2015年12月28日月曜日

心がまるくなるということ/煙草くさくなったコート

 
 
昨夜は京都まで出て、
センテンスのライブを観た。
 
センテンスの出番まで2組のバンドが演奏して
1組めのバンドはまだ10代なのか初々しく
歌声は揺れるし、歌詞も曲も、何かの真似のような感じがして
心が離れそうになった。
でも、耳を離すのは簡単だから
この人たちが何者なのか、よく見ようと思って
じぃっと集中して聴いていると
「どうせだめだよ なんていっちゃだめ」
という歌詞がうたわれた時に
ぱんと、ピントが合った感じがした。
 
奇をてらおうとか
よく見せようとかっていう、
 
作為が外れた本質の言葉は(勘違いかもしれないけど)
ぐっと入ってくるような感じがした。
 
 
 
センテンスのステージは
なんだか、すごくて
音が厚くて、ぐんぐんと空気が濃くなっていって
『なんでもない歌』という曲が歌われた時には
なんだか涙がぽろぽろとこぼれ出した。
共感したわけでもなく、あの涙はなんだったんだろう。

ライブを観ながら
「背水の陣」という言葉が浮かんでくる。
下がれる背後はもうないから、
前に出るしかない。という感じで
ステージに出てまだ逃げようとしているところがあった
前の2組のバンドとは違った。

比較じゃないと思うけど、
それは明らかな違いで
前のめりで聴いている自分に気づいて周りを見渡すと
前に座っている他のひとたちも、ステージに向かって
前のめりの姿勢でまっすぐ視線を投げ、耳を澄ましていた。
 
 

 
 
センテンスのライブを観て
私はまだ、彼らみたいじゃないな、と思う。
 
何かぬるさを切り返せていない感じがする。
 
 
ひっくり返せない、このぬるさが何か
私はまだわかっていなくて
ひっくり返すところまで沸点が達していない。
 
 

とまらなかった咳が
すこし軽くなってきた。
 

12/27地下鉄を乗り継げば京都府にいる不思議を、感じる前にあったこと

 
 
待ち合わせて17時40分頃駅へ行こうと思っていたのに
約束の時間は15時40分だといつの間にか記憶違いしていて
ぱっと時計を見たら15時40分だったので
慌てて家を出て駅まで走った。
 
駅が近づいてくる頃
京都に19時なのに、ちょっと早過ぎる。
と気づき
改札口に誰もいないのと、
17時20分に設定していた携帯のアラームを確認して
勘違いしていたことがはっきりした。
 
そのまま駅の反対出口に降りて
行きたかった古物を扱っているお店と
スーパーへ行って買い物をした。
 
引越して来てから調理をしていなかったけれど
そろそろごはんを作ろうと思い
野菜や鶏肉を買う。
 
家に戻って、本当に小さな台所なので
後日、調理しやすいように、野菜を洗って小分けにしたり
鶏肉も小分けにして冷凍分と分けたりした。
 
大根に包丁をいれると
水分がじわっと出て、瑞々しく澄んだ断面が綺麗で
心が明るくなった。
 
透明な生命。
 

2015年12月27日日曜日

お芋屋の仕事の時の防寒用に
ユニクロで
ウルトラライトダウンジャケットを買って着ていたら
この間、オーブンの熱したところに触れて
手首の部分に穴が開いてしまった。


羽毛が飛び散らないように
穴の開いたところが隠れるようにくるくると袖をまくって
ひとまずその日の仕事は終えたけれど
これをどうしたものかな、と
思っていた。

穴はけっこう広がって7cmくらい裂け目ができている。
開くと白くてか細い羽毛がふかふかとこぼれてくる。
ここに当て布をして、着続けようと思った。

 
それで昨日、
神戸からの帰り道
乗り換え駅の梅田にユザワヤが入っていることがわかったので
小さくカット売りをしているコーナーから
当て布用の布を買った。

ジャケットの色と似た色の布を買って
できたらここに、色んな色の糸で、でもささやかに
刺し子をしていってもいいな、と思った。


帰宅後、夕ご飯を食べた後
昨日で年内の営業を終えたのんちゃんに
「おつかれさま」と電話をかける。
(のんちゃんはCha-tu-chaというお店の店主)

パソコンのスピーカーから
のんちゃんの声はクリアに聞こえてきて
すぐそこにいるみたいだけれど
埼玉と大阪分の距離は確かに離れているんだなぁと思う。
 
電話っていいな、と思った。
 
 
 
大阪に引越してきてから3週間が経つので
小さなワンルームの中でなんとなく家具の配置も決まり
バランスがとれつつあった空間に
昨日は引越前にオーダーしていたアイアンのワゴンが届いて
りんご箱を棚にしたりして、低く低く作られていた空間に
1メートルほどの高さがあるワゴンが届いたために
空間のバランスが崩れて、部屋がざわついているという話をしたら

のんちゃんは
「わかる。背が高い家具がくると部屋がざわくよね。でも見慣れるよ」
と言った。

電話を切ってから
ユザワヤの袋から買ってきた布を取り出し
ジャケットにちくちくと縫い始めた。 
 
裁縫は得意ではないけれど
なんとなく自分がうまくいったな、と感じて
大切に思えるものが出来上がるポイントは

今まで数々、
何かを作りかけては嫌になってやめて、
ということを繰り返しながら、
はっきりとひとつ、見つけている。

 
ちくちくと針を刺して
違うな、と思うひと刺しをした時に
面倒くさくても、そのひとつ前に戻ること。
 


違う、と思ったところを
そのままにして進んでいくと
なんだかだんだんと、その糸の並びを愛せなくなる。
気持ちが離れて投げ出したくなる。
出来上がっても、大切にできない。
 
だから
今回も何度か
あ、と違和感を感じては
糸をぬいて、戻った。
 
布団に入りながらもちくちくと縫い続けて
出来上がったところで、電気を消して眠った。



2015年12月24日木曜日


ここのところ毎朝
起きた時から頭の中に流れている音楽があって
iTunesに入っている曲だったりするので
朝いちばんに、かけてみることにしている。

今朝は原田知世が歌う、ノスタルジアだった。
 
昨夜、なんばの駅を歩いていると
改札で名残惜しそうに別れていく男女が多く
クリスマスなのだなぁと思った。
駅の構内では、売り子さんが声をだしてケーキを売っている。

 

色々動き出して行くのは年明けからになりそうで
今、友人の紹介で出会った、焼き芋屋さんの仕事をしている。

駅に出店していて、駅の構内や、改札脇に簡易店舗を出し
オーブンにがしがしと焼き芋を入れて
ふっくらと焼き上がったものを、並べて売っていく。

昨夜、なんばを歩いていたのも
焼き芋屋からの帰り道だった。

焼き芋、というものの性格上か大阪の気質なのか
買って行く人たちは必ず何かひと言ことばを残していくのが面白い。
高校生たちがぞろぞろと
「めっちゃうまそう」「やばい」「見たらあかん〜」などと言いながら
通り過ぎていく。
 
天下茶屋駅の構内で販売している時は
地下鉄からのぼってくる風が冷たくて、すこし寒かったけど
あるときふいに、歌声が風と一緒にのぼってきた。
聖歌隊の賛美歌だった。

改札に近づいていって、地下鉄の方をのぞいても
誰の姿も見えない。
でも、たくさんの人の、歌声がのぼってくる。

美しすぎて、すこし泣いた。

歌声で、心が洗われるっていうことが、あるんだ。と
思った。


お芋を買うときに
「この子、ください」という人がいて
かわいらしい。

風邪をひいたので
グレープフルーツジュースばかり飲んでいる。
お芋屋もちょうど、年末までお休み。

2015年12月18日金曜日



窓の横にマットレスを敷いて眠っているので
朝起きるとまず、ふとんの中から手をのばして
窓を開ける。

しんしんと冷たい風が入ってくる。
 
 
 

これから
fence worksというところ(というか、人たち、というか)で
働くことになった。

昼前、事務所へ行ってパソコンを開いていると
ここにいるんだな、という感覚が起こってくる。

窓をあけて、空気を入れ替えていたら
ひとみちゃんがやってきて
私のmacと、事務所のプリンターの同期を一緒にしてくれた。

  
引越して来てから
まだ小さなキッチンは稼動していなくて
料理をしていない。
 
お湯を沸かすことと、パンを焼くくらい。
 
荷解きできていないものもまだある。

でもだんだんと
霞が明けていくように
生活の音が鳴り始める。

意味もわからないまま、流れの中で始まったことに
からだを寄せてみたり
ここに来て、こう、動きたかったんだ
と気づかされるような場所に、立って、
動いたりしながら。




2015年12月14日月曜日

友人たちに
ゆっくり手紙を書いていこう

 

昨日、
三重県津市にある喫茶tayu-tauさんでの
s-clothes-treeの今回の展示が最終日を迎え
津の駅で
東京に帰るさおりさんと
大阪へ帰るわたしと、
反対行きの電車に乗った。

暖かいから実感が追いついてこないけれど
「今年もありがとう」
という挨拶になったら
 
1月からの日々が思い出されて涙が溢れてきた。
 
今年も、色んなことがありました。
 
ばたばたと、やってきた電車に乗り込んで
「またね!」と大きな声で言って手を振って
それぞれの乗る電車に、乗り込んだ。
 
 
 
4日ぶりに帰った部屋では
ほしていった洗濯物がかわいていて
リュックを置いて手を洗ってから
荷解きをする前に洗濯物をたたんだ。
 
引っ越し直後
「借りる部屋を間違えてしまったかもしれない」
と思っていた部屋の空気は
数日の留守を経た夜でも
ふんわりとして柔らかく
さびしくなかった。
 
 
色街にやってくる、どこか早足の男の人の姿も
なんだか見慣れてきてしまった。
 
 
「いちばん、歴史があって、いいところに越してきた」
 
そう言って、
一緒に歩いてくれた人たちの気配に包まれて
すこしずつ、自分の居場所と心が通じていく。
 
  
 
シャワーを浴びて、ひと息ついてから
さおりさんにラインを入れると
さおりさんは東京駅に、着くところ。
 
 
東京駅の
JRを出て、丸ノ内線に乗り換える
通路が見えてくるような気持ちになる。
 
  

そういえば
大阪のサラリーマンは、髪の毛が長い。
「江口洋介みたいなこと(かつての)?」と
さおりさんは言ったけど
そんな面白いことではなくて
 
散髪へ行く回数が少ないんだと思う。
 
ぼさっとした髪のスーツ姿のひとたち。
 
東京駅を行き交うサラリーマンのほとんどのひとの
髪の毛はいつも整っている。 

 
 
じぶんがここで
どう暮らしていくのか
今はまだ
わからないけれど

祈りのように
たくさんの人と交わしたものに
運ばれていることを
感じている。

 
夜の色街を見た直後は、
がっつりと後悔したけれど
 
じぶんが、誰と何を交わしてきたのか
振り返れば
その時、心になにを、見てきたか
振り返れば
今の道を、信じることができる。

 
歩くことが祈りになるように。

歩くことが、感謝になるように。



 

2015年12月6日日曜日


大阪に引越してきた。

着いた初日に、うわぁと思うことがあって
落ち込みながら荷解きしていたら
器の箱にあたって、
あぁ、これははるちゃんが焼いた器…
これはCha-tu-chaで買った器…
これは実家で餃子のっけてでてきた器…
なおちゃんとみおちゃんが誕生日にくれたお椀…
と取り出しながら元気が湧いてきた。

オーブントースターや棚もいただきもの。
友人たちが使っていたもの。
 
さおりさんから宅急便で届いた箱に、紅白の紐がりぼん結びされていて
元気になった。
 
他にも、箱からとりだしていると
いただいたものがほろほろと出てきて、
それを手にとると、その人の感触がふわりと浮き上がって響いてきて、
胸がじんとなった。
 
この、心の響き方を、おぼえていよう

思う

おなじことを、きっとこれから、していけるように


 
初日はずっと片付けをしていて
2日目、あたたかいものを食べよう。と思い
お昼を食べに行ったお店で
食が通らず、ほとんど残してしまった。
 
うわぁ、ごはんを食べられなくなってる…と思いながら
土地が変わること、からだにしてみたら
かなり大きな変化だから、
ゆっくり時間をかければいいんだなと、感じた。

からだは星のものだから、環境に由来して存在している。
今まで寄り辺にしていた環境がないのだから、
疲れたり、抵抗があるのも、当たり前のことなんだ。


午後から友人が車を出してくれて
一緒に梅田まで買い物をしに行った。

プリンターやスキャナや、家電を買った。

家まで運んでもらって、気になっていた背の高いところのことをやってもらう。

会ってほしい人がいるから一緒に行こう、と声をかけてくれるも
もうヘトヘトで、無理かも。とこたえる。
それからしばらく、友人の前でぐしょぐしょの雑巾のようになって、
ぐったりしていたら
「やっぱり外に出た方がいいんじゃない」ともう一度声をかけてくれて
ごはんを食べに、出かけることになった。

出かけた先で会ったひとたちとごはんを食べていたら
(ソムタムをかりかりと、齧るだけだったけど、ソムタムは、すごく美味しかった)
お店を出た時には、からっと心、乾いて、からだも軽くなっている。

