2014年7月10日木曜日

 
 
百日紅の花の、あざやかなピンクが
ときどき視界に入るとはっとする。


すこしずつ、心にみえてきた景色には
あともどりせずに
触れてみようと思った。

それはきっと、触れられる景色なのだけど
「えい」と心を、からだを、投げてみないと
ずっと辿り着けない場所でもある。


 
疑わないで、むかってみよう。
 
 
 
 
生きていることはひとりでは進まない。

だから思いがけないことが、いつでもたくさん起こっている。
それがあまりにも自然にあるから、驚かないし
いちいち、立ち止まらないだけで。
 
 
 
たとえば、自分では予想もしていなかった仕事
企画に参加していることや、誘われること。
 
ももいろクローバーZのライブに誘われて、いくことにしたこと。

とうもろこしを食べたいと話していたら茹でたとうもろこしが
八百屋の店頭で売られていて、それを食べたこと。
 
道を歩いていたら、天体観測に誘われたこと。
 
車で道を走っていたら、目の前にふくろうが降り立って、
それから羽ばたいていったこと。
 
風がふくこと。日がのぼってしずむこと。
 
大人になること。
 
台風がくること。
 
お店で友人に似合う服を見つけたこと、
伝えたらそれを友人が欲しいと言ってくれたこと。

近くにいた友人がおいしいカレー屋さんに連れていってくれたこと。
 
仕事あがりに会った友人が、タコライスを食べさせてくれたこと。
 
そういう、自分の意思以外のありとあらゆる偶然が
日常のほとんどであって
 
そのことにもう驚かず(ときどきはとても驚き、ときに感謝し)
自然と受け入れ、波にのっていく。
 
 
 
いろんなことが、自分のちから以外のところで
ものすごく大きくわたしのいのち、生活をつくっている。
 
そのことのすごさを知っていたら
 
きっと「えい」ができるんだ。
 
 
わたしがじぶんの意思ひとつで飛び込んでも
かたい地面におなかつくわけじゃない。
世界が海をつくってくれるから。
 
 
でも「えい」と飛び込んでみないと
いけない新しい海流というのもきっとあって
 
いままでつかっていた潮との温度差に、肌が触れた瞬間どきりとするのだけれど
きっとおそれなくていい。

(どうなるかわからないからこわい)
 
そんな風に思うこともあるけれど

気づいていないだけで、
日常がすでにどうなるかわからない。
 
ももいろクローバーZのライブに行くことになるなんて
おとといまで、知らなかった。

 
 
 


無意識にいくつもの偶然を受け入れながら
ときどき
意識的になることを、迫られる瞬間が
やってくる。
 
 
そのときには
(わかっている安全な未来)を探そうとすると
自然に起こっていたいろんな偶然が、とまっていく感じがする。
 
(じぶんが、行きたい(生きたい)ほう)への迷いをどけていくことで
また偶然が起こりだし
音楽がつづいていく。


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