2014年1月15日水曜日

ひかりのさき

智慧は決断にある

等々力渓谷でみたことば
うろ覚えだけれど

活きることをもって智慧となるということ
体現をもって智慧となるということだと解釈している




「介助の仕事をずっとしていくとしたら、
自分の生活が変わると、利用者のひとに迷惑がかかるから
わたしは結婚したり、こども産んだり
(というのは「大きな変化」のシンボルとして使ってる)
できないのかなぁとここ1ヶ月、ぼんやりと思っていた。

昔からの思考回路が、まだあった。
あほか、と。



「わたしが固定の仕事についたら、休みをあわせられなくなるから、
シフト制のバイトがいいんだろう」

とか、思って、うろうろ。
わたしはほんとうに、ずっと、あほだった。

『自分を基準にしていいんだ。ていうか、みんな、そうしているの?』
そう気がついたのは
数年前のことだった。


誰かを基準にして、自分の生き方をつくると
必ず、いきどまりがきて

そのとき倒れて顔をあげても
立ち上がる部分は、誰も助けてくれない。

自分の足を使わなければ
絶対に立てないから。

誰かを基準にして、自分の生き方をつくって
行き詰まっても
自分の代わりに、誰も自分の人生を生きてくれない。

 
 
本当に、思い知ったんだった。

まだ、細い、小さな根が、残っていた。

 
 
 
自分で、決めるんだよ。

ひとがそのひとを、決めて生きるように。



もう自分で、決めるんだよ。
 
 
 
 
 








『かぐや姫の物語』が
からだ、動かなくなるくらい
ぐんときたのは

あの映画が、ほんとうにすばらしいからで

それからじぶんの、今までしてきた生き方と本心と
つまづいて獲得した今のわたしの信念を
痛いくらいに、また浴びたからのようにも思える。







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