2013年9月27日金曜日

あきにはいりこむ






コンビニにメール便を出しに行き、お金をおろして
払い忘れていた市民税の督促状がきていたので郵便局へ行き支払う。
 
その途中、青空に白い月をみつける。
 
かるくなった葉が、さわさわと光と風に揺れている。

今朝はタオルケットに包んだ足が冷たくなっていた。
 
 
 







花がもつ季節になって、大変うれしい。
景気づけに花を買う。
 
花があると部屋の空気がきれいだ。
 
 

 
 
 
10月12、13日は結城で結い市。
13日のファッションショーにむけて
準備をつづけています。
 
 
 

 
 
合間にs-clothes-treeさんのお手伝いへ。
 
これが、誰かの手にとどくんだ、と
自分がs-clothes-treeの服を着ているときの
うれしい気持ちを心に浮かべながら
作業しました。
 
 
 

本屋さんによしもとばななの新刊がでていて
高山なおみさんの新刊もでていて
気になるのですが
読むタイミングで買わないと、
積んだままにしてしまう性分なので購入していません。

今は、西村佳哲さんの
『ひとの居場所をつくる 
 ランドスケープ・デザイナー 田瀬理夫さんの話をつうじて』
を読んでいます。


 

 

2013年9月26日木曜日

へんてこな世界で



横綱のツーショット写真をiPhoneの待ち受け画面にした。

ハートネットTVで、平川克美さんの存在感に涙がだぁだぁ流れた。
ゆるしあうこと
連綿とつながる生命の一部
 
あまちゃんにもここのところ、毎日、涙。

 
 
 
週末、マルクトです。

http://cafeleute.blogspot.jp/2013/08/markt.html




cafe la familleさんの空間も
お食事もすてきです。
 
マルクトとあわせて、のんびり、ランチから、ディナーとか
そんなたのしみかたも、よいなぁと思っています。
 
 

 

ちかくの酒蔵、武勇さんのお酒も、おいしいです。
http://www.buyu.jp
 

結城の水はやわらかい
 
男性的な印象の城下町ですが、流れる水は軟水なのです。
 
軟水で仕込まれるお酒は
ゆっくり、ゆっくり発酵していくそう。



2013年9月24日火曜日

ひとつひとつのさき

 
日曜日、
東村山のヨガ教室を
いちどやめることにしたので挨拶へむかった。
 
 
レッスンが終わったと思って入ると
ちょうどシャヴァ・アーサナを終えて
安楽座にはいり、
呼吸をととのえているところだった。


今のからだを、感じてください。
はじまるまえと、今との変化を、ただ感じてください。
 
そこにある小さな気づきが
いつか大きな結果を導きます。
 
先生が、そんなことを言っていた。
 
 
結果は、気がついたらそうなっていたという状態に過ぎず
 
ただ小さく変わっていくことだけ。
 
 
目の前の石を、指でつまみ、脇へ寄せること。
 
それくらいのことなんだ。
 
それくらいのこと。
 
 

 
 
 
今、目の前にかなわないと思うことがあるとき
それとたたかわない。

ただ、小石をどけること。
 

 


2013年9月23日月曜日

秋分の日 うつくしい日

 
 
 
光がかるくて美しい日だ

迷わずいけよ いけばわかるさ
というアントニオ猪木の言葉は

ほんとうにすばらしい言葉だ
 
 
 
心が重たくなって、悩むことがある。
悩みながら悩みを生産している。
 
ほんとうはなんにもない。
 
なんにもないんだよ。
 
 
 
 
歩いていってみよう
 
みにいってみよう
 
 
もうすこし先まで

 
 
 
海があるか
山があるか

街があるのか

ふるい街 あたらしい街
 
誰かがいる
 

 
 
 
 
いちじくの緑の実を触る
葉はざらざらとしていた
 
 
 
