2014年2月25日火曜日

展示ははじまっています。

20日から、吉祥寺のにじ画廊2階にて
展示がはじまっています。
 
明日、26日の水曜日はおやすみ。
27日の木曜日から再開して、4日の火曜日までです。
 
時間は、12時から、20時まで。


 
 
椅子やソファに腰掛けて
ゆっくりぼんやり
過ごしていってほしいなと思います。


 
 
わかろうとしないで、いい。
その場所はもう、だれのものでもない。
 

そのひとの、呼吸で
過ごす時間が、あったなら。
 
 
 

今日のお昼間、ひとり
その場所に立ちながら
ふと、そんなことを思いました。
 
 
 

 
 
 
仕事を終えた帰り道
 
風がやわらかくて
夜がふくらんで
あ、春だと思いました。
 
 
ちいさな新芽抱いた木々のはだかの枝、空の裾で影になっている。
ゆっくり飛んでいく、飛行機の金の光。
 
甘い夜だ。
 
 
 
土ふみしめる、靴底
 
青信号、光って
港区にメールだ
 
 
この夜を知っていてほしいと思った。

2014年2月24日月曜日

パターンの消滅

 
 
このあいだ、ふとつけたテレビで
プリキュアというのか
女の子がたたかうアニメが放映されていた。
 
わたしが小学生の頃にやっていたアニメと
だいたい同じ構造なのかなと
思いながら、すこし観ていた。
 


敵の役割をする存在があって、
1話ごとに怪獣が登場する。


画面をみながら、
敵らしき存在に対して
じぶんが戦えばいいのに。と思う。
 
敵は、気弱になっているひととか、
ある感情に支配されている人間の
パワーを増幅するかたちで、怪獣をつくる。

逆に媒体がなければ
干渉できないということなのかなと考える。
 
ひとがそういったある感情を異次元の存在に増幅させられ怪獣になるのが、
王道のパターンなのだなと記憶をたどりながら思い
これは実際、よくできている構造なんだろうなと思う。



そう思いながら画面をみていると
その画面全体が、ひとつのプレイに過ぎない気もしてくる。
 
 
 
敵とか、味方とか。
 
 
そもそも、その1話のなかで取り上げられる問題
(ある価値観にしばられる、とか、素直になれないとか)に
まず主人公が触れるところから物語がスタートし
怪獣を無事倒したところで、主人公やその周辺の人物が抱えた冒頭の問題も
解決されるという構造になっているのだ。






 
 
 
梅が咲いているのをみただけで
あかるくなる、心がある。



 
つかれたな、と思うとき
「つかれた」ってことばにできたとき
それを聞いてくれた耳に、
ありがとうと思う。
 
 
 

傾けてくれた耳があるから
そとへ出せた。 
 
 


くるりのリバー聴いて
バスに乗る



きりんにまたがる女の子のスタンプ

どこへ行こう
どこに行きたい
いまどこにいる


涙が流れてくるのは
心が熱をもつから

からだがかたくなると
肩に力入ると

心が溢れて
涙になる




涙はただの現象だから
泣いていることに驚かない
人前で控えるものとも思わない
泣く人を弱いとも、
思わない
泣かない人が強いとも、
思わない



いっぱい涙が流れるといい
雪解けにあわせて。

いっぱい笑顔が溢れるといい
土やわらかくなるみたいに。

2014年2月16日日曜日

 
きのう、大雪の翌日
なにをしていたかというと
来週から始まる、展示の準備をしていました。
 
展示のことはこちらの記事(  )で触れています。
 
  

 
 
電車の本数はすくなく
時間もばらばらで
逆をいえば、そうまでして
電車をうごかしてくれたひとたちがいて
 
通じているのだから
顔を合わせて作業しようと
3人であつまり、確認とのこりの共同作業をしました。



 
駅までの道
一列でたどる人々の後ろ姿は巡礼者のよう
 

 

