2016年1月31日日曜日

 
 
長野から大阪へ戻ってきて
自分がどこで暮らしているのか
すこし曖昧になる。
 
部屋にほして出かけた洗濯物は乾いている。
 
取り込んでたたみ始めるまでに
1日かかった。
 
スケッチブックを開くと
雪景色
 

長野でいれた
水筒の水を、捨てられないでいる。
 
 


 

 


2016年1月30日土曜日



高速道路を走っている途中
気がつくと車のヘッドライトがついて、
周りが暗くなっている。
 
トンネルを長く走っていたり
雨が降って濃い霧がでていたから
日が落ちているのも気がつかなかった。
 
薄暗い空を見ていたら
今日もあとすこし。と、思えて
心まで真っ白になるような長野の雪原も遠くなって
さびしさとあたたかさがじんわりと湧いてくる。
 
子どもの頃
夜の前の薄闇が部屋に渡って
その中でおじいちゃんが分厚い眼鏡をかけて
テレビでお相撲やニュースを観ていた。
 
隣の台所でお母さんとおばあちゃんが晩ご飯の支度をしていた。
 
あそびが冷めていくようで
鉛筆はかたい。
絨毯のあとがついた膝。
 
おじいちゃんの横顔を思い出していた。
 
 
写真撮影やスケッチは昨日のうちに終わって
長野を発つ今日は
起きたそばから
雪が降り積もっていく中を、
分厚い積雪に足沈ませながら歩いたり
そりで遊んだりしたので
朝ご飯をいただいている時から、からだは心地よく疲れていて
ぽうっと眠たかった。
 
最終確認のような打ち合わせをして
帰路につく。
 
栃木から来た写真家の矢野くんと
おそばを食べて長野で別れ、
佐田さんの運転する車でまた、関西まで。
 
高速にのって途中、
隣車線を走っている高速バスを見たとき
先日のバス事故のことがふと浮かぶ。
ぼんやりとしているのでその後
目はあいたままなのに、夢をみていた。
 
夢の中でみたのは
すこし年上の中年女性が
亡くなる場面。
女性がわたしに教えてくれる。
「人間は、死ぬときに自分が亡くなったことがわからないの。
亡くなって、こうやって周りで悲しんでいるひとをみて
自分が亡くなったことが、わかる」
 
はっと夢からさめて
隣で運転している佐田さんに、
いまみてたものの話を聞いてもらう。
それから
「ひとりで亡くなったひとはどうするんだろう。
あ、倒れているじぶんの体をみて、わかるのかな」
と話しながら
『人間は、死ぬときに自分が亡くなったことがわからないの』
という言葉を思い出して
「祈りって、だいじなんだね」
そう思って、そう口にした。
 
彷徨わず、天に昇れるように。
 
佐田さんは
同意ともとれない、不思議な相づちをして
前をみていた。
 
後部座席にはチャイルドシート
 
自分が唐突なことを口にしたときの
納得しているわけでもない、受容の態度から
彼がお父さんであることが
わかるような感じがする。
 
わたしはお母さんになったり、するのだろうかな
そう、ふわっと思った。
 
 
 

何度かインターで休憩をして
高速を降りて大阪の街に入ったとき
道沿いに大きなイオンがあるのが目に入った瞬間
すごく痛い感じがした。
 
「なんか痛い」
「何が?イオン?建物が?」
「イオンが。大きいのが痛い」
 
仕事のことやお金のことを
この頃、よく考えていて
長野ではひとつすっきりと、
今のところのこたえがあらわれた感じがあった。
 
イオンモールの建物は大きすぎて
それを支える力を感じると、すごく痛かった。
 
支えるのをやめたとたんに
全身が潰れてしまうような大きなものは
すごく、痛い感じがする。
 
 
 
 

長野滞在中に泊まった建物は
セルフビルドの心地よい小屋で
壁があっても
隣の部屋の音は仕切られていないようによく聞こえた。
 
わたしは三部屋並んだ真ん中の部屋をもらっていたから
さきちゃんと恋人が1日の報告をし合っているような会話も
佐田さんと矢野くんが笑い合っている声も
なんとなく、聞こえてくる中で眠った。
 
 
 


「なおちゃん、いいひと見つけて」
「…好きな人がほしいな、と思っていたけど
 自分を好きになってくれる人がいるか、なんじゃないかな
 って、なんか今思う」

ころころと転がる話題のなかで
そんな会話を佐田さんとしながら
好きだと言ってくれたけど、
コツンと関係性の真ん中に
石つぶが落ちるような
さびしい感じのひともいたな、と思い出す。
 