目の中の景色は
知らないことだらけ
 
あたらしいこと、だらけ。

2013年9月21日土曜日

変わる時期

台風 満月 地震

心も揺れる
なんとなく誰にも会いたくない


マルクトのための作業をひとりこつこつと進めては
ときどき眠ったりしていた。

Twitterやメールからみんなの近況に触れ、
なんとなくそれぞれにメンテナンス期間なのかなと思う。



今日も作業日。
作業はまだ残っているけれど
作る過程がいよいよたのしい。
 
 
10月は一週間のワークショップ
結い市

そこまでかけぬけるような予定だ。
長距離バスのチケットを注文しなくては。

涼しくなってから夢をみる。

今朝の夢では
ゆずりはのみなさんと、奈緒ちゃんとわたしで
公園でお弁当を食べていた。
 
わたしは大きなお弁当箱に緑の温野菜がいっぱい。
 
多分、野菜を食べなさいというメッセージだろうと思う。
 
 
ふたりのお弁当箱にはそれぞれ何が入っていたんだろう
 
それぞれに必要なものを、きっと夢のなかでとっていたはず。
 
 
 
 
 
すこし静かに過ごそう
淡々と手を動かしつつも
心に刺激を与えずに、静かに癒そう
 
 
 

2013年9月20日金曜日

からだとこころと


朝、起きたらからだが軽い。

きのう、足の爪を丁寧に、切ってもらって
ケアしてもらい
それから髪の毛を、すいすいぱっぱと時間かけ
丁寧にといてもらったら

毛穴が開いて、血がめぐって
からだが驚くくらいにすっと
軽くなった。

顔から力がぬけて
ずっとずいぶん、力が入っていたんだなと気がつく。

足の裏が地面にぴたりと吸い付く。








丁寧に、からだに触れる手



じぶんの憧れに、ふっと気づく






2013年9月18日水曜日

日記

 
朝のコップが冷えている


通り抜ける

光も風もやわらかく

運動会の練習の音が聞こえてくる空だ


パン屑のこぼれたお皿を出しっぱなしにしている
植物に水をやればこくこくと飲んでいる


 
 
 
 
 
日曜日には、
shureで海太郎さんの演奏会があった。

海太郎さんがピアノの前に立つと
のっとした存在感があって

(のっとして温かい無自覚な陽だまり)

引き込まれる。

音が鳴ると、集中した、あの感覚はなんだろう
背中にのって連れていかれるような
そういう不思議な音楽だった。
気づくとぱっと降ろされている。



ピアノを鳴らす、からだも楽器なのだろう
 
 
 
 
 
 
終わったあとに、おもてへ出て
委員会終えた帰り道のような
不思議な青いなかを、三人でたどった。
 
「放課後みたい」
といったら
「わかる」とこたえがあって

出会ったばかりだけど
この空気をそれぞれが出会う前の時間で確かに知っていること
そこから歩いてきたその人がとなりにいることが
嬉しかった。





演奏会のあいだ、隣に座られていた
語り部の森さんの気配は
細い糸つなぐ少女のようで
痛いくらいに澄んだもの抱いてる感覚と
それでいて音の前に無防備であれる在り方を思い出すと
胸が熱くなる。
(そして触れればどこまでもやわらかい)
 
 
 

 
 

翌日は大学の先輩たちと会った。

10年前は部室にいけば彼らがいて
いつまででも話していられた。

扉をあければ誰かがいた。
そこにいると誰かが扉をあけて入ってきた。

ラストオーダーをとりにきても
まだこのままここにいたいなと思ってる
じぶんたちは確かにあの場所にいて
今また、会えているし
これからもまた会えるんだと思った。






 
 
 


紙やいろいろを買い込んで
電車に乗ったらLINEが入って
所沢でおりてのんちゃんとビールをひっかける。
 
 
 
薄い茶色の目で
まっすぐにみててくれてうれしい。


 
 
家についてテレビをつけたらロンドンブーツ1号2号の淳が結婚していた。




Marktに参加します。



田中奈緒ちゃんとのユニットAuroraで
9月29日
茨城県結城市にある
cafe la familleさんの納屋をお借りし、
cafe leuteの主催するMarktに参加いたします。

http://cafeleute.blogspot.jp/2013/08/markt.html




思い入れのある大切な場所
すてきな仲間たちとのマーケット

お越しいただくどなたにとっても
たのしいひとときになると感じています。

お待ちしております。

2013年9月14日土曜日

秋の空 夢をおぼえてる朝 眠りの質がよいのだ

 
 
