2017年12月21日木曜日



少し前、

「どうしたらいいんだろう」と思って
ずっと悩んで答えを探していたけれど

気がついたのは
目の前に答えがなければ、答えはないということ。

どうしたらいいんだろう、なんて
そもそもわかるはずなくて
できるのは
何が起こっているのかの確認と
自分はどうしたいのかの問いかけだけ。

「どうしたらいいんだろう?」と思うと
脳は優秀で、いくらでも答えまがいのものを作り出していく。
よく出来ているから、それに自分も騙されていって、
どんどんどんどん、坩堝。う〜ブルブル。

夜、ぐるぐるして、眠れなくなった。

そうして周りの人も巻き込んで、混乱を続けていた。



ない答えを作り出していることに気づいてから
「どうしたらいいんだろう?」という問いが消えた。

「どうしたい?」と自分に聞くようになった。

自分から出てくる答えは
こどもっぽかったり、
そんなものなの?と思うくらい、シンプルだったりする。

頭でぐるぐる考えているほどの複雑さは微塵もない。



でも、「そんなものなの?」というような
シンプルでささやかなものに
私はずっと命をもらってきた。

たとえば、寒いからっていれてもらった足湯だったり
一緒に遊ぼうって、声かけてもらった嬉しさだったりに。



疲れたから休みたい、とか

好きだから一緒にいたい、とか
 
楽しいからもっとやりたい、とか
 


どうしたい?って自分に聞くようになって

私は全然、複雑な人間ではないんだなぁということを知った。


2017年12月17日日曜日



お芋屋さんの仕事が続いて少し疲れが出て来たのか
混雑した土曜日、お店をととのえる時間もないまま
次のお客さんを受けるような状況。

がおさんに「顔がこわい!」と言われて
え、と思うけど、笑おうと思っても笑えなかった。
 
洗い物をしていたら
「手が空いていたらこっちやってください」と言われたけれど
洗い物をしないと、お客さんに出すお皿もない。
 
お水のコップとおしぼりの用意ができてから
予約のお客さんに電話したい、と言って準備をしていたら
準備をしている間に他のスタッフが席を待っているお客さんに電話をしていた。

お店がお客さん優先のリズムになっていく。

途中からお店の中の油の匂いや蜜の匂いがぐんと迫ってきて
気持ち悪くなって立っていられなくなり、結局その日は早退した。
 


 
以前、すごくお店が混んでててんやわんやだった時、
オーナーの石山さんはお客さんを置いて
「そこにめちゃおもろい中学生がいて、絶対見たほうがいい。みんなで見に行こ」
と言って、スタッフみんなを店の外に出した。


店のすぐ近くにストリートダンスをしている中学生2人組がいて
「チップくれたら踊ります」と言う。

「踊ってくれや」と石山さんが言うと
2人の男の子は生き生きと踊り出した。

ヘルメットも何もつけていないのに商店街の通りで
頭ぐるぐる、まわしたりして。

拍手をして、急いで店に戻って、石山さんはお店のレジからお金を持って
私とおかめちゃんはお芋のチップスを箱に詰めて彼らの元に戻った。

それで、気ぜわしくしていた気持ちがほどけて
もう一度、自分たちのリズムにお店の空気が戻っていったことがあった。



早退をした日
家に帰ってすぐにお風呂に浸かって
それからお布団に入って眠った。

横になりながら、今日の何がいかんかったんだろう、
今度はどうしたらいいんだろう、ということを考えた。

それから、自分のしていることや状況を
もっと人に、伝えていく必要がある。ということと

一緒に働いている人が何をしようとしていて
今どこに触れているかも、聞く必要がある。と思った。




中心が、自分から外れてしまうとき
エネルギーが回らなくなる。





夜中に1度目が覚めて、水を飲んで
それからまた眠って、翌日の昼頃まで横になっていた。

インスタグラムは携帯からアプリを抜いていて、しばらく見ていない。
時々パソコンで見ている。
ツイッターをこの頃見ていたけれど、今日起きてから、
フォローしている人を少し減らした。



昼、ふとんから出る前に西くんと少し電話をして
話しているうちに笑ったら
なんだか元気になってきた。


起きて洗濯機を回して洗濯物を干してから
簡単なお昼ご飯を作って軽く食べて
それから手紙を3通書いた。
それから絵を描きに事務所に行った。



亀の水槽の前に立つと、亀が水にふよふよ浮かびながら
こっちに寄って来たので、お腹が減ってるのかな、と思って餌をあげると
パクパクと食べ始める。
少しだけ水槽に水を足した。



頼まれていた印刷物の用意をし終えてから
お腹が減ったので、やよい軒にいってチゲ定食を食べた。
私の両隣の人もチゲ定食を食べていた。

それから、スタバに行ってチーズケーキを食べてあったかいコーヒーを飲んだ。
吉本ばななの新しい本の続きを読んだ。
雑貨屋さんで母に贈る小さなプレゼントを買った。



帰り道、自転車を漕ぎながら考えた。

本当は母を旅行に連れて行ってあげたい。でも今の自分にはできなくて
本当にささやかなものしか贈れない。

前は、本当に贈りたいもの(旅行)を贈れないなら
何もしないということをしていた。
でも、今、贈りたい気持ちがあるなら
今贈れるものを、それがどんなにささやかだとしても、今贈れるものの中から
良いものを選んで、贈ったらいいんじゃないか。

何もしなければ、何もしないということしか残らない。
思ってる気持ちがあるなら、あるということを、
思い通りの形ではなくても、伝えたらいいんじゃないか。



それから事務所に戻って、絵を1枚描いて送った。


そして、やりとりしながら
なんとなく気になっていたことを
言葉にして先方に送ってみた。

内容は
私が少額で引き受けた仕事について
先方が気にかけてくれて
「いつか返せるようにがんばります」とメッセージをもらったことについて
「気にかけてくれてありがとう。でも今回は話しあって納得したことだから、充分だよ。何か返ってくることは期待していないし、注ぎ込みたいだけ。だから、返してくれなくていいよ」
とメッセージを送った。


仕事を受ける時の、お金の問題ってとても難しい。
正直にいえば、今の自分は旅行に行く余裕もないようなところにいる。
それでも、気持ちがあってお金にかかわらずやりたい仕事もあるし
関わりたい人もいて、その関係はずっと大切にしたい。
そして相手の状況を聞くほど、相手の予算で受け取りたくなる。
でも自分にも自分の状況があり、それをきちんと見なかった結果
この秋は火の車になってしまった。
だからこれからは、丁寧に見ていきたいと思っているし
必要があればちゃんと相談していかないと、と思っている。


