2013年12月31日火曜日

昼になる前にすこし外へでよう。





お墓は高台にあって
秩父の山がよく見える。


墓石をふきながら
祖父の亡くなった74という年をみる。


消防車のサイレンが聞こえて
「あそこに煙があがってる」と
小さなこどもが言った。

顔をあげると鳥が数羽飛び立った。

きれいな空の青だった。









本でも読んだり
なんとなく1年をふりかえりながら
ノートにメモしたりしながら
眠ろうと思って

昨夜は20時にふとんに入るも
本を読んだ記憶も
ふりかえりした記憶もなく
朝まで眠った。

電車に乗って
高級ホテルへむかって
梅干しの入ったおうどんを食べにいこうとしている。
そういう夢をみた。

ここ最近の
友人との会話や自分の日常の瞬間が
ブレンドされている夢

予知もメッセージもない夢

ふとんにくるまって
眠るのがたのしい。
 
 
 
 
 
 
仕事で入浴介助をして
格闘するようにひとのからだの汗を流して
じぶんは汗を浮かべて帰る。

夜道を早歩きでぬけて
明るい電車に乗ったとき

乗車しているひとりひとりの生が
迫ってくるように感じられた瞬間があった。

「ここにいるひと、みんな、今、生きてる」





行き交うひとは背景ではない
ひとつひとつの生がそこにあること





いくつもの生がここに居合わせていること














今年もありがとうございました。


白い空気
明るい空です。





2013年12月29日日曜日



お好み焼きをひっくり返す


油と煙の匂い髪につけてスターバックスコーヒー






 
 
数時間後に誕生日の彼女と手をふって
家まで歩く

家の前で数分、
立ち止まってしばらく空をみる。
見つめないで眺めていると
空の奥から星の光がどんどんあらわれてくる。
 
 
 
 
 
湯船で眠って、お湯もさめてる。
追い炊きしてからだをあたためてからあがって布団に入る。

目が冴えていたが
ラジオ深夜便をつけて安らかなアナウンサーの声きいていたら
いつの間にか眠っていた。















お正月にむけて
空気は澄むばかり。


あの部屋にかかっていた、白い制服
着込んで生地はくたくたとやわらかく薄くなり
おなかの部分には何度洗っても落ちずに重なったしみがあった

仕事着としてめいっぱい使われ、洗われ干され
繰り返された手入れの気配をまとって

そこに持ち主はいないのに
服は存在と繋がっていた





1日
1日

というものが


目に見えるかたちのなかで

ハンガーにかけられていた。










2013年12月28日土曜日

祈りが空気を、澄ませるのです。



ちいさな教会と
家々の庭木がうっそうとのびた
ちいさな住宅街を

汗と石けんの匂いまとって
ぬけていく

空いている各駅停車でゆっくりと帰る



地元の駅につけば
汗はひいて
綿入りコートから出た
顔がひんやりと冷たくなっていく

トラック1台ぬけて
こおりに触れてるみたいな空気に排気ガスの匂い

雪が降りそうと思う






星が綺麗で
立ち止まる

立ち止まって見上げると
星がどんどん近づいてくるような気がする




「流れ星見たい」
そう思ったら

右の空に星が流れた。
 
 
 

2013年12月25日水曜日

ちいさな手/いま芽が出たということ/土の中のさまざまな過程









祖父のお墓に、今年のうちに行きたいなと
手帳をみている。

手帳をひらいたところに
先々週ひいた、おみくじを貼った。









先々週
帰り道に地元の神社のなかを通らせてもらった機会に
お参りして、それからまた、おみくじを引いてみた。





草木の芽がはじめて地上に顔を出したが
まだ大気は寒くふるえている運気です。
今は力が不十分で何事も思うようにはいかずいささか焦りがちですが、
少しずつ悩みや迷いが解消していき、やがて暖かい春の訪れがあります。
ここは実力を蓄える時、周囲の助言にもよく耳を傾けて時を待て。







芽が出たぞ、と思った。


あたらしい仕事
介助方法もひとによって違うし
新しく使い方を覚える福祉用具もある。
自分を相手に受け入れてもらうには、という気持ち。
宿題がどさっと腕のなかに落ちる。