その人といるとき、私はすごく気を遣っていて
それを好きと言われても、ということだったのかな
と、思いながら
 
友人が先日
『自分の存在を自分以上に深く感じてくれている気がする』
そう言ってくれたことを思い出す。
 
そういう出会い方ができたら
ひとつひとつが、奇跡だなと思う。
 
 
自分の暮らしているマンションが近づいてくると
ラブホテルのネオンが光る。
 
「なんか、欲望の中に住んでいるなぁ」
 
と言ったら
佐田さんが笑った。



 


2016年1月28日木曜日


 
長野に来ている。

昨日、朝6時半過ぎに
西宮で佐田さんに車でピックアップしてもらって
そのまま佐田さんがくれた絵の仕事のために
長野までやってきた。
 
車中でいろいろ話していたら
涙がこぼれる瞬間がたくさんあった。
このところ感情が動いているので
まわっていない車輪がギギギと動くときに
錆が落ちるように、涙がでてくる。

長野へ着くと
つららが溶けて
つたつたと水が落ちている。

2016年1月27日水曜日


 
突然やってきた寒波
 
薄着でいたせいで冷えきった。
冷えたら頭が痛くなって
湯船につかって湯たんぽいれた布団で眠ったけれど
朝になっても、がんがんと頭痛。

起きる前に
夢の中でエレベーターに乗り込んだ。
乗ったエレベーターは上にあがった。

目がさめて
何年か前に、エレベーターに乗って
降りたい階にえんえんと降りられない
という夢ばかり
見ていた時があったなぁと思い出す。
 
あの頃はすごく、なんだかどうしたらいいかわからなくて
苦しい気持ちでいた。
 
でも今日の夢では
「ただ乗っただけ」だったなぁと
思った。
 
頭が痛くて、からだを起こせなくて
ひとり暮らしはいやだなぁと思った。
 
 
フリーで働いている友人たちが言っていた言葉を思い出す。
 
もし身体の調子がくずれて
働けなくなったら
どうやって生きていけば、いいんだろう。
 
そういう思いが湧いてきて
今、ここにないことへの不安に溺れないように
自分が何をこわいと思っているのか
配線をたどるようにして、みていった。
 
そうして、はっと
「わたしはひとりでは生きられない」
という事実と、気持ちを見つけたら
からだから力が抜けて
何かが腑に落ちて、落ち着いた。
 
ひとりでは生きられない。

もうとっくにそうだったのに
なんだか
ひとりで生きられるようにならないといけない
と、何度でも思い直していた。
 
わたしはひとりでは生きられない。 
困った時は、助けてほしい。
いや、
困っていなくても、助けてほしい。
触れていてほしい。
自分のことを、みていてほしい。
 
そう思っているんだ。
思っていたんだ。たぶん、ずっと。
 
 
発見して、
「懐中時計(←電灯の間違い)もって、配線のひとつひとつ見ていきながら「わたしはひとりで生きられない」という気持ちと事実に出会ったら、からだから力がぬけて、何かが腑に落ち、落ち着いた」
と、ツイートしたら
よちさんからLINEが入った。
 
写メで送ってくれた、よちさんの描いた漫画を読んで、泣いた。
 

 

 
 
頭痛でなかなか起きられなかったので
お芋屋さんを1時間遅らせてもらう。
 
ゆっくりからだを起こして
湯船に浅くお湯をためて、足浴したら
頭痛が消えていった。
やっぱり冷えていたんだなぁと思う。
 
じんわり足があたたまっていくあいだ
さおりさんのアトリエで
作業をしてからだが冷えては、順番に足浴していた
1年前の冬のことを思い出していた。
 
 
明日から長野へ行く準備も、しておかないといけない。
友人が絵の仕事をくれた。
お風呂場を出て
洗濯機をまわして、洗濯物を干した。
着替えをリュックにつめる。
郵便局で振り込みをして、
1件断りのメールを出し、
事務所に置きっぱなしにしていた手帳とパソコンを取りにいく。
商店街をぬけながら
たこ焼き屋の前の椅子に座ってたこ焼き食べているひとたちを眺めて
吉本ばななの小説のなかみたいだなぁと思った。
買い食いして歩いたり、
街行く人が、気楽な会話を交わす風景。
小説の主人公や、ばななさん自身が何度も懐かしむ、昔の東京の風景。
 