そんな中で、夏からの約束だったので
引き受けた仕事。

「いつか返せるように」という、
相手にとっては良かれと思ってかけてくれただろう言葉
申し訳なく思ってくれた気持ちが、重荷になった。


返してほしいものなんて、何もないんだった。



自分もつい、言ってしまう言葉でもある。
身にあまるものを受け取った時に。

でも、この言葉の重たさに触れてから

そもそも、返せるものなんて何もなくて

生きていることは受けとり続けることなんじゃないかと思った。


まず、生きていることそのものがそう。
生きてる恩恵を、返すことなんてできない。
ただ生きるだけ。


受けとったものを返すことなんてできない。
受けとったのならそれを両手でこぼさないように
しっかり受けとること。

そして本当の意味の返礼というものが、もしもあるのなら
それは
それを受けとったことで、変わっていくこと
なんじゃないだろうか。




2017年12月7日木曜日

気づいたら12月

「もう年末ですね」
「今年1年何してましたっけ」

という会話を、介助の仕事先で交わす。
 
4年前に、岐阜へ行った時に買った白いマグがあって
ひとり暮らしを始めてからウキウキと使っていた。
 
2つ買ったうちの一つに、いつの間にかヒビが入っていて
聡君と仁美ちゃんが遊びに来てくれた時
ヒビの入ったマグを見て
「なおが怒りを抑えているから、こうしてかわりに物が壊れる」
と聡君が言った。


それを聞いた時、きっとそれは本当だろうと思い当たった。
なぜなら、私はずっと怒らなかったし、
自分が怒っていることにも気づいていなかったから。
大阪に来てから、はじめて、
怒らない私に不自然さを感じた人たちとの関わりによって
自分のところにある怒りに触れ始めた。




この頃の自分は
自分のところにきているものから目をそらして、ぐるぐる同じ場所を回っていた。

具体的なところはまだ動いていないので
具体的に書くのを避け、抽象的な物言いになってしまうけど

つまり

変化がやって来ているのを感じているけど
変わることを避けて、来ているものを無視する
 
ということを、必死でやっていた。

来ているものを抑えていて、
抑えているのも初めは自覚がなかったので、
わけがわからず、ものすごく心身共に重たかったし
近くにいる人もその重さを感じている様子だった。

千と千尋のかおなしのようなイメージ。

自分のところにあるものに、触れていないと
かおがなくなっていき、たやすく正体不明になる。

もしくは、もののけ姫のタタリ神のようでもあった。
触れていくものが腐っていく。。

自分も元気がないし、その様子を見て助けにきてくれた人も元気がなくなる。
自分と関わってヘロヘロになっている某H美ちゃんの姿を見たときに
心底、これじゃいかんと思った。自分で見ていないものがある、と思った。

自分が片付けられないでいるものを、
人を巻き込んでまだ片付けずになんとか進もうとしている。

自分が何をしているのかちゃんと見ることにした。



そんな変化の最中にいる時

うちに遊びに来ていた西くんが、洗い物をしようとした時に
手が滑って、落としたマグの縁が欠けてしまったという。
 
連絡をもらってあとから見てみたら
ヒビの入っていたマグの、縁が2箇所欠けていた。
 

西くんは気にしていたけど
そもそも岐阜でこのマグを買った時に、好きだった人がいて
その人といつか使えたらいいなと思って買ったものだったから
もうここで使い終えていい気がする、と話した。


マグが欠けた報告をもらった時には
自分が気持ちを抑えていたことも見え始めていて
私が気持ちを抑えた分、
マグが、今回も身代わりになって
抑えたものを受けてくれたのかもしれない
とも思った。


マグは
金継ぎをすれば素敵になって使えそうだし
岐阜にある本田さんという、素敵な場所を初めて訪れた時に
よくよく選んで買ったものだったし
岐阜を訪ねたのはそもそも、2年介助させてもらったAさんの引越し先までついていき
最後の引き継ぎをしていた期間のこと。
 
今までの大切な時間を受けているマグではあった。
 

手元に残そうか迷ったけれど
今朝、2つ買ったうちの1つだけ手元に残し
ヒビが入り、縁の欠けた1つは新聞紙に包んでさよならした。



新聞紙に包む前に
ヒビと欠けの入った
綺麗な白い陶器を見ていたら
なんとも言えない気持ちになった。
 
ありがとう、とも言い難いし
ごめんね、というでもない
その両方な気もするし
それを言うとしたらこちらがマグに対し、ひどく傲慢な気もする
 
なんとも言えない気持ち。
なんとも言えない気持ちで、
しばらく手のひらに包んだマグと向き合った。
器の微妙な白の味わいや重さが伝わってきた。
 
 
新聞紙につつんだマグの入ったビニール袋、
マンションの入り口にあるごみ集積所に置いてきた。




自転車を漕ぎながら
マグがひとつになったから
もうひとつ近いうちに買わないとな、と思った時
DOORSで益子焼のマグを買おうと思い浮かんだ。
 
カップはもう、ペアで揃えなくてもいいな、と思う。

それから、
自分に来ているものを
自分で迎えていこう、と思った。


 




 
マグの柔らかい白
欠けて見えた釉薬のかかっていない内側も
新雪みたいに、ただただ綺麗な白だった。





2017年9月30日土曜日



梅田の映画館で『パターソン』を観てきた。
 
左隣に座っていた女の子は靴を脱いで
座席の上に足を上げてスクリーンを見ていた。

暗がりの中
時々視界の端に、彼女の白い足がうつって
その白さが綺麗だと感じた。
 
空いている映画館
家で観るみたいに、足をくずして。
  
 
パターソン、よかった。

ジム・ジャームッシュの映画は
観たあと、映画の中の時間がぶわぁっと体内に、
日常に、流れ込んでくる。
その新鮮な空気の揺らぎを、知っているような気がして
映画を観ると
現在の続きに、あの場所があるような
あの場所の続きに、現在があるような
そんな感覚を迎えることになる。



2017年9月19日火曜日



日曜日の昼間に
近畿地方を覆う予定だった台風は
高知で随分長いこととまっていたみたいで
夜までお天気がもって
京都御所を散歩できた。
 
 
京都御所はひたすら大きくて
白い砂利道がずっと続いていた。
 
その脇を立派な松なんかの木々が生えていて
木の枝ぶりを眺めながら歩くのは気持ち良かった。






鴨川近くにある、ホホホ座で流れていた音楽。
流れた瞬間、いいなと思ったら
一緒にいた人が「この音楽が気になります」と言って
お店の人に誰の曲か聞いていた。

イ・ラン
という人の音楽だった。

 

