2014年1月30日木曜日

リトルスター

日がのびたなと思う。

同じ時間
同じ道を歩きながら




すこし降った雨がやんだ。

深い呼吸してるみたいな
湿ったしずかな風

雲が流れていく




空の底に、今いますよ




紅梅がひらくのをみて
体のおくから湧いてくるものがあり

それは希望ってことば、
あてるのに向いている感じがする。




商店街の街灯に

小さな電飾が巻きついて
明るい夕方にキラキラとしていて

なぐさめられるような気持ちになった。

2014年1月29日水曜日

朝ひかる

 
 
 
西門さんが夢にでてきて癒された朝
 
 
 
 
 
リボンを結んでいた
 
 
 
 
 
 
マッサージ講習に2週つづけていくタイミングがあって
ゆるみたかったのは自分だったのかもしれないなと思った。
 
 
 
 

2014年1月28日火曜日

memo share

 
このあいだみた、NHKのプロフェッショナル
http://www.nhk.or.jp/professional/2014/0120/index.html

サイトの中にも抜粋されている

「つらいこともあとから振り返れば、人生の調味料ではないか」。
山海は、つらい時には「スパイシー!」と天を仰いでつぶやき、
世界最先端の研究に邁進していった。
「困ったなという時もありますが、『スパイシー!』と叫びながらまた歩んでいく。
苦労ではあっても、苦痛ではないという生き方です。
限られた人生の中で『生きる覚悟』を持って生きていく。
そうでもないと未来開拓への挑戦などできやしません」

という部分、
読むと泣ける。

すごくいい回だったから、オンデマンドで観られてもよいかも。

この間ちらっとみた、ALSという難病を扱ったドラマ
http://www.fujitv.co.jp/bokunoitajikan/index.html
すごく丁寧な感じがした。


自分はいま、障害や難病をある程度受け入れたあとのひとと出会っている
発症から受け入れていくその過程を知らない
 
 
介助の仕事にたずさわっているのは
いろんなことが全部きっかけになっていって
気づいたらしていたというかんじだけど

ひとはどんな状態になっても、生きていけるっていうこと
そのひとらしく、自分らしく生きてよい
っていうことに
わたし自身が触れたいからで
 
自分の生きている場所が、そういう場所であってほしいって
のぞんでいるというのは

原点に近い、大きな動機のように感じています。



状況はひとを不幸にしない
生きているかぎり、どの地点からでも
人はそのひとらしく生きることができる

そうでなければ

2014年1月27日月曜日

地球探索






「何をしているんですか?」
「棒をたてています」

「どうして?」
「目にとまるものをつくっています。心は広すぎるので

 風景の中に焦点をひとつもたすのです
 時々そこでいこえるように」

「棒一本でいいのですか?」
「簡素でいいのです。
 くちてなくなるくらいのもので」




「意味が宿らぬように

 意味はないのです。
 気休めでしか」
 
 
 
「それでも必要ですか?」
「必要ではありません
 気休めです」
 
 
 
「ただ心は広いのです」



2014年1月25日土曜日

 
昨日、待ち合わせまで
時間つぶしと、心ととのえるために入ったスターバックスで
座っているとふと
胸が重たくなって、かなしみの感覚がわたりはじめた。

メールを送りたい、と思った。
手をのばしたさきのあたたかい人に、助けてほしいなと思ったけれど
 
これはなんのかなしみかわからないし
観察していれば過ぎるかもと思って
iPhone手から離して
からだの変化をみていた。

重たい感覚は背中に渡っていく。


このかなしみは、誰のだろうと思っていた。

もしかして今、あの部屋のあかりのなかで
泣いているひとたちがいるのかもしれないと思ったし

大丈夫だと思っていたわたし自身が感じていたものなのかもしれないと思った。
 
 
 
とてもかなしかった。水をかぶったみたいに。
手帳を開いて、
状況をことばに変えていくと
すこしかなしみがほどける。

スターバックスの店員の女の子はとてもかわいらしかった。
 
閉店間際、マグを受けとってもらったときの笑顔はすこし疲れていて
目のところがかたくなっていたけれど
それでも笑顔をつくってくれる。
よく眠れたらいいなと思った。
 
 
  