 
 
借りた部屋の周りは昼間は静かでとてもやわらかい光が入る。
 
でも夜は、ちょっとびっくりするような場所だった。
色街のはずれ、と聞きながらも
すごくいい部屋だし、子どももいるしと思っていたけど
大阪の懐を知るような場所。
 
得体の知れないところに、来てしまった感、満載です。
 
 
ゆっくり、やっていこう。






2015年11月30日月曜日


引越前の、部屋がものすごいことになっている。

ようやく、
まずは本当に必要なものだけを持って行こう。
足りないものは、取りに戻ってこよう。
実家の部屋の片付けは、時間をかけてまた少しずつさせてもらおう。
と、思えて
本棚から出したものの、荷造りできなかった本を、
棚に戻し始めている。
 
29日の、ごはんの会のこと、
まだ言葉にならなくて
ただ、
会に来てくれたみんなに、渡した言葉をそのまま、
ここにも残しておこうと思います。

  
 



 
 

人が光になるということ

今日はここへ来てくださり
ほんとうにありがとうございます。

ひとが ひとり そこにいると
その場所はあたたかく
明るくなります。
 
もうひとり そこへ やってくると
ひとりと ひとりの重なりで
光は つよくなり
また そのあわいに影がうまれ 

わたしたちはたのしくあそぶことも
しずまり いこうこともできます。
 
「人が好きです」と、話すと
時々、相手の人が、おどろくことが
あるけど、迷いなく口にできるのは
あなたとの出会いに
恵まれているからです。
 
小さな頃、
”もし全部夢で、ほんとうは
何もなかったら、誰もいなかったら、
どうしよう”
そんなことをよく考えていました。
 
世界のひみつは
今もわからないけれど

こんなに多様で、ゆかいな人たちと
同じ時、同じ場所に
あらわれることができ、

そうだ!一緒にごはんを食べない手はありません。
 
感謝とともに
さぁ、いただきます。
 
 

 
場所をひらいてくれた
Tuuliのしゅんすけくんとまりちゃん
来てくれたあなたと、みんな
心をむけてくれたひとり、ひとり、
多くの縁を繋げてくれた
木綿ちゃんとまっぴ
豊かなご縁のすべてに
感謝します。
 
 
 
 

 

ひとは光だと思う。

2015年11月28日土曜日



空が晴れていると、嬉しい
雨がやさしいこともあるけれど。


昨日の夜は、星が綺麗だった。
満月過ぎて、再び欠け始めた月も綺麗だった。

流れ星がみたいな、と思ったけど
みたいと思っている時に、目に入るものでもないんだ。
と思いながら、すこし立ち止まって夜空を見上げていた。
 
 
引越にむけて荷物を整理している。
洋服を、衣装ケースに入れ直せばすむことなのだけど
なかなか進まない(で、この文章を書き始める)。
 
衣装ケースを5ケース買ってきたけれど
そこに入れるだけの洋服がないことに気づく。
(新しい家では、服以外も収納するつもりだけれど、
運び出しの時には、服以外は入れないでください。と引越業者の方から説明があった。)

だけどもっと、少なくできる気がして、立ち止まる。 

そんな中でも、10年以上着ている服もあって
自分の本当に好きなものは、こういうものなのかな。。と思う。
ペイズリー柄の、てらてらとした、半袖のブラウス。

わたしは、わたしが、本当に好きなものを、もっと、好きになろう。
 
水玉の半袖ブラウスは、やっぱり置いていこうと思った。


 

2015年11月22日日曜日

「スムーズにいかなくてよかったね」

という言葉が、
眠りかけの頭に、浮かんできた

スムーズにいかなくて、よかったね

そういうことも
あるよな、と思った。

2015年11月19日木曜日



昨日は新大阪から15時前には新幹線に乗ったので
東京駅からの電車もラッシュからはずれ、
ゆっくり座って帰ってくることができた。
 
 
風邪をひきそうだ、と感じたのは
数日前に、混み合っているスターバックスに入ったからだった。
ドアが開いた瞬間、中の空気が淀んでいて、
あ、これはだめだ。と思って一度はやめようとしたのだけれど
ひと息ついて、予定を見直す時間が欲しかったので
えいっと入って、やっぱり、風邪をもらった。
 
 
その日は
お風呂に入っていたら珍しく、何かの気配があって
そそくさとあがって眠った。

昨日の朝まで、何かが近くにいるような感じがしたけれど
5時半に起きようと思っていたら
5時頃に、部屋でパキパキっとラップ音がしたので目が覚めた。
 
(起こしてくれたのかな…)と思いながら
(もし、ついてきていたとしたら、私、何もしてあげられないよ)と
心の中で声をかけてみる。
 
気配がなくなった。
 
 
 

先日、ごはんを食べた友人と
思い立って、近くの書店に入り
それぞれが、なにか大事な影響を受けた本
というのを5冊選んで、プレゼントし合う
ということをした。
 
小さな街の書店だったので
あげたい、と思う本の在庫がないのも
多分、よくはたらいて
 
探しながら
「あ、これ、いい本だったな」と
思いがけず見つける本もあった。
 
 
帰りの電車の中で、受けとった書店の袋をひらくと
自分では見つけられない、5冊が入っていた。

きっと普通に暮らしていたら、手にとらない。
その人と自分が関わったことで、渡された通路。


ひとの目をつうじて
わたしは 見えた気になっていた世界や、自分自身を
解体していく
それから新鮮な、(なにか新しいものであり、根源的なもの)という感じのする
なにかの、片鱗を、すこしだけ、みたり、触ったり、する。





メールの返事や、色んなことが
中途半端になってしまって、ちょっと、ほぅっ…となる。
 
先日まで働いていた派遣先の上司から連絡がきて
「どうして電話とらないの?連絡して」
と、言われ、着信履歴やメールの履歴を見ると
もうとっくに過ぎた日に、「臨時で1日働く」と約束をしていたことに気づく
 
という、夢をみた。


昨日、大阪へ行って、借りることになる部屋の契約をしてきた。
せっかく、大阪まで往復新幹線にして行ったのだから
(風邪をひきそうな気配があったので、夜行バスはやめた)
あそこに顔をだし、あの人と約束をして…と、
何かしらを得よう、と、勘定するような、すけべ心が働いたけれど
からだは疲れているし、
契約のため、だけ。といっても、それくらいの大切なことだから
それをして、帰ってきたらいい。
と、いうか、そうしたいと、思っている。
と、余分な欲を払って、本心の通りにしたら、すっきりとした。
 

同じように
引越を前に、会いたいなと思う人はたくさんいる。
なかなか、会えなくなっちゃうかもしれないから、
顔を見たいなって、浮かんでくる。
 
だけど、

でも、

やっぱり、会わない時は、会わなかったじゃないか
と、思う。

 
いつでも会えるって思って、会わなかったよねって、思う。


会いたい時に、やっぱり、会おうよ。
それは距離の、問題じゃないよ。
そんな風に、思う。

会いたいって心が、沸点に達したら
どこにいたって、私たちは、会うんだ。


ごまかさない、心のところで。





 
 



なんて、書きながら
やっぱり、会えたらいいな。と思って
ごはん一緒に食べないかい?
と、お誘いです。



Tuuli 
(事前含め、当日連絡は、わたしまで)







2015年11月3日火曜日



昨日は冷たい雨が降ったので
心の不安があらわれた。

底なしの穴みたいなもの。
「これからどうしていけばいいんだろう」というわからなさ。

今まで何度も出会ってきた、暗い穴だから
この穴と出会っても、穴に潜っていってはならぬ。
と知っている。
村上春樹の小説なら、穴に潜ればそこから通じて行く場所があるけれど
この場合の穴は、潜ると出るまでが大変なんだ。

だから穴があるのを知っていながら、
淡々と現実を動かして行ったり、気分の変わるようなことを
していくしかない。

そう思って、外へ出て
とにかく現実の寒さに対応するために
冬用のルームシューズを買った。
 
大阪へ行く日程を決めるのに、
何日の夜行バスをとるかで、ぐだぐだと悩み始めた自分がいたので
「自分で決めるしかない」「わからないなら調べるしかない」
と思って、調べて、それから決めた。

決めたあとのことは、そこで起こることだとか
出会う人からもたらされるもので、どんどん変わっていくから
まずは
「自分が決めること」を、決めるのが仕事で
それから先にどうなっていくかは
今までだって、ずっとずっと、そうだったように
天からもたらされるようなもので
コントロールはできない。

いつも出来ることはシンプルで
自分が決めることを決めること
それから
起こることを受けとめていくこと
信じること


夜になってから
「できたらちょっと助けてほしいことがあって」
と、友人にメッセージを送った。

ひとりで出来ないことがあれば
助けてもらうこと



そのメッセージを送って
やっとすこし、楽になった。


「何かあったら相談してください」と
ずっと言ってもらってきたけど

相談ってどうすればいいんだろう、と思っていた。



今まで、本当に助けてもらい続けてきた人生だけど
自分から「助けて」とか「手伝って」って言ったことが
何度あるかな、と思った。

ー本当は何度もあって、無礼なことに、忘れてしまっているのかもしれないし
 恵まれている自分は、そう言葉に出す前に、
 きっといつも、手を差し伸ばしてもらってきた。



でも
助けて、とか、どうしたらいいと思う?とか
手伝ってほしいんだって言葉

わたしはこれから
言えるようになろう。




そう思って、眠った。

今朝は真っ青な秋晴れで

心は明るい。

昨日見えた穴も、今は穏やか。

天気で気持ちもコロコロ変わる。

だから不必要に穴に潜らなくていい。
穴があると知っていればよくて
天気が変わるとそれが見えなくなることも
知っているといい。


ひとつひとつ。現実的に。



2015年11月2日月曜日

11月1日
朝起きると風邪ひきそうな予感があって
すぐに漢方と風邪薬飲んで、1日眠っていた。

前日で派遣の仕事が終わった。
体も変わろうとしているのかもしれない、と思った。

1日眠っていたら夜には朝の頭痛もぜんぶなくなって
すっかり元気になっていた。
 
今朝起きて、高速バスの予約とか不動産屋さんへの連絡とか
することを考えていたら
「あ、本当にあっという間に、動いちゃうな」
という感覚がくる。
 
予定立てて見通していたことだけれど
いざ視界がひらけてくると
あぁ本当にそうなるんだ、と体感して
すこしドキドキとしてくる。

でも多分、ここ2年かけて、いきつもどりつしながら
準備はしてきていたから、こわがらないで
いってみよう、と思う。

そしてもう、色んな人が関わってくださり、動き始めている。
 
 
 
 
派遣先にいつも来てくれるおばあさんがいて
「私は、今月いっぱいなんです。いつもありがとうございました」
とお話すると
「びっくりして、手がふるえちゃう」
とおっしゃる。
 
最終日、お手紙を持っていらしてくださったので
「これからも、ご相談あれば、○○さんにお声がけください」と紹介をしていると
「昨日は驚いてしまって、ごめんなさいね。わたし、子どもがいないものだから、孫みたいに思って、お会いできると嬉しいなぁという気持ちがあって」
とお話くださって、胸がきゅんとなった。
 
おばあさんの時代の方で
お嫁に行ってお子さんがいらっしゃらないというのは
ずいぶんつらい思いもあったのではないかな、と
想像したりもした。


ひとはみんな、じぶんのかたちになるしかない

という思いと

そのかたちが、かならず最善である

という思いが重なる。



おばあさんが、贈ってくださった
お手紙とハンカチを、受け取りながら
 
愛したいっていう気持ちに
あたためられるような感じがした。

 

 

2015年10月28日水曜日



きのうの帰り道
月をみた。
その横に飛行機雲が走っていて
『夜間飛行』を読んだときの感覚が静かに起こって
すこし、ぼうっとなった。

 
「なおみちゃんのこと、あのひとが、心配していたよ」
と、今日会った人に言われ
心配してくれることも嬉しいけれど、
信じてほしい、と思った。

あのひと、とはこの間出会った。
派遣で販売の仕事をしている店舗に、お客さんできたのだった。
あのとき、わたし、そんな心配するようなかたちに、見えたのかな、と
すこしだけ、悲しかった。



心配するなら、声をかけてほしい。
声をかけないなら、ただ、信じてほしい。
そう思った。
 
 


カスタマーセンターに電話したら
電話先の人の喉がかれていて
電話の切り際に
「お風邪ですか?お大事にしてください」と言ったら
「えっ、あぁ!はい!」と驚いたようなリアクションのあと
「ありがとうございます」といってくれた返事に、
電話のむこうの顔が笑っているのが感じられたから
なんだか、ちょっと、嬉しくなった。


そういう1日だった。


 

 

2015年10月26日月曜日


駅についてから、電話を忘れた、と思った
なんてことなく、1日が過ぎていく

そのうち、携帯電話を持たない暮らしにしていきたいなと
思った。


手帳を、なんとなくそろそろ買いたい。と思っていた。
 
2年使ったほぼ日手帳
素敵な部分がたくさんあるけど
無地のページが好きな私は
デイリーページが格子になっているのが
やっぱり、どうしても、合わなかった。
使ってみて、納得できた。