帰ってきて、翌日、風邪をひいた。
体の中が、ボワンとする。
 
台風は夜のうちに過ぎていて
朝から介助の仕事があったので兵庫へ向かった。
 
よく晴れている。
 
排便の処理をしながら
日常会話を続ける。
 
便はくさい
そしてそれは当たり前のこと
 
赤ちゃんのウンチだってくさい
 
前は、くさいと思っちゃいけないと思っていた。
そう思うのは相手に悪いことだと思っていたのだ。
 
でも便がくさいなんて誰だって知ってる。
 
顔に出したり口で言ったりするわけじゃないけど
「くさいと思っちゃいけない」と思うのをやめたら
 
結構それは、なんでもないことになった。
 
淡々と処理をするだけ。
それは出るし
その処理の介助が仕事だから。
 

 
秋が深まる、台風一過の日。
交代のヘルパーさんが
「今日は台風家族やな」と言った。
 
たいふうかぞく、たいふういっか、たいふういっか
 
脳内変換して
「本当ですね」と返事したら
 
「台風家族やな、と言って、本当ですねって返事きたの初めてやわ!」
と言われた。
 
 
台風家族の月曜日。



2017年9月12日火曜日



色々やることがあるけれど
パソコンを見ている目が疲れてきて
何をやっていけばいいのか散らばっているものを
整理できず、順番に見ていけなくなってきたので

自転車を漕いでスタバへ行った。


ほうじ茶ティーラテを飲みながら
「疲れた時は、休もう」と思った。
時々忘れる、あたりまえのこと。

「そして今、疲れているな」と、疲れてる自分を見つけた。
先週はずっと、忙しかった。よく頑張った。
 
ひと呼吸。
 
夕ご飯はちゃんと家で作ろうと思って
久しぶりに好きなスーパーへ行った。

24時間営業の玉手ではなくて、21時に閉まる市場の中にあるスーパー。
お客さんに主婦が多く、そのスーパーに入ると「生活」の空気に包まれて安心する。
野菜とお肉とヨーグルトと卵を買った。

 
夕ご飯にレンコンと豚肉を炒めて食べたけれど
レンコンにちょうどいい焦げ目がついて、美味しくできた。
 
1時間ほど眠って、また事務所へ行って絵を描こうと思って横になったら
そのまま寝入ってしまっていたようで
夢を見ていたら電話が鳴った。真夜中0時だった。
 
おかげで見ていた夢を、よく覚えている。
金木犀の茶葉をもらう夢だった。
 
 
京都の住宅街を歩いているその人は帰り道の中。
背景にガシャン、という音がして
「ガシャンと音がしましたね」と言うと
「今、薬局の前で、トラックがとまって荷卸ししています」
と教えてくれた。

 
夜中、薬局の前で、トラックから荷がおろされていた。

2時過ぎから雨。朝になってもまだ雨が降っている。

 

 

2017年9月9日土曜日


マーガレットズロースというバンドを教わって
好きになって、最近ずっと聞いている。

いい歌。




2017年9月7日木曜日


きのう、介助の仕事を終えて
外へ出ると月は雲に隠れていた

暑さがぬけて、でもすこし湿気った夜
自転車をゆっくり漕いで、駅の隣の駐輪場まで。
借りてる自転車を戻して、駅に入り
のぼりホームに立つと、そこからは満月が見えた。

月ってどうして、あんなに白いんだろう
と思いながら見ていた。

月曜日
なおちゃんとみおちゃんと、みおちゃんのむすめっこのつきさんとあおさんが
関西に来てくれて
一緒に京都の街を輪になりながら歩いたり
神戸の海辺を、やっぱり夕方、歩いたりした。

女の子ふたりが眠ったあと
発泡酒を飲みながら3人で話した。

一緒にいるときの空気はついこの間も会っていたように近いけれど
会わない間にそれぞれに流れている時間のことも
確かに感じた。

そしてそれは、しみじみ、生きている、ということの、「旨み」のように思えた。
味わい、というのかな。

いろんな風を受けて、いろんな気持ちを知って
泣いて塩っからくなったり、明るく軽く、笑えたり、
眩しくて消えそうなくらいのよろこびに触れたり

そんな風にして生きているから
わたしも なおちゃんも みおちゃんも
あの生まれたばかりの女の子たちのように、ピカピカでふわふわで、柔らかくはない。

まるで何度も洗ったタオルのようだけど
吸水性は磨きかかっているぜ、というか。

みおちゃんたちの泊まるホテルの部屋を出るときの
ドア越しのみおちゃんの美しさは眩しかった。

阪神電車に乗って家に戻り
うちに泊まるなおちゃんと、お茶を飲みながら話した。
話しながら眠って、起きて横を見たらなおちゃんが眠ってる
そのふんわりとした明るさに、朝から心が和んだ。

涼しくて、肩の力が抜ける。




2017年9月4日月曜日



大正のおでん屋さんで
おでんを食べながら話した人
 
高田渡の話になったので
「道で眠った、って歌、知ってます」
と言ったら
「あの歌ですよね、あるーきーつかーれてはー・・」
と、『生活の柄』をちょっと思い出し歌ってくれたのだけど
その鼻歌がうまくて、ちょっと聞き入ってしまった。
 

「瑞々しい」という言葉を、よく使う人。

 


2017年8月24日木曜日

居眠りして神戸に着いていた

埼玉が甲子園で優勝した、嬉しい。と
母からメールが届いていた。

2017年8月18日金曜日


 
大阪に来て2度目の夏がもう少しで終わりそう。
先日、用事を頼まれて自転車を漕いでいる途中、甲子園球場の横を通った。
初めて甲子園球場が視界に入った瞬間、うわぁっと込み上げてくるものがあった。

私は全然野球に関心がないけれど
夏休みにはいつも、テレビから高校野球放送が流れていて
プールへ行く前やご飯を食べている時や、昼寝している横に聞こえていた歓声
あのグラウンドが
今、目の前にあるここなんだと思った。
 
 
関東は8月に入ってから雨が続いていて
気温も上がっていないとニュースで知る。

大阪はずっと暑くて
寝る前にクーラーをかけて眠っても
タイマーが切れてクーラーが止まると暑くなって目が覚めるような
そんな夜が続いていた。



7月の終わりに、
何かが剥がれたように涙が止まらなくなったことがあった。
 
どうしてそうなっているかわからないけど、どんどん涙が出て来て
それから力が抜けた。
 
 
事務所から家まで、自転車を漕いで帰っている時
この風景に、だいぶ馴染んできたなと思う。
  

大阪に来て私は、怒るようになった。
ここ最近のことだけれど、
「なんでそんなこと言われなあかんの」とか
「腹たつわ!」とか、言葉に出すようになった。
 
そうすると、なんでか相手が笑ってたり
周りが笑ってたりする。
 
言葉にするからそこで私もイライラは流れていて
怒ったのに一緒に笑ってたりする。
 
こうやって書いてると、お腹の奥がぐるんと動いてジワ〜っと涙があがってくる。
随分長いこと、「怒り」は私の中でないことになってた。
でもずーっと、あったんだなぁ。
「怒り」を出したらいけないと思っていたのに
怒ったら笑う人たちがいる。
顔が見えた、と喜ぶ人たちがいる。
 

