2016年9月15日木曜日


返していないメールが気になる。

ぐっと集中して取り組んでいたことがあったので
なかなか、メールを返せないでいた。

そういう時に
「落ち着いたら折り返すね」のひと言が
入れられるようになりたい。
こんどからは。
 
 
たくさん絵を描いた。
描いて描いて、でも本当にいい絵が描けるのは
ふっと力がぬけた、その先だなぁと思う。
 
だから、たくさん、描こう。
これからも、絵を。
そういう気持ちが生まれてきた。
 
 
力のぬけた、いい線が、ふっと引けるように、なるように。いつか。
 
 

「おわり」をちゃんとおわらせないと
「はじまり」がない、という学び。
 
いっぱい絵を描いて、
あとこれを描いたら。と臨んだ、10枚の線画を描き終えた昨日の朝、
「終わりがきた」と思った。

バトンタッチして、構成にまわす。
そこでも「おわって」それから、始まるだろう。

仕事は、手放すこと、
手放すところで終わる。
 
そんな思いが涌く。
 
一生懸命やりたいし、
満足してもらいたいから、のめりこむ。
でも最後に、しっかり、手放すこと。
 
それが最後の仕事。
 
 
あってるか分からないけど
今、そんな気持ちが浮かんでくる。
 






 
お仕事のおはなしを、ほろほろっといただく。

たのしそうな企画の、DMのお仕事。
先日終了した、ケアに関わるひとたちで座る円坐の場も
またコーディネートしてほしい、と声をかけてもらう。
 
ありがたい。


ケアに関わるひとたちの非構成の場づくり

開きたい、と思っていたけれど
限定して行うことはないのかもしれない、と思い直していたところに
話をもらって先日開催した。

少なくとも、わたし自身にその場が必要なことがわかった。



仕事の上でのことをシェアする、というよりも
ケアに関わっている、という縁というか、ある宿命(大げさな言葉だけど、ほかに見つからないのでちょっと使ってみます)をもった人たちが
集まる、ということに、図っては感じられないものがあった。


その縁の上で、場を共有しているような、そういう感覚があった。
 



 

2016年9月3日土曜日



事務所へ行くと亀がいて
名前をつけてと言ってもらったので、
「ファンタ」と名付けた。

立派な甲羅だねぇ→甲羅→コーラ(炭酸飲料)→ファンタ

という連想で。
 
 
亀をじっとみると
のどのところが動いている。
生きているんだなぁと思って
どきどきしてくる。

 
 
爪がするどかったり
餌をくわえる口の動きを見ていると
なんだかパクリとされそうで
まだ触れないでいる。




ファンタ、ファンタ、
 
名前を呼んでいたら
すこし親しくなれるだろうか。