2016年8月6日土曜日


夜が明けてしまった。

午前中に終わらせたい仕事がまだたくさん手元にある。
外が明るくなって、蝉が鳴き始めている。
 
隣で、やっぱり徹夜している仁美ちゃんがパソコンに向かっている。
 
わたしは眠さがどうしようもなくて、
すこし横になって眠ったので、徹夜ではない。
夢をみた。内容は忘れてしまったけれど、気配だけ今も近い。
 
学生時代の、テスト前のよう。
 
埼玉に帰省する前もこんなだったし
大阪に戻ってきてからもやっぱりそんな風で
 
でも、どの仕事も顔が見えて、熱があるし
やりたくてやっているから
眠たいけど眠たいだけで充実している。
 
でも、1日があともう少し、長かったらいいなと思っている。
 
 
 
埼玉にいる自分と大阪にいる自分が、同じようで
同じじゃない気がする。
 
それは「わたし」が確固とした存在なわけじゃなくて
風景や、目の前にいるひとによって、変わるからだと思う。
 
晴れの日と曇りの日の気持ちが違うように
自分もまた、現象なのだろうから。
 
 
 
埼玉から大阪に帰って来た日
聡くんの態度がこわいと感じてビクビクした。
後から聞いたら、仁美ちゃんとの冗談のやりとりだったという。
そういえば仁美ちゃんも笑っていた。
 
それを聞いて
聡くんは変わっていないのに、
わたしが変わったんだと思った。
1週間のあいだに。
 
冗談がわからなくなっていたし、
「なんでそんな態度なの」とつっこまずに
ぐっと洞穴に隠れて様子を見ていた。
 
 
 
関西弁で言われて、好きなことばがある。
「なんて?」ということば。
「なんて言ったの?」「なんだって?」という感じで
わたしは多分声が小さかったり
ごにょごにょとまとまらない話が長くなるので、
よくそんな風に聞き返される。

「なんて?」
 
わたしは、このことばが、すごくうれしい。
 
「なんて?」
 
聞こえなかったのを、聞こえなかったままに
わからなかったのを、わからなかったままに
流すんじゃなくて、
どゆこと?と、身を寄せるようなことば。

 
 
なんでやねん、
どないやねん、
 
関西弁には、入ってくることばがある
そう、それから面白いのは
「なんて?」も含めて
入ってくることばは、はねっかえす意味ももっている。

けど、どちらにしても
スルーするわけじゃない。
 

 
 
埼玉にいるあいだ
たくさんのひとと会って、一緒に過ごすことができた。
帰る日の晩は、両親とごはんも食べられた。
 
なんてことのないふつうの食卓だったけれど
あまったお刺身をみて、父が「食べないの?」と聞いてきた。
その声が、どこかまるくて、ちからなく、やさしかった。

 
 
触れないやさしさがあること
見ないふりするやさしさがあること
 
よく知っている。
 
 
でも、あるものを、見ること
ぼやけて見えるところに、たずねてみること
 
いま多分、
おぼえている途中で
 
痛い思いするとやっぱり
のばしてた手をひっこめて、
手をのばそうとしていたことすら誤摩化そうとする自分がいるのだけど
 
でもやっぱり、
やっぱり、おぼえていく途中。
 


仁美ちゃんは、まだパソコンに向かってる。
画面をじっと見てる。
 



 
 

 

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