて
文庫本になっていて
ことばがしっくりきて
短くない…



今朝、出勤前に鞄につめたのは
星野道夫の「長い旅の途中」

何度も読み返して
でもまだ最後まで読み終えていない本。


しんしんしずかな待機時間に読んだ。

こんな本が読みたかったんだって思った。









電車のダイヤはみだれて
電光掲示板から
発車時刻の案内が消えている。

車内の床は濡れている。

リクルートスーツの女の子
パンプスの足もとが心細い


黙って座ってるまばらな乗客
「雪ですね」って
心の中で話しかける。
「雪が降りましたね」




午前中、ひらいた本の中で
道夫に友人のシリアが言った言葉

Life is what happens to you
while you are making other plans.
人生とは、何かを計画している時に起きてしまう別の出来事のこと




雪が降って
ダイヤの乱れた電車

歩きにくい道

白くて嬉しい公園

まわり道で遠くなる帰り道



わたしは
こういう本が
読みたかったって、思った。

2013年1月13日日曜日

小学生の頃
かえる倒立、と呼んでいたポーズを
ヨガでくむことになった。

小さな頃は簡単だったのに、
今は両手で地面をおしながら、
肘にひっかけた両足を
地面から離すことができない。

足を離してしまったら、
前のめりになって
床に顔をぶつけてしまいそう
そんなイメージがのぼって
足が離れない。

「こわいって思っちゃう」
と言うと
「こわいって思うとできないんだよ」
と教わる。

こわい!と反射的に
湧き上がる思いを
すっと消すことに集中してみると
簡単に足が離れて
バランスをとれるのだった。



わからないことを、
することは、こわい。

介助をしてきて
失敗をしたときはいつも

指示の内容が受け入れられないときで

「それをしたら、失敗してしまう」
と、わたしが思い込んでいるとき。

ほんとうは指示に従えばスムーズにいくし
失敗をすることもまた、大切なギフトなのに

わたしは
「失敗」のほうがこわくて
思い込みの「正しさ」を
行動の寄り辺にしてしまう。


どうしてこんなに
「わからない未来」
に、からだを開けなくなっているんだろう。



そんな風に部屋で反省していたら
窓の外からご近所さんの声がして、
おもてへ出た。



お隣の猫、はなちゃんが
屋根の上から降りられなくなっていた。


はなちゃんが、
ガレージの屋根にうつってくれたら、
下から手をのばせるのだけど
家の屋根からガレージの屋根への
ほんのすこしにみえる段差も
はなちゃんはこわがって降りられない。

窓からおかあさんが手をのばしても
おとうさんが手をのばしても
ひゅるひゅると逃げてしまう。


屋根の端まできて、
途方に暮れてるはなちゃん

はなちゃん、こわくないよ。
はなちゃんなら、飛べるんだよ。

そう思っても
はなちゃんは警戒して最後まで飛ばず

結局、
はなちゃんのしっぽを
おかあさんがお家の中からいっぱいいっぱいに伸ばした手で掴み
「ギャッ!」
というはなちゃんの鳴き声とともに
騒動はおさまったのだった。



認知症の祖母と話していて
ぎゅっと睨まれたことが
何度かある。

そういうときはいつも
祖母が「わからない」の不安に迷い込んだときだった気がする。

ゆっくり
大丈夫だよ、って伝えて
伝わると
祖母はふわっと笑った。



自分の身の
不安や恐怖心をぬぐって
素直になれたら

いろんなことは
ただシンプルに
あるようにあれるのかもしれない。


ここのところの出来事から
そんな風なことを
近頃は思っている。

2013年1月7日月曜日

地面にしみだした、林からの水が凍っていた。

枯れ草、束になる。
朝の陽、金色。

電車の車窓にはいつも
結露のあとがあり
射し込む光のやわらかいこと。

2013年1月5日土曜日

年末に田舎の山奥にある老人ホームの話をきいた。
月に一度
大きなスーパーへ買い物へ出かけるのがビッグイベントで
あとの日々はおなじことの繰り返し。

大きなポリバケツいっぱいに
折った折り鶴をためていくおばあさん


時間がない
という言葉を
よく聞く


おばあさんは
折り鶴を降り続ける

ポリバケツの中を
時間のかけらが満たし
空けられ
また満たされていく



昨年末から、
編み物を編みはじめた。

大きな膝掛けを完成させた。

本を読まなきゃ
勉強しなきゃ

浮かぶ心を、はしに寄せて
ひたすら編み棒を動かした。


また、
昨年の暮れは体調が優れなくて
予定のないときはひたすら眠っていた。
横になるのに飽きると編み棒を動かした。


ただ眠ることも
わたしはなかなか自分に許せなかった。

仕事に支障をきたさないために、寝よう。
という目的をもってはじめて
ただ眠るだけの時間を
自分に許せた。


とにかく編み続けると、
しだいにかたちが生まれてくる。

編み続けている合間にも
わたしはお店で
自分の作ろうとしている膝掛けが
とても安く売られているのを何度もみた。


春からは生活が変わるから
そこへむけて何か勉強しなくてはならない
という考えも
何度も頭に浮かんだ。


それでも

編み物を編んでは
よく眠った。




昨日、
長い膝掛けが完成した。
ふたり並んだ膝にかけても
じゅうぶんな大きさの。


友人たちと集まって
楽しくおしゃべりして
笑って

家についてから
掛け布団の上に
その膝掛けをかけて
眠りについた。



今朝、
目が覚めて

自分の編んだ膝掛けの
色とりどりに鮮やかな毛糸が
目に入った。

やさしい気持ちになった。


どんなやさしさかというと、
こどものときみたいに
ただゆるされているみたいなやさしさ。


なんの役にも立たない。
それでもいいよ、
効率の悪い
そんなの関係ない、

そんなこととはまったく
別の場所にあるやさしさ

豊かさがあった。

わたしはそれを

すごく久しぶりに見つけた。


とっても懐かしかった。




人生はそんなに長くないかもしれない、たぶん。


だけど、時間は
ない、なんていうほど
ないことは
ないんだ。


わたしは
自分にとっての
ゆたかさや
ユーモアや

いのちのつかいみちや

せかいとのあそびかたを

いま、あらためたいと思った。


今年もよろしくおねがいします。