 

 

 

2017年7月14日金曜日

 
遅れてきた安藤裕子ブームの中を歩いている

ノンゼンカツラの名前を覚えたのは
彼女のおかげで、名前を覚えたら、毎年見つけて
嬉しい花になった
 
オレンジに咲いて
たらんと垂れ下がる
 
暑さに燃えてるみたいに
溶けずに咲くオレンジ

 

2017年7月9日日曜日


七夕の日は
雨が降らなかった。
 
夜、外へ出ると月が光っていて
小さな星も見えた。
 
願い事を伝えたら、
短冊に書いて笹に吊るして、大阪天満宮に奉納してくれるというので
願い事を考えてLINEで送った。
 
「気持ちのよい場所に引っ越す」
 
 
大阪に来てからは夢中で闇雲な日々だったけれど
この間ふと、ひとつ風景が見えた。
 
どうしてそれが浮かんでくるのかわからないけど
 
これから向かう景色のような気がして
願い事、というか
向こうからやってきた景色に「行きますよ」と出した返事。
 
 
見えたものの、行き方はわからない。
日々、生きてみるしか。
 


2017年7月5日水曜日



台風が来ていると、真夜中に聞いて
いつ雨が降るんだろうと思いながら
自転車を漕いで家に帰った。
 
夜のうちに来るのかな、と思ったけれど雨音は聞こえなくて
朝起きたら空が晴れていた。
台風が過ぎたのかな、と思っていたけれど
まだ来ていなかったみたい。
 
中崎町の八百屋さんで買ったバジルが美味しくて
バジルを入れてトマトパスタを連日食べていた。
 


2017年7月4日火曜日


蒸し器の中にいるような夜。
翌朝、エアコンの掃除をした。

2017年6月30日金曜日

 
三重、4泊の旅から戻って来た。
じんわり余韻に浸りながら、毎朝出してもらっていたように
牛乳をたっぷり入れて冷たいコーヒー牛乳を作って飲む朝。
 
今週中に送ります、と伝えていた絵の仕事をする。

途中でくにちゃんが事務所に来た。片手にスーパー袋。
中には神山町でとって来たというビワがいっぱい。
好物なのでたくさんいただいてしまった。
「ビワの木がたくさんあって実っているのにそのままなんよ」
と言いながら、採った時の話をしてくれた。
「なんで採らないのかな」と言ったら
聡くんが「採れないんちゃうか」と言った。
ビワの木々とお年寄りたちの気配が、ふわんとやって来る。

「ビワの花の匂いっていい匂いなんだよ」と話すと聡くんが
「ジャスミンみたいな?」と言ったので
「そんなにクセがない。世界で一番いい匂いだと思う」と伝える。
いつ頃咲くのだったか、寒い時期だったか。
大宮の住宅街でビワの花の香りをかいだ時の景色がふわっと浮かぶ。

水曜日の夜に仕事先のTVでデビュー当時の中森明菜が映ったのを観て
その可愛さに驚いたのをきっかけに、
ビワを食べた後はYOUTUBEで中森明菜を追いかけながら
ずっと絵を描いていた。

描いているうちに必要な画材が出て来て
夕方、心斎橋まで電車で出かけて画材屋さんで買い物をした。

横断歩道で信号待ちをしていると黒塗りの高級車が続けて
トロトロと目の前を進んでいくので
どんな人が乗っているんだろうと好奇心で運転席を覗いてみたら
年下に見える若い男性がハンドルを握っていた。

なんの仕事をしているんだろう、資産家なのかな、など考えを巡らせて
青信号 自転車のペダルを踏み出す。
 
画材を買って事務所に戻り、またひたすら描く。
電気の下で絵を描いていると自分の頭がペン先で影になるので、
電気を背にして窓辺で絵を描いた。
 
細かい線画。

構図を組んで下絵ができたら、あとはペンを入れていくだけだから
無心の作業。

 

 

2017年6月21日水曜日

眠っても眠っても、体がかたくて
昨日、お芋屋さんで掃除を終えた後
みんなが遅いお昼ご飯を食べにいくと言っていて
石山さんから「なおちゃん、蕎麦食わん?」と聞いてもらったけれど
早く帰るのがよさそうと思って、断って帰ってきた。

中崎町の商店街入り口にある八百屋さんの野菜は美味しいので
きゅうりとミニトマト(あいこちゃん)と紫玉ねぎと水菜と梅干しを買って
谷町線に乗り込んだ。
 
家について服を着替えてから、布団に潜って眠った。
夜から約束があったので、それまで眠ろうと思った。
 
20時前に目を覚ますもまだ体調がイマイチで
21時からの約束を明日に変更してもらえないかメールをうった後
もしかしたらメールを読んでないかもしれないから、21時には事務所へ行こうと思って身支度をする。
 
20時前、目を覚ます前に夢を見ていた。
夢の終わりに誰かが私に向かって話していた言葉が残っている。
 
「40歳を前にした時に言われたんだ。『素直でよろしい』って」
 
その、『素直でよろしい』という言葉が、夢の向こうから
目覚めても照らしてきている感じがした。
 
21時前に事務所に着くと仁美ちゃんがいた。
仁美ちゃんと少し話していると、だんだんと体の重さが抜けてくる。
 
仁美ちゃんの抱えている仕事の話を聞いて
文章を書く仕事をひとつ受けおうことにした。
 
それでそのまま書いてしまおうと思って、23時前まで、文章を書いていた。
体はだいぶ楽になっていた。
途中、仁美ちゃんが「いったん帰って気分変えるわ」と言って、家に帰った。
 
ひとりで事務所にいると、亀のファンタが水槽でスイスイ泳ぐ姿が目に入った。
徳島からやってきたファンタは来た時より随分大きくなって
水槽は小さくなった。
 
文章を書き上げて仁美ちゃんにメールで送って、パソコンを閉じて帰り支度をする。
 
家に帰る途中で24時間営業のスーパー玉出に寄った。
食欲がなかったけれど、アイスクリームなら食べられそうと思って
アイスクリームを買いたくなったから。
 
ソーセージと柴漬けを買って(柴漬け+塩昆布+水菜+ちくわ+ごま油のサラダ、教えてもらったのだけど、すごく美味しい。水菜を買ったのでまた作ろうと思って)
アイスクリームコーナーへ進んでいる時、
蔵王そば、という美味しそうな蕎麦が売られているのを見たので買った。
レトロなパッケージと、母の故郷近くの「蔵王」というところに惹かれて。
 