事務所で手帳とパソコンをリュックにつめてから
駅にむかって
電車に乗って、
お芋屋さんへ向かった。
 
 
お芋屋さんに着いてから
初めてシフトが重なった女の子と話していると
西村佳哲さんの話になって
彼の著作が好きだと話す彼女と
話が弾んでいった。

円坐、非構成エンカウンターグループの話も
「なんかおもしろそう」と言ってくれて
わぁ、と思う。
fence worksで円坐を開いている話をしたら
「いきたい!」と言ってくれて、おぉ、と思う。

話すことばが空飛んでいなくて、
ちゃんと胸からでている感じがあって
話しやすいなぁ…と思って、そう言うと
「私も!なおみちゃん、嘘がない感じがする」
と言ってくれて、心が明るくなった。
 
彼女と話していたら元気がでてきて
「なんか元気になった!」と言ったら
「わたしも!」と言ってくれた。
 
光が湧く。
 
 
お芋を売りながら開いた時間にインスタグラムを見たら
うらさんがなんばにいた。
「会いたい!」と思ってショートメールを送ったら
いま関空にいる、と連絡がある。
 
会えなかった。
でも、近くにいたことが嬉しい。
 
家から、自転車漕げば行ける難波。
 
うらさんが、さっきいた場所。
 
 
 
隣のお菓子屋さんからビスコッティをたくさんもらったりして
なんとなく温かい気持ちで
お芋屋の閉め作業をしていると
石山さんから電話がきて
がおさんと3人でごはんを食べることになった。
 
 
何が食べたいか聞かれて
「お好み焼き、ラーメン、うどん」
と言うと
ラーメンを置いているおでん屋さんに連れて行ってもらった。
 
メニューを見ながら、店の名前のついたラーメンと塩ラーメンと炒飯を選ぶと
がおさんが
「大盛りにしましょ、ぜんぶ大盛りに」
と言い、
大盛り三品を三人で食べた。

「炒飯おいしい」と言ったら
石山さんが
「せやねん。おれ、腹へってたら飲み物だと思うもん。さらさらっと飲んでまう」
と言うので、少し考えてから
「ごめんなさい。わたし、つっこめないんです」
とこたえたら
「つっこまんでいいて。喉さらさらっといくもん。喉越しの話やから」
と言われた。
 
真顔なので、冗談なのか、本音なのか
わからない。
でもいま思い返すと
つっこみどころのある、本音だったんだなと思う。
 
ごはんを食べていたら
石山さんとがおさんの肩越しにあったテレビで
ソフトバンクのCMが流れる。
 
埼玉にいる頃
好きだった人は、コピーライターやCMプランナーの仕事をしていた。
 
あぁ、みてしまった。と思って
すこしせつない気持ちになった。
 
どの言葉が本当だったんだろう。
思い返してみると、嘘は言わない人だった。
嘘をつかないといけないような場面では、黙っていた。
隠れていることが多いから、触れなくて悲しかった。
でも言った言葉は、その分きっと、本当だったんだと思うし
そのようにして、おぼえておこう。
 
どんな時間も、ちゃんと過ぎていく。
 
 
 
石山さんとお芋のシフォンケーキの話をしていたら
「なおちゃんて、シフォンケーキの話してたら、俺の方みてても、俺の向こう側みてる気がする。俺の奥にある、シフォンケーキみてる感じがする」
と言われる。
 

 
 
明日から長野へ。

 


2016年1月21日木曜日



母からの電話をうけた朝
 
先日、帰省した時に
一緒にソフトバンクショップへ行って
電話かけ放題のプランに変えてきた。

そのプランの開始日が今日で
いちばん最初にかけてみた、と
明るい声でかかってきた電話だった。
 
すこし近況を交わす。
 
雪解けの綺麗な空気を
浴びているような気持ちになりながら。
 
 
 
 
仕事をつくる、ということの
スイッチが入った日だった。
 
動くことが、仕事になるような
そういう了解を、つくった日だったように感じる。
 
それでエネルギーが湧いて
眠たいのに0時近くなっても仕事をしている。
 
絵が、仕事になるのが嬉しい。
ことばを綴ることが、仕事になるのが嬉しい。
 
ひとを見ることが、
じぶんの奥に触れることが
仕事になるのが嬉しい。
 
ちからを込められることが
増えていくのが
今は嬉しい。
 

2016年1月20日水曜日


センテンスのライブへ行った昨夜。

グルーヴが生まれて、離陸しそうな瞬間にこそ
離れていくその一瞬一瞬に
注意深くいなくてはならない、ということを感じる。
呼吸が離れたら、バラバラになってしまうから。
軌道に乗るまで地面にも空にもいない、一瞬があるから。