じぶんの体の使い方の粗にも、
あらためて気がつく。




至らなさに申し訳なくなり、反省めぐる自分と
「出来なくて当たり前。出来るようになるための道を歩いてる」
と腑に落としている自分。

出来ないうちは、耐える相手がいるのだから
整理して、ポイントをおさえて、
とにかく、前にすすむこと。

でも決して、焦らないこと。
焦りが生じたそのときにも、落ち着いていること。
焦りは無駄な動きになる。




時間がかかることも知っている。
その過程のひとつひとつが、大切なことも。

心を無理やりに近づけることができないこと
すこしずつお互いを知っていくのだということ






冬を選んで、芽をだしている。
春に花がひらくように。


花が咲くには最適な時期があり
芽を膨らませるのにも、最適な時期と
必要な過程がある。


おみくじのことばは、励ましのように感じられて
切り取って手帳に貼ったのだった。









きのう、5歳の男の子と一緒に
プラモデルを組み立てた。

細かな部品に、小さなシールを貼っていく。

「ゆっくりやると、うまくいくんだよ」

と伝える。



あきらめないで
なげださないで

じっと集中する

ちいさな手




ときどき手をはなして

休憩して


それからもういちど

ゆっくりと
とりかかる






 





クリスマスの夜に



クリスマスからお正月にかけて
空気が澄むのは
世界中で祈りがあげられるからではないかと
毎年感じる。




ひとの透明なこころが
空にあらわれるのだと

そういう風にいつからか信じている。





25日は母の誕生日なので
昨夜閉店直後の花屋さんで
ショーケースの中のアレンジメントを買わせていただいく。


丁寧に包んでくれた指先が、ありがたかった。




母は階段の踊り場にそれを飾った。






2013年12月23日月曜日

朝のスカイツリー/風ですす払い/電車の窓からみた空/秋津で買ったシュークリーム/フードをかぶって渡る踏切/あたたかな柚子湯


12月22日 冬至

夜勤をあけて、
そのまま東武動物公園を目指す。

白いひかり
ふかい青の空

しずかであかるい、冬の日だ。


くだり電車は空いている。



髪を切ろう、と思ったら
もう本当にその瞬間に切り落としたい衝動を
ねむらせ、ねむらせ、今朝になった。




はやく着いてしまった駅で、文庫本買って
ロッテリアでコーヒーを飲みながら読む。


時間になってkoro美容室へむかったら
途中の横断歩道で道を聞かれる。

「進修館はどこですか?」
「そこですよ」

聞かれた場所は、目の前の建物だった。





目の前に目的地があっても、
気づかないことがある。
それがこれと、わからなければ。

認識によって、たちあらわれるものがあり
認識によって、背景に眠ったままのものがある

世界は常に状態としてそこにあり
立つ「わたし」の感度によって
出会うもの みえる深度が変わる。

また
コミュニケーションによって
なにかとの接触によって
たちあらわれる事象がある。





koro美容室

ずっと、ballenaのくじらさんに
手をいれてもらいながら髪をのばしてきたから

koroさんへ行くときは
「ばっさりと切るとき」ってどこかで決めていた。

ばっさり切るつもりで出かけた。



koro美容室
すこしの待ち時間に
棚からムック本を読む。

そこにはある生活者と、
彼の生活から導きだされたスタンダードな服、日常小物が紹介されている。

http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-63491-4

こういうのがいいな、と思う。


最近買った、防水リュックや、
ジップアップのコート(でも好きな、比翼タイプになってる)が
うれしいのは
自分の生きてるところからの求めにあった
道具であるから。

そして、その生き方とじぶんの本心に
ギャップがなくなってきていて
通じてきているから。





とがさんに髪を切ってもらうのも
ゆっくり会うのも、久しぶりで
いろんな話をした。

なんだかふたりとも
かるくて、あかるい感じがして
切ってもらってるあいだ中、たのしかった。

わたしは
じぶんの軸のはなしをした。

じぶんの軸がないと、だなと思うという話。

介助の仕事でいろんな人の生活のなかに入る。
そうしながら気づくのは
ひとは、その人の心のかたちを生きるということ
よく本とかに書いてある、あれはどうやら本当だということ