それから蕎麦を食べるために麺つゆとアイスクリームをカゴに入れて会計をすませる。
 
夜の玉出のレジ係は、心配になるくらいのおじいちゃん。
それでも、じいさんの声は明るいし、お釣もささやかな丁寧さを持って渡してくれる。
そのやりとりで、ちょっと元気になるくらい。
 
玉出を出ると雨が降り始めていた。
雨に濡れながら帰る。
 
自転車を漕いでいるとタイヤのゴツゴツする感じがあって
これはもしやパンクしているかもしれないと思う。
 
茨住吉神社の横を通る時、甘い匂いがした。
何か植物の匂いかもしれないけれど、なんの匂いかはわからない。
 
雨の中、諦めたように歩く、スーツ姿の人とすれ違った。
あと数十分で、夏至の1日がくる。

2017年6月8日木曜日


この頃一緒にお仕事をさせていただくようになった高知の女性と話していて
彼女の働き方や生き方のスペースの広さ(距離だったり、お金の動きだったり、そこをポンと行く、心や経験も含めて)が伝わってきたら

その広さに触れて、自分が自分をひどく圧迫していることに気がついた。
 
いつも時間が足りなくて、大切にしたいことほど手が回らなくて
目の前のことをこなしていくの必死で、こなすのもギリギリだから
丁寧な仕事にならない
 
そんな風に過ごしてきたここ特に数ヶ月間の混乱は
自分で自分に招いていたことだとわかった。
 
両側の壁がぎゅーんと迫るような体感の中にいたけれど、
両側の壁に圧迫されて視界が狭くなれば、考えなくてはいけないことも少しでいいし
不安を感じる時間も最小限にできる。
やらなくちゃいけないことは渋滞していくけど、両側は壁に抑えられているから
とにかく目の前にあることだけをやっていけばいい(いくしかない)

そんな方法を自分にとって、とにかく日々を前に進めているつもりになっていた。
 
その証拠に、彼女の広さに触れて、自分をプレスしているものに気がついて
それを外そう、と思った瞬間に、こわさが走ったのだった。

こわいのは、今までそれをよすがにして、歩いてきていたから。
それがあることで見ないですんでいたものが視界に入って来るから。
でも、プレスしていることと、その仕組みが見えたから、外れてしまった。
 
彼女の広さに触れて初めて、秋のことを考えている私がいた。
今までずっと、せめて来月のことを視界に入れるだけで精一杯だった。
 
秋のことが視界に入った時、空間について、ひとつハッとなる感覚があった。

いつでも今ここ、というのは、本当にそうだなぁと思いながら
例えば時間のかけて実現したいことというのもある。
3年とか、10年とか。
 
そこに触れられるかどうかは、その空間に触れているかどうかの話だ、と感じた。
 
3年間、というスペースに私が触れられれば
その3年間の中にある出来事に、触れていくことができる。
 
スペースがないのに、3年計画を立てることは
霞に絵を描いていくようなもので、ないものを作っていくようなこと。
 

空間の話。
 
 
 
その次の日、久しぶりに空を見上げている自分に気づいた。
 
自分の好きなことを、少しずつ思い出し始めた。
 
一年近く前に言われてから、ずっと心に入り込んでいて、何かするたび気になっていた言葉を「これは私のことじゃない」と気づいて、引いてもらうことができた。
 
なんだか力がぬけてしまった。



2017年6月4日日曜日

夾竹桃の枝の下へ行くと
甘い匂いがした
 
鮮やかなピンク色の花が満開だ
夾竹桃も芳る花なのだなと思う
 
先日、名古屋に行く前に買って、それからずっと使っていたパソコンが壊れた。
おとといは、介助の仕事を終えた瞬間に雷雨がやってきて
リュックに備えていた小さなか折りたたみ傘で身を守ったけれど
強い風にしなった骨がぐわんと曲がった。
 
びしょ濡れになって辿り着いた駅のホームから、空が真っ白に光るのを見ていた。
後ろに並んでいた女の子たちも、服が濡れたときゃあきゃあ騒いでいて
22時半、到着した空いた上り電車に乗りこむと、彼女たちは
「座りたい」
「でもこれじゃ(服が濡れていて)座れないよな」
「お尻は濡れてへん。大丈夫ちゃう」
と言いながら、3人並んでちょこんと座席についた。
その姿が可愛らしくて、ひととき和んだ。
 
 
母が大阪に来た。一緒に働いている橋本さん、仁美ちゃん、聡くんと会ってもらった。
ひとしきり母が喋った後
「安心しました。これから(みんなの)名前を聞いたら顔が浮かぶから」と言った。
その言葉がじわんと伝わってきて、心配かけていたんだなとあらためて気づく。

母が2泊して埼玉に戻ったあと
私はアクセサリーを身につけられるようになった。
 
小さな頃から
母はいつもネックレスとイヤリングと指輪、それから香水を必ずつけていた。
赤い服や鮮やかなグリーンの服、綺麗な色の服をいつも着ていた。
 
私はといえば紺の服ばかり着ていて香水は匂いに酔ってしまってつけられない。
アクセサリーも可愛いものを見ては憧れるのだけれど、身につけていると
肌へ当たるのが気になったり
似合わないもので着飾っているようなあさましさを覚えたりして
アクセサリーは何をしても嫌になってすぐに外してしまった。

それが
母が帰った翌日から、アクセサリーをつけることに抵抗がなくなっていた。
もし私が醜くて、豚に真珠に見えたとしても
そんなことはもう、どうでもいいのだった。
 

 

2017年5月19日金曜日



毎日、生活していると
ふと心がまったく動かなくなることがある。
影がなくなるような心許なさがあって、揺らぎが起こらなくなる。
人ともうまく話せない。
指紋の消えた指先のようにツルツルしているので、
そんな時期のことを「クリスタルゾーン」と呼ぶことにした。
 
名前があると場所ができて、すこしほっとする。
 
「今、クリスタル入ってしまった」ということで
状況を伝えられると、周りともコミュニケーションがとれるようになる。
「あ、クリスタルね」となって。
 
かたまることもある。
やわらかいときもあれば。
 

お芋屋さんで森道市場へいってきた。
 
この頃はあまりお芋屋さんのシフトに入れていないけれど、
森道市場のイベントは社員旅行のような感じもあって
めきめき働くけれど、好きなバンドの時間には、「好きに行きや」と言われる。
見たいものがあったら「見にいってきや〜」と言われる。
昨年は2泊がしんどかったので、今年は1泊2日で参加させてもらった。
 
