2015年6月2日火曜日

つれづれ



友人たちのコミュニケーションが羨ましいな
と気持ちが動いて、再開したInstagramだったけれど
やっぱり心が離れてきてしまった。
 
iPhoneの容量も増えて
動きがにぶくなってきたので
静かにやめようと思った。
 
楽しかったけれど
向いていないみたいだ。
 




 
 
Ura.さん()の別府での展示のDMとA4ポスターを
先週は印刷に頼んで、今日あたり送られてくる予定。
 
Ura.さんが送ってくれた別府の写真からは
おおらかな熱気と、ゆるやかな狂気が感じられた。
 
土地によって匂いも空気も違う。
だから色んな場所に、立ってみたいと思う。
 
あたまのつくりかたから、変わってしまうのだから。
 
 
 
日曜日は、ヨーコさんとTシャツの打ち合わせをした。(
どんなTシャツがいいかなぁ…と思い浮かべていて
前の晩、眠る前に浮かんだイメージを伝えたら
いい!ってなって、動き始めた。
楽しみ。
 
試作、試作。
 
 
それからその晩は
ヨーコさんがごはんを作ってくれて
宮代、幸手のみんなと、一緒に食卓を囲んで
楽しい夜だった。
 

 
 
 
 
たくさんのことを一度に考えるのは
私にはむずかしいから
ひとつひとつ。
 

 
でもひとつが、クリアになると
自然とその先の視界も明るくなる感じがするから
 
ひとつを進めることが
背後の10こを、動かすことでもある。
 
そんな感じがする。
 
 
ぜんぶが見事に、連動しているし
ばらばらの案件でも
わたしの中では繋がりあっている。
 
 


 
 
土曜日の夜
自分の卒園した幼稚園の
夜の運動会に、ひょっこり参加した。
 
 
おとうさんたちが火を迎える儀式をして、
キャンプファイアが焚かれる。
 
火が起きたら、それを囲んでダンス。

あがらない足をなんとかあげて、汗をかきながら踊った。

 
 
 
先生をしている友人が
子どもたちに声をかけられ、声をかける姿をみて
なんだか静かで嬉しい気持ちが、じわっとした。
 


運動会が終わって、みんなが園庭から帰って行く。

人もまばらになった園庭で
遊具で元気に遊び始めた小学生になった卒園生たち。
私にも、「一緒にやらない?」と声をかけてくれる。
なんて魅力的な、ひとたちだろう。
 
 

小学生時代、同級生だった子のこどもたちが、この園に通っていたりして
わたしは園児のおかあさんでもなくて
いつまでも卒園生のおとなになったこどものまま
 
これでいいのかな、とふと感じる瞬間があるけれど
 
あんな風に、あそびの仲間に入れようとしてくれる
ちいさな仲間たちがいて、心づよい。
 
 

 
 
数えなくなった年齢を、ふと聞かれて思い出すと
 
「してこなかったこと」を感じる。
 
年上のひとからは「若い」とまだ言ってもらう機会もあって
ふつうに考えればこれから、どんな風にだって
生きられると、まだ時間は、ある。と感じながらも
 
ふいに「してこなかったこと」が
目に入ってくる。
 
それは幻でしかないんだけど。
 
 
そういう幻が、視界に入ってきたとき
自分が、時間をかけてきたものに
もう1度心を戻して

「ここにあるだけ」にたちかえれば
 
幻が消えていく。
 
 
幻影より、ここにある実体のほうが
いつもほんとうなんだ。 
 


 
 



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