それぞれの信念、ときにファンタジーを生きている
みたいものをみている

そこへ介入させてもらうわたしも
わたしの軸に、からだも、精神も、合わせていることが必要で
そうしていないと
他人のファンタジーを踊ることになってしまう。
それはお互いがハッピーではない。
(自分の軸で他人が生きることを想像すると、苦しいように。
他者の軸を自分がつかうこともまた、
自分ばかりでなく相手を苦しくさせるのではないか)

本当の援助や、
関わりは

じぶんがじぶんの軸にあること

他者が他者の軸にあることを尊重すること


おたがいが立てる
スペースをもつこと


のなかで生じるのではないか

これが今のわたしがもつ、現時点のアイデア。




切り終えた髪は、おかっぱちゃんで
いままで、とがさんに切ってもらったなかで
いちばん素敵になった。


とがさんに髪を切ってもらうときはいつでも
「坊主にしてほしいくらいなんです」
という気持ちでいて
男の子みたいなショートにしてもらってばかりだったから

とがさんに
こんな髪型にしてもらう日がきたんだなって感じた。
いつの間にか
わたし(たち)変わっているね、と感じて
ほんとうに、嬉しかった。











帰り道
電車の中から空がきれいに
暮れていくのをみている。


いろんな苦しかったことも、
ちゃんと終わっていく。

楽しかった瞬間に、いつまでもいられないのと同じようにして。




あたらしい時が
まだわたし(たち)には
用意されている。




2013年12月21日土曜日

ピーナッツ





もう暗くなっている、17時前には。
各駅停車の電車の窓から、
並んだ提灯のあかりをみた。お稲荷さんの参道のある駅で。



空いている電車の
前に座ってる女の子が
なんかいいかんじだと思ったら

彼女とおなじ、バッグをわたしも持っている。

(わたしも、持ってるよ)とテレパシー、1回。








明日は髪の毛を切ってくる!
ばっさりいこう。

途中までは美容師さんの力をもって
たのしくのばしてきたけれども
編み込みとかも、
ちょっとできるようになったりして
嬉しかったんだけど
このあいだまりちゃんのショートカットを前にしたときに
がーんときた。
おれはなにをしていんたんだ、と。


進歩は
髪をのばしている自分から、女装している感覚が消えたこと。

感覚のするどい人とか
親しくなった人には「内面、おとこだね」とよく言われ
わたしも、そうなんです〜と思ってたけど
なんとかジェンダーが身体と一致してきたというか
バランスとれてきたかも。30年かかるんだな。

女性のからだで、女性よりのわたしでも
ほんとうにじぶんの身体と精神のジェンダーが一致するのに
30年かかるんだ。
(いまも、一致しているというよりは
ギャップがなくなってきているというほうが正しいかんじ)

その実感から
性同一性障害とか、同性愛というのも
とても自然な状態なんだと想像する。

完全に男
とか
完全に女
とか
そんなはっきりしたものじゃなくて

わたしたちは揺らぐ存在なんだと感じる。


「男性であるとか女性であるということではなく
ユニークな個性である、ということが
わたしの扱うジェンダーです」

学生時代に聞いた、ジェンダー論の先生のことば
いま、思い出した。






ほんとうははさみをもって
今すぐこの髪の毛を切りたいけど
なんとか明日まで持ちこたえよう。

髪を切りたい
と思ったら
ほんとうにその日、その瞬間
切りたい
という感覚は
髪の毛がアクセサリーではなく、
身体であるがゆえだと思う。
















ピーナッツバッグ
ヴィレッジヴァンガードで600円ちょっとで買った。
気に入って、おろした日に撮った写真がiPhoneに残ってる。

2013年12月20日金曜日

介助のしごとが始まって

前から欲しかった
防水のリュックを買った。


上着を着たまま抱きかかえたり
すぐに着脱できるように
中綿入りの
ジップアップのコートを買った。


そういうひとつひとつが、
うれしい。

無駄がなくなっていくこと。

ずれがなくなっていくこと。

シンプルになりながら、
豊かになっているかんじがする。





じぶんの時間は
ひたすら眠っている。



眠るあいだに
じぶんが変化しているようなかんじがあって

(あたらしい変化に
じぶんが追いついていくような感覚があり)