開いたページが、白いのが、好きだ。

学生時代から、思ったこととか、みた景色を
無印良品の単行本ノートにかき続けていたのを復活させよう、と
無印良品でノートを探したら在庫がなくて
それで
すこし前からモレスキンの無地のノートを使い始めたら、書きやすくて、嬉しい。
そしてやっぱり、無地の紙が嬉しい。


手帳はトラベラーズノートに戻した。
前はウィークリーにしていたけど
マンスリーにしよう、と思って、そうした。
自分が、使いこなせる範囲のものにする。


素敵なものは
ほんとうに、たくさん、ある。

というか、世界には素敵なもの、ばかりだ。

でも自分と関わったときに、それが生きるものじゃなかったら
やっぱり、素敵なものも、枯れてしまうから。

それ、と、わたしが、関わったときに
互いがいきいきと、はたらいていくものを
手にしていく。

そうしていこう。






2015年10月24日土曜日


感情に流されて 色んな気持ちを味わって
培った理性は
もはや頭だけではなく
からだになっている

いい、や、悪い、の判断をくだすような二元的なものではなくて
生き方になる
 
からだに宿った、理性は智慧

光になる

2015年10月23日金曜日



まぶしいくらいの秋晴れがおさまって
今日はやわらかい、曇り空だ

ずっと、メールを送らなくてはと思いながら
1週間、2週間…と過ぎていく
 
メールの文面が見つからなくて
うろ、うろと
 
「○○さんに、連絡した?」と友人から聞かれたので
「なんて伝えたらいいのか、わからないんだよ」と話したら
「『相談したいです。会いたいです。ご都合はいかがですか?』でしょう」
と言われて
あぁ、そうか、と思って
 
さっき、そんな文面を綴って、メールを送った。




ひとと、じぶんとの間にある 薄い膜

うすいうすい膜で、つついて破けたら、あたたかいものが流れるのを
知っているのに

薄い膜(があると思っている)を、つつくのが、多分すこし、下手だ。

というふうに
時々、感じる場面がある。


でも、思っているよりもきっとずっとずっと、
簡単なこと、簡単にも、できることなんだろう。





2015年10月22日木曜日



『愛という名前は知ってる』
 
って、歌詞、天才なのかな。

2015年10月14日水曜日

 
きのう
本当はぽーんと日帰りで大阪へ行こうと考えていたけれど
一昨日の仕事を終えた帰り道に
すこしばたばたと小走りできたような毎日だったから
やすもう。と思って
ずっと家にいた。休日。
 
だれにも会わない
眠りたいだけ眠る
 
しゅわしゅわとこころがのびていって
ほっとした。
 
 
メールの返信。
 
ちゃんとかえそうと思うだけ
いつも遅くなってしまう。
 
すこしずつ返していこう。
 
 
 
友人から電話がかかってきて
「いま何していたの?」と聞かれて
「音楽を聴いていた」とこたえる。
 
 
夕日がおちてから
ふらりと散歩にでて、
橋を渡りながら 考えたこと。
 
すごく欲しかったものが
手に入らずに
自分の背後にまわっていってしまったときにも
ふりかえらずに
前をみていなくてはいけないこと。
 
過ぎ去ったものは幻
 
手を伸ばしても手に入ることはない。
 
視線を前に見据えて
未来を抱きとめること。
 
もしかしたら回転寿しみたいに
過ぎたと思ったものが未来から
やってくるかもしれない。
 
 
かみさまのくれるものを
出会うまで知らない
 
でも信じることはできる
 
なにかわからないけど
なにかと出会えること
 

2015年10月13日火曜日



youtubeより
(めいりん+小島ケイタニーラブ space communication)
 
なんどか
このblogに貼っている気がするのだけれど
いま空気が澄んできたこの頃に聴くと
やっぱりすごーくいいなぁと思って、繰り返し聴いている。

ありーがとぉベイベーただそーれだーけを いーいたいだーけーだよー
コーミニケーショーン
 
というところが、
すごく好きで
繰り返し、聴いてしまう。
 
 
わたしはやっぱり、男の人に1度、うまれてみたいなと思う。

 
 
 

 

2015年10月6日火曜日




忙しかった時期が、すこしなだらかになる
 
 

繁忙期の打ち上げというかたちで
派遣先の飲み会が2日続いた。
 
1日目は、ちいさなチームで。
2日目は、ちいさなその会社の、全体で。
 
 
「おおくぼさん、今日(飲み会)、きますか?」
と聞かれて
「いきますよ」
とこたえたら
「やったぁ」
と 
女の子が笑ってくれて
心がじわっと、明るくなった。

 
介助の仕事をしている時は
アルコールが入って
からだの芯がゆるまった状態で、ひとに触れるのはこわかったから
自然とお酒を飲まなかった。
 
それがふっと
ノンアルコールではないビールを頼む自分がいるときに
あぁ、今、違う仕事をしているんだなぁと
もうとっくにそうだったことを
あらためて、何度でも、一瞬、実感したりする。
 
 
仕事をすこし離れた、そのひとの顔がみえるとき
触れた面積が広がるかんじがして
ふわりと、うれしい。
 
 
たのしくて、気づいたら2時近くになっていた。
 
帰り道、新聞屋さんが、動き始めている。
 
 
 
 
 

毎日
おなじ場所へ行き
働いて
長い時間を、ずいぶん、一緒にいるひとたちで
 
いつの間にか
わたしも
もう何百時間も
このひとたちと
時間を共にしていたんだ
 
と、気づく。
 
 

 
 
 


2015年10月2日金曜日

早朝の三宮の駅
マクドナルドで時間をつぶして、
また駅の方へ歩いていく
 
いくつ駅があるんだろう・・・
 
と思っていたら
3つ、あるのだと
あとで教わった。
 
JR、阪神、阪急と、3つ。

 
NHKの72時間というドキュメンタリー番組で取り上げられていた
三宮の待ち合わせ場所の定番らしい「パイ山」が、本当にあって
あ、パイ山だ。と思う。
 
待ち合わせをしていた友人から
「どこにいるの?」と電話がかかってきたので
「パイ山…?」と答えたら
「パイ山ね」と返答がきて、
通じた!と、思う。
 
 
 
 
六甲山の中腹の、見晴らしのいいところへ
連れて行ってくれて
景色をみる。
 
わたしはみおちゃんのことを、考えていた。
 
神戸の海、
大学生の頃、みおちゃんから聞いていた景色と
話してくれていたみおちゃんの姿が重なる。
 
 
連れて行ってくれた友人とは、誕生日が2日違いの
おなじ33歳で
 
ほとんど、同じ時間の堆積として
今会っているのが、不思議な感じがした。
 
 
みおちゃんと、同じ街で育ったひとだ。
 
 
 

 
 
船の音が、ボーッと、山まで、響いてきて
街並みが港街の横浜と重なって
 
横浜へよく出掛けていた、みおちゃんの姿が
やっぱりそこに、重なってきて
なんでか涙がでた。
 
 
 
 
夜行バスは運転手さんの小休憩のためか
ずいぶんと、こまめに停車して(4、5回の停車があった気がする)
そのたび、目を覚ましたので
ずっとぼんやりと、眠たくて


阪神の三宮駅から
大阪へ向かう電車にのるときに
「寝ないでね」と改札口で別れる友人が言った。


尼崎を電車が通るとき
尼崎の魚だ、と思った。 


 
川を渡って電車は進んだ。
 

 
 

2015年10月1日木曜日

 
 
早朝、三宮の駅にバスが着く。
 

薄暗い駅前であざやかな甘い香り
白く開くジャスミン
 

夜を明かした若者たちの話し声が聞こえてくる
 
 
ーなおちゃんの言葉が、方言かもよ
 
という言葉が蘇って
本当にそうだなぁと思う
 
 
 

駅のビルの奥に山が見える
 
JRやら、阪急。。駅がたくさんある
 
 

みおちゃんなら、何度も歩いた場所なのかな
出会う前の、みおちゃんの姿を思い浮かべた
 
 
24時間開いているマクドナルドでカフェオレを頼む
 

イントネーションのちがう、ありがとうございます



すこし、心細いものだな。と思い、
訛りのない、と思っていたことばを
寄る辺として
生きていることに
そっと気がつく
 
 
 

午後には大阪へ行って
新幹線で帰る予定。
 

派遣先に
面白い恋人、を
買うのを忘れないように。
 


2015年9月30日水曜日



気がつくと、とーんと忙しくて
ずいぶんと、体がかたまっているなぁと
思った、連休初日。
 
 
夕方から、家を出て
Sぽんに段ボールを届けたあと
電車に乗って
じゅんちゃんとごはんを食べに行く。
 
ずいぶんと久しぶりだったから
じゅんちゃんの姿が見えたとき、
嬉しさと一緒に、なんだか照れたような
やわらかいぎこちなさが心に芽生えて
思わず手をのばして、握手してしまった。
 
歩いているうちに
ふーっと
ふーっと
リズムができていく。
 
 
じゅんちゃんの、生命のかたちが
わたしはすきで
 
ごはんを食べてのんびり話したあと
ふっと
「じゅんちゃんに会えてよかったなぁ…」と、
言葉がでた。
 
じゅんちゃんは、今日のことを、言っていると
思ったかもしれないけれど
そのとき、わたしの心からでてきたのは
「じゅんちゃんと出会えて、よかったなぁ」
という、人生スパンの
感嘆だった。
 
 
 
すこし寄り道して、井の頭公園の池を渡るとき
うらさんとボートに乗ったことを思い出した。

街灯のあかりが、池に照るのをみて、
わかこさんに、ずっと出していない、手紙を出そうと思った。
 
 
 
 
中央線に乗りながら
やっこちゃんはもしかしたら
いまこのそばに、暮らしているのかな。
と、思ったりする。
 
 
 
ふと、いろんな、顔が
思い浮かぶ。
 
 

電車を乗り換えながら地元の駅について
電話をかけたら、月が明るかった。
 
 
「あかんで、って、言うんだねぇ
 やわらかいことばでうらやましい」
 
と話したら
 
「なおちゃんの言葉が、方言かもよ」
 
と、言われた。
 
 



2015年9月28日月曜日



あらしのように週末が過ぎ去った

 
 
関西弁のイントネーションは
やわらかいなぁと思って
おもしろいなと思う
 
電話口で聞く声
耳すませながら
「…やなぁ」って本当に言うんだなぁと思っていた
 
介助の仕事をしていたとき、
ことばが強くならないように、
自然とイントネーションが変わっていった
 
発生するはじまりの声を、ちいさく話しだす癖がついた
 
じぶんの声が、相手のうごきや想いを、とめてしまわないように
 
 
もともとの生まれたことばが
やわらかいひとたちが、うらやましい
 
 
わたしはわたしの、ことばを
みつけている途中なのかもしれない

 

2015年9月24日木曜日

今、出来上がりました…!

chamitが今日で1周年を迎えました。

chamitはCha-tu-chaに寄り添うちいさなお店、onlineのお店です。→

お祝いとして
今日、9月24日から30日までにお買い物いただいたお客様に
(30日までに、ご入金の確認ができたお客様に)
card setのプレゼントがあります。
 

card set、作らせていただきました。
いいの出来ちゃったなぁ〜と、思っています。
 
今までイベントで冊子を作らせていただいた時や
Cha-tu-chaでなおみの部屋という企画をさせていただいた時に
いつも
「偶然、そのひとのもとにやってくる言葉」というあそびを
ちょっと、大切にしていて
おみくじのように、ランダムに、ひとつの言葉が誰かのところへいくようなこと
していたのだけれど
 
今回も、そういうあそびを
含んでいるから
 
届くひとにはひとつ、他のひとには届かない
そのひとのもとにだけ届いた言葉
というのが
入っています。
 
chamitは
実店舗Cha-tu-chaと同じように
わくわくする、素敵なお店です。
 
 
ぜひ、のぞいて
心惹かれるものがあれば
お買い物、してみてください。
 

chamit
お誕生日おめでとう

2015年9月20日日曜日





「はい」も「いいえ」も
おなじことば

どちらがいいとか
どちらを言わなきゃいけない
なんて、きっとないから
 
どっちも
同じ声で
わたしの口から
きっと、言って、いいんだ。
 

2015年9月18日金曜日


数日前に生まれたもやもやが
なかなか消えずに
今朝起きたときもいちばんに心にあったので
ノートに気持ちを書き出した。
 
自分が、なんて思っているか
聞いてあげないと
ずっともやもやと何か、話したがってる
ままなのだなと思った。
 
心に場所をつくって、あげないと。
 
 
 