 

2014年1月24日金曜日

memo




「生きていく覚悟を持つっていうことですよ」
とテレビのなかで学者が言った。

「逆にききたいですね。
どういうときに、あきらめることがあるんですか?」
 
 


物語を読み進める、覚悟があるか
名前をつける、覚悟があるか


じぶんが問われている




そもそも生まれちゃったんだから生きる以外の方法がない

朝がくると
また来たんだ。人生て割と長いなと思ったり
いまなんでこんな景色をみているんだろう。はやおくりもできないし
意味わからず始まってるのに、やるしかないって
なんてことなんだろうなと思うけど
とにかく生まれ落ちてきちゃったのだから
生をすすめていく以外の方法がない

覚悟を持つこと

守るものなんて本当は何も持っていない
あるとすれば、自分の心

でも大事に大事に抱えていると
結局くさっていくから

守ることは、心を生かして動いていくこと



 

夢と現実がほんとうはどう違うのか
いまだにわからない

時間の仕組みもいまだ謎

わからなすぎるのに、生きなくてはいけないし
わからなすぎるのに、生きられている
すごい仕組み
 
 
 
世界を救ったことがあるひとがすき。



世界を救ったことがあるひとっていうのは
自分自身をすくいだした経験のあるひとということ。

生きていくって、どこかで決めたことのあるひと
 
 

鳥がなく



たちどまると、時の流れがみえる



たちどまると、自分の足が踏んでいた砂利の音がやんで
しずかな空気の中を
ずっと歩いていたことにはじめて気がついた
代々木の朝のことを、思い出した。


昨夜立ち止まって
そこまで寒くない夜だと思いながら

寿司屋の看板のひかりと
自転車が路地を走り過ぎるのをみていた。




 
車止めのブロックの上に立って
 
 
 





















2014年1月23日木曜日

memo

 
鋼の錬金術師という漫画があって
 
最後まで読み終えていないのだけど
この漫画、すごいなぁと思って読んでいて
 
それはすごく緊迫した状況下にあるのに
それをもってなお、日常が描かれていて
 
緊迫感のなかでも、ひとが笑うところ。
 
 
 
 
前にみた夢のなかで
 
ある人と話したら
ファミコンのRPGの画面のように
セリフがばーっとでてきて

流れていくセリフを眺めながら
物語が始まってしまい、後には戻れないんだと思っていたことがある。
 
 
ドラクエ5
この先に進んだらパパスが死んじゃうってわかっているのに
物語を進める以外の方法がないこと
 
 
 
景色は変わっていく
 
 
 
病室で、
すりきれた心身で
赤い目をして
それでも笑うひとをみたことがある
 
 
 
知っている
くずれていきそう
流れをとめることができない
 
それでも生きている
両頬をあげて、
生きているひとは笑う
 

心から始まっている



胸の底を感じる。
たまっている、水のようなもののおもみで。
 
 
 
ポストに、あかるい包みが届いていて
それは、未来へむかっていくもの。
 
 
 
目をつむって、心をさぐって、見つめていた景色
いま、顔をあわせて、わたしたちは
手を動かしてひとつの景色にむかっている
たちあらわれる光景と呼応して、
呼吸があわさり
ひとつの場となる
 
 
 
 
 
 
電話、2本
交わした日
 
 
道をつくるように、からだが黙り込む
 
胸のしずかな重みは、心の底を深める役割を果たしていて
 
その底に触れないと
きけない音
みえない景色が
 
このあとあるということなんだと思う。
 
 
調整を始めていて
 
しずかにそこへむかっている。
 
 
肌の奥から、細胞のひとつひとつが
黙り込んでいく感覚
 
背筋は太く、ぬらっとした暗闇のなか
まっすぐに立っている。
 
 
 
 
(たましいはぜんぶしっている)

そういつかスピリチュアルなテレビ番組で言われていたこと
あれはほんとうなのだろうか
 
もしそうなら
時間はぜんぶ、終わっている
 
 
 
 
 

 
 
