2017年7月14日金曜日

 
遅れてきた安藤裕子ブームの中を歩いている

ノンゼンカツラの名前を覚えたのは
彼女のおかげで、名前を覚えたら、毎年見つけて
嬉しい花になった
 
オレンジに咲いて
たらんと垂れ下がる
 
暑さに燃えてるみたいに
溶けずに咲くオレンジ

 

2017年7月9日日曜日


七夕の日は
雨が降らなかった。
 
夜、外へ出ると月が光っていて
小さな星も見えた。
 
願い事を伝えたら、
短冊に書いて笹に吊るして、大阪天満宮に奉納してくれるというので
願い事を考えてLINEで送った。
 
「気持ちのよい場所に引っ越す」
 
 
大阪に来てからは夢中で闇雲な日々だったけれど
この間ふと、ひとつ風景が見えた。
 
どうしてそれが浮かんでくるのかわからないけど
 
これから向かう景色のような気がして
願い事、というか
向こうからやってきた景色に「行きますよ」と出した返事。
 
 
見えたものの、行き方はわからない。
日々、生きてみるしか。
 


2017年7月5日水曜日



台風が来ていると、真夜中に聞いて
いつ雨が降るんだろうと思いながら
自転車を漕いで家に帰った。
 
夜のうちに来るのかな、と思ったけれど雨音は聞こえなくて
朝起きたら空が晴れていた。
台風が過ぎたのかな、と思っていたけれど
まだ来ていなかったみたい。
 
中崎町の八百屋さんで買ったバジルが美味しくて
バジルを入れてトマトパスタを連日食べていた。
 


2017年7月4日火曜日


蒸し器の中にいるような夜。
翌朝、エアコンの掃除をした。

2017年6月30日金曜日

 
三重、4泊の旅から戻って来た。
じんわり余韻に浸りながら、毎朝出してもらっていたように
牛乳をたっぷり入れて冷たいコーヒー牛乳を作って飲む朝。
 
今週中に送ります、と伝えていた絵の仕事をする。

途中でくにちゃんが事務所に来た。片手にスーパー袋。
中には神山町でとって来たというビワがいっぱい。
好物なのでたくさんいただいてしまった。
「ビワの木がたくさんあって実っているのにそのままなんよ」
と言いながら、採った時の話をしてくれた。
「なんで採らないのかな」と言ったら
聡くんが「採れないんちゃうか」と言った。
ビワの木々とお年寄りたちの気配が、ふわんとやって来る。

「ビワの花の匂いっていい匂いなんだよ」と話すと聡くんが
「ジャスミンみたいな?」と言ったので
「そんなにクセがない。世界で一番いい匂いだと思う」と伝える。
いつ頃咲くのだったか、寒い時期だったか。
大宮の住宅街でビワの花の香りをかいだ時の景色がふわっと浮かぶ。

水曜日の夜に仕事先のTVでデビュー当時の中森明菜が映ったのを観て
その可愛さに驚いたのをきっかけに、
ビワを食べた後はYOUTUBEで中森明菜を追いかけながら
ずっと絵を描いていた。

描いているうちに必要な画材が出て来て
夕方、心斎橋まで電車で出かけて画材屋さんで買い物をした。

横断歩道で信号待ちをしていると黒塗りの高級車が続けて
トロトロと目の前を進んでいくので
どんな人が乗っているんだろうと好奇心で運転席を覗いてみたら
年下に見える若い男性がハンドルを握っていた。

なんの仕事をしているんだろう、資産家なのかな、など考えを巡らせて
青信号 自転車のペダルを踏み出す。
 
画材を買って事務所に戻り、またひたすら描く。
電気の下で絵を描いていると自分の頭がペン先で影になるので、
電気を背にして窓辺で絵を描いた。
 
細かい線画。

構図を組んで下絵ができたら、あとはペンを入れていくだけだから
無心の作業。

 

 

2017年6月21日水曜日

眠っても眠っても、体がかたくて
昨日、お芋屋さんで掃除を終えた後
みんなが遅いお昼ご飯を食べにいくと言っていて
石山さんから「なおちゃん、蕎麦食わん?」と聞いてもらったけれど
早く帰るのがよさそうと思って、断って帰ってきた。

中崎町の商店街入り口にある八百屋さんの野菜は美味しいので
きゅうりとミニトマト(あいこちゃん)と紫玉ねぎと水菜と梅干しを買って
谷町線に乗り込んだ。
 
家について服を着替えてから、布団に潜って眠った。
夜から約束があったので、それまで眠ろうと思った。
 
20時前に目を覚ますもまだ体調がイマイチで
21時からの約束を明日に変更してもらえないかメールをうった後
もしかしたらメールを読んでないかもしれないから、21時には事務所へ行こうと思って身支度をする。
 
