2016年1月1日金曜日



窓から入ってくる光が白い
 
薄いカーテンをぬけてくる
 
おみくじを引いたら吉だった
 
波の絵が書いてあって
「だんだんと目標がさだまってくる」
と、ある。
 
波寄せるようにきっと、だんだんなのだなと
感じた
 
 
 
数日前に知った、
縄文灯台のはなし

綺麗な大石のその断面に
月あかりが反射してきっと、灯台の役割になったのだろうという、はなし
 
灯台は、自分から光を発するものだと思っていたのだけれど
他の光を反射させて、また他方が照らされるような
そういう在り方があるのだな、と
感じた
 
 
 
すこし前
暮れに会った友人の履いている靴が素敵で
「いい靴だね」と褒めたら
「○○にもらったんだ」と、彼は答えた。
 
○○さんというのは
彼の師匠のようなひとで
何年か前に亡くなられている。
 
それでも何か
いま、そばにある光のように
彼の靴は生きていて
そこに手渡した人の心がある
 
光をみたような気持ちになり、
その残光にいまも
ほのかに照らされるわたしがいる。
 
 
 
九条の街で暮らしながら
違う映画を観ているようだ、と思う瞬間がある。
 
夢の中の街のように
わからないままウヤウヤとしている視界だけれど
確かにあり、
街は毎日わたしに関係なく動いている。
 
 
だんだん、だんだんと
視界が明るくなるようにして景色がみえていくのだろうと思う。
 
そうしてその時に、
弱いひかりではみえなかったものが
ありありと浮かんでいるのに気づくときがくるような
そんな感じが
今はしていて
 
寄せる波にさらわれて
地形はますます
変わっていくだろう。
 


 

 


0 件のコメント:

コメントを投稿