2014年7月31日木曜日


 
緑の芝の上を歩く。
土の柔らかさを踏んでいる。

おとといあたりから涼しい風がふくようなことがあって
体温より高くなるような暑さが
すこし落ち着いた感じがある。
 
 
 
ひとに、会えるようになった。
と思った。


今までだってずっと会っているのだけど

じぶんから「会おうよ」って声をかけたり
手帳を開いて時間を見つけたり、合わせようとしたり
そういう風にはからだが、ずっと動かなかった。

 
 
細い川の横を歩く。
街灯のあかりが水面に落ちてオレンジに光る夕方。
 
 
自分のなかに、やっと自分が戻ってきたような
そんな気がする。
 

嵐みたいなものが、通りすぎたような
そんな感じがする。
 
 

なんだか自分と自分が、ずれている気がする
目の前のことが遠い
 
現実感がない現実に落ちてしまったような感覚がずっとあった。
 
その間だって
ずっとわたしはわたしをやってきたけど
 
そうだこういう、感じだった。
自分が、ある。っていうのは
こういう感覚だった。
 
その感じが
すごく、久しぶりに
戻ってきた。
 



中学校の校舎の奥に
細い月がみえた。
 
オレンジ色に光って
青がのこる宵の口に、線引いたみたいにして。
 
 
 
マンホールの上を歩くと水の音がして
 
月曜日の夜に会ったひとは
レモンに塩をさら、とかけて
きゅっと、口にはこんだ。
 
 

2014年7月29日火曜日







今日は友人たちと午後からTanabikeさんへ。
100人のTシャツ展を一緒にみにでかけました。


 川口のsenkiyaさんの敷地内にある、
Tanabikeさんで展示は開かれています。
 
 
Tシャツの購入はwebでは8月末まで可能なのですが
ギャラリーでの展示は、8月3日(日)までです。
 
 
 
とても、いい空間で
いい、展示で

ぜひ、でかけてみてほしいなと

思っているのです。



海を浴びたひとに会って
心が深まる。


数ヶ月前から
なんだかふとふと気になって
行くことになるのかもしれないと思っていた場所から

舟が渡されてきた。

うつくしいそのひとが、舟でした。




そういうことなんだ、
と思った。



なんだかわたしは
ずっと、生き方を忘れてしまったと思っていて

見出したのに
忘れてしまったと思っていたけど、

舟のひとが
思い出させてくれた。

2014年7月27日日曜日

 


Cha-tu-chaのfurimaへいって
ブルーベリーの入ったトライフルと、冷たいコーヒーをいただく。
 
sale価格で、白い箱を買った。
はがきやメモ用紙を入れるのによさそうな気がしている。
 
 
いつも行くと、
元気をもらう場所。
 
夏休みに入った。
 
 
 
 
 
 
昨日はそのあと、
友人に声をかけてもらって
ももいろクローバーZのライブへ。
大きな会場を駆け回る5人の姿に
圧倒される。
笑顔で歌って踊り続けるパワーにどきどきする。
 
大きな鐘が、
ごわわわ〜ん…と身体の中でずっと響いているような衝撃にうたれる。
 
 




帰りの電車が混んでいて
新宿三丁目で降りて、西武新宿まで歩いているとき
 
さっきまでいた空間の濃密さが
いつも通りの新宿の景色のなかで
すこしずつ、ほどけていく。
 
 
 
西武新宿駅のスタバで、冷たい飲み物を飲んで
特急列車にのる。
 
隣に友人が座っている安心感と
冷房がきいた車内の心地よさで
 
気づいたら眠っていた。
こどものときみたいな無防備さで。
 
 
 
 
 

8月が始まる。
 
会いたいなといつだってどこかでぼんやり、思っている。
たくさんの、ひとのことを。
 
でもそうじゃなくて、
会うんだ。 
 
心で思っているのと
実際に会うのとは
ぜんぜん、別のことなんだ。
 



 

2014年7月24日木曜日

 
 
 
何をしたいか、というよりも
誰と、出会っていきたいか
その人と、どう在りたいか
 
どんな縁を、渡っていきたいか、
そういうことなのかもしれない。
 
 
そんなことを
ふと考えた。
 
 
 
雷雨あがって濡れたアスファルト
ふくらむ風はすこし、涼しい。
 
明日の朝には地面が乾いているように
ちいさな考えは夜のうちに消えてしまうかもしれない。 
 
 
ふと、思う。
ふと、考える。
 
 
電車が走り抜ける、縦横無尽に真夜中を。
 
 
ふと、思い出し
ふと、気が変わる。
 
ふと、 
 
 
今夜いい夢をみたい。
 


 
駅を降りたら、花火の音がした。
 
そうだった、と思いながら
花火の打ち上がっている方向に、心をむける。
 
マンション連なって、見えないむこうに
あがっている花火。
 
家の窓から見てた、毎年の光景をあたまに浮かべながら
住宅地のなかの細い道に入ったら
外灯も少ない暗がりのなか、
いつものおばあちゃんがおもてへでていた。
 
 
 