 
フラワーカンパニーズをききたくて、
到着してすぐだったけれどステージに行かせてもらった。
 
フラカン、かっこよくて、楽しかった。
『深夜高速』を演奏したときは、その曲が好きなひとの顔が浮かんできて
それ聞いて泣いたといっていた女の子の顔が浮かんできて
ひとりで聞いているけど、この耳に入ったもの、目に入ったもの、
そのひとらにどこかで、届いたらいいと思った。
 
市場のあとヘトヘトになって座って小さくなっていたら
がんちゃんとあらいちゃんがやってきて、体をさすってくれた。
「なおみさん、これでゆっくり眠れますね」
と言ってくれて、帰りの車の中ではぐっすり眠った。
 
ふと真夜中目が覚めた時、
みんながしりとりをしている声がきこえて
目をつぶったまま聞いていた。
「東京プリン」とあらいちゃんが言っても続くので
「ン」なのに続くんや、と思っていたら
しりとりではなくて古今東西だったと
次に目が覚めたときに聞いた。
 
家の前まで送ってもらう。
「なおちゃんちやばいで」
と言われて新地に入っていくのがちょっと恥ずかしい。
「日当りはいいんで」と言って車を降りた。
 
なんだかんだと、1年半暮らし続けている。


2017年4月22日土曜日

 
 
久しぶりにお芋屋さんで働いた。
朝から働いて、ゆっくりな1日かと思っていたら
予想に反して忙しく、ずっと働きっぱなしで夜になっていた。

外が明るいので、午後3時頃かと思って時計を見ると6時だったり。
焼き芋を焼いたり、飲み物をつくったり、
お客さんと話したり、
商店街のうどん屋さんにお昼ごはんのどんぶりを洗って返しにいったり、
忙しかったけれど、動いた分だけ疲れた体の中で、魂はすくすくしていた。
 
夜に九条に戻って、絵の仕事をしに事務所へ行こうかと思うも
もう10時間働いている、と思って、まっすぐ家に帰った。
 
ふとんにごろんと寝転ぶと、夜はひろくて
わたしが夜を、せまくしていたのだなぁと思った。
時間という時間に、やることを思いきりつめて。
 
夜がひろいのは、いいな。
 
 

2017年4月7日金曜日


うれしいメールが届いた。

いよいよ、薄手のコートで出かけても
帰り道、寒さに身をすくめるようなことがなくなってきた春に。

お返事はまだ出していないけれど、受けとっているよ。
 
 
 
絵を描いたり、企画の準備をしたり。
遅くなってしまった連絡をしたり。

企画の懇親会で出す料理を仁美ちゃんの家のキッチンで作っているとき
音楽を流しながらあれやこれや話していて、
『創聖のアクエリオン』というアニメの主題歌を仁美ちゃんが流したとき、

一万年と二千年前から愛してる
八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった

という壮大な歌詞に畏れおののきながらも
胸の底をざらっと触る感じがあってぐっときた。

『秋日子かく語りき』とか
『ぼくの地球を守って』とかを、読みふけたい夜です。

そのあと、YUKIちゃんの『まばたき』を聴く。
YUKIちゃんが自分のことを歌ってるのが伝わってきて、胸ふるえる。
かっこいい。
  
 

自分のことばで
自分自身のことばで

ここからみえることを
ここで感じていることを


わたししか知らないこと
 

2017年4月5日水曜日



フキノトウやタラノメの天ぷらを食べたりして喜んでいたら
いつの間にかコートがいらなくなっていた。

石山さんに無農薬で育てたお米を白米と玄米、どさっともらう。
3合炊きの炊飯器で、白米2合玄米1合あわせて炊く。
美味しい。

のこさんの家で食べたサラダに黒酢をつかっているのが美味しかったので、
黒酢を買って野菜に合わせてよく食べている。

 
 
1ルームの小さなままごとみたいなキッチンでは調理がしにくくて
調理台とストッカーを兼ねたこぶりな棚がずっと欲しいと思っていた。

古道具で探したり、ネットで検索したりしても、予算とサイズでぴったりくるものがなく、作ろうかと思いながらも足はホームセンターに向かない。
頭のどこかにそれを抱えたまま、ひと月、ふた月と過ぎていくので、
「あれが欲しいな」と延々と思い続けるのをやめよう、と思って
若い女の子向けのインテリア雑貨店で1500円で買った棚が、
ひとまず、という気持ちだったのにとてもいい収納と作業台になって
その棚があることで料理をするようになった。
 

 

 
佐田さんに「人生フルーツ、観たほうがいいよ」と言われて
十三の映画館へ観にいってみた。
暮らし方をみつめながら、佐田さんや、西村さん、なべ氏や、ひかり幼稚園
自分の出会ってきたひとや、育ってきた場所が重なっていく感じがした。
 
生きることを、自分の手に握りしめるのではなくて
時や、環境や、自然にゆだねながら、そこにすっと一本、自分の筋で立つ在り方。
 
呼吸が深くなる感じがした。
 
映画のなかにあるような暮らしに心惹かれながら、
あの人生が素晴らしいのは、
彼、彼らが自分自身の生きる上で起こったことに、ごまかさず、つつましく根気づよく
こたえながら生きたからだ。と思う。
そこにある悲しみにも楽しみにも、心をひらいて、地を足で踏んで。
時をかさねて。
 
かたちを真似ることよりも、態度に敬服すること。
誰かの道に照らされて生き方をかえるとき、
それがより、自分自身の道をゆくことであるように。
 
 
 
絵の仕事、絵の仕事の日々。
 
 
髪の毛がのびすぎて、どうにもならなくなったので
くぼやんにお願いして、髪を切ってもらった。
 
話しながら髪を切ってもらっていると、シャンプーをしていても
髪を切っていても、途中で手がとまって、話し込むかたちになって
18時から始まったカットとカラーが、終わったのは22時半だった。
 
ばっさりと短くなった髪。

それでももう、首筋も寒くない。
身を縮めないで歩ける。

 
 

 

 

2017年3月15日水曜日


 
荷下ろしをしながら、進んでいる。
 
積んで、運んで、またおろして。
 
 
朝、起きて窓をあけたら
マンションのむこうにもくもくと白い雲と青空が見えた。
建物で視界がうまっていても、空はあるし、そしてとても広い。


昨夜、晩ご飯を家で食べようと、19時前に事務所を出ると
明るく青い夜があって、空気もどこかゆるくて
春がきたなぁと思う。
 
 
自分が無敵ではないということ
それは当たり前のことなのだけれど
つい、頭だけになると、からだのことや
時間という制限のことを忘れてしまう。
 
できないことが、たくさんある。
 
足もとをひとつひとつ、みていこう。
 
できないこと、やれないことをみて
それから自分の手の大きさを、はじめて見つけることができた。
 
たんたんと。
 
 
色んなことを、諦めた。
 
かなわないのに夢みていたことや
自分とはずれているけれどやろうとしていたこと。
 
諦めるのには時間がすこしかかった気がするけれど
 
自分とはずれたことを一生懸命なんとかしようとしている自分の奥で
全然、のびのびしていなくて、窮屈になっている小さい自分の姿がみえたときに
 
どちらを大切にするのかが、わかった。
 
 
事務所から一本道、ずっといったところに、珈琲屋さんを見つけた。
事務所からひとつ道を折れてまっすぐいったところにも、とっても美味しい珈琲屋さんがあって
どちらも同じくらいの距離だけれど
きっとわたしは、まっすぐ、一本道の方に、これから珈琲豆を買いに行くだろうと思った。
 
