2014年4月10日木曜日

ゲート

 
 
 
 
 
 
 
 
帰り道
ふと道沿いの家に目をやると
窓のむこうの部屋に白い菊の花に囲まれた棺が見えた。
 
 
 

 
髪の毛がのびたので
今朝はひとつに結んで通勤した。
 
 
通勤電車の中で目をとじると
目とおへその線上に
景色が浮かびあがる
 
 
知らない場所
誰もいない風景
 
 
わたしはこの場所を心に持ててれば
たぶん大丈夫なんだと思った



目をとじると見えるものはなんだろう 

 

さぁ寝ようと目をとじて
「今、なにが見えてる?わたしは、外国人の女の子が3人」
そう話しかけたら

となりの人が
「なにも見えないよ」
と言ったことを時々思い出す。
 
 
 
自分の調子がいいときは
映像がでてくるとき
 
目をとじてても
目をひらいていても
 
どこか遠くの知らない場所のじかんが
一緒に流れているとき
 
 
 
 
 
 
まだ桜が咲く前に
友人とご飯を食べているそのとき
 
「尚ちゃんと話していて、見えてくる景色を
伝えられたらいいと思う」
 
友人がそう、話してくれたのをきっかけに
 
「わたしはね、話してて、こんな景色がみえるよ」
 
わたしから友人へ、彼をみていて浮かんできた景色を話した。
 
「それでね、端の方になんだか、草原もみえる」
 
彼と重ねて、中心に見える景色の左端に
青々とした草原が見えてきて

そう伝えたら
友人はあったかい顔で笑った。
 
今週、こどもが産まれる予定で
草が関係する名前、つけようかと思ってるって
帰り際に、話してくれた。
 
 
 
 
彼はわたしと話しながら
どんな景色をみてくれていたんだろう
 
 
 
 
 
じぶんというのは
 
様々な時間
様々な風景の
 
総体なのではないだろうか
 
 
 
 
 
 
 
 
道沿いの家の窓に目をやったのは
 
そこが同級生の家で
 
窓のむこうにいつも、針仕事をしているおばあさんの姿があったから。
 
 
 
 
あのおばあちゃん、まだ元気なのかな
 

そう思って

つい窓に目をやった、
きょうの帰り道だった。
 
 
 
 


 

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