 
 
「こんばんは、おやすみなさい」
 
 
 
 
おばあちゃんは昼間みたいに、近づいてはこないで
でも笑っているのが、暗がりでもわかった。
 
 
 
 

花火の音だけ、空に反響してる。
 
ひかりは見えなくて
 
夜道で微笑む、ちいさなおばあちゃん。
 
 
 
 
 
毎日、汗をたくさん、かいて
 
ときどきいろんなことが、わからなくなる。
 
 
 
というよりも、わからないということを

ありありと、思い出す。


 
銀色夏生さんの
つれづれ日記が、好き。
 
彼女の作品のなかで私がすきなのは
『ミタカくんと私』シリーズ
短編集『夕方らせん』の中の『若草のつむじ』
それから、ずっと続いている、つれづれシリーズ

それから、
彼女の対談集がすきで
 
そのなかに、ミラさんという方とのおしゃべりが載った
『うらない』って本がまた、おもしろい。

ミラさんの、Twitterアカウントをみつけました。
https://twitter.com/FN_bot


それをきのう、みていたら

からまった糸を
ひっぱると結び目はよけいにきつくなる。
ほどきたいなら、ゆるめる。
 
ということが書いてあって
 
あぁほんとうだな。と
思ってた今。

2014年7月21日月曜日

 
午後の仕事がなくなったので、
夜勤明けにそのまま出かけてみようと思った。 
 
 
 
上り電車に乗って、ひとまずスタバに寄ったら
レジの合計が777円になった。
いい気持ちになって、iPhoneのカメラで
レジの画面を写真におさめた。
 
 
 
 
 
いくつかのことが絡まって
なんの見通しもきかなくなることがある。
 
絡まった編み目の底に、自分の心は落ち込んでしまって
手をのばしても、届かない。
 
 
 
からまった糸を、ほどくとき、
まずひとつのからまりを、ほどくように
 
どれも大切で今すぐこたえを出さなくてはいけない問題に思えるけれど
ひとつと、むきあってみる。
 
すこしほどけてきたら、こんどはすこし、目線をかえて
 
そうして全部がほどけてみると、
別々の糸がからまりあっていると思っていたのが
ひとつの輪っかになっていたことに気づく。
 
 
 
山手線の電車のなかで
トヨタの広告をみる。
ビーアドライバー
 
自分の人生の、ドライバーになりなさいという
メッセージ
 



 
ユーミンのうた

あれは本当かもしれない。
 

2014年7月19日土曜日




国道を渡るとき
Best Moyashiと文字の入ったトラックを見る。
 


もう日付が変わる。




心の中に不安が生まれる。
「贈り物が届いている」というのは、いつでも、いつの瞬間もで
不安で視界が狭くなって、手元しか見えなくなっているときにも
視界の外には贈り物が降っているということで

そのことを忘れない。
 
 
歩きだすと不安は消えている。
 
 
 
 
 

 
 
 


とにかく眠たいのではやく眠って
夢のなかで友人に会った。
 
「なおみちゃんはやっぱりすこし、浮いているね」
 
と言われる。
 

 
すこし浮いているところで、わたしたち会えるんだよ。
 
という声に聞こえた。
 
 
アイデアを忘れないで。
 
不安にかられて、欲しくないものに手をのばさないで。 
 
ほんとうを、みて。
 
 
 
 
 
目がさめて、パソコンをたちあげて
音楽をかけたら
メロディーがくっきりと立ち上がって
うたの歌詞が、立体的な感覚で
耳に目に肌に
入ってくる。
 
6時前。
 
雨はやんでいる。
 
 
 


2014年7月18日金曜日




ユーミンの歌ではないけれど
いつでもかならず、贈り物が届いている。
そういう気持ちが、自然と湧いてきている。
 
それでそういう気持ちで顔をあげると、
風が柔らかかったり
空から鳥の羽根が落ちてきたり
テレビドラマがおもしろかったり
なんだか本当にありとあらゆる、よきものを
贈られているような
そんな気がしてくる。
 