冷えきって到着すると、
足浴の準備がしてあり
玄関をあけてすぐわたしの手から荷物を受けとってくれ
わたしはさおりさんとなおちゃんの恩恵を充分にあびながら
 
(以下のようになりながら)
 

 

(くまのように、着ぐるんでいます。
足もとはこの前まで、お湯につかっていました。)
 
 
 
回復して、
それからいくつかの大切な作業と話し合いを重ねました。
 
 
 
 
今回の展示の準備期間はながく
制作に入るまで、たくさんの時間を一緒に過ごしました。
 
制作のためというのとは別に
お互いを知るために自然と交わした会話や
何度も一緒に、ごはんを食べたり
お茶を飲んだりしました。
 
 

 
展示は来週の木曜日から始まります。
 
わたしは (または、わたしたちは、彼女は、彼女たちは、彼は、その場所は)
じぶんが生まれてきてから歩いてきて
 
その流れの上でひとつのエネルギーポイントをつくります。 
 
大げさに言うわけじゃなくて
また大げさなものをつくるわけではなくて
 
たんたんと、同時にある体温をもって、そうなるように、なっています。
 
来てくれるだろうひともそれぞれに
生まれてきてから歩いてきて
その流れの上でその場所を通過していきます。
 
場所は出会いによって発展するでしょう。
 
 
そうしてある時期がくると場はほどかれます。
 
生まれたエネルギーは、場がほどかれてもそれぞれを燃やすでしょう。
たよりなく小さく、すぐ灰と煙にかわるかもしれない。
どこかでほのかにともりつづけるかもしれないし
大きな炎になることもないことはないかもしれない
 
 
わたしたちはそれぞれに
また流れていくし
 
 
ギャラリーにはまたちがうエネルギーポイントが生まれるはずです。
 
 
つかのま。
 
 
もし、その場を通ることがあるとしたら
 
どうもありがとう。
また会えたら会おうという
そういう気持ちです。

空白にあてて。

 

 
なにしろ、雪。
 
 
 
五感で知覚できるもの以上をもちろん含んで
生きていると思っている。

以前、多くの人が見えないでいるものが見える
というひとがオーラをみてくれたことがある。
 
白いひかりで、その淵をいろんな色が彩っているように
そのひとには見えるのだって。
 
「たくさんの魂の経験をしてきたひとがこういう色になるんです」
 
とそのひとは言ってくれたんだった。
 
 
一方で
 
「あなたははじめて生まれてきた魂です」
 
そう言ってくれたひともいて
 
ひとつ、思うことは
そのどちらのことばも、さほど
というかほとんどまったく
わたしにとって重要にならないということだ。
 
 
 

 
見てくれた人はそれぞれに、驚いてくれたけど
その驚きはその人の経験の上にあるものだった。
  
 
 
「ばかかと思ってた」
「やさしい」
「なかみおとこ」
 
いろんな言葉が
通り過ぎていく

 
ただ自分は自分なだけで
雪が積もった道を歩くというのは、ほんとうに大変なことでした。
 
 
ほんとうに真っ白で
わたしがいてもいなくても
まるでおなじなようだった。
 

2014年2月10日月曜日

展示のおしらせ『KARUKU A・KARUKU』(2/20 - 3/4)

 
 
今月のはなしです。

2月20日の水曜日から
3月4日の火曜日まで
吉祥寺のにじ画廊で展示をします。
 
期間中、26日の水曜日はお店の定休日にあわせ展示もおやすみです。
 
今回の展示は
田中奈緒ちゃんとの活動auroraとして
s-clothes-treeのキノシタサオリさんと3人でつくっています。 
 
auroraのホームページの告知ページも、ぜひごらんください。

 
展示のタイトルは
 
KARUKU  A・KARUKU

です。
 
 
 