言語には時間軸がある
 
体感は軸のそと
 
 
 
 
 
いまは冬
 
星のめぐり
太陽のほうをむいている今
 
 
「月が小さいのです」とアナウンサーの声はずむラジオ

2014年1月22日水曜日

景色のなかに色が生まれる




歩いていたら
ひらいた花で枝が重たそうな
蠟梅

ふいの黄色

こころすくうような






 

なおちゃんからLINEが入っている。
きっと、くさくさしてるわたしにふと心わたしてくれたのだと感じる。
 
 
すこし先で揺れてるすすきの穂
数秒いっしょに、眺めてくれたような
やわらかさ
 
 
その数秒で
こころはなぐさめられるんだと感じる

 



『歌う石』というすごく好きだったアイルランドが舞台の本の気配を思い出して
アイルランドへ行きたい。来年。と思う。
 
 
昼間、笑っていいともにマッキーがでていて
アイルランドに行ってよかったと話している。
 
とび石が目の前にあらわれる。
きっとこういうのを、シンクロニシティっていう。
シンクロニシティは、じぶんの道歩いているサインらしい。

アイルランドへ行こう。
 
 
 


昨夜は仕事を終えたあとバスに乗り
ピザパーティ会場へ
 
 
今年はじめて、会えたうれしさ
新雪のような、やわらかさで胸がおこされる
 

 
北の国からは、テレビシリーズのはじめから
みるべきだと聞き
今年は、北の国からを全部みよう。と思った。


赤い顔して笑う
北の国からの話で目のふちに涙









北の国からを、みる。
手話をおぼえる。
アイルランドに行く。


とにかく、ひとつひとつだけれど
わたしは学びたい。

「障害者」支援がしたいわけじゃなくて
このつづきがあるって思う。


ひとりひとりが、ちがうということに
わたしは触れたい

そしてそこに関わっていたい

現在の介助の仕事で得てる体験の、落としどころはどこだろう
それを活かす土壌はなんだろう

まだはっきりと見えていないけれど
それが在るという感触がある


学びたい

 
もしかして
北の国からー手話ーアイルランド
もまたそのキーワードかもしれないし。

わ、というか、ん、これは、繋がっている。多分。
わー
(浮き上がった意味は胸であたためます)
 
 


このひとたちと、離れるのがいやだと
登場人物に親しさを感じる
本も読みたい。
 
 
 
ひとりひとりが違っていて

それぞれがじぶんの顔で生きている景色に会いたい

 
 
介助の仕事もまた、人はそれぞれで
さまざまで、生々しく、ゆれていて
進行中の存在であるその感触に触れたくて
 
自分もまたそういう存在として生きたいと思っているから、
できているように感じる。
 
 
いまは、「障害のあるひと」に関わる仕事をしているけれど
「障害のあるひと」って、障害者手帳をもっているひとのことじゃない

障害というのを「そのひと独自のかたち、ユニークさ」と捉えるなら
それは万人がもっていると感じるのが自然だと思う。

 
ほんとうにひとりひとりが
自分の多様性、繊細さ、オリジナリティに目覚めたら

障害者ー健常者
異性愛者ー同性愛者とか
そういういろんな、分類がほどけていくかんじもする。
 
ひとがやわらかいということが
ベースになっていくような感覚がある。
 
 


ひとりのひとの、豊かさが想像以上に緻密で深淵で膨大ということに
出会いたい
 
 
 
だから、学びたい

いまの実感の、落としどころを見つけたい
 
 

 
 
 
 
 

 
 
 
 
 

 
 