 
そうしてきっとほんとうに、そうなのかもしれない。
 

2014年7月16日水曜日

感謝をこめて。




Cha-tu-chaさん
夏休み前の最後の営業日

奥にちいさな部屋をつくってもらって

そこでたくさんの人と出会った。


ひとりひとりの気配がそれぞれに
味わい深く
心地よくて

今朝もふと思い返してはすこし、
浸ってしまう。




変わっていくとき
ひとは黙るのだな

そんなことを、思った。


はっとして、動いて
心が強く、光って

それから黙って
じっとその光を
なぞっていくようにして

ひとり、
変わっていく。





2014年7月13日日曜日

川口のTanabikeさんで開かれている
ゆりヶ丘学園とTanabikeの企画する、100人のTシャツ展に参加しています。


いいTシャツばかり。

ぜひお出かけください。


緑茂る敷地内

紫陽花にベンチが、のみこまれていた。


senkiyaさんの敷地内に
ギャラリーはあり、
senkiyaさんでお茶やお食事、いただけます。

敷地内には他にも

珈琲の焙煎と販売をしてるお店や、
革製品や真鍮の販売スペースをもつ工房

車の修理工場があり

なんだか
懐かしく新しい
場所。

ぜひお出かけください。


(ぜひお出かけくださいって、2回書いてしまった。
 川口は、西武線沿線に住むわたしとしては
 いままで馴染みがうすく、遠い場所のように感じていましたが
 武蔵野線に乗ってしまえば、思いのほか近い印象でした。
 最寄り駅は、東川口駅、東浦和駅とのこと。
 バスもあるみたいですが、もし何人かでおでかけするなら
 タクシーに乗ると便利だと思います)


https://m.facebook.com/tanabike?_rdr

http://www.senkiya.com

2014年7月11日金曜日

台風接近で
大きな風の渦に巻き込まれる感覚は
海の中に似ていると思った。

湿度を含んだ強風を
からだに浴びて
ぐんぐん湿って
冷たくなっていく。
公園のベンチで。


普段よりひと気のない公園で
隣のベンチに座るおじいさんは

麦わら帽子を手でおさえながら
ベンチから立ち上がることなく
無人のサッカーグラウンドを眺めていた。

2014年7月10日木曜日

それは
自分のパートを、鳴らさなくてはいけない。

という感じかなぁと思う。


ふだんは
いろんな楽器とのハーモニーがあって
リードしてくれるメロディや
呼応してくれるさまざまな響きがあり
身を委ねて音楽に没頭している。


でもある瞬間、
ソロパートがやってくる。

周りのすべての音がやんで

わたしの音が響くのを待っている。



わたしは音がやんでしまったことに驚いて
いそいそと楽器をしまい
舞台を離れ
また一緒に合奏してくれる楽団を探しに行くかもしれない。

でもきっと
その楽団でもやがて
同じような場面がくる。


いくつも楽団はあるし
音楽はきっと流れ続ける。

生きてること、それそのものだから。


でも

周りの音がやんだその瞬間に

自分のパートを
高らかに鳴らせたら

音楽は新しい局面を迎えていく。

場はすでにあたたまっていて

新しく、かつ、熟した演奏が生まれていき

知らなかったよろこびが
会場中に溢れていることに気づく。
 
 
百日紅の花の、あざやかなピンクが
ときどき視界に入るとはっとする。


すこしずつ、心にみえてきた景色には
あともどりせずに
触れてみようと思った。

それはきっと、触れられる景色なのだけど
「えい」と心を、からだを、投げてみないと
ずっと辿り着けない場所でもある。


 
疑わないで、むかってみよう。
 
 
 
 
生きていることはひとりでは進まない。

だから思いがけないことが、いつでもたくさん起こっている。
それがあまりにも自然にあるから、驚かないし
いちいち、立ち止まらないだけで。
 
 
 
たとえば、自分では予想もしていなかった仕事
企画に参加していることや、誘われること。
 
ももいろクローバーZのライブに誘われて、いくことにしたこと。

とうもろこしを食べたいと話していたら茹でたとうもろこしが
八百屋の店頭で売られていて、それを食べたこと。
 
道を歩いていたら、天体観測に誘われたこと。
 
車で道を走っていたら、目の前にふくろうが降り立って、
それから羽ばたいていったこと。
 
風がふくこと。日がのぼってしずむこと。
 
大人になること。
 
台風がくること。
 
お店で友人に似合う服を見つけたこと、
伝えたらそれを友人が欲しいと言ってくれたこと。

近くにいた友人がおいしいカレー屋さんに連れていってくれたこと。
 
仕事あがりに会った友人が、タコライスを食べさせてくれたこと。
 
そういう、自分の意思以外のありとあらゆる偶然が
日常のほとんどであって
 
そのことにもう驚かず(ときどきはとても驚き、ときに感謝し)
自然と受け入れ、波にのっていく。
 
 
 
