2015年4月30日木曜日


今朝も目覚ましよりもはやく
自然と目が覚める。

直前までみていた夢見もよかった。



昨夜、電話越しに聞いた話の不思議さに
今朝も、ほぅ…っとなる。

予測なんてつかない。

ひとが、もうひとりいたら
そのひとの頭も心も
わたしのものとは、まったく違うのだから

そのひとの頭と心と
わたしのそれは、まったく違うのだから

ふたりにとって、知らないことが起こっていく。



ひとと
ともに、いきること。

あたらしさをあびながら。







今朝みた夢の中で
ハセさんと車に乗っていた。

自分が運転していたのか、誰か他の人が運転していて
ハセさんと並んで座っていたのか、思い出せないけど

山道を走っていて
「いつも右」へ行く分かれ道を見逃して直進したら
いつもはぐるぐる道を曲がりながら時間をかけて山を降りていくのに
そのまままっすぐ、すぐに山を降りられた。

なんだ、こっちにきたら
こんなにすぐ山をぬけられたんだね、
と話す夢だった。


それが一場面で
場面はどんどん変わって
他にもいろんな夢をみた。



今朝もぐいっと、踊るみたいにからだをのばす。

窓辺に多肉の小さな鉢を置いて、家を出る。

Regina Spektorと
kishi bashi共演していた。



昨日は家に着くと
歯を磨いてすぐに眠った。

朝、トイレに行きたくなって起きるまで
ぐっすり眠った。

ひさしぶりにみた夢をおぼえていた。
夢のなかで、色んな場所へ行った。



部屋の掃除をしていると
気持ちのいい風がふいてきたので
昼寝をした。

眠って起きると窓から
夕焼けが綺麗なのが見えたので、散歩をする。

川の音を聞く。



ダンスを観てから感化されて
普段の可動域以上にからだをぐーんと動かしているので
筋肉痛になっている。
よいぞ。と思う。からだが起きてきている。




20代のはじめの頃
ちいさく「ほしい」と思い
こっそり盗んでしまおうかと思ってとどめていたものが
一昨日、本人の手から届いた。



そういうことがあるから
生きてみなくては。



驚き続けながら。




勇気をもって、おもしろい方へ。












2015年4月28日火曜日


とどまっていた流れが
ゆるやかにほどけ始めているのを感じる

頑なだった気持ちが溶け出している


自分の頭に入っているものよりも
もっと違う方法
シンプルで有機的なこたえが
あるような気がし出している。



なおちゃんからのLINE

kishibashiのこと。
kishibashiの音楽が気持ちいい季節。




初めてみた動画で
おもむろのボイパが始まったところで、
ボイパ!という意外性で思わず、ぷぷってなった感覚
思い出す話。




kishibashiはアメリカ人。
でも日本人のご両親がいるから、日本語も話すし、日本人みたいに見える。
でもアメリカ人。

そんな風に、
そうだ、と思っていたことが
ずるっとずれる感覚で

自由に触れていけないだろうか。


夜の公園で滑り台を滑ったら
勢いついて地上に降りた瞬間転んだ。






2015年4月27日月曜日


カラスノエンドウ
蔓のひゅるっとしたのが可愛い



uzaki展にて → 
購入した袋。珈琲染めがしてある。
手縫いのボタンホール。


Ura.さんのDM制作のために、撮影の日。 → 
羊毛で造られたどうぶつたちと、話しているように見える光景。
ように、というよりも、話していた。

Ura.さんから生まれたどうぶつたちと同じ空間にいると
言葉のない交流が始まるので
とても静かなのに、空気の質がぐっと、豊かになる。

存在同士になる。








やっこちゃんに声をかけてもらって
ダンスを観てきた。
圧巻。
涙が自然とこぼれる。

飯能の商店街
ステップ踏んだりしながら
「どうして今まで踊らなかったんだ!」「アホだった!」
と言いながら、観てきたのを真似て腕を動かす。

あんな風に体を使えるのに!
ひと踊りもしないで!

