2015年5月18日月曜日


上野駅に11時半の待ち合わせだったので
その前に雑司ヶ谷の手創り市へ行った。
 
今日帰る関西の友人に、何かお土産を見つけようと思った。
 
雑司ヶ谷は木々の緑と光と
日本人のちいさなからだに合った、ちいさな建物が連なる。
鬼子母神入り口まで、並木が続き、風で葉が揺れていた。
木漏れ日がちらちらとする。
 
 
鬼子母神に入り、市を歩くと
すぐに、Sさんを見つける。
 
声をかけて、一緒にまわった。

Sさんはこのブログを読んでくれていて
「繊細さんなんだな〜と思って…だいじょうぶ?」と
聞いてくれた。

 
繊細かと思えば、ぜんぜん、だらしなかったり、
適当だったり、無頓着なところもたっぷりとある。
心が動いた出来事をきっと書いているから(凹んでる、とかも)
細やかな人のように読みとってくれたのかもしれないけれど

書いていない生活の中で
ちゃんとごはんを食べているし、眠っているし、

ありがとう。だいじょうぶなのだ。
 
 
わたしは1時間程しかいられないから
すっすと、市を見る。
一緒に歩いてくれたSさんにはきっと速いスピードだと思って
「ごめんね」と謝ると
別れたあとに、きっと、2周、3周するからだいじょうぶ。
そう言ってくれた。
 
haseさんのブースで、しゃがみこんで
シルクスクリーンで絵が刷ってある、コースターを手にとる。 
 
月にはしごが、かかっているみたいな絵。


本堂から、お経を読む声が聞こえてくる。
木漏れ日。
香を焚く。
 
 
毎日祈りがあげられること。
 
 
 
 
 
 
地下鉄に乗って上野駅に着く。
待ち合わせの7番出口へ向かうと、
20分くらい早く着いたのに
もう関西から来た友人の姿があった。
それから、あとの2人がやってくるのを一緒に待った。
 
 
集まって中華のお店でごはんを食べ
上野公園を歩き、飲み物をテイクアウトして
芸大のベンチに座って、はなしをした。
 
 
それぞれに流れてきた時間と
いま会っていること。
 
 
 
 
友人が最近、Facebookに投稿していた記事を、話題にあげる。
 
しあわせ、のこと。
 
荘子からきたことばで
昔の日本では、「為合」と書いて、しあわせ
と読んでいたということ。
天が為すことに合わせる、それがしあわせ。
そう意味していたという。
 


 
これを読んだときに、ほっとした。
 
happyと、しあわせは、ちがうということ。
  
しあわせになりたいとか
しあわせになるために、とか
しあわせじゃなくちゃいけないとか
もっとしあわせに、とか…
 
そうか、そうじゃないんだって。
 
 

神のなされることは皆その時にかなって美しい。
 
やっぱり、友人が
最近教えてくれた、たいせつなことば。
 
 
 
口にすると、涙がでそうになる。
 

 
 

  
 
芸大を出て不忍池まで出たり、また上野公園をゆっくりと歩いた。
Tくんが地元だったという話を聞いて、高校生の時の、その姿を思い浮かべる。
 
関西に帰る友人を
東京駅まで見送って、中央線沿いに住むUちゃんとは新宿で別れた。
 
 

新宿駅を降りて
なおちゃんの働くお店へ行く。

レジのところになおちゃんがいて、
買い物をする瞬間に、ふと顔を合わすことができた。
 

 
1日
どこを歩いても
ずっと緑と光が
豊かに揺れていた。
 
 

 

 
 

 
 


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