いろんなことが、自分のちから以外のところで
ものすごく大きくわたしのいのち、生活をつくっている。
 
そのことのすごさを知っていたら
 
きっと「えい」ができるんだ。
 
 
わたしがじぶんの意思ひとつで飛び込んでも
かたい地面におなかつくわけじゃない。
世界が海をつくってくれるから。
 
 
でも「えい」と飛び込んでみないと
いけない新しい海流というのもきっとあって
 
いままでつかっていた潮との温度差に、肌が触れた瞬間どきりとするのだけれど
きっとおそれなくていい。

(どうなるかわからないからこわい)
 
そんな風に思うこともあるけれど

気づいていないだけで、
日常がすでにどうなるかわからない。
 
ももいろクローバーZのライブに行くことになるなんて
おとといまで、知らなかった。

 
 
 


無意識にいくつもの偶然を受け入れながら
ときどき
意識的になることを、迫られる瞬間が
やってくる。
 
 
そのときには
(わかっている安全な未来)を探そうとすると
自然に起こっていたいろんな偶然が、とまっていく感じがする。
 
(じぶんが、行きたい(生きたい)ほう)への迷いをどけていくことで
また偶然が起こりだし
音楽がつづいていく。


2014年7月7日月曜日





じぶんでじぶんを、閉じこめていることが
あるなぁと思った。
 
 
薄い雲のむこうで月がほんのりと白く光っていた夕方
 
花火をしようにも
待ち合わせの時間にはまだ空が明るい
 
夜はすこしずつやってくる。
 
 
 
 
 
雨の音聞いて夜中

眠れないで開いたiPhoneの画面が眩しくて
目をつぶってそのまま眠れるのを待つ。
 
 
 
 
 
 
 
「どこで生きていったらいいんだろうということを、最近よく、考えているんです」

わたしはそう問いを持つじぶんをひらいて
ひらいてみたものの答えを与えられるわけでもなくて
わからないままぼうっとしていたけど、
 
問いのなかに、答えがあるとはよくいったもので
 
場所を欲している自分がいるのだということに
きのうの午後、ふと気がついた。
 
 
 
 

それは抽象的なものではなくて、
 
きっと確かな場所なのだ。
 
 
 
 
望遠鏡から、土星をのぞいた水曜日
 
 
ストライプのワンピース着た女の子に励まされた日曜日
 
 
あのこの誕生日、月曜日
 
 
触れて始めて、探していたことに
気がつくような。

2014年7月6日日曜日

 
百日紅の花が視界に入って
ふっと目がとまる。

時の流れるのがはやすぎて、なんだかぼうっとしてしまう。

電車に乗りながら
周りにいるひとや電車の中の光景のすべてが
ただの映像のようになって
眺めている自分がそこにいるのかいないのか
すこし見失ってしまう感じがする。
 
 
 

2014年7月2日水曜日

眠たい朝7時ののうみそに
凌霄花のオレンジがそそがれます。



冷たい湿った風

駅へ向かうひとのワイシャツはくたりとして

2014年7月1日火曜日





狭山にずっと住んでいると
迷彩柄の自衛隊の航空機が
屋根に近い空を飛んで行き来するのは
当たり前の風景で

みおちゃんが狭山に来たときに
その光景をみて「こわい」と言ったのが
印象に残っている。


羽田から飛び立つ飛行機を見ると
やっぱりなんだかそれは、きらきらと自由な感じがして
ちいさなこどものほそい髪や
おんなのひとのやわらかな乳房
旅に出る期待と、そういった美しいものを
運んでいるんだなと、
切なくなるくらい眩しい明るさがあるように感じられて

自衛隊の航空機とは、別質のものなのかもしれないと
胸の深いところではっきりと感じる。






それでも、その自衛隊の航空機に乗っているのは
近所に住んでいるおじさんだったりして
自衛隊は戦争をしないっていう前提があるから
威圧的な迷彩柄だって、ただのポーズのような感じで
わたしは深刻になりすぎないでいられた。



でもそれが、変わってきている。



なんだか難しそうなことは、よくわからないし
まさか、賢い良識のあるひとが、争いを選択するなんて考えられないし

そんな風に、思っていたけど

このぼわんとした感覚がそのまま
まさかを堂々と展開させる
かっこうの土壌であることには気がついた。




わたしは油断している。





でも、わたしは自分の家の屋根の上を飛んでいく飛行機が
海を越えて戦争をしにいくなんてことを
永遠に受け入れたくない。



それをよしとはしない。



わたしはこう思っている。
武力を行使しない国の、国民であり続けたい。

意義の合わないひと、信仰の違うひと、
尊重し合いたい。

あたらしい景色がみたい。


その思いを、明確にもち
選択して、表現していく必要があるということが
いますごく、はっきりわかった。




それは、活動家になるとか
そういう、極端なことではなくて

自分のことばで、考えを述べられること。
その考えと、日々の行いを一致させていること。

わたしが考える、平和っていうものの本質をみつめて
その本質をくんだ生き方、生活をすること。