2015年12月28日月曜日

心がまるくなるということ/煙草くさくなったコート

 
 
昨夜は京都まで出て、
センテンスのライブを観た。
 
センテンスの出番まで2組のバンドが演奏して
1組めのバンドはまだ10代なのか初々しく
歌声は揺れるし、歌詞も曲も、何かの真似のような感じがして
心が離れそうになった。
でも、耳を離すのは簡単だから
この人たちが何者なのか、よく見ようと思って
じぃっと集中して聴いていると
「どうせだめだよ なんていっちゃだめ」
という歌詞がうたわれた時に
ぱんと、ピントが合った感じがした。
 
奇をてらおうとか
よく見せようとかっていう、
 
作為が外れた本質の言葉は(勘違いかもしれないけど)
ぐっと入ってくるような感じがした。
 
 
 
センテンスのステージは
なんだか、すごくて
音が厚くて、ぐんぐんと空気が濃くなっていって
『なんでもない歌』という曲が歌われた時には
なんだか涙がぽろぽろとこぼれ出した。
共感したわけでもなく、あの涙はなんだったんだろう。

ライブを観ながら
「背水の陣」という言葉が浮かんでくる。
下がれる背後はもうないから、
前に出るしかない。という感じで
ステージに出てまだ逃げようとしているところがあった
前の2組のバンドとは違った。

比較じゃないと思うけど、
それは明らかな違いで
前のめりで聴いている自分に気づいて周りを見渡すと
前に座っている他のひとたちも、ステージに向かって
前のめりの姿勢でまっすぐ視線を投げ、耳を澄ましていた。
 
 

 
 
センテンスのライブを観て
私はまだ、彼らみたいじゃないな、と思う。
 
何かぬるさを切り返せていない感じがする。
 
 
ひっくり返せない、このぬるさが何か
私はまだわかっていなくて
ひっくり返すところまで沸点が達していない。
 
 

とまらなかった咳が
すこし軽くなってきた。
 

12/27地下鉄を乗り継げば京都府にいる不思議を、感じる前にあったこと

 
 
待ち合わせて17時40分頃駅へ行こうと思っていたのに
約束の時間は15時40分だといつの間にか記憶違いしていて
ぱっと時計を見たら15時40分だったので
慌てて家を出て駅まで走った。
 
駅が近づいてくる頃
京都に19時なのに、ちょっと早過ぎる。
と気づき
改札口に誰もいないのと、
17時20分に設定していた携帯のアラームを確認して
勘違いしていたことがはっきりした。
 
そのまま駅の反対出口に降りて
行きたかった古物を扱っているお店と
スーパーへ行って買い物をした。
 
引越して来てから調理をしていなかったけれど
そろそろごはんを作ろうと思い
野菜や鶏肉を買う。
 
家に戻って、本当に小さな台所なので
後日、調理しやすいように、野菜を洗って小分けにしたり
鶏肉も小分けにして冷凍分と分けたりした。
 
大根に包丁をいれると
水分がじわっと出て、瑞々しく澄んだ断面が綺麗で
心が明るくなった。
 
透明な生命。
 

2015年12月27日日曜日

お芋屋の仕事の時の防寒用に
ユニクロで
ウルトラライトダウンジャケットを買って着ていたら
この間、オーブンの熱したところに触れて
手首の部分に穴が開いてしまった。


羽毛が飛び散らないように
穴の開いたところが隠れるようにくるくると袖をまくって
ひとまずその日の仕事は終えたけれど
これをどうしたものかな、と
思っていた。

穴はけっこう広がって7cmくらい裂け目ができている。
開くと白くてか細い羽毛がふかふかとこぼれてくる。
ここに当て布をして、着続けようと思った。

 
それで昨日、
神戸からの帰り道
乗り換え駅の梅田にユザワヤが入っていることがわかったので
小さくカット売りをしているコーナーから
当て布用の布を買った。

ジャケットの色と似た色の布を買って
できたらここに、色んな色の糸で、でもささやかに
刺し子をしていってもいいな、と思った。


帰宅後、夕ご飯を食べた後
昨日で年内の営業を終えたのんちゃんに
「おつかれさま」と電話をかける。
(のんちゃんはCha-tu-chaというお店の店主)

パソコンのスピーカーから
のんちゃんの声はクリアに聞こえてきて
すぐそこにいるみたいだけれど
埼玉と大阪分の距離は確かに離れているんだなぁと思う。
 
電話っていいな、と思った。
 
 
 
