2016年5月29日日曜日



archipelagoの帰りに、三田でkibitopanに寄った。
翌日、新しいお皿にパンをのせて朝ごはんにする。
 
美味しいパンを久しぶりに食べた。
元気がでる。
 
朝食の準備をしていた時
電子レンジの上に置いていたマグカップに
ふりむきざま、手があたってしまい
ぽーんと投げ出されたマグカップ
あ、と思った時には床に落ちて綺麗に割れた。
 
携帯電話を落とした時もそうだったけれど
不思議と動揺なく、あ…と思って
それから金継ぎをしよう。と思ってかけらを集め、
新聞紙に包んで戸棚に閉まった。
 



ここのところ、身の回りがずっとぱたぱたとしていた。

介助の仕事先でヘルパーさんが緊急入院したり
そこでスケジュールがぐるっと変わって
ぱたついている中、はじめて電車の乗り継ぎを間違えて遅刻したり
 
引越、出産、
 
乱気流
 
ただ、緊急入院したヘルパーさんに関しては
ひとりの時に倒れていたらきっと命がなかった。
たまたま延長していた勤務中にことが起こり、
緊急搬送されて助かったという。

事業所の代表の女性は
「いつか起こることが、起こるときに起きて、偶然が重なって、助かった。
 倒れるときを、自分で決めていたんじゃないかと思うくらい。
 倒れたヘルパーさんは、自分の命を、長年介助していたその利用者さんに
 たくしたんじゃないかなと思う」
と、口にした。
 
わたしは、そういうことも、もしかしたらあるのかもしれない。と思った。
 
 
 
割れたマグカップを集めるとき
「身代わりやな」と
携帯がこわれた時に聡くんが言ったことばが
もういちど頭に浮かんだ。
 

そうかもしれない、と思った。
 
 
じっとじっと、していよう。抗わずに。と思う。
なるべくところに、ことが流れていくように。




雨があがって夕方
空気がすんで、すこしひんやりとしている。
 
夕陽が透明で
歩く人が金色をしていた。
 

2016年5月27日金曜日


介助の仕事の前に、携帯電話を落として
画面を割ってしまった。
 
介助の仕事を終えて事務所に戻る。
東京から戻ってきたばかりの聡くんと待ち合わせ、
新しくもらった仕事の相談をする約束をしていた。
 
アマゾンでsimフリーのスマートフォンを調べて
1番安いものを買おうと選んでいると聡くんがやって来て
隣で聡くんもパソコンを開いて機種を探してくれ始めた。
 

画面がパリパリに割れた携帯電話

「身代わりになってくれたな」と聡くんが言ったのを聞いて
そうだな、と心が落ち着いた。
 
 
何かすこし捻れたままいこうとしているところがあった気がする。
 
 

週明けまで、携帯電話のない生活。


今日は篠山にopenした、archipelagoへ行ってきた。
お店を始めたお祝いと、お子さんが産まれたお祝いと、伝えに。
 
JR大阪駅で、篠山口行きの電車の時間を確認した時に
「古市に何時に着きますか?」と駅員さんにたずねると
「あいので、各駅停車に乗り換えて…」と言う。
「あいので、各駅停車に乗り換えるんですね?」と聞き返すと
「はい」と返事があったので
快速に乗って相野駅で降りると、ホームで各駅停車を待つ人はひとりもいない。
次の列車は30分後の快速。その次はさらに30分後の快速。
駅員さんが間違えてアナウンスしていて、
快速に乗ったままでよかったんだとわかる。
 
ホームをツバメが行き交いする。
緑がさわさわという。
 
携帯電話はない。

30分、ホームのベンチで本を読む。
時々顔をあげて、ぼんやりする。
 

すごく楽だった。





古市駅を降りてすぐ、
倉庫を改装したarchipelagoがある。


中に入ると接客中の小菅さんがいた。
 
 
「なおちゃん、来てくれてありがとう」と
小菅さんが声をかけてくれたとき
小菅さんの目がツヤツヤとして綺麗で、あ、と思った。
 
 


産まれたての赤ちゃん
新しいお店
 
きっとすごく大変だったり、色んな気持ちを持ってはいるとおもうけれど
 
いま、ピカピカの、綺麗なものを見ている
澄んだものを見ている。
 
小菅さんの見ているものが、目の光になっているのかなと思った。
 
 
 
 
 