どちらかといえば、ひとつ道を折れていったところのほうが
豆は好みで美味しいんだけど
足と心がむくのは、まっすぐいったほう。

まがる、ということが
案外ストレスなんだな、と思った。
 
まっすぐ一本道の先って
同じ流れのところだから
ひゅっと自転車漕ぎだしたら、なんだか直ぐって、感じられるんだ。


2017年3月5日日曜日


色んなことが全然間に合っていないまま
むかえた3月。

あれをしなくちゃこれをしなくちゃ
ということがいつも心身に乗っかって
朝起きると
「ちゃんとしよう」「ちゃんとしよう」
と自分に言い聞かせている。

でも一向にいろいろできないのだから
どうしたらいいんだ、と思っていた。

こんな気持ちで描いた絵がいいわけない、とも思った。

ずっとためていた会計を終わらせて
ものの考え方を教わって
少しずつ手から抱えていたものが離れていく。

珈琲がすこしからだにしんどくなってきたので
なおちゃんにもらったハーブティのまだすこし残っているのを飲みながら
あぁ、そうだ、なおちゃんにお茶をつくってもらおう。と思う。
それで思いついたそのままにラインを送った。

なおちゃんからの返信は、落ち着いた感じで
的確にいくつかの質問が添えてあって
なんだかその感じにほっとした。

病院で看護師さんに、脈をとってもらうときみたいな
すっと、心がしずかになる感覚。


それから自分でもからだのことを少し見始める。
6時間は睡眠が必要だ、それより短いと疲れがぬけきらない。ということも発見して
6時間眠ろう。6時間眠れるようなスケジュールを組もう。と思う。
いつも4時間とか5時間後にセットしていた目覚ましを、
6時間後にセットしたとき
眠ることが嬉しくなった。
 
 
介助の仕事の研修の帰り道、
仁美ちゃんと橋を渡っているとき、川の向こうに日が落ちたあとの綺麗なピンク色と、うす水色のしずけさが広がっていて、川がたゆたゆとしていて
「この時間が好き」
と言って足をとめた。

仁美ちゃんも隣で立ち止まって、空を眺めながら
「すこしまえの夕陽がぴかーっとしているときより、こっちのほうがすき?」
と聞かれる。
「夕陽がぴかーっとしているときもすきだけど、この時間がすきかも。風がこうやってふいてきて、ちょっとつめたいな、でもあったかいな、とか。遠くのほうまで見える感じがする。しずかで」
と答えると
「おもしろいな、今なおが言ったことそのまんま、なおに思うことやわ」
と、仁美ちゃんが言った。

なんだかじわっと嬉しかった。

 
それから、これから仁美ちゃんとふたり
女性ってなんだろう、という企画をつくるところにいるので
その話をしながら帰る。

はじめは
「自分のなかの女性らしさとか、女性の質みたいなのがわかれば
自分のなかの男性的なところも抵抗なく使えるようになるのではないか」
という話をしながら歩いていて

事務所の玄関前にきたところで、仁美ちゃんが最近の出来事を話してくれたとき
仁美ちゃんは仁美ちゃんのままで、一緒に働いている男の人がその人のところで動いて
豊かにめぐっている景色がみえたときに
「別に男性的なところ、使えなくてもいいかもね」
と、思ってそういったら、なんだかすごく楽になって
仁美ちゃんとふたり「フーーーーーっ」と長い息がもれた。


ひとりマッチョにならなくていいね、という話をした。

2017年2月10日金曜日



東京から新幹線に乗ってやってきたたっつんは
翠江堂の苺大福と鹿の子をくれた。

きっとその日の朝に作られただろうお菓子が
いま大阪の自分の手元にある不思議。
距離をひとは飛んでいく。


村上春樹の著作の中で読まないでいた
『ねじまき鳥クロニクル』を勧めてくれたのはたっつんで
その本を読んでいる間には、本の内容と現実がシンクロしていくような
不思議なことが起こった。
 
埼玉から帰る日、
本棚に残していた本と雑誌をすこし、後から送ってくれるように
母に頼んでいて、そのなかに『ねじまき鳥クロニクル』の3冊もいれた。

 
村上春樹の小説とか『モモ』から教わったことは
くらやみ(何が起きているかわからないところ)への耐性だったように思う。

何が起きていて、どこにいるのか、わからないから
やみくもに動いてしまいそうになるけれど
確実に、着実に、1の次の2を、2の次の3を、と
歩みすすめること。決して戻らず、決して急がず。
そのときに必要なこと、それだけを、そのときに。

 

読みながら、学んだつもりでいたけれど
34歳のわたしはすっかり忘れていた。
 
 
 
もう一度、てもとに。
 
 
 





2017年2月9日木曜日

古河、幸手とめぐって
ふたりの祖母に会って
埼玉への帰省を終えて大阪に戻って来た。

夜行バスは池袋23時半発で、梅田に6時10分着と
短めの乗車時間だったのと
乗る前に薬局で耳栓を買ってつけていたので
案外楽だった。

隣の女の子は毛布と首にはめこむタイプの枕を持参していて
夜行バス慣れしている感じで、乗ってすぐに毛布にくるまって眠っていた。

朝、大阪に到着してシャワーを浴びたあと
三重の亀山へ向かって電車に乗った。
時間はかかるけど、乗り換えは一度だけでよかった。

奈良を走っているあいだ、山の色に春が混じっていて
あぁ、季節が変わったんだなぁと思っていたら
線路のむこう側に雪山があらわれ出す。

伊賀の山々には雪が積もっていて、
雪を被った木々の影が美しかった。

亀山の駅に迎えに来ていただいて
絵のお仕事をいただいたアトリエで、お話を伺う。

毎回、思う。大切な屋号を描く仕事を承っているということについて。
だいじなイベントのお知らせも同じくだけれど。

光栄な気持ちと一緒に、びびっている私もいる。
だからこそ、たんたんと。ぶれないように。

2017年1月31日火曜日



道半ば、ということばが
ふと浮かんでくる。

二度寝してしまったところを電話で起こしてもらい
電車に乗って京都へ向かった。

京都は寒い。
雪に触れているような、湿気を帯びた冷たさが渡っている。

JRの駅を降りて
京都タワーをみると、心がすこし、すっとする。

2017年1月26日木曜日

 
きのう、自転車を漕いで介助にむかいながら
前はまっくらだったのに
今日は公園も道の先も見えるな、と思った。
 
雪あがりで空気もたんと澄んで冷たい。
この冬の寒さの底にいるのに、ひかりは先に届いてきている。
 
 
携帯電話のインターネットが、突然使えなくなった。
その前からちょっと調子が悪かったのだけれど
それでラインもgmailもスマートフォンでは見られなくなって
ショートメールと通話しかできなくなってしまった。
 