 
ひととの間のことで
「相手が気分悪くするかもしれないな」と思って
何も言わずに受け入れたことがあったのだけれど
 
受け入れたわたしの奥で、わたし自身が、いい気持ちでいられなかった。
 
相手が気分を悪くしないように、と行動を選んだとき
わたしは
気分を悪くしているわたしのことを、無視していた。
 
その時黙っていた、心の奥のわたしが
「あのとき、すごくいやだったよ」と
ずっと話しかけてきているんだ

そう思って

ノートに気持ちを書きだしながら
隠れていたわたしの顔をみた。
 
 
気持ちを書きつらねた隣に、

わたしがまず、わたしの味方になる
 

書いた。
 
 
心の奥でなにかが、ふっとゆるんだ感じがした。



2015年9月16日水曜日


秋の音がする。
昨日の朝、風があまくて、
ふと気づくと近くに、金木犀の木があった。
 
 
不動産サイトで気になっていた部屋の住所をgoogle mapに入れると、
川と小学校の近くだった。
画面に川が見えただけで、ぐっと気持ちが引き寄せられる。

もうひとつ、気になっていた部屋の住所も、試しに検索すると
街のなかで、こころが、ふっと離れる。
 
そういうことなんだな、と思う。
それを頼りにすればいいんだ。
 
 
 

携帯ケースに貼ったステッカー

ふと手にとるたび、目に入るスヌーピーとチャーリーブラウンは
じぶんの、ちいさな味方。
 
ささやかなまじないを
重ねてじぶんを組み立て、ほどき、運んでいく。
 
 
 
今朝ふと、
20代の頃に受けたヒプノセラピーのことを思い出す。
さめた頭で夢をみるみたいに、いくつかの「過去生」といわれる映像をみた。
自分がつくりだした夢なのかもしれないと
今でも思っているけど。
「あなたには前世がない。初めて生まれてきた魂だ」と言われたこともあれば
「ものすごくたくさん、転生を繰り返してきた、魂」と言われたこともある。
 
ほんとうのことはわからないし
わからなくていいけれど

「過去生」としてみた、自分の風景が
今朝ふとまた、あたまの中で再生されて

こころがひろくなった。

この生って、なんだろう、と
鏡の前の自分をみたら

ドラマが外れた。
 
 


2015年9月15日火曜日


顔が下むいてるな、と思って
きゅっと、眉毛をあげて目を開いてみる。
そうすると
胸に風が入る。
 
一瞬。
 
 
忙しい毎日で、心を置いてとりかかりたいことほど
遠くなっている。
 
でも、「目処をつけて」と話していた
「目処」がついた。
 
ノートに書く。今日感じたちいさな気持ち。
すこしだけ進んだ計画。
 
携帯のメモと
無地のノートとに。
 
へとへとになって、気づいたら毎晩眠ってしまっているので
そのちいさい記録と、ささやかな、チェック入りのto doが
寝落ちする自分から、明日の自分に手渡せる、自分なりの前進。
 
 
心を、ちゃんと
持っていく。
 
 
 
 
 
携帯電話のカバーに
チャーリーブラウンとスヌーピーの
小さなステッカーを貼った。
 

2015年9月14日月曜日


夜中
音のとおりがよいのは
秋になっているから


今朝、彼岸花が
咲いているのをみた
 
 
 

2015年9月9日水曜日


目覚まし時計をかけないで
たくさん眠って
元気になった




7月の展示からずっと預かってもらっていた
絵などを受け取りにCha-tu-chaへ。
ふらりとお店へも遊びに行きたいところだった。
 
ずっと、欲しいな、と思っていた
山桜のコーヒーメジャースプーンを買う。
夏、がんばった自分に。というわけではなかったけれど
こうして書いたら、なんだかすこし
心があたたかくなった。
だから、そういうことにしよう。
 




家に帰って、いろいろやりたいことがある
と思うも
からだが休まろうとしているので
そのまま横になって
本を読んだり、そのまま眠ったりしていた。
 
本屋へ行きたい…という気持ちが夜になっても残っていたので
雨の中TSUTAYAへ。
怠っていたカードの更新をする。

 
家に帰って
のんちゃんが丁寧に包んでくれた搬出物から
紙粘土で作った置物をひとつ取り出して
部屋に置いた。
 

 

2015年9月6日日曜日


昼食は
ゆかりをまぶした梅干しおむすびと
コロッケを食べた。
 
社食の厨房のなかの、誰もが手際よく
働き者だ。
からだに仕事が染みついた様子のおじさんとおばさんの中に
若い女の子が、ひとりいて
その女の子の纏う空気は、
仕事とからだのあいだに、まだすこし距離があって、
やわらかい感じがする。



いつもとすこし、違うことをして帰ろう
と思って
ドトールへ立ち寄り
本を1冊、読み終える。
 
 

 
やわらかい夜風がふいてくる。
とおくからきて、
とおくへ流れていく風だ。
 
秋は空がちかい。空のむこうも近い。
 


2015年9月5日土曜日


ゆかりをまぶしたお米に、梅干しつつんで
おむすびにして持って行った。
 
社食でコロッケを買おうと思っていたけれど
休憩をとる時間が遅れて社食が閉まっていたから
スーパーでアイスクリームを買った。
 
おむすびと、アイスの糖質ダンスだけれど
凝ったものが、今はからだに入っていかない。
 
おむすびは簡単だけど
力が落ちているときでも、口に運ぶことができて
それから、じん、と
からだを支えてくれるのがわかる。
 
コンビニのおむすびじゃなくて、
誰かがにぎったものでもなくて、
自分でにぎった、おむすびが、こういうとき、効果がある。
 
たぶん、じぶんのために、ちゃんとこしらえる。
ということが
じぶん自身に、力を与えているのだと思う。
 
 
 
オリンピックのエンブレムのニュースを見ると、心がふさぐ。
いちばん、恥ずかしいのは
浅はかに、たたいて、撤回させた、名前のない、この国の空気だ。
そう思った。
そう思うとまた、くやしく、かなしい。


すこし想像すれば
丸も、丸とシンクロする、曲線の切り抜き方も、理にかなっていて
理にかなってシンプルになるほど、どこかで誰かが考えたことと
重なることもあると、考えられるし

自分の名前で、あんな大きな仕事を請け負って
(大小は、関係ないと思うけど)
誰かのデザインを真似して使うなんて、つまらないこと
ものをつくる人間だったら、しないって、わかる。


ひとの何倍、何十倍、もしかしたら、何百倍、だ。
それくらいの、努力をしてきたはず。
積み重ねてきたはず。

 
 
雑に眺めて批判だけできるように報じられるニュースが
3年後、世界から消えていますように。
 
 
 
 
夜、街路樹の百日紅の花に手をのばした。
ふわりとやわらかい、花びらの感触。
 
 




2015年9月4日金曜日

 
 
夏の疲れで、食欲がなく
朝はすこしヘロヘロとしながら仕事先へ向かうも
帰り道、元気になっていた。
 
ひとと会って、話したからだな

思った。
 
「あなたはやさしいね」と言ってくれた人がいて
その人から、ちからをもらったんだ。
 
「こどもはいるの?」と話しかけられたので
「なかなかできないんです」と答えた。
 
年齢の話から
結婚していることは、そのひとの中で前提だったみたいだから
してないんです、とわざわざ言わなくてもいいか、と思って
話を続けた。

「ぼくたちもなかなかできなくて、高麗神社へお願いしに行ったらできたよ
 子育ての神さまじゃなくて、出世の神さまなんだけどね」

「そうしたら、今度行ってみようかな」
 
「焦らなくていいよ。気持ちの問題もあるから、リラックスして、ふたりで温泉でもいったらいいよ」

「そうですね。でも、どっちでもいいなって、思ってるんです」

「いる人生も、いない人生も、いいよ。育てるというのは、また大変だから。大変だけど、それが喜びでもあって。育てる存在があるというのは、いいよ」
 
 
なんとなく心に残った。

「あなたはやさしいね」と言って、その人はその場を離れた。
 
 
 
やさしいひとになりたい、と
ずっと思っていたなぁと思い出す。

自分はじぶんの心の意地悪な部分も
くらいところも知っているから、なんともそれだけじゃないと
思うけど
 
あのひとがそう言ってくれたということは
夢が叶ったのかもしれない。
 
ある部分で。ときどきは、そうあれるくらいに。
 
 
 
また夢をみた。
大学時代の後輩が出てきて
誰かのおみやげのおまんじゅうの包みを
一緒にひらいていた。

2度目の夢のなかでは
ヨーロッパへ旅行中の友人たちの家へ行き
窓をあけ、床を水拭きした。
上の階に住む友人もやってきて、洗濯物をほした。
 
風が吹いていて
わたしは行かないと、と思って
窓から空を飛んで、出ていくのだった。
 

 
 



2015年9月3日木曜日



描きたい絵があるのだけれど
どうもうまく、描くことができなくて
ずっと抱えている

一部を描き直す、ということでいいはずなのだけれど
全体を描き直さないと、バランスがとれないのかもしれない

いろんなものが
響き合いのなか
 
今日は帰宅したら、しっかり描こう
一部、というのがどうしても無理そうなら
全体を直す気構えで描いてみよう。
 
 
 
 
へんな時間に、眠ったり起きたりしていた生活も
直そう。夜はベッドで眠ろう。

 
季節が変わり始めて
勢いだけで乗り越えていたときに、無理していた部分が
きちんとやってきた。
 
つらいなぁ、と思うけれど
このひと夏分を、夏の終わりにかえしてくれる
代謝のよさは、ありがたい。
 
小さな澱を、丁寧に洗えば、それだけで澄む。
元気になろう。
 



夢を見た。
柔らかくて、いい夢だった。
 
9月に入っている。

2015年9月2日水曜日



evernote :
あめ。まっすぐあるく。感情に浸らず、うしろをみたら、意識して、前へ。まえよ。
 
 


 
この間、古本屋さんで見つけた
『世界を変えるSHIEN学 力を引き出し合う働きかた』を
読みすすめている。
ことばがやわらかくて、書かれている内容もすっと入ってくるので
読んでいて面白い。
 
携帯電話にも初めて電子書籍を入れた。
三砂ちづるさんのエッセイをダウンロードして、
夜眠る前に少しずつ読む。
 




 
 
 
『前をみなさい。うしろ見ても、どうしようもないから』

と、私より40年、長く生きているそのひとはふいに言った。
わたしは朝、
evernoteに書き込んだことを思い出す。


思考の流れは癖のついた場所を、通っていくから

振り返ることが好きな私の思考は
ついうしろに向かって流れていく。
見つめて浸るのもいいけれど
いい加減にしないと、どこへも行けなくなるから
思考の流れがうしろを目指した瞬間に
「前よ」と、意識して
流れをぐいっと動かす。
 
しばらくしているうちにきっと癖づいて
まるめがちだった背中も、
すっとのびているだろう。
 
 
 





 



2015年9月1日火曜日


派遣先で自動ドアの電源を切る時
高い位置にある電源を落とすために、引っ張る紐が
昨夜ふいに切れた。

強い力で引っ張ったわけでもなくて
毎日毎日、電源を入れて切る、1日2回を重ねて傷んでいた紐が
昨日のその時に、たまたま切れた。
 
 
手帳を見たら満月で、
「満月だよ」とラインのメッセージに添えたら
「満月で大安だよ」と
返事がくる。
 
 
満月の日に飛び立ったキキ
木にぶつかるたびになる鈴の音
 
何かが自然なちからで
解かれた感じがした。
 
 
 
行く前は知らない
これから先のことを
いつも





 
evernoteには書き込まなかったけれど
頭の中に書き込んだことを
今日の帰り道に反芻して歩いた。
 
昨日の通勤時、まっすぐな道を歩いている時に思い浮かんだこと。

「全部とおりすぎていく」
「とおりすぎていくだけ」
ということ。



歩いていれば、かならず駅に着く。

うれしい気持ちでも
かなしい気持ちでも
どんな気持ちで歩いていても

歩いていれば駅に着いて、電車に乗れば景色が変わる。

景色が変われば心も変わっていく。

それが起こるなんて、知らなかったことが
ささやかに積み重なり、
会うなんて知らなかった人と出会い、
帰宅して眠り、また翌朝がくる。

景色も、心も、
どんどん変わっていく。
 
 
長くいても、仕方ない場所がある。
見つめ続けても、解消されない感情もある。
そんな場所や感情に触れた時こそ
つい足をとめそうになるけれど
(とまっても、沈んでいくだけ)ということを
経験が教えてくれる。

気持ちは流れるままにして
足もとめないで
とおりすぎていけばいいんだ。





2015年8月29日土曜日


どうしていつも、こんなに迷ってばっかりなんだろう
迷うの、もう、いやだ
 
そんな風に、思っていたここ数日。

ねじれて焦っていたひとりよがりな気持ちを相談すれば
現実的な算段を通してもらえた。

ふっと楽になって、本当にありがたく感じる。
ありがたいのと同時に、
本当に、自分はここがまだ少し苦手だ。と気がつく。


ひとに相談して、助けてもらったり、譲ってもらうほかないのに、
自分でぎりぎりまで現状を持とうとする。
重たいまま持っていたら潰れるだけなのに。


これは、癖だから、
癖はすこしずつ、直すことができて、
直したら、そのうち、なくなる。
すこしずつ。


それに、今回だって、潰れなかった。
潰れる前に、相談することが、できた。
すこし、進歩している。
すこしずつ。
すこしずつだ。

おそいけど、
でも、
わたしのペースだ。
周りが、
はやくみえても。
 
 
 