お祝いの気持ちも込めて
お買い物をしようと、お財布にお金をいれていった。
 
たくさんは買えないから、たくさん、迷った。
 
いっぱい迷って、いっぱい迷って
本当にすてきな花器を買った。
 
 
 


携帯をおっことしました。
はじめて、あの画面割れを経験。
 
しばらく携帯電話のない生活。

2016年5月25日水曜日


きのうの帰り道
もうすぐ引っ越していくなっちゃんが
「その自転車置いていっていい?」
と言った。
 
わたしはずっと、なっちゃんとけんちゃんから借りた自転車に乗っている。
白い自転車。

リサイクル品を買った、と言っていた自転車は
けっこう年季が入っているので

この間は盗難車かと疑われ
はじめて警察に呼び止められた。
 


泊まりに来ていたかげちゃんを後ろに乗せて
遅刻ぎりぎりのところ、ふたり乗りで切り抜けもした。
 
もう思い出が出来ている自転車だ。
 
 
自転車屋さんに空気を入れてもらった時
「チェーンがかなり錆びているので、いつ切れてもおかしくない」
と言われてから
チェーンが切れて転ぶイメージが時々頭をよぎり
どこかビクビクとしていたので
さっき思い立って自転車屋さんへ入り
チェーンを取り替えてもらった。
なんのことはない、すぐに新しいチェーンになって
ペダルのまわりもスムーズになった。
 
 
堀江が近い西区は
おしゃれな自転車に乗った人が、さっそうと走り抜けていったりする。
 
目に入れば、いいな、と思う気持ちもあるけど
 
自分が大切にできる自転車は、大阪に来て何もわからないときに
けんちゃんとなっちゃんが貸してくれた自転車の他にないと思う。
 



 
 

2016年5月24日火曜日


ベランダに干した毛糸のラグや
ウールガーゼのストールに触れると、もうほとんど乾いている。
 
ウールは撥水性がいいんだなーと思ってから
昨日の夜ごはんののこりを温めて、昼ごはんにした。
 
食べながら、考え事をしていた。
 
前世とか来世って本当にあるのかな。
確認しようもないけど、でももしかしてあるのかもしれないな、と
さっきは思った。
 
それから昨夜の夢を思い出した。
 
「死んだら時がとまってしまう」
 
もしも来世があるのなら、とまらない。
めぐり続けるだろう、と思った。
 
 
昨日、こわい感じが近くにきたのにはすこし心当たりがある。
妄想かもしれない、と気をつけながら。

母がずっと行っていなかった、父方のひいじいさんたちの墓参りに行くと
言っていた。
 
 
時のとまったところに、いるひとが来たのかもしれない。
 
夢話かもしれない、と置きながら
ひとつ、ここに書きたい。
夢のなかで、ああ言ったひとに。
自分のなかの、夢のかけらに。
 
 
死んでも、時はとまらない
ぬけがらを置いて
つぎへ行くこと
 


 
 
 



しばしばそういう状況になるのだけれど
やはり部屋が散らかっていた。
 
でも片付ける気も起きずに
どこか泥のようになっている。
 
 
日曜日、事務所からの帰り道に
ウール用の洗濯洗剤を買った。
 
部屋は散らかったまま
自炊も出来ていないまま
出したい手紙も出せていない
 
でも、昨日の朝、お芋屋さんへ出かける前に
ベランダに届いた洗濯機で
ずっとしよう、と思っていたセーターやカーディガンの洗濯をした。
 
 
朝、お湯を沸かして珈琲をいれるのも
どこか面倒くさくなっていて
母が送ってくれた野菜たちも、冷蔵庫に入ったまま触れていない。
今日もできなかった、と思うなかで
ひとつ、ずっとしたいと思っていたことをした。
 
泥みたいにどこかが溶けて、散らかった今日のなかに
いっこ、確かにあれをした。と思えることをした。
 
それだけで、「冬物、洗濯して、しまいたい」と
ずっとどこかに思っていた気持ちと、その周りが
すっと綺麗になる。
 


お芋屋さんでユニフォームを自分で買えないかな、と相談する。
共有しているユニフォームは、デッドストックのシャツだから、難しい、と言われ
「でも、みんな持ち帰って洗濯しているから」と綺麗だよ、とすこし困った顔で
伝えられる。
 
でも、洗剤の匂いがきついと気持ち悪くなることもあるし
ひとの匂いや気持ちがうつった服を、着るのがしんどいこともある。
 
伝えたいところを、どう言ったら伝えられるかな、と思って
曖昧に黙る。
 
面倒くさいことを言ってるのかもしれないな、と思うのと
正直に言えば、きっとわかってくれるだろうな、と思うのと。
 
 