大阪に引越してきてから3週間が経つので
小さなワンルームの中でなんとなく家具の配置も決まり
バランスがとれつつあった空間に
昨日は引越前にオーダーしていたアイアンのワゴンが届いて
りんご箱を棚にしたりして、低く低く作られていた空間に
1メートルほどの高さがあるワゴンが届いたために
空間のバランスが崩れて、部屋がざわついているという話をしたら

のんちゃんは
「わかる。背が高い家具がくると部屋がざわくよね。でも見慣れるよ」
と言った。

電話を切ってから
ユザワヤの袋から買ってきた布を取り出し
ジャケットにちくちくと縫い始めた。 
 
裁縫は得意ではないけれど
なんとなく自分がうまくいったな、と感じて
大切に思えるものが出来上がるポイントは

今まで数々、
何かを作りかけては嫌になってやめて、
ということを繰り返しながら、
はっきりとひとつ、見つけている。

 
ちくちくと針を刺して
違うな、と思うひと刺しをした時に
面倒くさくても、そのひとつ前に戻ること。
 


違う、と思ったところを
そのままにして進んでいくと
なんだかだんだんと、その糸の並びを愛せなくなる。
気持ちが離れて投げ出したくなる。
出来上がっても、大切にできない。
 
だから
今回も何度か
あ、と違和感を感じては
糸をぬいて、戻った。
 
布団に入りながらもちくちくと縫い続けて
出来上がったところで、電気を消して眠った。



2015年12月24日木曜日


ここのところ毎朝
起きた時から頭の中に流れている音楽があって
iTunesに入っている曲だったりするので
朝いちばんに、かけてみることにしている。

今朝は原田知世が歌う、ノスタルジアだった。
 
昨夜、なんばの駅を歩いていると
改札で名残惜しそうに別れていく男女が多く
クリスマスなのだなぁと思った。
駅の構内では、売り子さんが声をだしてケーキを売っている。

 

色々動き出して行くのは年明けからになりそうで
今、友人の紹介で出会った、焼き芋屋さんの仕事をしている。

駅に出店していて、駅の構内や、改札脇に簡易店舗を出し
オーブンにがしがしと焼き芋を入れて
ふっくらと焼き上がったものを、並べて売っていく。

昨夜、なんばを歩いていたのも
焼き芋屋からの帰り道だった。

焼き芋、というものの性格上か大阪の気質なのか
買って行く人たちは必ず何かひと言ことばを残していくのが面白い。
高校生たちがぞろぞろと
「めっちゃうまそう」「やばい」「見たらあかん〜」などと言いながら
通り過ぎていく。
 
天下茶屋駅の構内で販売している時は
地下鉄からのぼってくる風が冷たくて、すこし寒かったけど
あるときふいに、歌声が風と一緒にのぼってきた。
聖歌隊の賛美歌だった。

改札に近づいていって、地下鉄の方をのぞいても
誰の姿も見えない。
でも、たくさんの人の、歌声がのぼってくる。

美しすぎて、すこし泣いた。

歌声で、心が洗われるっていうことが、あるんだ。と
思った。


お芋を買うときに
「この子、ください」という人がいて
かわいらしい。

風邪をひいたので
グレープフルーツジュースばかり飲んでいる。
お芋屋もちょうど、年末までお休み。

2015年12月18日金曜日



窓の横にマットレスを敷いて眠っているので
朝起きるとまず、ふとんの中から手をのばして
窓を開ける。

しんしんと冷たい風が入ってくる。
 
 
 

これから
fence worksというところ(というか、人たち、というか)で
働くことになった。

昼前、事務所へ行ってパソコンを開いていると
ここにいるんだな、という感覚が起こってくる。

窓をあけて、空気を入れ替えていたら
ひとみちゃんがやってきて
私のmacと、事務所のプリンターの同期を一緒にしてくれた。

  
引越して来てから
まだ小さなキッチンは稼動していなくて
料理をしていない。
 
お湯を沸かすことと、パンを焼くくらい。
 
荷解きできていないものもまだある。

でもだんだんと
霞が明けていくように
生活の音が鳴り始める。

意味もわからないまま、流れの中で始まったことに
からだを寄せてみたり
ここに来て、こう、動きたかったんだ
と気づかされるような場所に、立って、
動いたりしながら。




2015年12月14日月曜日

友人たちに
ゆっくり手紙を書いていこう

 

昨日、
三重県津市にある喫茶tayu-tauさんでの
s-clothes-treeの今回の展示が最終日を迎え
津の駅で
東京に帰るさおりさんと
大阪へ帰るわたしと、
反対行きの電車に乗った。