 
 
evernoteというアプリを教わって携帯電話にダウンロードした。
 
毎日、ふと思ったことは、
ふと思って次の瞬間、忘れていたりするから
ノートにとれないときは、携帯電話に記すことにした。
 
のんちゃんと現代美術館で
ここはだれの場所?展を観てきた。


「ここはだれの場所?おとな1枚、ください」
「ここはだれの場所?展のチケットです」

チケットを買う時から
問いを渡しあっている。




ここはだれの、場所だろう。






ヨーガン・レールの展示、心に響いた。

響きながら、浮かんだことを
evernoteに打ち込む。


美術館を出たあとは清澄白河の街を歩いて
夕方前に電車を乗り継ぎ、国立へ。




霧雨が降る中、線路に平行する道を歩いて
愛さんから教えてもらっていたcircusという場所へ行った。


お店の本棚に
清澄白河の古本屋さんで見つけて買ったばかりの安西水丸の『青の時代』が、
そこにも、並んでいて、はっと、なる。

はっとなって
心の奥が、動いた。

迷いはあるけど、自分が知ってる。

自分は、知ってる。と、思った。
 


いただいた
蒸し鶏のフォー
やさしい出汁と、やわらかくてジューシーな蒸し鶏

なんだかじんとしながら
のんちゃんと話していたら、心のやわらかいところが出てきて
涙がつつと流れた。
風呂上がりみたいにからだが緩んで、ほかほかと内側が満ちていた。
 
 

トイレへ行った時、
さっき、なんて思って
なんて、書いたんだったっけ。と、evernoteを開く。

『なにかを、きちんと信じること。
 信じるものにむかって、手をぬかないこと。』


書いてある。
 

なにかを、きちんと信じること。
信じるものにむかって、手をぬかないこと。



 
 
 
 
 
お酒も飲んでいい気分で帰ったら
登録していない電話番号から電話がある。
 
その日3度目の着信だったから出ると、
このあいだ連絡先を交換していたおじいさんだった。
 
すこし酔っぱらった機嫌のよい声で
「あなたに関心を持ったものだから、今度ちょっと会いましょう。
病院のものも、一緒に」
と言う。
 
医療関係の仕事をしていて、わたしの前職がヘルパーだという話から
関心を持ってくれた、おじいさん。
 
ありがたいことだし、そのおじいさんはすてきな人だったのに
介助の仕事から逃げた、という気持ちがある自分は
医療や福祉の世界とまた向き合わなきゃいけないっていうことかな
と、捉えてしまって
電話を切ったあと、ボロボロ泣いた。

お酒も飲んでいて、気持ちもむき出しだったから
揺れやすかったし、弱くなっていた。


 
気持ちを、紐解いていけば
わたしは医療がやりたいのでも、福祉がやりたいのでも
絵描きになりたいのでも、なくて

ただ丁寧に、
関わるひとと、自分が活きる方法で
生きていきたい、だけだ。
 

 
それが、自分が、信じることで、
信じられること。


今日は、迷いはない。




 
 
 

 
 

2015年8月28日金曜日




ふだんより30分はやく仕事をあがることができた。
おもてへ出ると、夜が浅い。
街にもまだ、帰宅する人たちが行き交う活気の名残がある。
 
こういう、時間が
いつもあるんだなぁと思う。建物の外に。
夜に突然降りても、急に夜になっているわけじゃない。

グラデーションで世界は変わっていく。




重たかった、髪を切った。
行けるタイミングが火曜日だったから
インターネットで火曜日に開いている美容室を調べて
初めての場所で切ってもらった。
 
 
シャンプーをしてくれた男の子は
唐突に
「台風、どうなんでしょうね」
と言った。

ここのところの天気予報を見ていなかったので
わたしはうまくこたえられなかった。

男の子は夕方から雨の予報があることを教えてくれて、
美容室を出たら霧雨が降っていた。
 
 
話さなきゃ、と思ってくれたんだなぁ…と、その初々しさを思い出しながら
自分の、興味のあることを、話せばいいんだよ、きっと。と思った。


「あなたとわたし」のあいだには、まだ何もないのだから
手もとのちいさいあかりを、出し合わないと。


そう感じながら
派遣先の休憩室がすこし苦手で、
お昼休憩はふらりとひとりぬけて過ごしている自分に照らす。


気詰まりする前に
自分の興味のあることを、そっと話せば
それでいいんだ。
(話さなくても、いいかもしれないし、好きな場所で、休むのもいいけれど)

 
相手が関心を持たなければ仕方ないけど
「わたし」の宿らないものの話をいくらしたって
ずっと出会えない。
 
 
 

 
髪の毛は、女性の美容師さんが
とても素敵にしてくれた。

かるいあたま。首も耳たぶも、あらわれて、すっきりだ。
 
 
「台風、どうなんでしょうね」
かるいあたまの心地よさと、近づいていた台風のせいか
帰りの電車ではすーっと、
深く眠った。

 

 
 

2015年8月25日火曜日



用事のあった池袋で
久しぶりにジュンク堂へ寄った。
 
本屋は、たのしい。
 
詩のコーナーをゆっくり見た。
 
 
 
(じぶんの気持ちが見えていないのは、わたしだって、だ)

と、昨日書いた日記のことを
時々、思い出しながら
同じことを何度か、思う。
 
 
気持ちを整理する時間。
 
 
あたまじゃなくて、感覚を信じる。
決してやぶからぼうじゃない。
智慧をつかうこと。
 
 
レターケースに、嬉しい手紙が
集まる。
 
 
みんな色んな場所に、いる。
 
 
 
それが、どんなところでも
そのひとの、歩き方じゃないと
行けなかった、ひとつだけの場所にいる。
 


 

2015年8月24日月曜日


自分の心を、丁寧にみることをしないひとは
ひとの話も聞かない(届かない)。

空回った心のエネルギーに翻弄されて
思いついたことを脈絡なく喋り
そのときの思いつきに結びつけて
ひとの言葉を、自分の聞きたいように聞き
ひとが言ってもないことを「言った」と、
言ってきたりする。
 
 
耳に何も届いていないから
自分が思い込んでいることを、大きな声で断定的に喋ったりする。
 
 
 
おととい、関わったひとの在り方に
振り回された感覚だけが残っていて
どうしてあんなことになったんだろう、と
思い返しながら
 


「あのひとは、自分の心を丁寧に、みていない。多分」
 

そう感じた。
 
 

本当の声が聞こえないから、(自分の声さえ)
どんどん、喋る声が大きくなっていく。
  
 

大きい声を聞いていると脈絡がないから振り回される。
内容に意味がないから着地点もコロコロ変わっていく。
 
 
 

ほんとうに、
見ないといけなかったのは話の内容じゃなくて
 
その人の、ふるまいや
在り方だった。
 
そこには、真実があった。
 

 


 
私は、その人の、大声についていってしまって
話の内容を追ってしまったから
一緒にぐるぐるまわることになった。
 
 



立ち止まって
その人を、よくみればよかった。


 

本質を、みつめていなかったし

みようとしていなかった。




いろんなひとがいるし、
自分にも、いろんな時がある。

会うタイミングもある。

いいときも、
あまりいい風には、はたらかないことも。
 
 
いろんなときがあるけれど

大声の余韻がまだ残っていて

なんだかぼうっとする。
 

 
 
 


2015年8月22日土曜日


ひさしぶりに月をみた、と思った。
 
空に毎晩、月がのぼるっていうこと
忘れていた。 
 

2015年8月21日金曜日

もちもののはなし 2


simフリーのことは
自分なりにインターネットを使ってだけれど、調べて
検討しながら決めていきました。

でも自分も苦手な分野だし
苦手な友人たちも多いと思うので
わたしが調べた範囲を
ちょっとシェア。





sim

携帯電話には、simというIDカードを入れて使います。
これを使うことで、電話番号を持てたり、インターネットに繋がるようになります。

電話番号を使えるのは
音声通話つきsim。
(わたしが調べてあたった会社ではすべて、
今使っている電話番号をそのまま移行できるようでした。
新規でも電話番号をつくれます)
 
電話番号の登録はなく、インターネット通信だけの
データsimというものがあります。

 
○ 
simフリー

docomo、au、ソフトバンクなどの大手通信会社は
携帯電話にロックをかけて、自分の会社のsimでだけ
使えるようにしています。
(会社、携帯電話の種類によっては
3000円程度でsimロックを外すサービスもあるそうです。
ロックを外せば、simフリーになります)

simフリーの携帯電話は、ロックがかかっていないので
どこの通信会社で提供しているsimでも、使える状態といえます。
 (動作確認されていないこともあるので、自己責任の部分もあります)
 
※海外旅行をするひとが、simフリーの携帯電話を求めたりする理由※
国内のsimをぬいて、旅先で購入したsimをいれれば
その国の通信会社の回線、料金設定で、携帯電話を使えるようになります。
 
 


simを販売している、通信会社と、回線のこと

楽天モバイルや、ビッグローブ、ocnなど、調べるとたくさん
simを販売し、インターネット・電話回線を提供してくれる会社があります。
「大手の回線じゃなくて、大丈夫だろうか」と感じるかもしれませんが
たとえば、楽天モバイルはドコモの回線を借りていたり
それぞれの会社が大手通信会社の回線を借りて、使っています。
だから
通信状態は安定していると考えてよさそうです。

 
 
●わたしが感じるsimフリーの利点●
 
自分で、選んだ携帯電話を使い
自分で選んだ、通信会社と契約ができます。
 
通信費が安くなることも大きいですが、
2年使用の契約や、解約時の違約金が発生しない
海外でもふだん使っている携帯電話機を使えるなど
契約にかかる負担も少なくなり、自由度がとても広がります。
 
また、大手通信会社独自のアプリが初めからたくさん入っていたり
オプションに加入する必要があるといったことが、ないので
はじめからシンプルに使うことができます。
 

●デメリット●


 アットマーク、docomo。アットマーク、ezweb。。という
 「キャリアメール」というものが
 使えなくなります。
 gmailやyahooメールなどのフリーメールを使えば問題ないですが
 相手のメール設定によっては迷惑メールフィルターにひっかかり、
 メールが届かない場合もあります。

・・・・・・・・・・
私の解決方法:
友人の多くとはlineで連絡をしています。また、フリーメールが届かない友人もいません。
スマートフォンにはgmailもyahooメールも、アプリをダウンロードできるので
on timeでちゃんとメールが入ってきます。
また、電話番号を使ったメールSMSでもやりとりができます。
 

「通話し放題」などのプランが見当たらない。
 わたし自信重要視していなかったので、探せばあるかもしれないけれど
 わたしの探す範囲ではありませんでした。
 たくさん通話をする人にとっては、
 もしかしたら料金が高くなることもあるかもしれません。

・・・・・・・・・・
私の解決方法:
ほとんどの友人とはline通話をしています。
また、電話料が半額になるサービスに登録しています。
 
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


○わたしが選んだ電話機

●電話機●
freetel xm

amazonで購入しました。

選んだ理由
今まで使っていた電話会社の解約金が一万円くらいかかるので
2万円から3万円代を予算にして探しました。
・日本の会社が作っていること、作っていくプロセスもBlogなどで見られて
 ものづくりの姿勢に好感が持てたこと→
・1年の補償がついていること
・LTEという回線が使えること
・カメラが800万画素あること
・発熱などのトラブルの報告が見当たらなかったこと
・FMラジオが、はじめからついていること
・デザインで気になるところがないこと
・調べたレビューで、好感を持って使っている人が多いこと

●通信会社●
楽天モバイル
 
通話sim
3.1Gパック(毎月使えるインターネットの量です。家ではwi-fiに繋げています)

毎月の利用料金
1728円(税込み)+通話料金

通話料金
「楽天でんわ」を使って
(スマートフォンにアプリを入れることができ、そこから使えます)
10円 / 30秒
 
選んだ理由
何か不具合があったときに、サポートが受けられるのがいいと思って
楽天は、渋谷にお店があるので
電話サポートだけではなく、店頭でも説明が受けられると思いました。
 
電話番号は変わっても困らないと思って
新規で登録して、
今まで使っていた電話番号は
電話会社のお店に行って、解約しました。
 
また、電話番号を引き継ぐ場合は、
契約の手続き上、2日〜半日くらい
電話が使えなくなる期間があることも少しネックでした。
(wi-fiがあれば、lineは使えます)

 
 
 


※電話番号をそのまま引き継ぎたい時

契約手続きのため、予約番号というものが必要になります。
今、契約中の通信会社に電話して、MNP予約番号を発行してもらいます。
(MNPとは、電話番号そのままで通信会社を変える仕組みのことです)
予約番号の発行手数料は
ドコモとauが2160円
ソフトバンクが3240円(2015/8/22現在)です。
 
それから、大手3社ではほとんどの人が2年契約を結んでいることで
毎月の基本料金が半額になるプランを組んでいます。
この契約は、更新月1ヶ月を挟み、自動更新されています。
契約内容によって変わるけれど
基本的には更新月以外の解約は違約金として10260円を支払います。