2014年1月21日火曜日

メモ

昨日は気持ちがさえなかった。


一昨日のWSで
ふくらはぎを揉んでもらった時


私のふくらはぎ、かたくて


「怒ってるねー」

と、言われた。




その気持ちが
からだが緩んで、
出てきたのかな。





よちはんがメールをくれて

元気がでた。




明るい
ちいさな光が届いた。





昨夜はよく眠れ、
夢もみた。







一昨日は写真展でも
光をみて、光を受け

ひと晩さきには
この心の気温差…

そう思いながら
夕勤前に気持ちなだめたくて
すこし眠った。



くさくさしてる時は
寝るか体を動かすのがいいと思えた。



横になって目をとじてると、
いろんな気持ちが湧いてきた。



わたしのふくらはぎやら
胸や
背中に
とどまっていた、気持ちなのか。




いろんな気持ちが、みえて

くさくさした気持ちのあいだは
心身ともに
しんどさがあるけれど




こうしたかったんだなー
ああしてほしかったのか

と、


ものわかりよい顔してた自分のうしろで
ほんとのわたしが、
どんな顔していたか、
どんな気持ちでいたか
やっと見れたような

そんな感じもあった。



この、ほんとうの顔

おもてのわたしと
繋げて生きたい。


まだ、離れていたんだなと感じる。





ほんとうの顔で、
生きる





ひとが
そのひとの顔
するのを、ただまつ






わたしがわたしを
知っていること。



どんな顔して
なにを感じているか




わたしがよくみて
感じて


知っててあげること。






じぶんに、みみをすます

こころの踊り場、つくる





その感情を、
もってよいのだ

2014年1月20日月曜日

なんとなく
気持ちがくさくさとして

寝よう。と思って
1時間、横になる。



いろんな気持ちが
心に浮かんでくるのを

目をとじながら
眺めていた。



楽しいことが、したいな
と思う。

わたしは、大切にしてもらいたいな
と思う。


きのうはとても明るい日で
発見と学びがあり
新鮮な日だったのに


今日はとても、くさくさしている。


あたらしいことがしたいし

たのしくごはんをみんなで食べたいし

ものをつくりたい



どきどきしたいし

心に革命がほしい


そしてひとにやさしくしてもらいたい








くさくさしながら
トイレに入ったとき

恋はすごいなと思った。


どきどきしたり
ひとにやさしくしたくなったり
とびきりやさしくしてもらえたり

展開があったりして

自分も相手も
どんどん変わっていき

基本、たのしい。



動いていくって
おもしろい。




ものをつくることだな
と思う。

いま自分を助けてくれるのは。


新しい景色がみたくて

それはつくることでしか
生まれないから。


つくろうと思った。



たくさん考えたり

はっとしたり

まだまだ、すごいでしょって

圧倒されて
笑っちゃうような体験を

たくさんしたいんだ。

2014年1月18日土曜日

マスクごしにも、びわの花はかおる。ほこりをもて。ほこりもてっていうのは、たましいをひからせろ。ってこと。きみのひかりを、かくすんじゃないよ。世界を照らしてろ、ってことだ。もういちどかく。ほこりをもて。きみのひかりを、かくすんじゃないよ。すごくきれいだから。






YUKIちゃんの『誘惑してくれ』という曲を
イヤホンから聴いて、電車に乗る。



「方位磁石は無い」



って耳に入ったとき、
いつもハッとなる。
 
 
 
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND89315/index.html(歌詞)




ネバーエンディングストーリー

小さくなったフェンタージェン
 
 

 
 
おさなごころのきみ
ジップロックに入れたパン
 
 

午前中のスターバックスで

「悲しみの果て…」ってエレカシの歌詞あげて彼女が話して

わたしはきのう
「絶望の果てに希望」って、くるり、すごいって思ったって話、した。
すごいぞ、くるり。と。




果てにいくとひっくり返る




極越えるとハレーション
 
 
 
