2015年8月24日月曜日


自分の心を、丁寧にみることをしないひとは
ひとの話も聞かない(届かない)。

空回った心のエネルギーに翻弄されて
思いついたことを脈絡なく喋り
そのときの思いつきに結びつけて
ひとの言葉を、自分の聞きたいように聞き
ひとが言ってもないことを「言った」と、
言ってきたりする。
 
 
耳に何も届いていないから
自分が思い込んでいることを、大きな声で断定的に喋ったりする。
 
 
 
おととい、関わったひとの在り方に
振り回された感覚だけが残っていて
どうしてあんなことになったんだろう、と
思い返しながら
 


「あのひとは、自分の心を丁寧に、みていない。多分」
 

そう感じた。
 
 

本当の声が聞こえないから、(自分の声さえ)
どんどん、喋る声が大きくなっていく。
  
 

大きい声を聞いていると脈絡がないから振り回される。
内容に意味がないから着地点もコロコロ変わっていく。
 
 
 

ほんとうに、
見ないといけなかったのは話の内容じゃなくて
 
その人の、ふるまいや
在り方だった。
 
そこには、真実があった。
 

 


 
私は、その人の、大声についていってしまって
話の内容を追ってしまったから
一緒にぐるぐるまわることになった。
 
 



立ち止まって
その人を、よくみればよかった。


 

本質を、みつめていなかったし

みようとしていなかった。




いろんなひとがいるし、
自分にも、いろんな時がある。

会うタイミングもある。

いいときも、
あまりいい風には、はたらかないことも。
 
 
いろんなときがあるけれど

大声の余韻がまだ残っていて

なんだかぼうっとする。
 

 
 
 


0 件のコメント:

コメントを投稿