家に帰ってから踊るように腕を伸ばしてみる。
誰も見ていないから不格好でもよくて、
自分が気持ちのいいように。
ただストレッチするよりもずっと楽しいし
からだの色んな部分が連動していく感覚が楽しい。




踊り終えたひとの
踊りきった空っぽに光がこんこんと湧き続けるような
美しさを思い出している。


Monument Valley      Scattered Hearts



銀河堂で流れていた音楽
冷たいレモネード



ひとつ手前の駅で降りて
やっこちゃんが教えてくれた歩き方で
歩いて帰った

目から鱗は落ちる
変わるときはそれが簡単だったと知るとき










2015年4月25日土曜日



電気グルーヴの『虹』を流す
川の流れる音が聞こえる夜





2015年4月24日金曜日

今日から。

所沢のCha-tu-chaにて
uzaki展。

http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/603538/510218/82297502

帰り道
緑滴る夜

街灯に照った若葉の鮮やかさに
心がとまる


足早に歩く人の、影は長く伸びて
木々のむこうに、霞がかった三日月が見えた





春の夜はどこまでも歩けそうな感じがする




おとといの夜
思い立って前髪を短く切った。

はさみを入れたら、どんどん短くなっていった。




テレビをつけたら大阪のひとが喋っていて
ゆっくりした関西弁のイントネーションが心に響く



2015年4月22日水曜日



自分のなかに、ひとつの流れが生まれて
勢いがでたとき

ひとにかける声が大きくなってしまうのが
自分の至らないところだと感じる。



誕生日にもらった花が開いてきた。




黙って淡々と。







なおちゃんとの出会いを振り返って
大学に入って1番はじめに声をかけたのがなおちゃん、と言うと
なおちゃんは驚いていた。

あのこ、と思った瞬間のことをおぼえている。




そのとき、目に残っているなおちゃんの佇まいが
今のなおちゃんにも変わらずにあって

瞬間を信じるということへの
確信がまたひとつ深まる。






関係性は深まったり、展開したり、収束したり、様々に変化していくけれど
出会った瞬間に、出会っているんだ。








春の草花は目にとまる。

2015年4月20日月曜日

花吹雪


駅へ向かってぬける公園は花吹雪


風が強くて、降り出した小雨に傘をひらくと
傘の骨が風に歪んで折れそうになるのですぐにとじた。



祖母は精神が不安定なひとで
よく意味の通じないことを口にしていた。

そしてやさしいひと。

祖母を支える母を支えていたと思う。

祖母が施設に入ってからの、
祖母のいない生活のリズムができてきた。

もう本当に
このひとつのサイクルを、終わらせていいんだという
実感がでてきた。




ゆっくり準備をしていく。


 
「動けるときと、動けないときがあるから
動けるときは動くのもいい」と、
笑って言ってくれた女性と、駅の近くで別れた。

幼稚園の枇杷の木に
青い実がなっているのを見た。

仕事帰りのSぽんにスマホ歩きしている姿を発見され
声をかけられる。




心の底の

細い糸が切れないように

ふっと息をふきかけて、ほこりを払う。










 






誕生日が週末だとわかったとき
「じゃあ誕生会をしようかな」と思った。

それは、じぶんの誕生日をきっかけに
ふだん感謝しているひとや
好きな人たちと、一緒に過ごすことができる。
たのしい時間を、過ごしてもらえるかもしれない。
というシンプルな気持ちが発端だった。





ごはんを準備していようと思ったけれど
しっかり準備をしておけたのは
切るだけ、漬けるだけ、煮込むだけ、の簡単な3品で
あとは何かになりそうな食材を揃えておいて
みんなが来てからなんとなく作っていけばいいかと思っていた。



というか

本当はちゃんとこしらえておく考えだった。





でも
お肉料理は食べる前に焼くのが美味しいよな…と思ったり
サラダも直前につくるのがいいと思っていたら
どこまで下ごしらえしておいたらよいかがわからなくなってきて

なんだかぼんやりとしてきてしまって
ぼんやりしながらみんなの到着を待っていたのだった。





すると来てくれたみんなが
それぞれにてきぱきと、食卓をつくりあげていってくれた。

つくっていく過程を写真におさめてくれるカメラ班までばっちりで
今日の記録も共有できた。





クリームチーズとアボカドがディップになって

ごぼうとお肉とミョウガの炒め物に紫蘇がたっぷりとのった。

千切りをしておいただけの人参はごま油で和えられて

サニーレタスとアボカドとホワイトアスパラガスはレモンの効いたサラダになった。


持ってもらったパンを切ったら

完成。






生きていること

(と、大きなものに繋げがちな思考回路が
みおちゃんとわたしは似ていると
その日、話した)


生きていることは

いつも様々な影響の中。


今日これから誰と出会うかを
毎朝、知らない。






ひとりだと準備しきれなかったことが
みんなの手によってあっという間にできあがった。



それは「思い通り」「計画通り」ではないかもしれないけれど
「想像のできなかった、あたらしい景色」である。


決して大げさなことではなくて
ささやかにそうしていつも
あたらしい瞬間が生まれている。
毎日は密かに想像を超え続けている。













2015年4月17日金曜日

駆けつけた新しい仲間


(歓迎する仲間たち)