お芋屋さんを終えて夜、
川のそばを歩こうと思って大阪駅からJRの電車に乗った。
家まで帰る途中にfence worksの事務所があって
なっちゃんの自転車が停まっていたので、ドアを開けて中に入った。
 
事務所にひとりでいたなっちゃんと、日曜日の話をしていたら
「あれを食べよう」となっちゃんが言って
冷蔵庫から水ようかんを出してくれた。
 
透明であまい。
 
 
スーパーフレックが開いているうちに、お肉を買いに行こう、と思って
まだ仕事を続けるなっちゃんと「また明日」と交わして事務所を出る。
 
なっちゃんの自転車が停まっていて
事務所に入るとなっちゃんがいる。
 
ふっと見えてくる、なっちゃんが引っ越していった6月の気配があって
 
今が、今だけ。と、心の隅がすこしかたくなった。
 
 

 
スーパーフレックに入って
お肉とミョウガと紫蘇とトマト缶を買った。
アイスを買おうか迷ったけど、食べたいアイスがないので諦めた。
 
 
8時を過ぎれば商店街は静か。
スーパーの裏の暗い道を歩く。
角を曲がると、ホテル・トロピカルが見える。
 



家に帰って
乾いたニットを取り込み、袋につめて、防虫剤を入れてしまう。
 
すこし気持ちがすっとして
毛布も洗濯機にかけて、夜のベランダに干した。
 
 
にんじんを千切りにして、塩をふってタッパーに入れる。
新しょうがをスライスして醤油につける。
 
すこしずつからだが動き出す。
 
よもぎ茶を、お茶パックに分け入れる。
途中まですすめて、ごろんと横になる。
 
横になってしばらくぼんやりしたあと
起き上がって、使いかけのタマネギと買ってきた豚肉をキムチと炒めて
ミョウガをのせて、ごはんと一緒に食べた。
 

 
夜、なかなか寝付けなくて
眠っているのか起きているのかわからないところで
夢をみた。
 
「死んだら時がとまってしまう」
 
と、夢の中のひとが言った。
 
 
目がさめて、足下の観葉植物の鉢を倒してしまい、
暗い中、倒れた鉢を起こす。
 
 
ほんとうに死んだら時がとまってしまうのかな
 
 
時計をみたら3時前で
こわい感じがよって来たので
聡くんのことを考える。
 
 
夜行バスに乗って、夜中目が覚め、
こわい感じが起こった時に気がついたのだけれど
聡くんは持っている重力が深くて輪郭が濃いので
聡くんのことを考えて、聡くんの存在感に意識をあてていると
こわい気配が聡くんにかなわず、消えていく。
 
それでまじないとなえるように
聡くん、聡くん、と思っていたら
そのままいつの間にか眠っていた。
 
 
 
この間「前世家族だったんじゃないか」と聡くんに言われた。
そのときわたしは
「同じ土だったんじゃないか」と答えた。
 
窓が開いていて
隣の保育園からカレーの匂いがしていた。
 
カレーから連想しての土かと思っていたけど
そんなこともないように思う。
 
同じ海の泥とか
やっぱり同じ土だったんじゃないかと思える。
 
 
朝がきて
起きてラジオをかけた、と思っていたけど
目が覚めてからそれも夢だったことに気づいた。
黒いラジオは家にない。
 
 
目玉焼きとウィンナーを焼いてパンにのせて食べる。
にんじんとしょうがも皿の端にそえて食べた。
 
かわいていた毛布を取り込んで
防虫剤と一緒に袋につめてしまう。
 
洗い残していたニット類をまた洗濯機にかける。

 

生きてる。時がうごく。
 

2016年5月23日月曜日



お芋屋さんで、
森、道、市場へ行った。

途中、聞きたい音楽、行きたい場所があったら
仕事をぬけよう、と話していたので

キセルの演奏になったら行こう。と思っていた。

演奏開始時間よりはやく、
音楽が流れ始めた。

ベガだ、好きな曲だ。

でもリハーサルかも。リハーサルなら本番やるかも。

そう思いながら、でも、もう始まってたら!と思って
「すみません!好きな曲が始まっているので!」と言って
仕事をぬけさせてもらい、
ステージにむかって走った。


 
アスファルトこえて、緑の芝の上。
音が大きくなって、音楽の渦の中に入る。
キセルがいる。
 
思い返せば、夢の中の風景みたいだ。
 
 
ベガは、わたしにとって、中嶋くんの曲だ。
もう10年くらい多分、会っていない中嶋くんの曲だ。
 
中嶋くんは、小さなうさぎみたいな女の子にずっと恋をしていた。
何回か告白してふられているのに諦められなくて
曖昧なふられ方に、自分では思いが断ち切れなくて
「(両思いになる)可能性がないならそう言って」と、
とどめを刺してもらいに行くと
「可能性がないとは言い切れない」と、ころされることなく帰されて
つないだ皮のところで
夢見るようにずっと恋をしていた。