自分で購入する時の注意点

simには大きさがあって、
iPhoneはnano simという小さなsimを使っています。
他の端末はほとんど(すべて?)micro simということだけれど
わたしは、インターネットで
「freetel xm simサイズ」と検索して
「micro sim」と出て来たのを確認してから注文しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すっきり。

夏休みの、自由研究みたい。



一週間ぶりに会っても
おとこのこは大きくなっている
 
どうして
いつまででも、見ていられるんだろう

あ、いま、笑った、と思うと
自分も笑ってる
 
 
なんで泣くのかも
泣きやむのかも、わからないけど
お腹の中からでてきて、今、明るい(かったり、暗くなったり)
世界と、いろんなひとのいる、世界と
じぶんのからだと、親しくなっているところ、なんだろうな
 
 



しろい、さるすべりの花が
歩道をふさぐくらに大きく咲いて
垂れた枝が揺れている
 
友人は、かあさんの空気を
纏いはじめている
 
 
また会いにいこう
 
 
きのうと今日は、ちがう
 
今日とあすは、またちがうのだから
 
 
 
 
 
 

 



2015年8月20日木曜日

もちもの、のはなし。


電話を新しくしたタイミングで、
戸棚の整理をしていて出てきた
前まで使っていた革の長財布が、あらためて
すごくいい色になっていたので

今使っているお財布をすこし休ませ
またその長財布に戻すことにした。
 
気に入っていた長財布だったけれど
ヘルパーの仕事をしているとき、ポケットに入れられるお財布
と思って、折りたたみの素敵なお財布を見つけて
そちらに変えたのだった。
折りたたみのお財布も気に入っていて、4年くらい、毎日使っていた。
 
 
 
お財布から、お財布に
お金とカードを入れ替えながら、
銀行のカードが3枚あるのをみて
使っていない1つの口座を、今度解約しにいこう、と思う。







手にするものが
変わって
なんだか気分もすこしちがう。

 
 
 
 

2015年8月19日水曜日


電話を新しくした。

いろいろ調べて、simフリーのスマートフォンをAmazonで買って
それから、通信会社を選んだ。

届いたスマホに、通信会社から送られてきたsimを入れる。

それが終わったら
思っていた以上にすっきりした感覚があって
すこし、驚いた。




苦手なことも、調べていけば明るくなって
気になりながら手つかずだったことが終われば
そこに新しい空気が、
自然と流れはじめる。



新しいスマートフォンには音楽が入っていない。

それもなんだか身軽な感じがして
ふと、
そのままシンプルに、使おうかな、と思う。
 
 
音楽を聴いて出かけたいときは
まだ動く、今まで使っていたiPhoneを一緒に持って

もしそれが、使えなくなってしまったら
その時は、ipodを買おう。

音楽を聴くための、道具。



いままでは聴きたい音楽を選びながら、
そのまま入ってきたメッセージを読んだり
電話に触れている時間が長くなりがちだったから。




ひとつに10の役割があるものも、いいけれど
ひとつがひとつの役割を持って、そこにあるのもいい。
 

 
 
 
 

 
 
 
 




 

2015年8月16日日曜日

 
 
自分のなかの、迷っていたことば
聞いてもらったら
そこにあった気持ちに、血が通い始める。
 
手の中の小さなひな鳥みたいに
こわれそうなやわらかさと、熱いくらいの熱を持つ。
 
 
 
仕事とか、暮らし方とか
ぜんぶ、繋がっていることだから
バラバラに考えるのは難しい。
 
それでも逃げないで
触れられる小さな端っこの出来事や気持ちに、ちゃんと関わり、
 
今、決められることを、決めていく。
 
  

短期ということで働いていた派遣の仕事
派遣先の状況をみて
思っていたより長く勤める必要があるかもしれないと感じながらも

なんだか自分の気持ちがぼやけて
ただ流されそうになっている感覚に気づく。
 


「ひとつ、ひとつ、決めていく」
そう決めたら
 
目の前に起こる出来事が、ふわりと変わった昨夜だった。
 
 
派遣先のひとたちと
帰り道に
缶ビールと、缶チューハイ

初めてのこと。
 


じぶんが何をしてきたか、何をしたいか
聞かれるままに話していて
話を聞いてくれたそのひとに
「ちゃんと目処をたてて、次のところへ行ったほうがいい」
と、言われる。
 
言ったそのひとが
「すみません、この子、すぐ辞めると思います」と
隣でハイボール飲んでた社員さんに言う。
 
社員さんは頷いて
「おれは、今日、おおくぼさんの話聞けて、満足」
と言った。


 
 
ここで正しいこと
あそこで間違っていること

ここで間違っていること
あそこでは正しいこと
 
その場所にいるときには、きちんと勤めながらも
左右されない
わたしの気持ち。
わたしの大切にしたいこと。
 
 
ひとつひとつ、決めたら
ちいさくても、ひとつずつ、そう、なっていくこと。

 

 

2015年8月13日木曜日


生まれてひと月目の男の子は
とっぷりと大きくなっている。
 
眠る顔も泣いて赤くなる顔もかわいく
大人がみんなで囲んで
じっと見ていた。
 
 
別れがたくて
カレーを食べて帰る。
 
 
強い冷房に二の腕隠しながら
ここのところずっと
ひとりで思っていたことを話したら
聞いてもらえて、すこしほっとした。
 
 
 

2015年8月11日火曜日



部屋の掃除をして、
先日注文を受けていた冊子を作って、
絵の続きを描こうと思って
スケッチブックを持ってTuuliへ行った。
 
Tuuliの階段をのぼる前、
男の子の元気な声が2階からこぼれてきて
あの子がいるのかな、と思ってあがっていくと
青木さんとharukaさんの音楽を聴きに行ったお店のご夫妻と息子さんがいらっしゃる。

この男の子の声だったのだね、と思いながら奥の席に掛けようとすると
ダイスケさんがいた。
 
久しぶりに会ったダイスケさんは顔色がよく
ピントが合ってる感じがした。
前に会った時になんだか曇ってた(失礼、)空気が
綺麗に晴れている。
相席して喋り始めて、届いたアイスコーヒーを口にした瞬間美味しくて
会話が一瞬止まった。
 
ダイスケさんがほろっと言った言葉が響いて、
手帳に書き記す。

つるんと、ダイスケさんの纏う空気が綺麗になっているから
「生まれ変わったみたい」と感じて
そのまま口にしたけど
それは「別人になったみたい」ということではなくて
すごく、「らしくなってる」という感覚だった。

 
読みたい雑誌がないという話から
しゅんすけくんが
「(店に)プロレス雑誌を置こうかな」とぽろっと言ったのを拾って
ダイスケさんも私も「いいじゃん」と即答する。

ボブ・ディランが流れたTuuliはすごくよかった。


うまく書けないけど
真似するものもないし、他の誰にも真似できない
絶妙な「らしさ」というか

すごくしっくりくる何か
嘘のない、何かが
そこにある感じがして。
 

 
 
吉祥寺に展示を見にいくので、とお店を出る。
別れ際にダイスケさんが1枚、写真を撮ってくれた。
 
フィルムカメラ。
シャッターを押して、現像に出して、焼き上がって、あらわれる。
何度もは撮れない。すぐに消せない。
 
限りがあって、編集しきれず、あらわれでるもの。
 
 
 
駅まで向かいながら、サルスベリの花がもくもく咲いて綺麗だなと
来るときと同じことを、また思う。
 
 
電車に乗って、吉祥寺へ。
電車の乗り継ぎがスムーズで調子がいい。
国分寺直通電車、中央特快。

中央線の窓から見えるアスファルトが濡れていて
雨が降ったのかな、と思う。
 
吉祥寺で降りて、にじ画廊に着き
2階のギャラリーに入ると
試着室の大きなカーテンからひょこっと古川さんが顔を出す。

それからしばらくすると
川越の珈琲屋さんTangoさんたちがやって来た。
「かわいいね」と言いながら、展示をみている。
詩を書いた大きなカーテンを、いいですね、と
言ってくれた。

Tangoさんたちを見送った後、
階段をのぼってhaseさんがやって来た。

そうしたらみっちゃんもやって来た。

今日は絶妙にいいタイミングだ、と思っている間に
上がってきた雰囲気のある素敵な女の子に見覚えがあって、
おそるおそる、2、3年ぶりに名前を呼んでみる。
「ゆいちゃん、」

2、3年前の初対面から、2度目の対面の女の子だった。
 
 
約束しなくても、会える人とは会えるんだ。
と思っていると
LINEに、タイの風景が届いた。


星の軌道みたいに
自分の軌道にのっていれば
会える人に、会える。



 
 
 
s-clothes-treeの服も、たくさん試着した。
 
欲しいものは、たくさん。

でも本当に、必要なもの、ひとつ。
 
欲しかったリネン混のブルーのスパッツを買った。
 
 
 
ロングTシャツと合わせて着よう。

冬は大きめのニットと合わせよう。
 
わたしも、
「らしく」なろう。
 
 
 
家に帰って
冊子を郵送できるように準備する。
 
スケッチブック持ち歩いたけれど、
帰ってからも絵は描けなかったから
しっかり時間をとって、描きあげる。



目的があれば、苦手なこともできるけれど
苦手なことに埋没して
目的を見失わないこと。

光をみて、光をこぼすこと。
 
 

 

 
 

 

 


2015年8月9日日曜日

SHIRO to Au

はじまっています。
来週の火曜日、11日まで。
 
 
昨日の夜は少し涼しくて
眠りやすかった
 
 
本と素描のこと、
s-clothes-treeの展示
SHIRO to Auのこと

書きたいことは
たくさんあるのだけれど
 
丁寧に書きたいと思うほど、
時が逃げていくようで
 
メールの返信や
あれやこれやの色々も
今日こそ。と思いながら

へとへとになって、眠る日々です。
 
 
夏は、仕方ない。生きているだけでエライ。
言い訳みたいだけれど、毎年本当に、そう感じています。
 
 
遠くが見えるのは、影ののびる、秋からのこと。
夏は目の前の、ひとつひとつ。
 
 
 
そんな中でもふと、
先日派遣先の倉庫の中で
「欲しいものが、過去にあるなら、それは手に入れられない。
 欲しいものを、未来にみる」

最近ずっと考えていたことへの答えが
心に浮かびました。
 

誰にでも有効な答えじゃないかもしれない。
 
今のわたしの、わたしに有効な、ひとつの答え。
 
 
誰になんて言われても
自分で見つけるまでは、納得できないものだなと
感じます。
答えに合うまで、色んな人のくれた言葉を
思い出してなぞったけど、自分の気持ちは、動かなくて
 
段ボールを捨てに行った倉庫の中で
 
はっとして
ふっと、落ちてきました。
 
 
 
要領の悪い、やり方かもしれないけど
これ以上に要領のいい方法も
わたしにはないのかもしれません。
 
 
 

 
 
 
SHIRO to Au

では、
試着室のカーテンに
詩を書きました。
 
 
さおりさんのアトリエで、思いつきを紙にペンで書きながら
話していたことが

実現したこと、
すごく不思議で、

色んな人に、見てもらいたいなと思います。


そして
ぜひ、気になる服、惹かれる服を
たくさん、着てみて、もらいたいです。
 


 

 
 


2015年8月6日木曜日



s-clothes-tree
SHIRO to Au 展
にじ画廊(吉祥寺)

8/6 - 11
open 12:00 - 20:00

白と白に似合う色が並びます。



http://nijigaro.com(♪音楽流れます)

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即売アイテムが並びます。
1点ずつ展示されたリネンの服は
6、8、9日にオーダーを承ります。

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2015年8月2日日曜日



8月

展示を終えて気がぬけたのか
仕事に行くために体を起き上がらせるのがやっとで
あとは泥になったみたいに、寝転がっていた。
 
7月31日の帰り道、空に満月を見て
疲れが出たと思っていたけれど
動けなかったのは満月のせいだったかもしれない
と思った。
 
 
待っていてもらった、絵の仕事があるので
今日からやっと描き始める。
一生懸命、描こう。
 
 


 
iPhone5の調子がゆるやかにくだり坂で
そろそろ新しくしないとだなと思っている。
 
iPhoneは使いやすいけれど
色々調べて
次はiPhoneではない、
simフリー機種にしようと思っている。

必要なものと
そうじゃないもの
 
大切にしたいことと
余分になっていること
 
ちゃんと見て
通り道を、きれいにする。
 


 
たけしくんからLINEが入る。
 
遠いヨーロッパの、美しい風景と
1日違いの、満月の光。
 
 


 



2015年8月1日土曜日

絵をかざる

本と素描

原画も含めて
たくさんの絵が旅立ちました。
(ありがとうございます)


自分の絵を部屋に飾っていなかったので
展示の片付けをしながら、描きっぱなしにしていた絵の端を
額に入れて
ふだんから飾ってる
ふたりの絵の横に置いてみました。


前に友人の家に遊びに行ったとき
大きな額の中にポストカードサイズの絵が
よい感じにレイアウトされていたので
あんな風にしてもいいな

なんて思いながら
眺めてみます。





haseさんに描いてもらったモノノニガオエ(左)
ayacoちゃんの絵(真ん中)