ふかふかの玄米食パンの入った白い袋を持って
黄色い電車を乗り継いで帰る。

電車の中は人の匂い。あたたかくなって匂い立つようになっているのか。
この頃電車の中で、一緒に乗る人の匂いに敏感になる。
むっと匂いが寄せてきたとき、
マスクを忘れたことを後悔したけれど
昨夜の誰かの匂いは、洗濯洗剤の匂いだったから
すこしほっとした。



家に着くと、つくえの上に小さな箱が届いていて
送り主は
おひつじ座B型で通じる、旅の仲間。


開いてみると、鮮やかな緑色の袋があり
その中から
馬があらわれた。

馬だ…!と感動していると
さらに小さな包みがあることに気づき、
それを開いてみると、たまごがあらわれた。
たまごの、フェーブだ。



花が笑う絵の描かれたカードの
メッセージを

わたしの肚に埋めたい。

そのように生きられるように。



うらさん、気がついている?
きみが贈ってくれたものは、新しい命をあらわすものです。












2015年4月16日木曜日

朝、起きて
今日もふとんの上でゆっくり体をのばしていった。

順番にからだをのばして、腰をのばしたら上半身を起こす。
目をとじて、
今日もゆっくりと呼吸を繰り返す。

やっこちゃんに教わったことばを、1度唱えてみる。


目が覚めてシャワーを浴びて、着替えた後に
掃除機をかけた。
6帖の部屋なので、いつもは小さなほうきではいて水拭きするのだけれど
(毎日できたら気持ちがいいな)
今日はがーっと掃除機をかけたい気分だった。


そうじきをかけ終えて、
まっぴからもらったアロマポットで久しぶりに香りを焚く。


ここまで、動けるようになってきた。

思う。


心が狭くなってくると
濡れている靴でびしゃびしゃと歩いているような
そんな感じになっていく気がする。

家について玄関先で、
濡れた足のままバタンと倒れて眠る。

シャワーを浴びることが考えられない。


「お風呂に入りなよ。その方が、いい眠りにつけるよ」
と誰かがいっても
もうただ、眠るしかできないのだ。

服から雨の匂いがしてくる。
足も冷たい。

でも「あとほんのすこしのこと」にむけて
動くことができない。


そういう時もある。




そしてそういう時も
何もできていないわけじゃなくて
1番大切なことに、余力全部かけてむかっている。「眠る」




青空。近所で窓を開ける音が聞こえてくる。







2015年4月15日水曜日

ホームページの表紙の絵を
あたらしくしました。

http://chiisanayama.web.fc2.com


朝、起きたら雨がやんでいる。
窓をあけて体をのばす。
ずいぶんかたくなっている。

ぐいーっと背中や手足をのばしながら
ゆっくり体をおこして
久しぶりに瞑想のようなことをした。

背筋をのばして、目をとじて
ゆっくり呼吸をする

という感じに。ほんの1、2分のことだけれど。


そうすると、胸や首のうしろのあたりから
もやもやとした黒いものが
すーっと長く吐き出した息と一緒に
つつつとぬけていく感覚があった。

胸のあたりに、虹が浮かびだす。



こういうこと、忘れていたと思った。

ずっと頭の中が、ぐるぐるとしていて。

ハンドルをぎっちり握って
風もよまずに、右へ行こうか左へいこうか、
右へ行けば正しいか
左へ行ったら正しいか。




ぐるぐると。





2015年4月12日日曜日


友人たちがInstagramをしているのを見ては
「いいな」「またやりたいな」「楽しそう」
と言っている自分がいる。

でも
本当に四六時中、アプリを開いては見ていた自分がいて
またその時みたいになりたくないから、再会せずにいようと思っている。

口からは
「いいな」「やっちゃおうかな」と漏れるけれど
「やりたい」と「やる」は、違う。


そうしたい、と
そうする、は、やっぱりちがうのだ。

そうしたい の中には
そうしない が含まれている。








すこしずつ、ちいさい気持ちで。




稲荷山公園でのイベントが終わった。
わたしは当日、お手伝いといえ
ふらりふらりと会場にいるだけで
お弁当やバッグをいただいてしまって
なんだか申し訳ないような気持ちだったけれど