午後、すこし寝て
起きたら部屋がまっくらになっていた。

夢をみた。

目をさますまえに言葉が頭に残る。

起きてぼんやりしていたら、忘れそうになったので
もう一度消えかかってる夢のはしっこなぞった。








「生きてろ。それだけでいい」

終わりはまだない
泣くなヤングボーイ









Memo

世界に、手をあてているようなものだ。

なにかを掴むということ
なにかを手放すということ

は意識の上のあそびのようと思えばよくて

実際はいつも状態があり

自分自身もまた状態の一部。


ただ(たましい)がある場合、
そこが自分自身の中心で
観察点であり


その一点をもって

あれがちかくにある
あれがとおくにある

ない
ある

みえない
みえる


と感知の可能性の話をしているのではないか

2014年1月17日金曜日

稲荷山の、空気が澄んでてはるかで安心した。

乾いた落ち葉踏む。




探していたものが嘘みたいに
目の前にある。




あんまりにも簡単に手に入るから
こんなはずはない、
もっとむずかしい、って
ほかを探し求めて
さんざん歩いてから
またはじまりに戻ってくる


ということ
あるかもなって思った。

あまりにも、
探しはじめてすぐ
目の前にあらわれたから。



でもその場合

ただ手に入れたかった
それだけでなく

もともとさんざん、
歩きたかったのかもしれない。






こわごわ、
人の体を触るのをやめよう。

と思う。




心を置いて、
しずかに触れるんだ。




今週末
来週末とつづけて

マッサージのワークショップへ行く。


じぶんは、何をしているのかなと思う。





もし
二度と会えなくなっても

ほんとうにわたしたちがそれぞれに
自分自身を生きると決めたなら

背中をむけて歩いていても

どこを歩いていても

同志だ。

2014年1月15日水曜日

ひかりのさき

智慧は決断にある

等々力渓谷でみたことば
うろ覚えだけれど

活きることをもって智慧となるということ
体現をもって智慧となるということだと解釈している




「介助の仕事をずっとしていくとしたら、
自分の生活が変わると、利用者のひとに迷惑がかかるから
わたしは結婚したり、こども産んだり
(というのは「大きな変化」のシンボルとして使ってる)
できないのかなぁとここ1ヶ月、ぼんやりと思っていた。

昔からの思考回路が、まだあった。
あほか、と。



「わたしが固定の仕事についたら、休みをあわせられなくなるから、
シフト制のバイトがいいんだろう」

とか、思って、うろうろ。
わたしはほんとうに、ずっと、あほだった。

『自分を基準にしていいんだ。ていうか、みんな、そうしているの?』
そう気がついたのは
数年前のことだった。


誰かを基準にして、自分の生き方をつくると
必ず、いきどまりがきて

そのとき倒れて顔をあげても
立ち上がる部分は、誰も助けてくれない。

自分の足を使わなければ
絶対に立てないから。

誰かを基準にして、自分の生き方をつくって
行き詰まっても
自分の代わりに、誰も自分の人生を生きてくれない。

 
 
本当に、思い知ったんだった。

まだ、細い、小さな根が、残っていた。

 
 
 
自分で、決めるんだよ。

ひとがそのひとを、決めて生きるように。



もう自分で、決めるんだよ。
 
 
 
 
 








『かぐや姫の物語』が
からだ、動かなくなるくらい
ぐんときたのは

あの映画が、ほんとうにすばらしいからで

それからじぶんの、今までしてきた生き方と本心と
つまづいて獲得した今のわたしの信念を
痛いくらいに、また浴びたからのようにも思える。







あの音楽




○さんの家を出ると暗くなっていた。
 
 
約束がある、明るい夜
電車に乗る
 
 
すらりとしたその人は
つぼみ膨らますばらの花と重なった
 
 
アルバイトしていた映画館の
キャラメルポップコーンの匂いにフラッシュバック

ポップコーン作る釜を掃除し続けた夏休み
スクリーンチェック
レジ閉め

 
 
映画館

まんなかすこし端寄り



映画のまえ バナナマンの不動産会社のコマーシャル

テレビでみるたび「美味しそう」って思ってた
朝食シーンの焼き魚がスクリーンに流れ出た

「バナナマン、わたしもすきです」
うなずいたあとに
心で思った。
 
 
 
 
 
映画

からだが、動かせなくなって
両目から涙がぼろぼろでていた
 
 
 
月、見上げて帰る。

反対ホーム
電車の中からみえなくなるまで手をふった。
また会えるきっとすぐ。と思う。
 
 
 
 
 

はじめましてではないような
こころにのこる、ひとだと感じる。
 
 
 
 
 
夜の公園ぬけて帰るとき
一通メールを送る。
 
 