ほんとうによく、
眠ってばかりいる。




秩父の山
雪をかぶった。

2013年12月19日木曜日

飛行機の音、あたたかい橋の上




橋を渡って
友人たちから教えてもらっていたカフェへ


橋から見える土手の草原
枯れて金色

まだ雨がふる前の
湿った空気をすって、土に眠るようにしている。

どこかで多分、焚き火をしていて
煙の匂いがかすかにしてくる。


午後からの出勤だったので
ゆっくりお昼ごはん、食べた。
お店に並んでいる本がおもしろい。
自分の好きな本もあり、知らないタイトルもたくさん並んでいて
ここへ来れば、あたらしい本と出会えるかもしれないと感じた。

レジで、
「今日は寒いですね」と声をかけてくれる。

雪が降る前だからか、すこしあたたかいなと思って
橋を渡ってきたけど
「寒いですね。雪が降るのかな」
とこたえる。

寒いか、どうかの、
話をしたいんじゃなくて

声をかけて、くれたんだ。

そう感じられて
ことばを音にしてくれたその気持ちが
嬉しくて。


帰りに店先のパン屋さんで
シュトーレンを2切れ買ったら
配合を間違えてしまったから、とショートブレッドをくれた。
「これはこれで、おいしいと思うので」って

ほろほろっとして
スパイスの香りがふっとぬけて
とてもおいしかった。

帰り道に、歩きながら
ぱくんぱくんと食べた。




ひとが、立体的だ

と思う。

出会うそのひとが、
立体的だなぁ…と感じる。




このひとはこういうタイプだろう
とか
ひとを型にふりわけるように
わたし、生きていたんだ。数年前まで。

あのときに出会っていたひとたちだって
生々しくて
奥行きがあって
立体的だったはずなんだ…と、思い返していた。
 
 




2013年12月18日水曜日

雪が降るんだってこんこん




お仕事がすこしずつ、始まってきている。

はじめて会うひと

ドキドキする。しずかに緊張する。
それは敬意からきてるから
消さないで
肌の奥にすーんと、あるままにしておく。

おもてはやわらかく
空気の通りをよく、こだわりなくする。





介助の仕事をはじめてから
すこしずつ
身につきつつあるかもと
最近ふと気づいたのは

なにもすることがなくても
そこにいられるちから



ひとりでただ、いたい。そのときのそのひとの
すぐそばにいることもあるから

自分の気配がうるさくならないようにして
そこにいるちから









相手のスペースにいさせてもらうから
スペースから出たあとは、
前にアドバイスをもらったように
アロマスプレーをふっとからだにかけている。

そうすると相手の気配とか
相手について考えてるじぶんがぬけていく。


ニュートラルな自分に触れてることが
いちばんたいせつだと
また仕事に入りながら、感じはじめる。






今朝みた夢

喫茶店でケーキをたのむ。
ケーキにほこりがのっているのに、
店員はそれをすっと、そのまま置いていく。

ほこりをとって
「ここだけ避けて食べよう」と思っていたら
となりに座っていた見知らぬ女性が
わたしのケーキをぱくぱくっと食べていってしまう。

「わたしだったら、
誰かが頼んだケーキを、
なにも言わないで食べるようなことはしない。
しかも、頼んだ本人が口にする前に
手をつけるようなことは絶対にしない」
と、冷静にはっきりと彼女に言う。