主催をしている友人たちの当日の姿を見ていたら
じんとした気持ちになった。



大きなマーケットでは、並んでも並んでも、何も買えない
という話を聞いて、すこし心が小さくなっていたし

「ほんとうにいい」から、だんだんと名が知れ渡るとわかっていても
「どうしても欲しい」というひとの行動を目の当たりにしたとき、
ひく気持ちがあった。
(「どうしても欲し」くて、MOTHER2のほぼ日手帳を、私も買っているのだけど)


だけど雨があがって
芝がかわいたらみんなシートを敷いて
ごろごろしだして

毎日散歩しているひとたちが行き交ったりして

どんなひとの気持ちよりも
公園の方が大きかったと
知った1日だったように思う。


なんだか救われた。




公園がよろこぶ1日になったら
なんて書いたけど
ひとが公園をよろこぶのに、ちがいなかった。

木々も草っ原も、そのまんまで
ノルディック・ウォーキングのイベントも同時に開かれていて
スキーストックを持ったひとたちが
ぐるぐると公園をまわっていた。





famfarmのテントに入ると
野菜を包んだ袋に野菜の説明が入ったシールがついているのを見つける。
小島さんに聞いたら「正月に作った」と言っていた。
自分で考えて、工夫を取り込んで、動いている。






Tuuliのふたりは、ふと姿を見つけると走っていたり
aalto coffeeのテントの中で、サポートしていたりした。
お湯を沸かしているしゅんすけくんは笑顔だった。
まりちゃんは、本部のテントから、さっと駆け出しては
会場のマップを持っていないお客さんに、「たのしんでいってくださいね」と
マップを手渡していた。




お米のやまざきさんは、おにぎりを握りつづけていたし
夕方完売になってしまったsunday bake shopもこれでもか、
という数のお菓子を作って運んでいた。
リュネットさんは第2便のパンを運んでいたし
アグネスパーラーさんはいつ目にしても、果実シロップを注ぎ続けていた。
cafe leuteのふたりは、フードや飲み物を探しているお客さんに
お茶を出し続けていたし
作家さんたちも、たくさん、作品を準備してきたのだろうと思う。






雨が降って、近所に住む友人たちがテントを貸してくれたり
会場まで張りに来てくれたり
BRIKIKKAは友人の出店者に、雨よけになるように
ガラスつきのケースを貸したり、していた。




わたしは新しい、サオリさんの服を着ていた。
紺色の比翼の上着。たくさん褒められた。




あいぽんとたけしくんが、
テントをはるのを見ながら、
しっかりとした支柱を、いつまでも土にささないのが不思議だった。

ロープを結んだり、ペグを打ち込む場所を見たり
かたちの見えないことに時間をとっていて、
2本の支柱は地面に寝たまま。

これを、ざくっといって、
布をざっとかければ、いいんじゃないか。と思うのに
全然、そんなそぶりがない。



ロープをペグにかけて、ひっぱったとき
はじめて支柱がたちあがる。

地面には埋め込まれることなく、

ロープの力の間で、バランスをとり、テントを支えるのだった。

テントをテントにしているものは
しっかりとした棒とか、板とか
そんなものではなくて

今起こっている、運動そのものだった。

ひっぱり合う力の運動そのもので
毎瞬間、テントが成り立っている。







2015年4月10日金曜日


明日は稲荷山公園で
みどりのクラフトが、開かれる。

いろんな気持ちが重なるけど、
明日は公園が笑う日になればいいな。
そんな風に感じる。

稲荷山の土が笑って、
木がよろこぶような日になればいい。

わたしはそういう気持ちに
関わり方を見つける。ハイドパークが好きだ。




今朝、公園を歩いていると
桜の花びらが土を白く変えて
本当に綺麗だった。

目の中で消えてしまいそうな、まだ柔らかい新緑が
桜のむこうに生まれている。








2015年4月5日日曜日

千鳥ヶ淵の桜は綺麗だった。
靖国神社の屋台も相変わらず賑わっている。

屋台でごはんを食べて、お堀沿いの桜を眺めながら歩いて
「珈琲を飲もう」と、近くのカフェに入った。

じゅんちゃんの耳には、
さっき贈ったピアスがキラキラと揺れている。





先日、じゅんちゃんの好きなうさぎのモチーフの
小さなアクセサリーパーツを見つけて
ピアスを作ってプレゼントしようと用意していた。

お花見へ行く前
欲しい服があったじゅんちゃんと
サオリさんのアトリエで待ち合わせをする。

手作りピアスの接続部分が甘くて、じゅんちゃんが来る前に直しておこうと
「ペンチがあったら貸してほしい」そうサオリさんに頼むと
アクセサリー用の様々な細かなパーツと道具がでてきた。