 
素材として扱っているのは、わたしたちがそれぞれに
ふだんの活動で手にしている馴染み深いもの
ことばと、布です。 
 
それ以上に
この展示のことを、どんな風に説明したらいいのか
いまはことばをもちません。
 
でもぜひ、
きてほしいなって、思っています。 
 
わたしたち自身も、
まだ立ったことがないけれど
立ってみたい。と思う景色に
むかっているところ。
 
 
 
よろしくおねがいします。 





2014年2月9日日曜日

雪解けにあわせてつらつら

なんだか前の記事を書いたあと
心がすっとしました。
 
不思議です。
 
自分で自分の状況を受け入れられたということかな。
 
 
 
気持ちがやわらかくなっているところで
書き連ねていきたいと思います。
 
 
はたらきかたや
自分の家族のつくりかたについて
なんとなく思いを馳せ続けています。
 
それは自分の年齢のこともあるだろうと思います。
 
 
友人たちと集まった時に
じぶん以外のみんなが既婚者だったとき
わたしは「まだ」結婚してないという気持ちになる瞬間があったのだけど
そもそも、自分は家族をつくる気があるのだろうか…ということ。
結婚ってなんだろう。したいですかね?という気持ち。
 
このあいだ、友人が
だんなさんと別々に暮らしてもいいんだしさという話をしたとき
それはいいなぁと思いました。
 
 
おとうさんがいて、おかあさんがいて、こどもがいて
というイメージは浮かばないのだけど
 
自分は自分として暮らしていて
 
こどもがいるとしたら
そのこどもを自分と、多くのひとと一緒に育てて
 
その子のお父さんはお父さんとして暮らしていて
 
一緒に暮らしても、もちろんよくて
 
 
男のひとと男のひと
女のひとと女のひと のカップルもいて
そのひとたちだって
こどもを育てることができて…
 
 

 

 
 
そう想像していると
なんだか風通しがよくて
そういう家族はいいなぁと思えます。
 
 
 
春からひとり暮らしをひとまずはじめることに決めました。
物件探しはこのあとはじめる展示を終えたあとになると思いますが。
(展示のお知らせもまたします!)
 
 
 
ひとり暮らしをしよう、と思った時に
自分自身で生活を組み立ててみたい、と思ったのがひとつと
 
みーちゃんやゆーちゃんの顔が思い浮かびました。
 
 
彼女たちはわたしよりも20歳ちかく、年下の友人たちです。

みーちゃんやゆーちゃんが
ふと遊びにきてくれるような
そういう場所をもって、生活ができたらいいなと
なんとなく、思ったのです。
 
 
 
「学校をつくりたい」とずっと思っているのですが
 
それはそもそも、
そういうことなのかもしれない

 
風通しのよい共生
 
それでありながらの、個々。
 
 
 
 
先日、
アレクサンダーテクニークというのをやってみたい、と思って
本屋さんで本を探していたときに
ちかくにあった、ゲシュタルト療法という本に興味がでて
そちらを買って帰ってきたのです。
読み進めていますが、
とてもおもしろいです。
 
 
 
その本のなかに、
ゲシュタルトの祈り
というゲシュタルト療法の指針、なのでしょうか
あることばが載っていました。
 
とてもいいなと思ったので、引用します。
 
 
 
 

 
 
 
Gestalt prayer

I do my thing. You do your thing.
I am not in this world to live up to your expectations.
And you are not in this world to live up to mine.
You are you and I am I.
If by chance we find each other, it's wonderful.
If not, it can't be helped.