食べかけのケーキを返そうとしてくるので
「いらない」
と言って、新しいケーキをオーダーしにいく。


2013年12月17日火曜日

そら



隅田川は深くて太くて
目に入ると安心する。

大きくて深い流れがすぐそこにあれば
自分(ひと)の命をかんたんに取り込んでしまうような
大きな野生がそばにあれば

心はさまよわないで
肚のそこにふっと
おさまるような感じがする。



ひとはとても
揺れやすい

その性質は宝庫である。たぶん。
揺れて感応して、創造する生き物なんだと感じる。

でも心が肚から離れてしまうと
ただ揺れそのものになってしまうと
生み出すこともできなくなる
じぶんではなくなってしまう
それはとても
つらい


地に足をついて
肚と繋がっていられるためには

じぶんよりも深く長い振幅で生きている
自然に触れること

みずからの呼吸を
深く深くしていくこと

あたたかなものに
やさしくからだに触れてもらうこと

そういういくつかの
きっかけがあると感じる





昼間、テレビをつけたら
堤真一がでていて

その日、その番組のインタビューのなか
彼の話すことばの中心にあるのは「原始」だった。

演劇の話でもそこに触れ
番組の撮影先となったカナダの自然に身を置いた感想でもそこに触れていた。



「いろんなことは全部、じぶんが作り出しているんだと感じた。
もっと、シンプルでいいんだと思った」



2013年12月15日日曜日

コンコン、きつねヨーガ




反りっかえったからだを
よちさんが足圧してくれる。
かたくはった足に
力がゆっくり加わって、ほぐれていく。




ヨガの前には、お灸。
背中がガチガチと言ったら、棒灸というのをあててくれた。
ぽかぽかとして、あたたかい。


ずいぶんと、からだと話してなかったなぁ…と感じた。
のばしてみると
ゆるめていくと
ずいぶんとかたくなっていたところに気がつく。

からだと話すのは、
おもしろい。

話していくうちに
からだがあたたまり
対話も深まり

ゆるんでいく。


手はぐぅんぐぅんとのびる。

足のうらはひらたく、地面をとらえる。

http://kituneyoga.web.fc2.com/

2013年12月14日土曜日

骨が反りっかえる

「やっぱりそうだと思った」

簡単に放たれたことばを思い出したら
くやしくて涙がボロボロでた。

この道をたどっていないひとに
外側から、何とも
言われたくない。

歩いてる
わたしの道を
いいとか悪いとか
一ミリも
言われたくない

2013年12月12日木曜日



女子中学生の眼鏡のレンズに
黄昏時の光に照った
川面が映り込む

川原にでると安心する

枯れたススキ
山の稜線

銀色波立った水面

手に負えない世界を
目の当たりにして

橋を渡る人の
小さな影をみて

土手裏の中学校舎
職員室の窓
蛍光灯のひかり



「ふざけるな」
いきどおる

でも全部

掻き消された
雪みたいに真っ白な月

2013年12月11日水曜日

光のラインをこえる船





TSUWAMI Flower Essences








研修を受けて、研修を終える。

他にも一緒に受けるひとがいると思っていたら
わたしひとりだった。
ほんとうは資格があるので受けなくていいはずの研修を
「受けたいです」と言ったら
時間割を組んで受けさせてくれたのだった。

