2014年10月26日日曜日

ドーナツ



なんだか駆け抜けるように
朝昼晩を、過ぎている気がする。

数ヶ月前に、入れていた約束の日。
歩くどこからでも青空が見えて気持ちがよかった。

来月の打ち合わせを
ホテルのラウンジみたいに広く
妙にエレガントなサンマルクカフェでする。
すこし寒くなり始めた夕方で
あたたかいココアを頼んで飲んだ。



昨日は友人のお店でアルバイトの日。


帰る前
お茶をいれてくれた友人とすこし話す。
こわばっていた身体が
話しているうちに軽くなっていく。


そのまま帰宅して眠ってしまいたかったけれど、
お茶を飲んで気が巡りはじめたからだに励まされる。

途中下車してお店に立ち寄り
お別れする人に贈るプレゼントを探す。

今月に入ってからずっと探していたけれど
いいものが見つからないでいたのに
昨日は、これ。と思えるものを、
ちゃんと見つけることができた。

今日、渡す。





お腹が空いたのでコンビニでドーナツを買って
電車を待つ間にホームで齧った。

高校生のときによく食べた
ヤマザキのローズネットクッキーを思い出す。
かたいドーナツ。















2014年10月20日月曜日

今まで出会ったひと
関わってきたひとたちから

ものすごく、たくさんのことを
そのひとの時間や精神という、
かけがえのないものをかけて
教えてもらってきたと

電車のなかで
思った。


じぶんには、何もない。
というようなことを
かんたんに口にするのはやめよう。
と思った。

2014年10月16日木曜日



焦りすぎても
期待しすぎても、見えなくなってしまう。

頭のなかの通りになれと思っても
頭のなかは、未来を知らない。






ドアを開くと、風が流れ出す。

相手の声を聞きたい一心で
一生懸命話しかけ続けることよりも
耳をすますことが大切だったり

ない言葉は、話せない。と
知ることが必要だったり。





大掃除を手伝って、部屋の空気がめぐったのを感じる。
その効果がたぶん、わたしのからだの滞りもめぐらせて
そのからだで家に帰って
夜から部屋を片付け出す。

本棚から出した本を、棚に戻すこと
取り込んだ洗濯物を、箪笥に戻すことも
なんだかずっとできなくて

おそろしいくらい
散らかった部屋の中で寝起きし続けていた。




机の上はまだ散らかっている。
手紙が重なっているし
書きかけの返事、やりかけのことが
ひらいたままになっている。



それでもすこし、だいじょうぶになった。

服は箪笥におさまったし、
本棚のなかは整理されていないけれど
床に積んでいた本をひとまず棚に入れることはできた。
 
 
 
 
 
 
だれかが、わたしのことを「すごい」って時々、言ってくれる。
でもそんなことはなくて
わたしはわたしのケアも、うまくできていない。

一緒にいると、ちからがでると
ある友人がわたしに言ってくれたけれど

それはきっとわたしに、
ちからがないからのように、今は思える。

小さな声で話すと
相手が耳をすますように。

大きな声で話していると
ひとは耳をとじる。



 
 

中学の校舎から、
吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。
 


ケアの仕事を一度終えることに
整理がつかない部分はすごくあるけれど

わたしはわたしの散らかりを
ひとまずきちんと、たたんでやらなくてはならないことは
たぶん、
どうしたってなのだ。



 
 
 
 


2014年10月15日水曜日





眠っているあいだに、台風19号は通り過ぎていた。
青空。
強風に木の葉がざわざわっと揺れては光が散らばって
駅までの道がまぶしかった。
 
 
朝入った連絡を抱いて過ごす1日。

 
送られてきた写真にうつった
生まれたばかりの真っ赤な姿がかわいくて
何度も見てしまう。
小さな手、濡れた髪。
 
 
 
 


2014年10月9日木曜日

月食

月に地球の影が映りこむ。

あ、あれが
地球の影。

生きている星の、影。

と思うと
胸の奥底からじわっと
よろこびのような
うれしさのようなものが
静かに湧き上がってきた。





月に映りこむ影をみて
自分の生きる場所のすがたを
はじめて知る。



自分の顔を見ることができず
鏡に映った姿をみて
これがわたし、と知ることと
同じようだなと感じた。


影を通じて
ほんとうのすがたを
感じる。

2014年10月8日水曜日



スマートフォンにダウンロードしていたLINEの調子が悪くて
フリーズするようなことが重なったので
アプリを削除して、もう1度ダウンロードしてみる。

そうしてログインし直してみると
今までの会話の履歴が全部消えていた。
 
 
 
 
「なおみちゃんの通信関係が、否応なしに削ぎ落とされていく様を
興味深く拝見しております(ごめんなさい)」

と友人からのメッセージにあり

わたしにとっても興味深い現象の連鎖の中にいると感じた。
 
 
 
 
台風が過ぎた。
 
ススキの穂が冷たい風に揺れている。
 
 
 

2014年10月3日金曜日







すこし前から、つぼみがたくさんなっていたお茶の木に
花が咲いていた。
 
 
下の方から咲いていくのだなと思った。
地面に近いところから。
まだ小さな花は葉のかげに隠れて
しゃがまないと、見つけられない。
 
くしゅくしゅと縮まってひらききっていない薄い花びら
溢れそうな黄色い花粉
 
みせるために咲くのではなく
いのちをつなげるために、ひらくんだなと思った。







電車のなかで数日前にふと
昨年の秋に友人からもらった言葉を思い出した。
 
 
 
 
(受けとる)というメッセージをもらって

「いいと思えることだけが、ギフトじゃないんだ」とはっとした。
 

ひとつひとつのこと
よろこびをもたらすもの
かなしみにつうじるもの
 
晴れの日だけを生きたいから雨の日はいらないとはいえないように

晴れも雨も
贈られたものを
たんたんと受けとり
生きること。
 
 
ということが
腑に落ちたきのう。 

 
 



2014年10月2日木曜日



数日前にふと
じぶんが何を思っているのか
じぶんがわかったかんじがあった。

それは、すこしずつ
おわりが重なって
隙間ができてきたから
こころのおとが響く
余白ができたのだと思った。
 

電話番号を新しくした。
仕事で関わるひと、急な連絡が必要になるひとにだけ
伝えたままになっている。

利用しているyahooのフリーメールが
システム障害で使えなくなっている。
 

わたしは、自分の居場所をつくりたいんだなと思った。
 
誰かの場所や
仮の場所にいるような
感覚のするところにいることを
 
もう、おわりにしたいと思っているんだなと
思った。
 
 


それから
余白をもって生きたいと思っている。
 
音が、響く余白。
 
  
 
 
 
 
いろんなものが、解体されて
骨組みをあたらしく組んでいくなかに
いるような感じがしている。