ゲシュタルトの祈り

私は私のことをする。あなたはあなたのことをする。
私はあなたの期待にそうために、この世に生きているのではない。
あなたも私の期待にそうために、この世に生きているのではない。
あなたはあなた、私は私である。
もし、たまたま私たちが出会うことがあれば、それはすばらしい。
もし出会うことがなくても、それは仕方ないことだ。

(フリッツ・パールズ)

『気づきのセラピー はじめてのゲシュタルト療法』百武正嗣・著(春秋社)より
 
 
 

大きなお風呂にみんなでつかれるように




雪、あんなに積もるとは。
でもお日様がでたら、とたんに溶け出す。
 
 
雪の上にぼーんと寝転んでみたら
あっという間に仰向けになったからだに雪がつもっていく
 
こまかなひとつぶひとつぶなのに
 
 
 
 
最近は、あたらしい仕事のローテーションが定着するまでに
まだすこし時間が必要で
いろんなひとに出会ったまま、
まだそのひとりひとりと向き合い始められていない感じがして
自分自身もすこし、宙に浮いている感覚があります。
 
 
そういう感覚のなかでも
毎日がどんどん、過ぎて行って
 
肚を決め
手を動かす以外のことは
いまここでは
ないような感じがしている。
 
 
 
もっといろんなことを知りたい
なにかと繋げていきたい
という気持ちが先走るのだけど
 
目の前のことを充分に満たしたのちに
きっとなにかが自然と繋がっていくのだと
 
信念をもちながら
目の前のことにあたること
いまはそういう時期
 
そんな風に、自分に話しかけている感じがしています。
 
 
 
昨年は本当にいろんな場所へでかけて
いろんなひとと出会って
新しいことをして
 
そのときの楽しさにまた触れたいのだけど
 
きっとそれらは逃げないから
 
いまは黙々と、自分を成長させていく時期なのかも。
 
これを越えたらきっと
また縁が繋がって、前よりももっと、新鮮なひかり
しらなかった新しいことを
一緒につくれるのだろうと思います。
 
 
 
今年の初め、
ちかくまで寄った際にふと思いつき
両親が結婚式を挙げた神社をひとりで訪れました。
 

 
それは住宅街にまぎれた、とても小さな神社でした。
 
 
お参りをして、引いたおみくじのことば
 
一升の枡には一升しか入らぬ
器を大きくせよ
神が与えし賜物なら、逃げはせぬ
 
 
 
いいことば
 
器を大きく、しよう

2014年2月4日火曜日

 
 
 
雨が雪にかわって、
ちいさな雪の粒は気づくと大きくなっていて
空から白い羽根が注がれているように、
まるでそういう風にみえた。
 
 
 
 
窓を開けると
冷たい空気が頬にしみる
 
高いビルの上からは
雪がどんな風に見えているんだろうかとすこし思った。
 
 
 
 
 
 


 
 








2014年2月3日月曜日

春がきていることについて



髪を切りにいった日、
帰り道によちさんと会って
一緒にラーメンを食べた。
 
 
埼玉のゆるキャラこばとんが駅にいて
一緒に写真を撮ってもらった。
 
 
なんだか楽しくなって
はしゃいでラーメン食べてる写真撮ったところで
iPhoneの電源が落ちた。
 
 
と思ったけどそれは記憶違いだった。
 
そのあと、夜遅くまでやっているカフェで
お茶をしたあと
 
iPhoneの電源は落ちた。
 
乗り換えがわからなくなり、
手帳についていた路線図で接続を確認しながら帰った。
 
 

 
 









 
ラーメン屋さんのアルバイトの女の子は
研修中の名札をしていた。

お会計のときに「おいしかったー」と口からもれたら
レジうちながら彼女がはにかんだ。
 
中学三年の時に転校してきたミユキに似ていると思った。
 
ミユキの名字は思い出せない。
卒業後、またどこかへ引っ越したと聞いた。
 
顔も似ているし
うつむきながら笑う感じが、とても似ていた。

 
 
 
よちさんと線路沿いを歩く。
 
わたしは知らないはじめての道を、よちさんはすいすいと歩く。
 
春日部の交番の電灯はピンク色。 
 
 
 
ミユキはたぶん、私のことを忘れていると思う。
思い出すようなことは、決してないような気がする。
 
 

 
 

 

 

 
 

2014年2月1日土曜日