2015年9月1日火曜日


派遣先で自動ドアの電源を切る時
高い位置にある電源を落とすために、引っ張る紐が
昨夜ふいに切れた。

強い力で引っ張ったわけでもなくて
毎日毎日、電源を入れて切る、1日2回を重ねて傷んでいた紐が
昨日のその時に、たまたま切れた。
 
 
手帳を見たら満月で、
「満月だよ」とラインのメッセージに添えたら
「満月で大安だよ」と
返事がくる。
 
 
満月の日に飛び立ったキキ
木にぶつかるたびになる鈴の音
 
何かが自然なちからで
解かれた感じがした。
 
 
 
行く前は知らない
これから先のことを
いつも





 
evernoteには書き込まなかったけれど
頭の中に書き込んだことを
今日の帰り道に反芻して歩いた。
 
昨日の通勤時、まっすぐな道を歩いている時に思い浮かんだこと。

「全部とおりすぎていく」
「とおりすぎていくだけ」
ということ。



歩いていれば、かならず駅に着く。

うれしい気持ちでも
かなしい気持ちでも
どんな気持ちで歩いていても

歩いていれば駅に着いて、電車に乗れば景色が変わる。

景色が変われば心も変わっていく。

それが起こるなんて、知らなかったことが
ささやかに積み重なり、
会うなんて知らなかった人と出会い、
帰宅して眠り、また翌朝がくる。

景色も、心も、
どんどん変わっていく。
 
 
長くいても、仕方ない場所がある。
見つめ続けても、解消されない感情もある。
そんな場所や感情に触れた時こそ
つい足をとめそうになるけれど
(とまっても、沈んでいくだけ)ということを
経験が教えてくれる。

気持ちは流れるままにして
足もとめないで
とおりすぎていけばいいんだ。





0 件のコメント:

コメントを投稿