中嶋くん、
 
 
そんな風に中嶋くんのことを思い出していたら
今日、ふいに中嶋くんの話をする機会があった。
 

 
ほんとうに相手をおもう、想いがなければ、相手を切れない。
そう、感じさせられたひとの在り方を前に
切られなかった、中嶋くんの姿が浮かんできて。


中嶋くんが恋をしていた、
その、小さなうさぎみたいな女の子の名前がずっと思い出せなかった。
 
だけど話を聞いてくれたひとが
「その女の子は本気でひとにも自分にも向き合ったことがないから、
相手の本気がわからない。本気の感触を知らないから」
そう言ったその時、
彼女の名前が思い出された。
 
ももちゃん
 
「本気の感触を知らないから」
わたしからみえてたその子の姿がそこにあったから、
名前があらわれたんだと思った。

ももちゃんだ。
 
 

キセルのベガの
「あぁ死んだら眠れない」っていう歌詞のところが好きと
ずっと思っていたけど
昨日インターネットで歌詞を検索したら
「安心だな 眠れない」だった。


2016年5月18日水曜日


 
どんどんと、毎日が過ぎていく。

時間を無駄に使うのがこわいと思っているとき、
何もできなかった。

時間は経つものなのかもしれない。

するところ、
あるところに。

 
わすれよう、
大切なこと。
何度もなぞりたくなる過去を。



わすれよう
 
記憶は風にふくまれる
においにすりこまれる
あのこの目になかに、髪の毛の先に
季節のひかりに
宿っているから

また出会えたときに
ふっとまた、沸き上がり
思い出すことができるから

安心して、忘れよう

 
いま、とどまっていたい記憶に手をあてながら
どうしたらいいかな、と思いながら
ふと、そう思った。

2016年5月8日日曜日



今日は生活の合間に寄っていた、シワをのばす日。
 
 
たまっていた洗濯物をほして
シンクにそのままにしていた洗い物を片付け
それからお米を炊いた。
 
午前着で荷物を受け取り
 
自転車を漕いでスタンダードブックストアへ行って
母の日の贈り物を見つけた。
 
 
気がつくとシワは寄っている。
 
1日のうちに小さく寄ったシワを
小さくのばしてから眠れたらいいけれど
 
その「小さく」ができないときもある。
それで
時々まとめて、きゅっきゅと
のばすことが必要な日がある。
 

自転車で信号待ちをしているとき
気が急いているのに気がついて
「待とう。いま、急ぎすぎてたペースを、調整しているところ」
と、思う。

信号が青になってから
横断歩道のななめ先にあるファミリーマートに寄って、
食パンを買った。
 

 
くいくいと、自転車を漕いで
神社の横を通りすぎるとき
 
数日前に出会ったひとたちの
滋味ある様を何度も心のなかでなぞっていることに気づき
 
ひとの様はこんなに見えるのに
あのとき、わたしはどう映っていたんだろう、と思った
 
そこはまったく、こんなにも、見えないんだな、と気づいて
そこはまったく、こんなにも、見えないんだ、と感じた
 
 
 
のこさんが
「前にひとから「のこさんは○○なひとだよね」と言われたことがあるけど
 自分では、えー、そんなことないのに、と思った
 自分で思っている自分と、ひとが見てる自分は違うんだなと思って
 でももしかしたら、案外、他人が見てる自分のほうが、
 ほんとうの姿なのかもしれない」
と言っていたことばを
思い出す


そう、今書きながら
「なおちゃんは、なんかいいんだよ。うん。なんかいい」
と言ってくれたくぼやんのことばを思い出した
 
わからないけど、
なんか、勇気になる
 
 
 
シワがのびたので、
いままた、絵を描き始めている

2016年5月7日土曜日




 
洗濯物がたまっていく
 
明日、まとめてごそっと
洗濯をしよう
 
 
メールの返信もたまっている
 
 
 
