2014年12月30日火曜日


朝身支度をととのえて
車を運転し、祖父の墓参りへ出かけた。

ほうきとちりとりと
ライターと線香、それから使い捨てのペーパーを持って。

踏切を渡って、坂道をのぼっていくと寺がある。
入り口の横に花が売られている。
「1束500円」と赤い文字が書かれた白い箱の中に
折り畳んだ1000円札を入れて2束手にとる。

黄色い菊と、淡いピンクのカーネーション


蛇口が凍らないように水道に発泡スチロールの箱がかぶさっているのを外して
おけに水を溜めて祖父の墓を目指す。
霜が降りて土の表面が白くなっていた。

祖父の墓では
前に供えた花が枯れていた。

花立の水を捨てると濁った水と薄い氷が落ちた。
雑草がすこし生えていたのでむしった。

墓の掃除をして花を入れ替え
手を合わせて帰る。

帰りに本堂の前でも手を合わせる。

賽銭箱の横に「大川小学校捜索費用」と書かれた箱が置いてあり
その小さな箱の方に1000円札を入れた。



掃除をしている時に出てきた
祖父と祖母と、小さな頃の兄と私のうつった写真を
写真立てにいれて部屋に置き始めた。

父は祖父に似てきている。
 




2014年12月21日日曜日




掃除を始めたら
大掛かりなことになってきてしまって

もういろんなものを持っているのが
苦しくなってきて
どんどん、捨てている。


長引くのは「これはどうしよう」という
ジャッジの保留期間のためのように感じる。


大切に読んでいた本を
何冊も床に積んで

2日後くらいに(やっぱり手放そう)
と思って古本屋へ持っていく袋につめる。
 
 
そうしていると、もうなにもかも
本当にはいらないような気がしてきて

そうしてまたどんどんと
捨てるものが増えていく。





もう片付け途中の散らかった部屋にいることと
これはいる、いらないの仕分けから逃げたいのだけれど

読んでいたWEBコンテンツの中のことばに励まされる。

「片付けは、未来の自分が
快適になるための準備。」

北欧、暮らしの道具店 /
-本多さおりさんに教わる収納-より
http://hokuohkurashi.com/note/75071


励まされるものの

もうどうしてこんなにがむしゃらに
掃除をしているのかわからない



こんなに
いらなくなってしまったのかもわからない




わからないからものすごくくじけそうになるのだけれど
ふるい落とすように。
 
 

 
 
 
 




2014年12月19日金曜日



胸の真ん中にごろっと大きな石みたいなものができて
話したり
動いたりすることが
難しくなってきてしまった。

その石がある時は
ぐーっとそっちへ
降りて行く必要があって
そのためにはよけいな言葉を
話せなくなる。


都合を合わせようとして、すこしくらい、と軽口を叩いたり
ことばがでてくるのを待たないで、口先で喋ってしまうと

少しずつずれていって
そのずれが積み重なると
戻るのにものすごく、時間が必要になる。


石ができたら
じっと黙らなくてはならない

石が自然とほどけて
音が鳴るまで。
 

2014年12月12日金曜日

湯たんぽのはなし


三重への3泊のために
ゴム製の湯たんぽをリュックへ入れた。



荷造りは
旅が続いていたので
すぐに終わった。

コンタクトレンズの洗浄液とか
化粧水の小さなボトルは
ポーチにまとまっていて

着るものが薄手で気温にかなわなければ
カイロを貼ればいい。
とか
そういうささやかだけど有効な知恵も
からだのリズムに流れ始めていた。



湯たんぽは
プラスチックのものを使っていた時に
足もとに固いものがあるのがいやで使わなくなって

もらいもののゴム製の湯たんぽも
ずっと使っていなかった。


それでもきっと
先月、
関西の友人宅に泊めてもらった時
彼女が眠る前
ふとんの足もとに湯たんぽをいれて
あたためてくれていたことがのこっていて
三重へ発つ朝
そのゴム製の湯たんぽをリュックにいれたのだった。

湯たんぽは厚手の毛糸カバーに包まれていたけど
かさばるのでコットンの薄い袋に入れかえた。
コットン薄い袋、
といっても
無印良品で売っているエコバッグだ。
何度も洗って、クタクタになっている。



ビジネスホテルの水道は
お湯の蛇口をひねっていると
熱湯がでてくる。

だからお湯をわかさなくても
そのまま蛇口からのお湯を湯たんぽに入れればよかった。

部屋について
お風呂に湯をためている間に
ふとんにいれておき
眠る前にまた
熱い湯を入れなおして眠った。



A3サイズの
無印良品のエコバッグの中の
ふにゃふにゃとやわらかい湯たんぽは気軽で
旅の3泊で使うことに慣れたのか
帰ってきてからも毎晩お湯を入れてベッドに持っていく。


家ではやかんでお湯を沸かす手間があるけど
容量が少ないのでお湯もすぐに沸く。

湯たんぽは、
陶器のものがいいと以前聞いていて
関西で泊めてくれた子も
陶製の湯たんぽを使っていた。


それはきっと保温性や
熱伝達の仕方のはなしと
それから
彼女や、彼女、
ひとりひとりの暮らしの在り方から
生まれてきた実感に違いなく


わたしは
わたしの在り方から
私の実感で
見つけていけばいいんだ。

という気持ちを
また新しくする。




ゴム製の小さな湯たんぽの中で湯は
朝にはほとんどぬるくなっているけど
足にあたっても邪魔じゃないから、
ふとんからはじき出さずにいられる。

厚手のカバーよりも
ぺらぺらでクタクタな
コットンの袋が
物理的にも心理的にも
かさばらなくてちょうどいい。



そうやって、
体験を通して
道具と親しく通じていくことが
うれしい。




通じたことではじめて
道具がいきる。

道具がいきたとき
自分が拡張している。



皮膚の内側が自分自身ではなく
道具と通じてなにかをなしている状態や
起こっている体験の中に
自分が流れている。





























2014年12月3日水曜日


寒くて、ふとんをでるのに
時間がかかる季節になった。

窓を開けば、空は澄んで美しい。

「おはよう!」と声を出して体を起こす。

声にひっぱってもらって、起きる。

昨日は
「アイラブユー!」
だった。