それで自然とスマホに触れる時間が減っている。
心のなかで閃いたことがあっても、誰にも共有できないから
スマホの中のメモ帳をひらいて、どこにも発信されない言葉を綴る。
 
 
文字制限のあるショートメールが
思いがけず、気持ちを楽にする。
 
スマホを見すぎてしまうのが気になっていたので
これを機に、ガラケーにかえようと思った。

 
 
 
携帯がつながらなくなったとき
直前に起こった出来事とリンクして
「よっぽどこたえたんだな」というようなことを言われた。
電化製品は、身代わりになってくれることが多いから、と。
 
 
確かに、けっこう、ショックを受けているな…と思いながら過ごしていて
数日後、
わたしが相手にされたことと同じようなことを
調子が悪くなった自分が他者に対して、していると気づいた。
 
 
がくっと力がぬける。
 
 
 
どんな理由かわからないけれど、
スマホの調子が悪くなったことはよい機会だった。
 
持ち物をかえよう。人との関わり方もまた見つめ直そう。
24時間つながっているところから、すこしずつ離れていきたい。
 
 

 
 
 

 


 
 

2017年1月12日木曜日

 
 
昨日ふと、空をみたら空が広くて
なんだかほろりと、呼吸が楽になる感じがした。

 
月が満ちてきていた。
 
 
この1年、テレビがない生活は困るところなく過ぎた。
介助先でテレビを見ることもあるから、
まったく触れていないわけでもなかったし。

それでも、部屋で作業をするときには
不思議と「外の音」があったほうがリズムがとれるのも感じていたので
ちいさいラジオを買った。
 


 

2017年1月7日土曜日

 
 
 
仁美ちゃんとふたりで、仁美ちゃんの冬服を買いに行く。
トップスもボトムも、たくさん試着してみる。
手にとったときには似合うと思っていても
実際に着てみるとぱっとしなかったり
期待していなかった服が思いがけず似合ったりして
「似合う服」は着たときにはじめて見つかる。
 
 
仁美ちゃんに似合う服を、わたしが夢中で探す姿から
「なおは服が好きやなぁ」と言われて
あぁ、服が好きなのかもしれないなぁと思った。

 
おしゃれなわけでもないし
服もあんまり持っていないけど、服はたのしい。
 
「珈琲が好きやなぁ」と言われて
珈琲が好きなことに気づいたり
「辛いの苦手なのになんでからい、からいって言いながら食べるん?」と聞かれて
辛口カレーが苦手だと気づいたり
そんな風に、周りのひとの目線で自分を見つけることが重なっていたけれど
服のこともそうかもしれない。

 
 
いいのがあったらコートも買おう、と
なんばのリサイクルショップへ行った。

玉石混合の中から、ひたすら仁美ちゃんに試着してもらい
合わせやすそうな丁寧なつくりのチャコールグレーのコートを選んだ。

わたしも手にとったキャメル色のダッフルコートが思いがけず似合ったので買った。
1700円くらいで買ったけど、状態もすごくいいし
ほとんどウールなので軽くて暖かい。嬉しくなった。

 
今日、午前中に介助の仕事を終えたあと
仁美ちゃんは絶対に白のスヌードをあのコートに合わせるといい、と思うと
はやく合わせてほしくなり、大阪駅で降りてルクアで真っ白のスヌードを買ってプレゼントした。
自分のキャメル色のコートに合わせるストールも見つけた。


やっぱり服は面白い。


それにしても、
自分の買い物ではなく
仁美ちゃんに似合うものを探す、ということを夢中でして
「わたしって普段どうやって服を選んでいるんだったっけな」と疑問が浮かんできた。
 

「自分って何が好きなんだったっけ」と思った。

キャメル色のコートに合わせるストールもすぐに目に入ったけど
それはどうしてなんだろう。
 





2017年1月6日金曜日


年が明けて
カモメに餌をあげた。
今日が6日だから、まだ1週間も過ぎていないけれど
なんだか色んなことがあった感じがする。
昨年1年は、与えてもらった1年間だったなと
年の終わりに感じていた。
いろんなことがあったけれど、ひとつひとつの出来事に
ちゃんと関わって越えてきたと思う。
ひとりじゃなかったからできた。
今はまだわからないけど
昨年1年間で開いたことや、経験して終えたことが
このあと生きるだろう長い時間にとって
とても大事な1年になったと思う。そんな実感だけはある。
埼玉を離れて、昨年1年は
「自分が何をしたいか」ということを見つめるよりも
目の前にやってくることを、とにかくやっていくという年で
明日、自分が何をしているか前の日の晩に確認して…ということのずっと繰り返しでした。
そうやって自分のところに何がきたかというと
絵を描くこと
介助の仕事
聴くということのひたすら稽古
おばあちゃんとの再会 - 自分の生い立ちの確認
焼き芋屋さん
場を開く仕事
伝える仕事
ごはんに関わること
でした。
絵を描くこと、声をかけていただいて開いていく年でした。
そして、介助とか看護のようなところも、
やっぱり自分のところにめぐってくる。
森のイスキアに憧れた自分としては
聴くこと、場をひらく、ごはんに関わること
とキーが募っているのもおもしろい。


生きることは不思議です。
いつも
「自分の本当にやりたいことは何?」と問われてきた気がするけど
やってみないとわからない。
「どうやって生きていきたい?」の答えを探すよりも、
生き始めてみる、ということなんだな
と、感じます。
自分にできることは、
沖縄の島のひとたちが玄関のまえをいつでも綺麗にしているみたいに
自分を掃き清めたり、落ちてるものを拾ったりするくらいで
空の色や
隣に誰が引っ越してくるかなんていうことは
いつも外からやってくる。
外だと思っているそれも内側かもしれないし
内側だとおもっているわたしも、外の一部かもしれないけれど。
玄関のまえを掃き清め続けることだって
なかなかの仕事さ。
今年はもうすこし、
前日に明日の自分を確認するような展開ではなく
長い呼吸、深い呼吸で生きようと思います。
今年もよろしくお願いします。