足元にかさかさとした葉の重なり
綺麗な黄色がちらちらと目に入る。
 
フラワーカンパニーズの深夜高速の歌詞のなかに
(年をとったらとるだけ透き通る場所はどこ)
という部分があって

そんなのはほんとうに、どこなんだろうかと思う。



冬がくるよ、と思う。
冬よこい。

「あと3ヶ月で今年が終わるよ」




あたまのなかの、算段を消したい

いくつもの条件にしばられて、
家を建てられないことになりそうな
ひとのはなしを聞いた。




ほんとうにたいせつなことだけ


あとはすべて動いていく


コントロールできるなんていうのは嘘


結果を手に握っていることなんてできない



だから核心からは離れないこと。
 
 
 
 




2013年9月13日金曜日

深夜高速




フラカンの深夜高速のプロモーションビデオを
スペースシャワーTVでよく見かけていて

最近 iTunesでダウンロードして、聴いています。
いいなぁと思うので添付します。


「大丈夫?悩んでる?仕事みつからない?」
と聞かれてしまいそうな感じだけど(!)
わたしはとても健康です。

歌詞もいい。


このひりひりとした気持ちを
ずっと持って生きていたいなと思ってます。







深夜高速 フラカン オリジナル ライブバージョン



深夜高速 湯川潮音 カバーバージョン




このあいだ、通勤時間帯の電車のなかで聞いていたら気持ちがよかった。
朝の通勤電車に乗るということから、5年くらい離れているけれど
通勤電車のなかのイヤホンからみんな
どんな音楽を聞いているんだろう。







「エスプレッソショットを追加してください」

  
 
 
 

青空とハナミズキの乾き始めた葉の下
白いベンチ
すこしの自由

じぶんが、のぞんでいる
生き方とか
暮らし方は
どういうものなのかなと
バスに乗っているとき
手紙を書くその途中に
心のどこかで、ふと、よく、
触ろうとしている感じがする。



このひとは
どんな顔で笑っていたのだったっけと
心のなかにもどって検索かけるのだけど

なによりも大切なことは
そのひとの今と
今のむかうところで

ヒットした画像をひらかずに閉じてる。







秋刀魚のお刺身を食べながら
「あの頃から自分は変わった?」と栗田さんは聞いたけれど

やっぱり検索かけても、なんだかぼんやりとしている。
変わっていない気がするし
とても変わった気がする。

「大久保さんは変わった」と言う。





どれだけ変わったかは、大切なことじゃない。

そのときそのとき、そこにいたこと
それを経て
いまここにいること以上には。





 
治るということについて

最近はずっとどこかで思っている。




仕事をともにしてきた彼女から久しぶりに電話がかかってきた。
すこし話しただけで、心がいきいきとしてはっきりとしてくる。
元気になる。




どこかが悪いということなんて、本当にあるんだろうか。

ほんとうに治るとか
ほんとうに生きるとか
それはどういうことなんだろう。







変化は現象で目的ではない。


2013年9月11日水曜日

絶対にピース

 
目の前にあらわれるものは
呼び合っているのだろうと思う。




意思まで明確なかたちになったものが
するどい糸のようになって遠いはずのものと
引き合うこともあるかもしれないけれど





存在しているだけで
おのおのがある波長を世界へおくりつづけているのだから
その波がよせあってよびあって

目の前にあらわれるものは
わたしが呼んだものだし

わたしは呼ばれて
なにか だれか その前に
あらわれるのかもしれない






なんのために?

