2015年1月28日水曜日

 
 

前に読もうとして読み進められなかった本が
友人との会話の中に出てきて
その本が好きだとそのひとが言ったので
読み進めていた。

シンガポール料理の店で食事をしているときに
その本の話題が出てきた。
自分の好きな作家を
彼も好きだとその時まで知らなかったので
知って嬉しくなった。
とても辛くて美味しい麻婆豆腐を食べて
翌朝、本棚からその本を取り出して、読み始めた。

前にページを開いた時には入ってこなかった言葉が繋がって
描かれた景色が浮かんでくる。
3冊から成るその物語を
さっき読み終えた。

読んでいる途中に
本をすすめてくれたそのひとと
その日交わした会話の内容を
よく思い出していた。

物語の内容ともリンクしている感じがして
わたしにとっては
この本の物語は
友人がすすめてくれたところから始まり
彼の面影と一緒に読むことで進んでいった。

登場人物とわたしがリンクする
と、彼は言っていた。
時々そのことについて思いを巡らせた。


ひとが自分をどう見ているかって
わからないものだな、と感じる。

自分のなかのどの部分が
そのひとと交流しているか
そのひとのなかのどの部分と
自分が通じているか

そういうことなのかな、と
思いながら。
 
 

鞄の中に入れて持ち歩いたり
眠る前に読んで、そのままふとんのなかに紛れ込んだりしていたので
今、読み終えたその本はかなり、傷んでいる。


受験生のとき
1冊の参考書を、背が割れるくらい、ボロボロにした。
(その1冊だけ熱心に取り組んで、理解して
あとは志望校の過去問を解いていたのだけど、すごくいい方法だったと思う。)
その本を経験して
書店に新品で並んでいるものと
手元の本は(わたしにとって)違う存在になった。
 




書かれた内容だけで成るのではなく
読むわたしのなかで起こっていく。
本は通過するものなんだな、と、感じる。
 
 
 
 
 
昨日の夜中
雪が屋根に落ちる音を聞いた。

今日は晴れていて
いま西日が、家々の壁を染めているのを
窓から見ている。

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