ドキドキした。
 
 
大阪へ来る大きな流れが始まったのは
3年前で
その流れの中で
長野で7泊8日のワークショップに参加したことがある。
長野へ行ったのは、その数ヶ月前に参加した、
西村佳哲さんのインタビューの教室への参加がきっかけだった。
 
ひとの話しを、ほんとうに、聞く。ということは
どういうことなのか、
今まで、自分が誰の話も聞けていなかった、というショックと一緒に
もっと触れたくて、何があるかわからないまま
出かけていった。
 
そこには
西村さんが「自分の聞くことの先生のひとりだ」と言った
橋本久仁彦さんがいて
それから、それぞれの流れで、そこへ来た
ひとりひとりの、姿があって
思い出すだけでも、胸の水面がぐわんと揺れるくらい
色んな景色に、体温に、触れた感じがしている。
 
なにかもっと知りたい感じがあって
もっとわかりたい感じがあって
それまで自分が生活をつくってきた場所が
ぐらりと動いた感じがした。
 
その時からずっと多分、大阪を目指していて
揺れてしまった地面に立ちながら
「ここじゃない感じがする」って
わかっていたのだと思う。
 
でも、ちゃんとさよならをしないと離れられない人がいて
ゆっくり時間をかけて
きちんと別れることが、できたように思う。
 
どんどん、ひとりになっていって、悲しい。
でも
ひとりになったから
会える人がいるのだとも思う。
 
昨日のライブには
長野で一緒にすごした、仲間ふたりと
一緒に向かった。
 
ぐっと、どんどん、濃くなっていく。
 
どうしてここに来たのか、今もわからない。
でも
来るしかなかったと、やっぱり思う。



2016年1月19日火曜日



夢の中で怒っていた。
 
レジのお金を合わせていて
下2桁が11円で出るのだけど
隣から「22円だ」と声があって
じゃあ22円で出るかもう一度見直そうかと動いていると
「38円になるはずだ」とか「どうするんだ」と
言葉がどんどん続いてくるので
「うるさい!」だったか、
何か言葉を放って、怒っていた。
 
怒る、という風に、からだが動くことが
あまりなかったように思うので
怒りって、ああいう感じなんだなぁと
今、思い出している。
 
圧迫に対する反射?
相手への攻撃というより、
自分の形に戻るための放出のように感じる。


 

2016年1月18日月曜日


 
村上春樹が、好きだ。
 
なんだか今、村上春樹の小説に書かれているようなことを
経験している気がする。
 
自分の物語を
明け渡さないで
拙くても
自分のことばで
語りつづけるということ。
 
関東は大雪。
こちらは雨です。
 
あたたかく。

2016年1月15日金曜日


すこしだけ狭山に帰っていた。

朝の池袋に着いて
バスを降りて西武線に乗り込む。

朝早い電車の中に
昨日の疲れが残っているような気がして
しんとした気持ちで
青い座席に座る。
 
稲荷山公園駅に着くと
そこは
たしかに、稲荷山公園で
落ち葉が綺麗に掃き清められて
芝に霜がおりていた。
 
目に入るのは、木々の枝
 
ここを歩いていると、植物に目がいくなぁと
思う。
 
わたし自身の植物への関心が強いのではなく
環境が視点をわたしに施すような気がしてくる。
 
紫色の、山並みが見える。
 

大阪での暮らしが
とたんに「よくおぼえている夢の中の出来事」
のようになるのが、不思議だ。
 
大阪にいる時には
狭山での日々が
「別の時空の出来事」のように感じられる。
 
場所を移動しているというよりも
次元を渡っているような、感覚がある。
 
世界堂へ行きたくて
新宿まで出ると
いつもより人が少なくて
歩きやすかった。
 
ふと、大阪から
「椅子に落ちていた500円が、多分私のだから
パソコンが入っている袋に入れておくね」
という内容の、メッセージが届く。
 
遠くの
お財布に
ぽんと入った、500円。
500円玉を入れてくれたひとの、現在。
 
『いつでも帰っておいでよ』ということばに
あたためられて
池袋からまたバスに乗る。
 
狭山に帰る
大阪に帰る
 
ただいまが
湯気あがるように
ささやかに
たしかに
増えていくこと。
 

 