「なにかを決めると、変われなくなる」っていう思い込みを溝に捨てます。

2014年1月14日火曜日

ハレーションのなかで吐く息白いよ、笑えば


おとといの夜勤の仮眠中
こわい夢をみた。
こわい夢をみて目を覚ましたら
起きた部屋の中に人形がいっぱいあってこっちを見てるっていう
入れ籠状のこわい夢。

他人のおうちで、眠る。
 
慣れる前は何度か、こわい夢をみるんだった。
前もそうだった。
 
 
じぶんも、緊張しているし
家もわたしを見ているのではないかと思う。
 
 
 
 
深呼吸
 
 
 
夜勤が明けて利用者さんちの玄関をでてすぐに見上げる
うすら白い青空

白はひかり
ハレーション

すこし自分を越えている、と思って
わたしのためにハーゲンダッツを買ってあげる。

朝の空気はきれいで
すすきの穂が美しくのびている。

踏み切り渡ってむこう岸の改札から乗る、各駅停車



乗り換えの所沢駅で
振り袖姿の女の子をみた。

白無垢の花嫁さんみたときと
同じ感触。

美しい怪物


冷たい空気に、頬はふくらんで
澄んだひかりを発して
風景から浮いている
 
 



稲荷山の木々のふとい幹


落ち葉が横に流れていった





「治癒というのは、自分を認めたときに起こる」

本の中の言葉を手帳に記して、
夕方から夕勤へ。



(やりたくないことに、言い訳をつくって正しい風に、言わないこと。
わたしはただ、やりたくないのだ。そしてそれで、充分なんだ)

と思ったら
元気がでてきた。

あることについて「やりたくない」とはっきり思う。
そしてそれは、充分にやらない理由だと認める。
 
 
やりたくないことをやらないために、
自分で自分から取り上げていたパワーに気がつく。
弱いふり、終わりにしよう。


 
 
 
わたしは元気だ。
 
 
 
 

 



2014年1月13日月曜日

夕暮れサッカー少年

団地のそば
空を見たら白い月
まだ夜が来る前の





年齢を言い訳にするの、やめよう。

ただやりたくないだけなのに、
年齢で正当化しようとしていた。



それに合わせて気力も落ちる。
こわい夢もみた。

わたしは、やりたくないんだ。

ただそれだけのこと。



やりたいことも
たくさんあるんだ。
それはやるんだ。

弱くならないで。

わたしはとても強いし
とても元気だ。

じぶんでじぶんを
信じて広くする。


まだまだ眩しいもの、見る。

2014年1月11日土曜日

枝をあつめて、ひもでくくれよ



今週のまんなか

もう1度氷川神社へお参りに行った。

3人でdjango banquetへ出かけたから
その帰り道。


今年2度目だから
なんとなく
落ち着いた気持ちでお参りができた。

おみくじ、また引く。



 
 
 
 
