2015年7月4日土曜日

 



『夢の中』の歌詞みたいには
はたらいてはたらいてはいないけれど
 
昨日、ふと
ここでこんな風に、働いていることを
数ヶ月前の自分も知らなかったけれど
20代の自分が知ったらもっと驚いただろうなと
思った

 
一見して
美しさや静けさからは、遠く
白いシャツにスラックスという無個性な服を着ている
  
 
でも
人に触れれば、人の有様にはいつでも
美しさがある
 
お茶を出したおじさんの「いただきます」という声
一緒に働く人の、ふとしたやさしさ
 
 
嫌だな、と思うことがあれば
嫌だな、と思う自分がいる

前みたいに、自分の身をのりだしてまで、それを理解したり
好きになろうとすることを、しなくなった

(それは、もしかしたら、
小さくて、大きな、傲慢さだったように今は感じる。
丁寧に、触れていって、理解しあえるようなそんなタイミングや
それが必要なことも、もちろん、ある。

でも、
「あなたはあなたでいい」「わたしはわたしでいい」としたら
「あなたはわたしの好きなあなたでなくてはいけない」
ということは、ないはずだから)
 
 




棚のホコリを拭きながら

「ここにいることを、認めてるって、いいな」

思った
 

ここは自分の居場所じゃない
ここじゃない


思いながら、
その場所にいる、苦しさを知っている



今いる場所に
いることを
認められたら

それがどこでも
いいのかもしれない


思った




 
 
白いシャツも
空調の下でも
あたたかく、心地よいから
ダブルガーゼのものを着たり
 
誰にわからなくても
自分では知っている
 
パンプスはロッカールームに置いて
スニーカーで通う
 
さおりさんのロングのシャツワンピースや
Cha-tu-chaで買ったヒムカシのコットンのコートを
羽織っていく
 
ポッカレモンと蜂蜜を水で割って
水筒に入れて持っていく
 
 
自分が、自分を
心地よくする術を、知っていて

それは堂々と
つかって生きること
 
 
 
 

たのしむ、ということ
 
 


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