2016年1月10日日曜日

この間
片道1時間弱かけて自転車を漕ぎ
行きたかったお店へ出かけてみたとき
知らぬ間に
釜ヶ崎を走っていたみたいだった。

川沿いの道
高速道路の高架下
ふらふらと歩く大荷物の男の人は
宿がないのかもしれない

犬の糞があちこちに落ちている上
角には「小便禁止」と赤い文字で書かれている。
 
リサイクルショップで買ったものだけど
気に入って買ったダッフルコートの、形の美しさが
急に意識に入ってきた。

私はダッフルコートを着て、自転車を漕いでいた。
 
パリも犬の糞がたくさん落ちてるっていう話を思い出し
「ここはパリ」と頭の中で1度思ってみた。
 
バラックの錆びた壁面を見ながら
貧しさ、という言葉が
あたまに浮かんでくる。
 
色んな人が生活していて、
貧富の差は個人の人格、豊かさをはからない
と前提とした上で
 
私は、自転車を漕ぎながら、貧しさについて考えた。
 
すこし前に
「高知は最貧県だけど、ホームレスがいない」と聞いた話を思い出す。
ただで暮らせる家もあって、食べ物もあるのだと聞く。
季節ごとに農作物収穫の仕事もある。

沖縄も田舎にはホームレスがいなくて、
那覇に出るとホームレスの姿があったことを思い出す。

暮らす場所によって
豊かさの質が、変わることを考える。
 
わたしたちは世界を生きていて
それから社会を構成している。
 
社会は不完全なんだ、というか
完全になり得ないということを思う。
 
自転車を漕ぐ。
 





おせんべいが食べたいなと思って
スーパーで『雪の宿』を買った。
 
ぽりぽりと食べて、絵を描いて
またぽりぽりと、食べて
明日もまた絵を描くから
絵筆など出したまま
布団はしかずに
マットレスの上で寝袋に入って眠る。
 
寝袋に入って眠る
というのが
最近おぼえたこと。


2016年1月9日土曜日


 
自炊を始めるまで
あまりちゃんと食事をとっていなかった。
 
風邪はひいたけれど
からだは軽く過ごしていた。
 
今日
食事をしようと、
冷凍うどんの1パックを解凍して
1食分だし、と思って食べ切ると、
お腹がいっぱいになって動けなくなった。

お芋屋さんでもらったお芋ばかり食べていた時
友人が連れて行ってくれたお店で猪肉を食べた時
半日眠らないと消化できなかったように
消化に相当なエネルギーを使うことが
あらためて、わかる。
 
 
体調によってはぺろりと食べられる時もあるから
その時に素直になればよいのだと思うけれど
 
美味しいものが大好きだけれど
たぶん
1日に摂る食事の量は、
少なくて大丈夫。
 
生きていることは
小さな実験と結果と応用の繰り返し
 
応用が立ち行かなくなる時も多々あり
(わたしたちは変わっているから)
更新を繰り返す。

2016年1月7日木曜日



大阪駅の夕焼け
 
 
 
朝のリレー、の詩が好きだ。
今、ここにいながら
どこかを感じる感覚が、好きだ。
 
大阪に越してきてから
あの詩にあるような感覚が
また蘇ってきた感じがする。
 
 

自転車を漕いで
橋を渡る時
空をかもめが飛んでいる。
 



2016年1月6日水曜日




昨日は
ふかふかと敷いてあって
嬉しかったふとんの中に入って
たくさん眠った。



7時に起きる。と思っていたけれど
8時に起きよう、と思って
9時を過ぎてから、起きた。



前夜
眠る前に、ふと手にとった
星野道夫の『長い旅の途中』がやっぱりよくて
ふとんの横に置きっぱなしにしていたその本に
朝、また手をのばしてページを開くと
そこには濡れた目が、感じられる。
アラスカの空気に触れて濡れる、星野さんの目。


冷蔵庫を開いて
納豆の賞味期限を見ると昨日の日付になっていたので
クリームチーズとゆず胡椒と和えて
納豆トーストにして食べたりしながら
からだを起こしていき
 
それから
メロディが頭に浮かんだので
youtubeで『僕らが旅に出る理由』を聴いて
そのつづきで『ある光』を聴いた。
 

 
 
手紙を4通書いた。
 
 
 
