2013年3月30日土曜日

ひとつ前の記事、

ニアリーイコールと書きたい大切な部分が、
□になってしまっている。

(そう、そこは
ニアリーイコールで
絶対的なイコールでは、ないのです)



稲荷山公園、さくら満開をそっとすぎて

花吹雪がきれいなときに入りました。

namioto展をします。

吉祥寺にある、にじ画廊で
4月4日から9日まで
namioto の三人で展示をします。

いま、準備も最終段階をむかえて、いよいよ来週には始まっているのだと思うと、
不思議な気持ちになります。

夢中で手元をうごかして、
顔をあげたらふわっと風景が変わっていたような
そんな気持ちなのです。


namiotoは、大学時代に出会ったnao,mio,naomiの三人による活動です。

わたしたちは日々の中から伝えたいことや共有したいものをみつけて、
かたち(や、動き)にしています。

にじ画廊は
とてもすてきなお店で、
わたしたちはここでできることを大切に思っています。

作品をひとへ繋げていくひとつひとつに
やわらかく、誠実なひとたちのいる、お店です。

吉祥寺の街の中、
東急の大きな木のちかく。

にじ画廊へむかうとき、
いつもこの木を見上げます。

店内は一階に作家の作品、わくわくとする雑貨がならびます。

階段をのぼって二階へあがると、そこがギャラリーになっていて、
毎週あたらしい展示が開催されています。
namiotoの展示もここで開かれます。


ぜひ、いらしてください。






準備をすすめるのに、
三人での話し合いや作業が主ですが

DMを置いてくれるお店のご厚意や

木材を切り出してくれたホームセンターの店員さんや

作業場所を快く提供してくれた友人たち

いろんなひとたちから
手を貸してもらって
出来上がっていきます。

下見のたびに
にじ画廊のスタッフの方々もあたたかく迎えてくださりました。

ひとりひとりの気持ちが
すごく、そのたびうれしくてありがたくて、

みにきてくれた人たちにその過程までほんとうは
一緒に感じてほしいくらい!なのです。


昨年、ロイテでの展示のときにも
搬入の前にお店にいたSぽんが
当たり前みたいに手伝ってくれて、
一緒に作品を店内へ運んでくれて

namioto = nao + mio + naomi
ではなく

わたしたちは
namioto � nao + mio + naomi
と、表記しています。

その表記の意味が
展示のたびに深まっていくような
そんな気がします。

2013年3月22日金曜日

一年半くらい前のノートをひらいたら
そこにいる自分を
とても幼く感じた。

見えない目で
一生懸命なにか見ようとしているような様子があった。


時間が過ぎていくことが
とても不思議。

誰かが亡くなっても
電車が動いていることが
不思議だ。


そういう風に世界ができているなら

自由だったと、気がついてもよい。


ひかりとかげ

窓を開けたら犬が吠えた。

2013年3月17日日曜日

memo

春の夜は湯上がりで散歩したくなる。
とても綺麗で大好きだ。

想像する未来がコンクリートで出来ているような
くるしい気持ちになることがある。

わたしは
地球のためだとか未来のためだとかでなく
自分が生きるためには
土が必要だなぁと思う。

ちいさな頃、
歩いてちょっとの川のそばで
ヨモギを摘んで
おばあちゃんがヨモギ餅を作ってくれるのが
毎年楽しみだった。

畑が駐車場になるたび
せつない気持ちになる。

自分の心や
生き方まで
コンクリートにかこってしまわないように

匂いたつ、汗をかく
自分でいられるように

世界をよく
観察し続けよう

やわらかなたのしみに
踊っていよう

2013年3月14日木曜日

風がつよい

先週から喉風邪をひいた。
治ってきた今は、花粉症なのかよくわからないまま
なんとなく喉のまわりが
まだぼわんとしている。


日々、
いろいろなことがあって

なくても
心は波をいくつも越えている。


ずっと行きたいと
思っていた場所へ出かけて
帰ってきた。

駆けぬけるように出かけて戻ってきて
地元の駅に着いてから
からだのなかでふつふつ
旅先で出会ったものが
発酵に入ったような感触があった。

家に戻って
すこし眠って起きたら
二脚ある椅子の配置を変えたり
部屋を片づけている私がいて、

つまり自分はまた
すこし変化したのだと思った。


目に映る部分の変化が
赤が青に一瞬で変わるようなわかりやすさであることは稀で


わからないまま、受け取って
聞こえないまま、耳に届いていて

すこし違う自分がいる。



あの場所へ行けてよかった。

2013年3月9日土曜日

景色が変わっていくこと。

風邪が流行っているなと思っていたら
自分にも順番がやってきた。

喉から鼻に風邪の菌がいるのがわかる。
はやく治したかったので、
薬を飲んで眠ったら
「治った!」とわかるくらい、はっと軽くなる瞬間と
ぼわんとまた風邪菌に包まれる瞬間と
ちいさく繰り返しているのがわかる。


回復の過程も波なんだ、
なんでも波

寄せて返す

手にいれたら
送ってあげねばならぬ

送り返せば
また寄せてくる

おなじところには
いられないのだな

ぜんたいで
引いては打ち寄せ
しているのだから

2013年3月1日金曜日

空気が緩んで
雨が降る。

春の雨は重たい。
恵みを含んで土を起こす。

霞がでて
世界の呼吸がみえるみたいだ
ハースーハー

命の気配に満ちた
この季節が好きだ。



春生まれのともだちよ
やってきたね
この季節が。と
心のなかで呼びかける。

空気そのものが
産湯のようだもの。



まるまって浸かろう

もう一度うまれよう
横になりながら
話していたら
会話しながら
夢をみていて

「犬を見守るといいと思う」

会話の流れと
まったく関係のない言葉を
発していた。

話しているときに
わたしは
たくさんの犬と歩いていく映像をみていた。



ひとっておかしい。
おもしろい。



月の満ち欠けに合わせて
心身の調子を
記録しはじめた。

心もからだも、
波のなかにある

ぐっと揺れたあとに
凪がやってきたりする。

流れがあって
その流れとうまいこときっと
やっていけばよいのだ。


心身の表面は
いつも揺れている。