 
髪の毛が綿飴のようになってきていたので
切りたいな、と思っていた
 
佐田さんが中崎町にやってきたついでに
描き足した絵を渡した日
夕方からくぼやんのところに髪を切りに行くというので
わたしも便乗して連れて行ってもらった
 
ふたりが髪を切る横で
パソコンを開いて仕事をする
 
はじめての仕事ばかりで
焦ってぼろぼろとしている
 
髪を切る暇なんて、ともいえるけれど
だからこそ髪を切りたかった
 
パソコン作業をしていたら、見落としていた失敗に気づいて
「どうしよう…」と口に出したら
くぼやんと佐田さんが「え、相手に聞いてみればいいじゃん」と
返事をくれて、あぁほんとうに、そうだ、と
すこし気が楽になった
 
それだけでも髪を切りにきてよかったな、と思った
ひとりだったら「どうしよう…」のループのなかにいたかもしれないから



相手先に電話をかける
 
東京の夕方に繋がる電話が不思議だ
 
 
今日やることがあり
明日、やることがある
 
それはたぶん
なんとか、だけど
めぐっているということなのかもしれないな
 
出会いのなかから
めぐりが生まれている

そんなことを、ふと実感する




 
髪を切るふたりの会話が聞こえてくる

「最近大工さんと山菜採りをして、そしたら山菜が目に入るようになって
 車を運転してても、このへん、ありそうだなーとか、目に入るようになった
 山菜を見る、目ができた」

くぼやんが佐田さんの話を聞いている。
 
この話は、野草のはなしをしていたまゆみさんが言っていたことと
まるで同じ感覚のことを言っている、
そう思った。
 
まゆみさんの話を、くぼやんも一緒に聞いていたから
きっとくぼやんの頭のなかにも
まゆみさんのことが浮かんでいると思ったけれど
 
くぼやんは聞きながら、まゆみさんのことは話さなかった。
 
佐田さんの発見を
佐田さんのところで
聞いていた。
 
 

 
 
 
メールの返信が終わったところで
わたしの番になった
 
 
みじかくざっくり切ってもらう
  
 
くぼやんが
たったったっと
ハサミをいれていくので
 
どうして瞬間瞬間に
ハサミをいれられるんだろうと思って聞くと
 
「…さっきの話じゃないけど、目があるんだと思う」
と、くぼやんが言った
 
切るところが、見える目
 
 

 
 
  
夜、くぼやんの家でごはんを食べたとき
ふとくぼやんとふたりになって
くぼやんの語ってくれた話が
忘れがたい
 
 
ひとりひとりそれぞれに
そのひとの目にしか
見えない景色をみて
 
時々ふいにそれを
わかちあうような
瞬間がきたりする
 
そして波がひくようにして
またそれぞれの
景色の中に
 
  





翌日から2日間の企画があり
企画を終えた夜はのこさんが
「なおちゃんの来阪祝い」といって
晩ごはんをごちそうしてくれた
 
  
 
のこさんとは2年前、
穂高の山道を
すこし山の下にある、お風呂まで
一緒に歩いた
 
途中、座っているカモシカの親子を見つけて
黙って顔を見合わせたりすることもあった
 
のこさんはその時足をくじいていて
山道を降りる途中で急なところは先を進む誰かに
手をひいてもらっていた
 
その姿が思い浮かぶ


今、隣を歩くのこさんの足どりは
すっすと軽い



「なおちゃんは赤ちゃんみたいって思う」
のこさんからそう言われる。
仁美ちゃんからも2回言われたことがある、と思った。
自分のことは、自分ではわからないな、と思う。



大正駅でのこさんと別れて
家に帰る道
橋を渡ったときに
風から潮のにおいがかすかにした
 
 

2016年5月1日日曜日


パソコンをする棚の前の壁。
ペンキ塗りを一緒にした、みきちゃんがくれたカード。
僻地へ行って、暮らしながら写真を撮っているのだって。






マンションの下のコインランドリーが使えなくなってしまって
仁美ちゃんの家で洗濯してもらった。
 
洗濯物をほすのが嬉しくなるような、青空の日だった。
 
 
 
5月になった。
 
走る車の大阪ナンバーを見るたび、
なんだか不思議な気持ちになる。
 
まだどこか、長い夢をみているような感じがする。
 
でも、人生全体が本当はきっとそんな風だ。
 
夢だし、ものすごく、本当なんだ。