暖かいから実感が追いついてこないけれど
「今年もありがとう」
という挨拶になったら
 
1月からの日々が思い出されて涙が溢れてきた。
 
今年も、色んなことがありました。
 
ばたばたと、やってきた電車に乗り込んで
「またね!」と大きな声で言って手を振って
それぞれの乗る電車に、乗り込んだ。
 
 
 
4日ぶりに帰った部屋では
ほしていった洗濯物がかわいていて
リュックを置いて手を洗ってから
荷解きをする前に洗濯物をたたんだ。
 
引っ越し直後
「借りる部屋を間違えてしまったかもしれない」
と思っていた部屋の空気は
数日の留守を経た夜でも
ふんわりとして柔らかく
さびしくなかった。
 
 
色街にやってくる、どこか早足の男の人の姿も
なんだか見慣れてきてしまった。
 
 
「いちばん、歴史があって、いいところに越してきた」
 
そう言って、
一緒に歩いてくれた人たちの気配に包まれて
すこしずつ、自分の居場所と心が通じていく。
 
  
 
シャワーを浴びて、ひと息ついてから
さおりさんにラインを入れると
さおりさんは東京駅に、着くところ。
 
 
東京駅の
JRを出て、丸ノ内線に乗り換える
通路が見えてくるような気持ちになる。
 
  

そういえば
大阪のサラリーマンは、髪の毛が長い。
「江口洋介みたいなこと(かつての)?」と
さおりさんは言ったけど
そんな面白いことではなくて
 
散髪へ行く回数が少ないんだと思う。
 
ぼさっとした髪のスーツ姿のひとたち。
 
東京駅を行き交うサラリーマンのほとんどのひとの
髪の毛はいつも整っている。 

 
 
じぶんがここで
どう暮らしていくのか
今はまだ
わからないけれど

祈りのように
たくさんの人と交わしたものに
運ばれていることを
感じている。

 
夜の色街を見た直後は、
がっつりと後悔したけれど
 
じぶんが、誰と何を交わしてきたのか
振り返れば
その時、心になにを、見てきたか
振り返れば
今の道を、信じることができる。

 
歩くことが祈りになるように。

歩くことが、感謝になるように。



 

2015年12月6日日曜日


大阪に引越してきた。

着いた初日に、うわぁと思うことがあって
落ち込みながら荷解きしていたら
器の箱にあたって、
あぁ、これははるちゃんが焼いた器…
これはCha-tu-chaで買った器…
これは実家で餃子のっけてでてきた器…
なおちゃんとみおちゃんが誕生日にくれたお椀…
と取り出しながら元気が湧いてきた。

オーブントースターや棚もいただきもの。
友人たちが使っていたもの。
 
さおりさんから宅急便で届いた箱に、紅白の紐がりぼん結びされていて
元気になった。
 
他にも、箱からとりだしていると
いただいたものがほろほろと出てきて、
それを手にとると、その人の感触がふわりと浮き上がって響いてきて、
胸がじんとなった。
 
この、心の響き方を、おぼえていよう

思う

おなじことを、きっとこれから、していけるように


 
初日はずっと片付けをしていて
2日目、あたたかいものを食べよう。と思い
お昼を食べに行ったお店で
食が通らず、ほとんど残してしまった。
 
うわぁ、ごはんを食べられなくなってる…と思いながら
土地が変わること、からだにしてみたら
かなり大きな変化だから、
ゆっくり時間をかければいいんだなと、感じた。

からだは星のものだから、環境に由来して存在している。
今まで寄り辺にしていた環境がないのだから、
疲れたり、抵抗があるのも、当たり前のことなんだ。


午後から友人が車を出してくれて
一緒に梅田まで買い物をしに行った。

プリンターやスキャナや、家電を買った。

家まで運んでもらって、気になっていた背の高いところのことをやってもらう。

会ってほしい人がいるから一緒に行こう、と声をかけてくれるも
もうヘトヘトで、無理かも。とこたえる。
それからしばらく、友人の前でぐしょぐしょの雑巾のようになって、
ぐったりしていたら
「やっぱり外に出た方がいいんじゃない」ともう一度声をかけてくれて
ごはんを食べに、出かけることになった。

出かけた先で会ったひとたちとごはんを食べていたら
(ソムタムをかりかりと、齧るだけだったけど、ソムタムは、すごく美味しかった)
お店を出た時には、からっと心、乾いて、からだも軽くなっている。

 
 
借りた部屋の周りは昼間は静かでとてもやわらかい光が入る。
 
でも夜は、ちょっとびっくりするような場所だった。
色街のはずれ、と聞きながらも
すごくいい部屋だし、子どももいるしと思っていたけど
大阪の懐を知るような場所。
 
得体の知れないところに、来てしまった感、満載です。
 
 
ゆっくり、やっていこう。