2016年3月13日日曜日



いっぱい眠ると
眠っただけ元気になった。
 
次の日もまだちょっとヨロヨロしていたので
風邪をひかないように
タートルネックの服にして
背中と尾骨のところに
ホッカイロを貼った。
 
 
次の日というのは3月11日だった。
 
地震発生時刻に黙祷をしようと思って
スマートフォンのアラームをセットした。
 
お芋屋の作業場に出勤して
3人でお芋を洗ったり、焼いたり
夕方から始まるワークショップの準備をした。

ラジオがついていたので
きっと地震発生時刻を知らせると思い、
アラームが鳴ると
他のふたりにも
自分の気持ちを
何か押しつけてしまうような気がして
アラームをこそっと解除した。
 
揺れを体験していないひとのなかで、
という気持ちがあったと思う。
 
それでも
Kちゃんが作業の手をとめて、
「あ、時間過ぎてる。黙祷できんかった」
と言った。
 
作業の音が大きくなっていて
ラジオを聞き逃していた。
 
「ほんまや」
と石山さんが言って
 
それから、地震が起きた時のことを話し始めた。
 
「俺、芋焼いててん。
そしたら商店街歩いてるおっちゃんが
すごいことになってんでって言ってって、
なんのことか全然わからんくて、
テレビ見て、
俺なんでこんなところにいるんやろって、
むちゃくちゃ無力感かんじたな。
すぐ行こうかと思って
めっちゃ迷ったけど、
いまのおれ何もできへんって思って
このどうしようもなさを感じながら
ここでやってることをやり続けて
何年か経った時に、何かできる自分になってたり
かたちにしていくことやって考えたな」
 
それを聞いて
 
「すぐ行こうと思って、色々調べたけど、交通網が遮断されてて。
でも私も、
今この時期に自分が大学に受かったことも意味があるはずやと思って、
これから勉強することで、人を助けられたり
何かできる自分になろうと思った。
でも絶対その場に行かな、その場にあるものを感じなと思って
2年してから行ったな」
 
とKちゃんも話しはじめた。
 

 
わたしは
大阪で震災を知ったふたりが
あの日それぞれに感じていたことを聞けて
嬉しかった。
 



 
 
昼間、節電で
照明のおとされた電車は
ほんとうに気持ちよかった。
 
明るすぎて、ハレーション起こしていた景色に
安息の影が、きちんと届いた。
 
このままならいい、
ずっと、もう、明るすぎたんだよ
 
と思ったのに
 
また照明は、ともされてしまった。
ひつような分よりも、多く、また。
 
そう感じている。
 
それでも
やっぱり大きく
色んなことはあの日から変わっている。
 
経験したから。
経験しているから。
 
 
この間、長野に行った時に

「福島のこどもたちは、
すぐそばに深い森があるけれど、
森は除染が難しいから、
森で遊べないの。
森のものにも触れられない。
だから長野から持っていった、落ち葉とか松ぼっくりを
『これは触ってもだいじょうぶ』って言われて
すごく喜んで手にするの」
と、
聞かせてくれたひとがいる。
 
 
 
 
 
昨日、ずっと家にいて
ふと窓に視線がいったとき
 
あ、夜がくるな。と思って
ひさしぶりに夕方をみているな、と感じた。
 
 
 
夕暮れ、深呼吸。
 
夜にはまた
眠れるように。
 

 

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