ありがたい時間だった。




給与振込用の口座開設や保険の手続きをすませて
夜には新宿へ出た。
友人と会う。

なんだか私は気がそぞろになっていて
ハンバーガーを食べ終えてようやく、
友人と向き合って座っているテーブルに
心が到着した。



友人は日本の原生種を主に、
フラワーエッセンスを作っていて
あたらしいエッセンスをくれた。

飲むと
胸のつかえがふわーっとほどけて軽くなった。
「胸、つっかえてたね。がんばってたね」
と言ってもらう。

それから自分の気づかないうちに
ひとを傷つける癖を指摘してもらう。
心に留める。

ハンバーガー屋さんのおおきなストーブに背をあてて
ななめに腰かけている友人がかわいらしく見えた。








このあいだ会った人に
「歩いてきて、あなたの前に立ったら、ふわーっと軽くなる感じがありました」
と伝えたら
「敏感な方?」
と聞かれた。

敏感って相対的な判断で
じぶんにはじぶんの感覚しかないからイエスともノーともいえないと感じた。

ただ

いま、ふわっと空気が軽くなった
とか
電車とかで、なんだかこのひとのそばにいたくない
とか

ここは好き
ここはくらい感じ

とか

「気のせい」

と通りすぎてしまいそうな感覚を
大切にしていいのだ。
それはたしかに、あるのだと
教えてくれたのは
エッセンスを作っている、その友人だった。


その感覚はほとんどきっと、誰にでもあって
それを大切にしているか
「気のせい」と流しているか
その違いそれだけ。




地上のスタバは混んでいる。
すぐ隣の地下のカフェにはじめて入ると

しずかで席も空いている。


ちょうど視野に入る
斜めむかいのテーブルの女の子たちは
顔を寄せ合い、よく笑っておしゃべりしていて
22時を過ぎても
店内は穏やかにあかるかった。




奇跡について、話をしたら
あたりまえのように目の前でそれが起こる。
それはあたりまえに、起きる。
そしてふーっと
ふとい川の流れの底へ消えてく。
流れ星みたいに。




新宿駅で友人と別れたあと
「来年もよろしく」
だったかな
と思う。


今夜ははやく休もうと
特急電車に乗って目をつむり
目をひらいたら地元駅。




2013年12月9日月曜日

背筋をすっとのびるようにして
歩くのに

頭の上を糸で引かれているように、
と言われる。

ヨガのときとか

学校とかで



わたしはうまく
できないと感じてた




糸はたゆむし
移動してもついてくる糸をもつ点があるとしたら
気持ちが悪い上に

なんだか申し訳ない


わたしの勝手で、
右行ったり
左行ったり
ごめんなさいね、といったかんじで。

気を遣ってしまって
糸はすぐ切れてしまう。






頭の上に、りんごがあるように。

初夏、そう教えてくれた人がいた。


頭の上に、
りんごがあるように。



そのアイデアは
からだがすーっと、
受け入れた。



りんごと、わたしの
接点に
心をむければいい。

りんごはわたしにむかっていて
わたしはりんごにむかっている。

その点に心をむければ

自然に背筋はのびている。



わたし(たち)は
一方向的なちからに
支えられ続けることは
できないのではないか


ゆだねられ
ゆだね
支えられ
支える


関係する

そこをもって

しなやかに

すっと

存在することが
できているのではないか

2013年12月6日金曜日

アネモネがひらいた。


田島のおばあちゃんにお会いするといつも
「おかげさま」と言う。


「お元気そうで」と言うと
「おかげさまで」と言う。




前におばあちゃんに褒めてもらって

「そんなことないです」
とこたえたら

「否定しちゃだめなのよ。
あなたの持っているものは、
ご先祖さまがあなたに贈ってくれたものなのだから
否定しちゃいけないの。
ありがとうでいいのよ。
そうすると見守ってくださる方たちがね
うちの子が褒められたって喜んでくださるんだから」


と言ってくれて
綺麗に澄んだ目でじっと

わたしの目を見つめてそう言ってくれたから

涙がでそうになった。








あたらしい仕事が決まったのも
おかげさまです。



目に見えない、見守ってくれているちからと

それから

目に見えて、触ることができる
出会ってきたひとたちの
おかげさまと

ご縁だなぁと思う。





覚悟がいるから避けていたのに
やっぱりわたしはこう働きたかったんだなと思う。




運命みたい。と思った。



命を運ぶ流れ。
運命はわたし。わたしの音楽。




そしてとてもやさしいのは


わたしが扉をひらくまで
できる限りその流れは

待っていてくれるというところだ。





いろんなことを保留にして
決断できないでいるのは

決めなければすべての可能性を
可能性のまま、持っていられる。という

夢みたままでいたい自分がいたから。





すべての可能性がそのまま
しぼんでしまうその前に

ひとつ、決断する。




そう決めたその翌日、翌々日と
堰が決壊したかのように
動き始めたのだった。
 
 





TSUTAYAを出るときに
出入り口のマットのまん真ん中に5円玉がぽん、と落ちていて

「ご縁を受けとる」
と思ったのは
一週間前。







世界は不思議です。



おかげさまで

今日も元気です。

2013年12月4日水曜日

ひらくとながれる とじるとねむる





たくさん、考える時間をもらえてよかった。


西村佳哲さんの『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』
という本のカバーに
こんなことばがある。



