2015年8月29日土曜日


どうしていつも、こんなに迷ってばっかりなんだろう
迷うの、もう、いやだ
 
そんな風に、思っていたここ数日。

ねじれて焦っていたひとりよがりな気持ちを相談すれば
現実的な算段を通してもらえた。

ふっと楽になって、本当にありがたく感じる。
ありがたいのと同時に、
本当に、自分はここがまだ少し苦手だ。と気がつく。


ひとに相談して、助けてもらったり、譲ってもらうほかないのに、
自分でぎりぎりまで現状を持とうとする。
重たいまま持っていたら潰れるだけなのに。


これは、癖だから、
癖はすこしずつ、直すことができて、
直したら、そのうち、なくなる。
すこしずつ。


それに、今回だって、潰れなかった。
潰れる前に、相談することが、できた。
すこし、進歩している。
すこしずつ。
すこしずつだ。

おそいけど、
でも、
わたしのペースだ。
周りが、
はやくみえても。
 
 
 
 
 
evernoteというアプリを教わって携帯電話にダウンロードした。
 
毎日、ふと思ったことは、
ふと思って次の瞬間、忘れていたりするから
ノートにとれないときは、携帯電話に記すことにした。
 
のんちゃんと現代美術館で
ここはだれの場所?展を観てきた。


「ここはだれの場所?おとな1枚、ください」
「ここはだれの場所?展のチケットです」

チケットを買う時から
問いを渡しあっている。




ここはだれの、場所だろう。






ヨーガン・レールの展示、心に響いた。

響きながら、浮かんだことを
evernoteに打ち込む。


美術館を出たあとは清澄白河の街を歩いて
夕方前に電車を乗り継ぎ、国立へ。




霧雨が降る中、線路に平行する道を歩いて
愛さんから教えてもらっていたcircusという場所へ行った。


お店の本棚に
清澄白河の古本屋さんで見つけて買ったばかりの安西水丸の『青の時代』が、
そこにも、並んでいて、はっと、なる。

はっとなって
心の奥が、動いた。

迷いはあるけど、自分が知ってる。

自分は、知ってる。と、思った。
 


いただいた
蒸し鶏のフォー
やさしい出汁と、やわらかくてジューシーな蒸し鶏

なんだかじんとしながら
のんちゃんと話していたら、心のやわらかいところが出てきて
涙がつつと流れた。
風呂上がりみたいにからだが緩んで、ほかほかと内側が満ちていた。
 
 

トイレへ行った時、
さっき、なんて思って
なんて、書いたんだったっけ。と、evernoteを開く。

『なにかを、きちんと信じること。
 信じるものにむかって、手をぬかないこと。』


書いてある。
 

なにかを、きちんと信じること。
信じるものにむかって、手をぬかないこと。



 
 
 
 
 
お酒も飲んでいい気分で帰ったら
登録していない電話番号から電話がある。
 
その日3度目の着信だったから出ると、
このあいだ連絡先を交換していたおじいさんだった。
 
すこし酔っぱらった機嫌のよい声で
「あなたに関心を持ったものだから、今度ちょっと会いましょう。
病院のものも、一緒に」
と言う。
 
医療関係の仕事をしていて、わたしの前職がヘルパーだという話から
関心を持ってくれた、おじいさん。
 
ありがたいことだし、そのおじいさんはすてきな人だったのに
介助の仕事から逃げた、という気持ちがある自分は
医療や福祉の世界とまた向き合わなきゃいけないっていうことかな
と、捉えてしまって
電話を切ったあと、ボロボロ泣いた。

お酒も飲んでいて、気持ちもむき出しだったから
揺れやすかったし、弱くなっていた。


 
気持ちを、紐解いていけば
わたしは医療がやりたいのでも、福祉がやりたいのでも
絵描きになりたいのでも、なくて

ただ丁寧に、
関わるひとと、自分が活きる方法で
生きていきたい、だけだ。
 

 
それが、自分が、信じることで、
信じられること。


今日は、迷いはない。




 
 
 

 
 

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