ふたりの大好きな絵の横に
自分の絵を置いてみる



珈琲フィルターケースに入れてみる


本と素描は最初
「本と画鋲」というタイトルにしようと思っていました。

画鋲でぴっととめるくらい
かんたんにあれば、嬉しいです。





おとといのお昼、
本と素描の展示のお知らせを置いてくれていたTuuliへ


久しぶりのカレー
前に食べた時も美味しかったはずなのに
また美味しくなってる…すごい…!
と、感動しながら
もりもり、いただきました。
 
 

以前みたテレビ番組の
昔ながらのパンを売っているお店のインタビューで
修行中の息子が
「うちの店のお客さんは、懐かしさを求めてくる。
 だから変わらない味を、作り続けたい」
と言ったあと、
店主である父親が
「それでも、時代が変われば、確実に美味しいものが作られていく。
 だから、変わらない、と感じさせながら、
 密かにバージョンアップしていかなくてはいけない。
 そのままだと感じてもらいながら、実は美味しくしていく必要がある」
とこたえたのを観て
心に残っているのだけれど

その職人魂と
カレーの味を重ねて、思うのでした。



毎日、作り続けるということは
簡単じゃないけど
 
よれそうになる心をただしながら
向き合い続けたら

それだけで
どこへでも行けそうな
どこにでも通じて行きそうな
 
そんな感じがする。 
 

 
そして人の素敵なところは
すべてに対してそれができないというところだと思う。
 

ごろんとコンタクトレンズつけたまま
床で眠りこけてしまったりして。
 
 
バランスをとりながら
水の澄んだ、ちいさな場所に
深く潜り込んで行く。
 
 


2015年7月30日木曜日


24日-28日
菓子hijikata × 本と素描

おととい、最終日を迎えました。


最終日は賑やいで
ゆっくり話したかったなぁ…と
来てくれたひとりひとりの顔が思い浮かぶのですが
なかなか話しかけにいかれない場面もありました。

楽しんでもらえていたらいいな…
と思うのです。


思いがけず同じタイミングの来店で再会!
という楽しい場面もたくさん見かけ、嬉しかったです。



ほんとうにありがとうございました。

 
 
気にかけてくれたり
来てくれて、本当に嬉しく感じています。
 
 

 
 
紙粘土を急に作りはじめたり
何が出てくるか…というところを
見守ってくれたCha-tu-chaに
心から感謝しています。



素敵な空間をつくりだしてくださいました。


 

 
 
カーテンが風に揺れるのがきれいだな

とか

そんな気持ちとおなじところにある絵やことばが
これからもかけたらいいな

と、

今はそんなふうに
感じています。




 

2015年7月27日月曜日


菓子hijikata × 本と素描

今日、明日(28日)となります。

明日、カードリーディングの企画があります。
順番のご案内になりますが、
17時から30分、休憩をとらせていただく予定です。
よろしくお願いいたします。

カードリーディングって何をするかというと
気になることとか、アイデアがほしいなと思っていることを聞いて
カードをひきます。
ひいたカードの意味や、印象を伝えます。

もともと不思議なことが好きなわたしの趣味だったのだけれど
友人たちとしていたら
「やって」と声をかけてもらったりして
ちいさく広がっていることなのです。

リーディングをした方には、おみくじポストカードもお渡しします。
(絵と、1枚1枚違うことば。
封筒に入れた状態で、選んでいただきます。
おたのしみに)

今日も明日も、作品追加搬入します。

5日間、たのしんでいただけますように。



そしてやっぱり
菓子hijikataのケーキは、ほんとうにおいしいのです。


2015年7月25日土曜日




Cha-tu-chaの空間に絵がぱらぱら、置かれて
そこになんか白い、小さな置物があるといいなと
思い浮かんで
紙粘土で工作。
 
 
素朴な動物の置物が、
じぶんも好きなものだから
うさぎを作ったり、馬を作ったり
(馬は犬に似ています)


店内に持っていったものは
原画も含めて販売しています。
この粘土の置物たちも。


そしてまた、作っていきます。


紙粘土に関しては、
陶みたいに素材が充分なわけでもなく
図工の授業以外に、ほとんど触れたことのないようなものだけど

(こういうものがあったらいいな)と思って
じぶんの手でつくる

というものが
そうだずっと、好きだったなって
いま、
思い出しているところです。



今日も、きっと、気持ちのよい日に。
25日、土曜日
今日も13時から19時Openです。







2015年7月23日木曜日


明日から、
Cha-tu-chaが5日間のカフェ(菓子hijikata )になります。

店内で、「本と素描」という展示も、始まります。
(わたしが、在店するのは、最終日の28日のみです)


とてもいいブルーベリーが手に入って
ブルーベリーのロールケーキもあるとのこと。

ぜひゆっくりと、お越しください。



タイトルを決めたものの、何がでてくるのか
わからないながら、むきあっていた時間(今も制作中)

自分が、何が好きで
どういうものに、惹かれてきたのか
ルーツをたどるような、時間になったのが印象的です。

明日の朝、搬入させていただきます。



おいしいケーキと、お茶のひとときに
ふと、よぶんな力のぬけるような
そういう展示になったらいいなと思っています。



Cha-tu-cha
http://cha-tu-cha.com

24日 - 28日
open 13:00 -19:00
最終日28日のみ→ 11:00 - 20:00 です。

28日は
「なおみのへや」というカードリーディングをします。
予約は受付していなくて
順番のご案内になります。

Cha-tu-chaは、カフェ企画後
8月いっぱい夏休みとなります。

とてもすてきなお店なので
ぜひ、ゆっくりきて、味わっていただきたらと思います。





2015年7月20日月曜日



残業を終えておもてへ出ると
夜の暗闇と緑の匂い

夜のくらさに、心がほどける






小さな火



2015年7月19日日曜日


久しぶりに、ひとに怒られる。

(自分に原因があった)


わたしは、怒るということが
あまりなく
(でも、全くないわけではなく、怒りがわくことは、ある)

怒ったことを、表現する機会がほとんどないので
怒られると、すこし、驚くし、落ち込む。

落ち込みながら、考える。

怒るひと(怒りを表現するひと)は、ふだんきっと、怒られもしていて
「怒る」っていうコミュニケーションを、OKにしているんだろうな

ということ。

大きな声を出したり、強く人に自分の言葉を伝えることを、
OKにしているんだろうな。




わたしはそのスイッチを、切っているから
暴発するくらいのことがなければそのスイッチがオンにはならないし

大きな声で伝えられることも、自分を配慮されずに一方的に言われることも
苦しくなるくらい苦手だから、ひとにもしない。

でも
表現のスイッチが入っていないから
怒りに気づくのが遅れて後からむかむかすることはあった。



怒りの感情の部分があたると、とても、いたい。

感情の部分は、受けとらないで
(怒らせた、という事実はみても)
言われた内容だけを
心にとめよう。。
と思う。




理不尽だと思うことも
時々あるけれど

理不尽、と思うとき

私には理由が思い当たらないけれど
相手には理由がある

ということもわかった。





怒られたときの胸のジンジンが今朝まで
続いている

心の雑巾がけが必要



青空の日曜日だ



おはようクレマチス



クレマチスも夜は眠るのかな
朝、道の途中で開きかけのクレマチスの花を見た



本と素描()が来週になりました


ここに綴った記事、
じぶんの気持ちを整理するために
書いたような文章で
文字だけ並んで
読みにくかったから

ちょっと、たたんでみました。

2015年7月17日金曜日


0時までがんばろう






今日のお弁当
イワシフライ、美味しかった。
卵焼きにはジャコの佃煮が入っている。
Uさんから教えてもらった。
 






エアプランツは、月に2度くらい
夜眠る前に水につける


2015年7月16日木曜日



明け方、雨音がし始めて
それからぐんぐんと、強い雨

昨日は綺麗な空の日で
生まれたばかりの赤ちゃんに会いに行く



眠っていてもかわいいし
くしゃみをしても、うんこしても
かわいい

おかあさんになったあのこは
出産直後なのにひょいひょいと動いて、笑っていた




「赤ちゃんは泣くのが好きだから」

「泣いたって、まぁいいかって
 思えばいいんだよ」

気負わなくていいよ、という愛情の言葉に

「(まぁいいかって)とくいー」

と答えて笑っていた



なるようにしかならない
なるようになる
なすがままにながれる





夜の始まりの空が綺麗だった






Ura.さんの別府での展示が、もうすぐ。(
ポストカードを準備するのは期間中になりそうだったので
展示をみたひとの
なにかこの空気を持ち帰りたい、という気持ちが叶うように
家のプリンターで少しだけ、カードを刷った。

オープニングに間に合うように、明日別府へ送ろう。


きっと、すごくいい展示になる。



wica groceryのゆずり葉さんでの展示も明日(というか、今日)
http://wicagrocery.com
http://www.yuzuriha-koga.com



みんな動き出す。
明日は新月だ。







いよいよ、本と素描に集中して、ぐっといこう
というモードに。

あたまのなかにはできてるので
ここからぐぐぐーっともくもくと、手を、動かそう…

最初に思ってたものと、全然、違う風になってきた。
そして結局、学生の頃にしていたことを
またしているような感じがする。

結局、これをするんだ、私は。と、どこかで思いながら
作業。

AURORAじゃないから、なおちゃんがいない。
namiotoじゃないから、みおちゃんもいない。

誰かの「作ってほしい」があって、こたえるわけでもない。

ひとりで作る。形まで作る。

苦手なことをしている。




結局、自分はほとんどのことが出来ない。
100のうちの1くらいしか、出来ない。
1もできていないかも。

その1が、自分の、本当に好きなことに
繋がっているような感じがする。


もう、誰のためとかはわからなくなった。
その小さいところで、黙々やるしかない。
自分が、これが好きなように、
好きと言ってくれるひとが
いると信じながら。






MOTHER2のプログラムを作った方が、
亡くなられる。


涙が浮かんで、こみあげる気持ちがあった。

なんだろう、悲しいのかな
と思って
心に触れると

「ありがとう」という思いがあった。


ありがとう、が
どんどん、湧いてくるのだった。





2015年7月14日火曜日


夜、家に帰ってから作業をしようと思うも
絵を描きながら寝て、朝になっている


なので朝型にきりかえることにした




眠っている間は、夢を見ていて

朝起きると忘れているのだけれど


日中のふとしたときに
「あれ、誰かが〜って言ってたな」とか
「誰かが、ああして、それからあの人が、ああ言った」と
記憶が蘇った時に

あれ、それっていつのことだったっけ
あ、夢の中だったんだ

と、気がつくことが、この頃は多い




そしてまた忘れてしまう













2015年7月10日金曜日


眠る前に送ったLINEの時間をみて
昨夜は0時に眠っていたのだなと気づく

もう一度起きるつもりでいたから
コンタクトレンズをしたまま眠ってしまっていた





6時に外の物音で目が覚めるまで
ものすごく深く、よく眠った






昨日、派遣の仕事をしながら
(今まで全く縁のなかったような業務内容なのだけど)
ふと、この仕事をしている夢をみたことがある、と
夢の中の映像と、起きたあと、なんで夢の中であんなことしてたんだろうと
思った気持ちを思い出した

ひとり、しずかに興奮

未来をみていたのか?と、思う

一緒にいるひとの気配まで、リンクしている





あの夢をみたときには
突拍子もないことをしている夢をみた
と感じたけれど

現在のわたしは、どうして自分がそこに立っているかを知っている














昨日交わした派遣先のひととの会話が
新しいアイデアをがーんとくれるようなもので

帰り道
「小さな景色でいいんだ」と思う

自分が、これから
どうしたらいいか
どうしたいか

「小さな景色でいい」



自分にライトをあてると


去年買って眠らせたままにしている
すごく素敵な急須を、使っている映像が浮かぶ


この景色に、向かえばいいんだ。
と、思う。







小さな景色、小さなあかりにむかって
舵をきること




2015年7月6日月曜日



絵を描いています

気がついたら、『本と素描』ももうじきになっていて(
まだこのための絵は描いていないのだけれど
文章はすこしずつ、描いている

シンプルで、通りのいい、展示になるように
心を込めたい
  
 
 
 
 
結局は、目に見えないところにむかうものを
つくっているんだ、と思った

作る物は「通り道」で
渡ったときに起こるもののなかに、
何かがあるのだから

気構えず、心をこめて
やっていこう





展示の声をかけてもらえたり
絵(ことばも)のお仕事に、声をかけてもらえて
ほんとうに、ありがたい


 


派遣の仕事は全く関係がないことで
違う頭を使い、違うからだを使っていて
そうすると、自分の中のほこりを被っていた部分に
油がわたって、動き出して
描きたいこと、書きたいことが
出てくるのが不思議だ
 
自分の暮らしだけでは会わない人と会って、話して
その人の横顔を、ふと、見たりするから
 

 



派遣先は
初めは専門用語が飛び交う場所で、
みんなが何を言っているのかわからなかったけれど
2週間ほどそこにいて
だんだんと意味がわかって視界が開けてきた

海外にいったら、こんな感じで言語を獲得していくのだろうか…
と思う

初めは意味を追わずに耳に入れて
仕組みがわかって、すこしずつ、何がわからないかがわかってくる
それからだんだんと
気づけば
そこで何が交わされているのか、わかるようになっている