自分の生き方や働き方について、他人に口出しされたくない。
どんなに正しくて賢い話でも。
それはわたしの仕事だから。
でも同じ時代を生きている他の人たちが
どんなことを信じて、愛して、考えたり感じながら生きているのかは聞いてみたい。


『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの? 自分の仕事を考える3日間 Ⅱ』
西村佳哲(働き方研究家)著 弘文堂
より。




ぐるぐるとたくさん、
歩かせてもらえてよかった。
考える時間を、もらえてよかった。

見当違いな扉をたくさんノックしながら
真剣に探し続けてよかった。

歩いているあいだに、
たくさんの人と出会うことができたし、
いろんな場所へ行くことができた。

ずっとじっと、尊敬していたひとのそばで
すこし、働かせてもらう機会も持てた。


 
あたらしい仕事がみつかった。
こう書くと、
からだが軽くなる感じがする。



とてもささやかで地味なことだけれど
自分の命をつかえること。



2013-2014



薄着ですこし過ごしたら
風邪をひく。

色んなことが
動き始めた。

新しい仕事も決まりました。




おいしいもの:うれしいもの


△Tuuliにて。
 根菜のクリームシチュー
 コーヒーとカフェオレ
 2杯もらって、話を聞いてもらう。




△cha-tu-chaにて。
 ドイツのかっこいい缶。
 7日土曜日まで、BRIKIKKAさんとめぐった2人旅の展示
 straβe   straat



△龍の子にて。
 マーラータンメン 半玉、野菜とパクチートッピング



△hietori会(武勇にて)でのおやつ
 杉戸の糀まつりさん

 http://amazakepower.jp



△ピーナッツバッグ

 
 

2013年12月1日日曜日



12月になりました。

きのう、結城の武勇さんでの
hietori会を無事にひらき終え

ひとりの人がよろこんでくれたり
ぱぁっと自分にとって大切な話をするときに
すこし声が明るくなる感じだとか
なにか新しい発見をする様子を
目の当たりにできることが
場を照らしてくれるなぁ…と感想を持っています。

お越しいただいた方、武勇さん、
本当にありがとうございました。

企画しているyuzuriha-tsukiの旅は
12/22の東京shoe lab.さんでのイベントへとつづきます。

わたしも
みんなのお手伝いをさせてもらったり
イベントの参加者になってみたりしながら
yuzuriha-tsukiの旅をわくわくしながら、
見守っていきたいと感じています。

yuzuriha-tsukiの
みなさん、うららさん、ヨーコさんへも
心から、ありがとう。





そして
きのう、今日は
Sunday Bake Shopで
cafe leute企画のChristmas Marktが開かれていました。

行くことはできなかったけれど
きっとすてきなイベントになったことと思います。

わたしもauroraとしてs-clothes-treeさんとコラボ風呂敷バッグを
販売させていただいていました。

お越しくださった方、sunday bake shopのみなさん
そしてcafe leuteのふたり、
本当にありがとうございました。





それからそれから

今日は岩舟のouchiさんでs-clothes-treeさんの展示受注会がありました。
どんな時間になっていただろう。

s-clothes-treeさんのつくるものが
わたしはとても、好きで
気がつくとよく身にまとっているんです。

展示受注会、いいなぁ
試着をしてみたり、きっと楽しい時間になっているなぁと
思いを膨らませています。




(みなさん、おつかれさま!)






わたしはこれから夜勤があって
今日は朝からずっと眠っていました。


最近、眠っている間に
心の散らかりを整理しているかんじが
すごくあって

ぽーんと
眠ることにしています。

自分のなかには
片付ける必要があるものが
たくさんあるみたいです。


「〜しなくちゃいけない」という
たぐいの、いろいろと
「〜したい」といういろいろ。

全部一斉に鳴らしたら
耳を塞ぎたくなってしまうから


きみはどうなの?
そう楽団員と相談して


そろそろ、
演奏の時間。
舞台へあがろうよ、と促したいところ。