ことばでとらえられるものなんて、
ごくわずかなのだから
意味だけにしばられることはもったいない。

意味は 現象にあてた 
ちいさなスポットライト
 
そのわずかな範囲にすぎない





もっと全体はわけがわからない

ただよびあい流れあった動きそのもの
それだけのことかもしれない



めのまえのもっと背景
ずっと奥へ
はたらきあっているのかもしれないし

1000年後のための布石かもしれないし









ただ

それがあらわれたこと

それのまえにじぶんがあらわれたことは

それはわたしのいのちのはたらきとなる

わたしはそれのいのちのはたらきとなる



なるんだ。なろうとしなくても。多分。










2013年9月9日月曜日

26度



風にのった赤とんぼが、水平に流れていった。

市役所へ出かけてそのまま電車に乗り
世界堂と手芸店でマルクトに出す作品の材料を買って帰ってきた。
それから試作。


すこし前のはなし
病院の廊下を歩いていたら
病室のベッドの上の
このひとはもうすぐ亡くなるのかもしれないという人と
ぱっと目があった。
目には力があるように見えた。
だけどいくつの人なのかもうわからない顔色やかたちになっている。



わたしは、からだがあたたかいということは
すごいことなんだなと思った。



じぶんのからだがあたたかく動いていることに
気がついた。













生きていること。

 
 
 
先日、電車のなかで隣に座ったおばあさんが
こくりこくりと舟をこいで
わたしの肩とおばあさんの肩が触れ合った。

あたるとおばあさんは
「すみません」とちいさくいちど言って
あたるたびにすっと何度も肩をひいた。

わたしは
おばあさんの肩があたるたび、うれしかった。
それはその感触が自分の祖母にそっくりだったから。

皺のよったやわらかいみずみたいな、はだ
骨もきっと軽くなっている。



からだが傾きはじめてる祖母と寄りかかりあって
ソファに座っている感触が蘇った。






2013年9月2日月曜日

ひかりがひろがるのは、ひらいたから

 
雨の匂い


雨音とかみなりのおと
畳に吸い込まれ
部屋はしずかだった

薄明かり




よちさんにヨガをおそわる


ぶらんぶらんと体を揺らしたら
つぶってる目の中で
薄闇にひかりがひろがっていった

それはひらいていく

わたしはよろこんでいた
あめはよろこんでいた

川みたいに地面の上流れていく
透明なあまみず




ほどける
自由になる





それはここちよい
薄闇
しろいひかり

からだに起こる反応
自由になる







終わる頃には雨がやんで
澄んだ森みたいな空気がそとに広がっていた

えんじ色の車と出会う

指さした先の稲光

 
 
 

 
星座がかわったなと帰り道に思った











きつねヨーガ
http://kituneyoga.web.fc2.com






2013年9月1日日曜日

memo.

 
さっき引き出しをあけていたら
3月11日の朝に、自分のノートに書いたメモがでてきた。
朝ドラのあまちゃん、ずっとたのしみにみている。
来週はドラマのなかで、地震が起こる。
どうなるんだろう。

 
ノートに書いたメモは
あとからみれば
地震を知っていたみたいなことばの連なり。
でも、書いたときの自分は予感していたとかじゃなくて
ただその朝にいただけのことだと思う。






夢みて
起きた
起きてしばらくして
忘れてしまった
夢の内容

さやかちゃんがいた気がするんだよ

体をもっとらくにして
また会いたいと思っている
なんでもなくただ
会えたらすごくいいな

あさおきて
心の中から
たくさんのトイレットペーパーの芯が
でてきたイメージ。

いらないもの
たくさん
たくさん
自分だけ
自分に集中して
集めて
とじこめて
でも
動かなくなったとき
きらきらにみえたものも
過去になって、
そのまま
枯れてしまうんだ。

心に枯れ葉や
トイレットペーパーの芯

たまっていくだけ。
さよなら。
金庫の中の
トイレットペーパーの芯よ。
もうさらば。



全部全部
心からだす。

動くもの
生きているものと

交感しながら
生きよう。
毎日変わって

今日は
今日だけを
生きて
死ぬ

毎日
あたらしい

やわらかなゆめ

 
8月が終わって
9月になった。


夏休みにおまけがついたような日曜日だ。






 
いろいろなことが
じぶんのもとに届いているのに

わたしはそれを手のひらにうけながら
きょろきょろと遠くをみているような感じがする。


肚をすわらせる。

手のひらにとどいたひとつひとつと
丁寧に対話するんだ。