絵を描くこともおなじだ
はじめはよく観察して
この線がどこにつながるのか考えず
ただそこにあるから描く

ここにこんな線をいれていいのかな?とか
このバランスでいいのかな?と思ったりもするけれど
あるから描いていると
全体があらわれたときに
その線がなんだったかがわかる
 
 
 



きのうの夜のたこ焼きはおいしかった




 

2015年7月4日土曜日


きみがすきだ・・・涙
YUKIちゃん
 



『夢の中』の歌詞みたいには
はたらいてはたらいてはいないけれど
 
昨日、ふと
ここでこんな風に、働いていることを
数ヶ月前の自分も知らなかったけれど
20代の自分が知ったらもっと驚いただろうなと
思った

 
一見して
美しさや静けさからは、遠く
白いシャツにスラックスという無個性な服を着ている
  
 
でも
人に触れれば、人の有様にはいつでも
美しさがある
 
お茶を出したおじさんの「いただきます」という声
一緒に働く人の、ふとしたやさしさ
 
 
嫌だな、と思うことがあれば
嫌だな、と思う自分がいる

前みたいに、自分の身をのりだしてまで、それを理解したり
好きになろうとすることを、しなくなった

(それは、もしかしたら、
小さくて、大きな、傲慢さだったように今は感じる。
丁寧に、触れていって、理解しあえるようなそんなタイミングや
それが必要なことも、もちろん、ある。

でも、
「あなたはあなたでいい」「わたしはわたしでいい」としたら
「あなたはわたしの好きなあなたでなくてはいけない」
ということは、ないはずだから)
 
 




棚のホコリを拭きながら

「ここにいることを、認めてるって、いいな」

思った
 

ここは自分の居場所じゃない
ここじゃない


思いながら、
その場所にいる、苦しさを知っている



今いる場所に
いることを
認められたら

それがどこでも
いいのかもしれない


思った




 
 
白いシャツも
空調の下でも
あたたかく、心地よいから
ダブルガーゼのものを着たり
 
誰にわからなくても
自分では知っている
 
パンプスはロッカールームに置いて
スニーカーで通う
 
さおりさんのロングのシャツワンピースや
Cha-tu-chaで買ったヒムカシのコットンのコートを
羽織っていく
 
ポッカレモンと蜂蜜を水で割って
水筒に入れて持っていく
 
 
自分が、自分を
心地よくする術を、知っていて

それは堂々と
つかって生きること
 
 
 
 

たのしむ、ということ
 
 


2015年7月2日木曜日



思っていたより、描き始めるまでに時間がかかったけれど
友人がくれた仕事、
絵を描き始めた

今週末までにラフ提出
と、自分で決めたので
今日、集中して描く必要があった



絵を描くのは楽しい

同じ絵を、何度も描く

1度描いて、手におぼえさせて

引き算しながら

新しい気持ちで
 
 
描きたいものの、空気に
触りながら
 
 
描き始めるまでは、時間が必要だけれど

その時になれば、描き始められる
 
 

 

 

2015年6月30日火曜日


 
仕事中、気持ちがふーっと悪くなる

「大丈夫?」と聞かれて
「体調が悪いです」と伝えたら
やすんで、やすんで、と言ってもらう。

安心した。
 
 
 
気分が悪ければ、休んで
とか

当たり前のことなのに

体調管理は基本のキ、という気持ちでいるから
気持ち悪くなってすみません、
休ませてもらうなんて、ごめんなさい
という気持ちになる




もし自分だったら
やっぱり、
体調不良を訴えた人に、やすんで、やすんで
と言うのに

自分はどれだけ
自分に厳しいのだろうか


(あまいところは、すごくあまいとも思うけれど)




今日はゆっくり、休んでよいの夜

 
 
 

新しい場所、
新鮮だけれど
そうだ、
すこし疲れてもいる
 
 




2015年6月29日月曜日


 
青空は嬉しい
7月間近、風が穏やかで涼しい
 
 
 
 
派遣先に
友人たちがやってくる

休憩に入る、
ちょうどのタイミングというところ
 
姿が見えて嬉しくなった
 
 
 
外のベンチで待ち合わせて
すこし喋る
 
それだけで楽しくて
心がゆたかになるのが不思議だ

買ったばかりの
つめたく冷えた
「あなたの抹茶入りお茶」
(文字の配列でわかりにくいけど「あなたのお茶~抹茶入り~」かも)
というお茶を差し出してくれて
とても嬉しかった


なんだか大事にしたくて
水筒の飲み物を飲んで、
ペットボトルのそのお茶は持ち帰って来た

とん、と机の上に置いている




そう、昨日は夕方に
思いがけない再会もあって、お互いに驚いた

久しぶりに会ったその子は
やっぱり、ころころところがる透明な声をしていて
かわいく、会えて嬉しかった




 
いやだな、と思うものは
好きにならなくてもいい

そして、
わたしがいやだな、と思うものが
この世にあっても、いい

そう思えるようになって
気づいたら楽になった




わたしは
わたしが好きなものが好きだと
堂々としていていい

それに舌打ち、する人がいるとしても

わたしはそれに
関わらない

そういう風にも
思える





2015年6月27日土曜日



雨、雨
つづく雨

今朝起きたら
雨はまだ降っているけれど
静かに明るく

いくつもの鳥の鳴き声がする
ピルルルルル
アーアー
チチッチチッ

曇りの予報があるから、午後を目指してあがっていくのだろうか

窓から見える
空き地の柚子の葉がぴんと立ち、いきいきとしている




実はやることがたくさんある

何からどうやって進めようか
頭を整理したいのと

すこしでも絵を描き進めたくて
 
スケッチブックを持って、Tuuliまで歩いた



道の途中で、サルスベリのピンクの花が咲いているのを見た


あの花がたわんたわんと揺れて咲くのが
大好きだ
 
炎天下の下を歩いている時、あの鮮やかな色が目に入ると
励まされ、心が強くなる



Tuuliでゆっくりお茶を飲むのは
久しぶりのことだったけれど

やっぱり、いい時間があって
こころが立ち直る



絵を描き始めたら
集中できて

途中でじわっと、またよろこびみたいなものが湧いてきた


線をひいて、あらわれるっていう
よろこび




途中で、棚に置いてある猫村さんをぱらぱらと読み
ほしよりこさんの絵の上手さにしびれる


絵を描くのは
ほんとうに面白い



展示ではポストカードもつくりたいなと思いつつ
わたしの絵のポストカード、ほしいですかね?っていう
気持ちがぬけない

いりますかね?っていう気持ち



でも例えばホームページを作るから、と言われると
絵を描くということに力が湧く


この間から考えているんだけど
これはどういう気持ちの、違いなんだろう


編集の差かな

カードも、絵がそのままカードになるかっていうと
NOなのだな

カード上での
レイアウトの話になるんだ





KARUKU・AKARUKUという展示のとき
きてくれたひとに
カードを1枚ずつ
持ち帰ってもらった


s-clothes-treeとAURORA、3人で紡いだ言葉と
わたしが描いたいろんな絵を
なおちゃんがレイアウトしてくれて

それはすごく1枚1枚、いいカードだったのだ



いろいろと、
おもしろい




レモン柄の、ワンピースを見かけて
ほしいなって思ったけど

今はお金を貯めたいから
くっと控えた


でも、とても
すてきだったな


2015年6月26日金曜日

展示『本と素描』7/24-28(在店日28日)in Cha-tu-cha カフェ企画 菓子hijikata の中で。


2015年7月24日から28日まで
所沢にある、とても好きな、お店
Cha-tu-cha()で
5日間、菓子hijikataによるカフェが開かれます


(open : 13時から19時。最終日28日は、11時から20時です)



その間
店内で『本と素描』という
展示をさせていただくことになりました

わたしが在店できるのは、28日、最終日のみとなりますし
28日も、企画で『なおみのへや』ということをしているものですから
ゆっくりお話したりは
できないかもしれないけれど

つくったもので、出会った気持ちになってもらえるような
そういう展示ができたら嬉しいです


菓子hijikataのおやつが
わたしはとても好きです

ひとりで丁寧に、ご用意してくださいます

ゆっくり、たのしんでくださいね




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『本と素描』

正直であることが
大切だと思ってきた

正直でいるとき
本当に大切なのは
目の前にいる人を、その時の最善で
あいすることかもしれない

ひとと向き合いながら
自分の本当の声で話したい
そう思ったら
相手の本当の声を聞く心構えも
必要となることを知った

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正直であるということと、率直であるということは
ちがうのかもしれない

とか

嘘をつかないで、いられる距離というのが
あるのかもしれない

とか

ひともじぶんも、大切にするって
どういうことか

とか

そんなに力いっぱい向き合ってほしくない
っていう思いだってあるだろうし

とか

いろいろ、考えるのだけど

そんなことをぐるぐる考えながら
生活していて
でてきた、絵やことばを
作品に繋げたいと思っています





ちなみに絵の、おうち型のお皿は
Cha-tu-chaで扱われている、林彩子さんのお皿がモデルで
そのお皿の上のおかしは
ドーナツではなく
ロールケーキです

ロールケーキがあるかどうかは、素材の仕入れによってかわるそう

おたのしみに!













 
涼しい夜だったからか
ぐっすり眠った


派遣先
冷房にあたって偏頭痛
この頭が痛くなるのを
何かのせいにするのではなく(環境のせいにして終わらせず)
治したい、というか、バランスをとっていきたい
 
自分で、自分を温めるとか
筋力をつけるとか
もっと楽しいことを見つけてそこに夢中になるだとか

色んな方法で
 
 

ひとはやさしく、すくわれている
 
そして真夏の炎天下よりよっぽどよく、
わたしは恵まれている





休憩時間におもてへ出ると
肌を包んでいた冷気が、ふつふつとほどけて
気持ちがいい
 


夜、20分すこしかけて歩く道も気持ちがいい
 
 
コンビニの前のベンチに
仕事帰りの大人たちが腰掛けて

大きな声で話したり、笑ったりしていて
とても楽しそうだった





近所の公園でホタルの夕べ

間に合うかと行って見たかったけれど
まだ頭がズキズキしていたので
まっすぐに帰った


お風呂に入って、洗濯機をかける
洗濯が終わるのを待っていたら
眠ってしまっていたらしい


夢に弟が出てきた
弟と一緒にどこかへ向かっているのか
帰ろうとしているのか
うろうろと歩いていた



目が覚めたら、なんだか元気になっていた




わたしは弟がすきだ
兄のことも、まぁ、すきだ
(自分が生まれたときに、自分より小さな存在だったので
思い方が違うのは、仕方がない)

男のひとは、やさしい



「おんなのこに、やさしいこと言われただけで、うれしくなる」

男の子が言っていたけれど
(もう、おとこのこでもおんなのこでも、ないのですが)

それは反対もそうだよ、と思った



女のひとも、やさしいよ



それぞれが
それぞれにない
やさしさでできている

 
すこし方法がちがったり
質がちがかったり、する





じぶんでは触れないところに
とどく優しさを、ふいに渡されて
よろこび

じぶんに思いつくわかりやすさで
届かない優しさが
理解できなかったり、する






弟は、冬のあいだ付き合っていた女の子と
別れていたらしい




 
facebookをひらいたら
昨夜の公園のホタルの光が
載っていた
 

 
 

2015年6月24日水曜日

SEBASTIAN Xのライブへ行く夢を見た
みんなサンタクロースの仮装をして









2泊3日で神戸へ


いただいたお仕事の打ち合わせが目的の旅
じっくりと
友人たちと過ごす時間だった
 
  
 

行きの新幹線
 
静岡あたりでバチバチと降っていた雨が
次第にあがって
 
京都の頃
大きな虹が出た
 
見ていると、虹の輪郭は微かにゆらゆらと揺れて
オーロラみたいだった
 

 
大阪に入ると、東京から空を覆い続けていた雲の終わりがあり
青空が見えた
 
 
 
 
スケッチをたくさんとり
写真も撮って
 
それからじっくりと
話に耳をすませたり
じぶんの話を、聞いてもらったりした







2泊、それぞれ
友人宅に泊めてもらう


2泊目の夜

用意してもらった部屋の壁に
ヨーコさんの麦わら帽子に、すこし似た帽子がかかっているのを見て

きっと、yuzuriで本の市をやらせてもらったとき
もうすこしさかのぼれば
cafe leuteで過ごしたたくさんの時間
もっと、さかのぼれば
学生の頃・・・
 
あのときからの流れの中にいる
という感覚が起こる
 
 
 
目の前の選択肢を迷う時
 
あっちか、こっちかで迷い
あっちをとれば、こっちとさよならするような
そんな感じがするから
何も選べなくなるような
そういうところが

わたしにはある
 
 
でも本当は、
ずっと長い流れのなかにあるのだから

その流れをみつめれば
自分が次にむかうのがどこなのか

自然とあらわれるものに
素直になれる
 
そんな風にも思えた