 
家を出て地下鉄に乗っている時
大阪の中心都市にいるのに
からだがずいぶんと、リラックスしていることに気がつく。
 
東京都心だったら
わたしはもうすこし
緊張している。
 
じぶんが、何に影響されているのか
もうすこしよく
見てみたい、と思って
考え事をしながら、エレベーターをのぼっていく。
 
 
ひとが、いびつのままでも、よい
 
というところに
何かわたし自身のこだわりがあるような
感じがしていて
 
今いるこの場所では
それを言葉にしなくても
もう了解されているような
そんな気がする。
 
 
そう感じる時に、
東京ではそれが了解されていない感じがする、と
思っているわたしが
同時にいるのだけれど
 
それは本当に
そうなんだろうかな
ということも
ふと、考えている。
 



2016年1月5日火曜日



なんとなく体がだるかったので
ふとんを敷いたまま家を出て
帰ってきたときに
ふかふかと敷いてあるふとんが
嬉しかった。
 
連日、賑わっている百貨店の中で
お芋を売っているからか
ひとあたりをして、帰りの電車の中で目を閉じた。
とぷんと重たく感じる体がひゅっと軽くなった瞬間があって
目を開いたら、降車駅だった。
それで慌てて電車を降りた。
 
お正月
みんなの過ごし方を感じたり
年賀状を受けとってそれぞれの近況に触れていると
わたしは何をしているんだろう
という気持ちがふと起こる。
 
今まで何をしていたんだろう
という気持ちも起こる。
 
わたしは多分、さびしい。

部屋の緑は
ぐんぐんと育っている。
 


2016年1月3日日曜日


時の重なりが面白い偶然を生み出していく
 
偶然、に見えるかたちで、今、あらわれだした、
のかもしれない
ある瞬間を経て、気体が結晶と変わるように。
 
 
 
記憶の山肌を撫でていくように
よく思い出せる場所を遠くに持つというのは
切ないけれどなんとなく幸福なことのように思える。
 
ここで生きながら
ふと、毎日歩いていた狭山の道をありありと思い出す瞬間がある。
そこにいるわけではないのに
体はその場所を、今、感じている。
 
パラレルワールドのよう。
 
わたしたちは現象なんだ。揺れる現象。
 
 
 
「なおみさんのタイプはどんな人ですか?」と
聞かれて、なんだかすこし、嬉しくなった。
 
それで嬉々として
考えてこたえてから
聞いてくれた女の子にも尋ねると
「タイプはないんです。好きになった人が…」と返事がきて
そのこたえ、ずるい!と、心の中で思う。

 

 

 


 


湯たんぽさま、と
思わず「さま」をつけてしまうほど
湯たんぽを布団にもぐりこませると途端に温かくて嬉しい。
 
 
「なおみさん、標準語や」
と言われる。
 


 
太陽がすっかりのぼってから、
目を覚ましたい…と思いながら
もそもそと起き出して
小さなキャンドルに火をつける。
 
ぽうっとのぼる小さな明かりに励まされて
朝の仕度をする。
 
 
 

2016年1月1日金曜日



窓から入ってくる光が白い
 
薄いカーテンをぬけてくる
 
おみくじを引いたら吉だった
 
波の絵が書いてあって
「だんだんと目標がさだまってくる」
と、ある。
 
波寄せるようにきっと、だんだんなのだなと
感じた
 
 
 
数日前に知った、
縄文灯台のはなし

綺麗な大石のその断面に
月あかりが反射してきっと、灯台の役割になったのだろうという、はなし
 
灯台は、自分から光を発するものだと思っていたのだけれど
他の光を反射させて、また他方が照らされるような
そういう在り方があるのだな、と
感じた
 
 
 
すこし前
暮れに会った友人の履いている靴が素敵で
「いい靴だね」と褒めたら
「○○にもらったんだ」と、彼は答えた。
 
○○さんというのは
彼の師匠のようなひとで
何年か前に亡くなられている。
 
それでも何か
いま、そばにある光のように
彼の靴は生きていて
そこに手渡した人の心がある
 
光をみたような気持ちになり、
その残光にいまも
ほのかに照らされるわたしがいる。
 
 
 
九条の街で暮らしながら
違う映画を観ているようだ、と思う瞬間がある。
 
夢の中の街のように
わからないままウヤウヤとしている視界だけれど
確かにあり、
街は毎日わたしに関係なく動いている。
 
 
だんだん、だんだんと
視界が明るくなるようにして景色がみえていくのだろうと思う。
 
そうしてその時に、
弱いひかりではみえなかったものが
ありありと浮かんでいるのに気づくときがくるような
そんな感じが
今はしていて
 
寄せる波にさらわれて
地形はますます
変わっていくだろう。