おかげで用意していたピアスに新しいパーツを加えたり
じゅんちゃんに渡してからも
実際につけてもらったのを見ながら
その場で改良することができた。

サオリさんが道具をくれる、というので
甘えて譲り受ける。作ることで、お返しできたら。と思った。
何かを作ることはやっぱり楽しい。

「仕事」だから作るのではなくて
ほんとうに、日々のささやかなものを
自分の手で作っていけたら、それはどんなに豊かなことだろう。





無事に服を選んだじゅんちゃんと
西武線と東西線を乗り継ぎ、九段下へ向かう。


電車に乗っている間に
最近の話を聞いてもらった。



じゅんちゃんと話していると
頭の中で勝手に、物事をどんどん難しくしようとしてしている自分に気がつく。
「むずかしい」に向かおうとしている思考に
すっと、触れてほどいてもらうような気持ちになった。


あ、そうだったよね。
むずかしくなかった。

とってもかんたんなことだよ。


そんな風に思うことができて
胸の周りが軽くなる感じがした。



はじめて生きている。
いろんなことがわからないけど、
たぶん、とっても、たのしい。



九段下で過ごした後
東西線に乗って引き返し
高田馬場駅で、じゅんちゃんと別れる。

今年も一緒に、桜を見ることができた。

「来年は防寒して、千鳥ヶ淵でボートに乗ろうよ」
と話した。





じゅんちゃんとの会話を思い出して
転職活動の相談をしていたひとに
「むずかしく考えないで、ふつうに生活できるようになりたい」とLINEをしたら
「いまもふつうだよ」と返信がきて
ふと、涙がでた。








2015年4月2日木曜日


新宿御苑の傍にある小さなビルの2階
草枕という名前のカレー屋で
久しぶりの再会。
汗をかきながらカレーを食べて、
互いの近況を話したり、聞いたりする。


昨日会ったばかりだという関西の友人たちの近況にも触れて
生き生きとしたその気配に、心が明るくなる。



4人が初めて会ったのは携帯の電波も届かない山の中だったから
みんなで新宿の街を歩いていると
外国を歩いているような、不思議な感覚に包まれる。
街の空気よりも、4人に流れる空気の方が濃かった。


JR新宿駅を使うふたりと別れて

新宿三丁目駅を目指す男の子と、西武新宿駅を目指す私と
100メートルくらい一緒に歩くあいだ
「今が楽しい。今に集中するように、なった!」
と、彼がハッキリした口調で言った瞬間
ふたり同時に目の前のビルが新しくなっていることに気づき、息をのんだ。


真っ白く発光している壁面


「…あれ、auのビルが、できたんだ。じゃないか、auが、テナントで入ったのか」

一瞬の間の後、
私の頭の中にあるままを、彼が確かめるようにしながら言ったので

「ほんとだ」と、答えた。


ひとりになって、歌舞伎町の入り口前を通り抜ける。
外国人観光客と、客引きと、学生のような団体と
ごった返す歩道

喧噪がまだ遠い。




ひと晩眠って、
引っ越しの手伝いに向かった。

4月1日

桜の花は満開

見上げてばかりいたら、ふと視界に入った
菜の花の鮮やかな黄色に面食らう。

紫色の木蓮の花びらはたらりと下を向く。


僅かな時間を過ごしたその部屋に、掃除機をかけながら
「守ってくれてありがとう」と話しかけた。


心の皮がむけているような、ヒリヒリした気持ちの時に
その部屋の窓から
時間通りに白い電車が行き交うのが何度も見えて
そのたびに
「電車が見えるのがいい」と思った。


ひとが、平穏に、生きて見えるその景色は
ひとをちゃんと助ける。



そんな風に思えるし、
多分助けられていた。




家主に必要なものもあるだろうと思ったけれど
自分も行きたいな、と思って「イケアへ行こう」と提案すると
疲れているはずなのに、賛同してくれた。



私はふとんカバーを買った。
発色のいい緑色、白のストライプ。


新年度
家族の話をすれば、兄も弟も
1日から新しい職場で働き始めた。














2015年4月1日水曜日

穂高の木々の中で
1週間一緒に過ごした友人たちと会う。

4人で新宿を歩いていると
不思議な感覚になった。

街の景色が違うような。
とても遠くから、そこにやってきたような。