 
生きていることは
おもしろい。
からだが動いて、魂宿らせてもらえてるそのあいだ
この世界であそぶことができて

それは思っているよりもそんなに長くなくて
前世来世っていったって今は1回きりなんだし
前世のことだっておぼえてないからあるかなんて本当には知らないのだし

なるべくたのしく、いこうよって思う。

鳥が飛んだら、わぁってみようよ

ほんとうのことばで、会話しようよ



2014年1月7日火曜日

生命活動

改札をでて顔をあげると月が見えた


月の周りに金の靄

踏切がひらいて
線路を渡った先の
コンビニの旗がなびいてる

目で風をみる
歩きながらだと感じない風







余裕がなくなると、
返事がでなくなる。
「あ、でなくなった」
と自分でわかっているのだけど、
胸を越えて声がでない。

からだは動くので

「声がでなくなってる」
と思いながら
からだは動かす。




あの声がでなくなるはたらき



からだを動かすこと一点に集中して
力を注ぐためのような感じもするし

心を自分のもとに
ぎゅっと掴んでいるはたらきのようにも感じる。

2014年1月6日月曜日

ウニ匕ピリ


ふとお願いごとのメールを送ったら
明日の昼間おいでよと言ってもらって

あいぽんとたけぽんのおうちへ。
新年のあいさつ。
日がさす窓辺のベンチを
「ここ、なおみちゃんの席」と与えてくれる。


青い山をみる。




ふたりから京都の街のはなしを聞いて
独特の気風
(それは土地のかたち、街のかたち、人の感じ、時間の流れ)
を受けとった感覚があった。



暮れにふたりの体験した出来事を聞いて、
パラレルな世界を思う。


同じ瞬間同じ空間にありながら
それぞれの層のなか

出会わないはずの暮らし
ふと重なったときの新宇宙発見感






合気道について少々のレクチャー






家に帰って、すこし休む。
休みながら、考えた。



新年という気分に浮かれて
(今年はなにがあるんだろう)と、今はまだここにないものに
頭が走り出していた。

自分で決めて、動くもの
予想できない多くのこと

決意があるのは未来が今にあるとき
今にない未来へはいくら足掻いてもいけない。
そこになにもないから。


結局、今、この瞬間に集中していること
それが何よりもパワフルだ

と確認。


ビー、ヒア、ナウ!
と頭のなかで、1度つぶやく。



ほんとうに、この瞬間に純粋にいると
世界というのは果てしなく豊かでおもしろい。

空の青さが青としてくる

コンクリートの壁が立体としてせまる






数日前から頭に浮かんでくるひとがいる。
すこし苦手だと感じているひと。

どうして浮かんでくるんだろうと思って
そのひとの苦手なところをあげてみたら、
それって見事に自分自身のコンプレックスだった。

それに気がついたらその人に対する苦手意識が消えていた。





メッセージ
って、こういうこと?







リラックスしてから夜勤へ。
空気が冷たいので、すねを包もうと思ってブーツを履いていく。



2014年1月5日日曜日

甘酒のつくりかた




なおちゃんと
大宮の氷川神社へおまいりへ行く。

氷川神社は参道沿いの並木がすこやかに空にのび
境内もひろびろとしていて、とても好きだ。

こわごわしいところが薄く
おおらかな感じがあり
並木の下でひとが憩っている。



境内にはいると、
ふたりの神官がやぐらの上から祝詞をあげてくれている。

なおちゃんと列に並び、わたしたちもお願いした。

おじいさんの神官の前に
ふたり立って
お願いします、と礼したら
「若くてきれいなお嬢さんたちでいいね」
と気分まであげてくれて
晴れ晴れとした気持ち。

「(自分は)90歳。若いときもあったんだよ」
とのこと。

さかきをもつ、しわしわの手を見つめながら
(あったんだな)と思う。
あったんだ。
時間はそのひとのなかに。



祝詞のことばも明朗でよかった。

心にのこったことば

たのしく
うれしく
真心持って




じいさまが笑いながらさかきで頭をぽんぽんとしてくださる。




おみくじもよかった。
 
暮れにひいたおみくじには
「芽がでたところ。今は冬」
ということが書かれていて

その日ひいたおみくじには
「ものごとの準備がすべてととのい、さて行えば…」
とあった。


はじまりの気運なんだ、と思う。
準備はととのったんだ、と思うと嬉しい。
これから旅へ出るところ。




「お正月だし一杯のんでいこう」と
フローズン生のあるお店を探して
入った居酒屋さんには各テーブルにテレビが設置されていてまるで居間。


なんとなく引き込まれて見続けてしまうお正月特番を流しつつ
「今年はどんなことがあるかなぁ…」と言い合う。
想像しても
いまはそこになにもない。
その場に立つまでわからない、世界ってものすごいエンターテイメント。
いのちがけのアトラクション。


店員さんが、スタンプカードを作りにきてくれて
名前を書いてもらうとき
なおちゃんが「なおです」と言って
わたしが「なおみです」と言って
ほんとうに名前が似ているんだなと思った。




日本のお正月をした感じでうれしい帰り道
お花屋さんのたまっていたスタンプカードを使って
アネモネを買った。



2014年1月2日木曜日

目の前の道
走り過ぎていくバス

バスの中の厚着の乗客

西日は黄金だ

手の甲に注ぐ

青空

あきらめた気持ち
新しいメッセージ

風ふいて
同じままでいられない

世界が生産されていく

この毎瞬間のエネルギー量を

想像してみて


生きてる