20時前、目を覚ます前に夢を見ていた。
夢の終わりに誰かが私に向かって話していた言葉が残っている。
 
「40歳を前にした時に言われたんだ。『素直でよろしい』って」
 
その、『素直でよろしい』という言葉が、夢の向こうから
目覚めても照らしてきている感じがした。
 
21時前に事務所に着くと仁美ちゃんがいた。
仁美ちゃんと少し話していると、だんだんと体の重さが抜けてくる。
 
仁美ちゃんの抱えている仕事の話を聞いて
文章を書く仕事をひとつ受けおうことにした。
 
それでそのまま書いてしまおうと思って、23時前まで、文章を書いていた。
体はだいぶ楽になっていた。
途中、仁美ちゃんが「いったん帰って気分変えるわ」と言って、家に帰った。
 
ひとりで事務所にいると、亀のファンタが水槽でスイスイ泳ぐ姿が目に入った。
徳島からやってきたファンタは来た時より随分大きくなって
水槽は小さくなった。
 
文章を書き上げて仁美ちゃんにメールで送って、パソコンを閉じて帰り支度をする。
 
家に帰る途中で24時間営業のスーパー玉出に寄った。
食欲がなかったけれど、アイスクリームなら食べられそうと思って
アイスクリームを買いたくなったから。
 
ソーセージと柴漬けを買って(柴漬け+塩昆布+水菜+ちくわ+ごま油のサラダ、教えてもらったのだけど、すごく美味しい。水菜を買ったのでまた作ろうと思って)
アイスクリームコーナーへ進んでいる時、
蔵王そば、という美味しそうな蕎麦が売られているのを見たので買った。
レトロなパッケージと、母の故郷近くの「蔵王」というところに惹かれて。
 
それから蕎麦を食べるために麺つゆとアイスクリームをカゴに入れて会計をすませる。
 
夜の玉出のレジ係は、心配になるくらいのおじいちゃん。
それでも、じいさんの声は明るいし、お釣もささやかな丁寧さを持って渡してくれる。
そのやりとりで、ちょっと元気になるくらい。
 
玉出を出ると雨が降り始めていた。
雨に濡れながら帰る。
 
自転車を漕いでいるとタイヤのゴツゴツする感じがあって
これはもしやパンクしているかもしれないと思う。
 
茨住吉神社の横を通る時、甘い匂いがした。
何か植物の匂いかもしれないけれど、なんの匂いかはわからない。
 
雨の中、諦めたように歩く、スーツ姿の人とすれ違った。
あと数十分で、夏至の1日がくる。

2017年6月8日木曜日


この頃一緒にお仕事をさせていただくようになった高知の女性と話していて
彼女の働き方や生き方のスペースの広さ(距離だったり、お金の動きだったり、そこをポンと行く、心や経験も含めて)が伝わってきたら

その広さに触れて、自分が自分をひどく圧迫していることに気がついた。
 
いつも時間が足りなくて、大切にしたいことほど手が回らなくて
目の前のことをこなしていくの必死で、こなすのもギリギリだから
丁寧な仕事にならない
 
そんな風に過ごしてきたここ特に数ヶ月間の混乱は
自分で自分に招いていたことだとわかった。
 
両側の壁がぎゅーんと迫るような体感の中にいたけれど、
両側の壁に圧迫されて視界が狭くなれば、考えなくてはいけないことも少しでいいし
不安を感じる時間も最小限にできる。
やらなくちゃいけないことは渋滞していくけど、両側は壁に抑えられているから
とにかく目の前にあることだけをやっていけばいい(いくしかない)

そんな方法を自分にとって、とにかく日々を前に進めているつもりになっていた。
 
その証拠に、彼女の広さに触れて、自分をプレスしているものに気がついて
それを外そう、と思った瞬間に、こわさが走ったのだった。

こわいのは、今までそれをよすがにして、歩いてきていたから。
それがあることで見ないですんでいたものが視界に入って来るから。
でも、プレスしていることと、その仕組みが見えたから、外れてしまった。
 
彼女の広さに触れて初めて、秋のことを考えている私がいた。
今までずっと、せめて来月のことを視界に入れるだけで精一杯だった。
 
秋のことが視界に入った時、空間について、ひとつハッとなる感覚があった。

いつでも今ここ、というのは、本当にそうだなぁと思いながら
例えば時間のかけて実現したいことというのもある。
3年とか、10年とか。
 
そこに触れられるかどうかは、その空間に触れているかどうかの話だ、と感じた。
 
3年間、というスペースに私が触れられれば
その3年間の中にある出来事に、触れていくことができる。
 
スペースがないのに、3年計画を立てることは
霞に絵を描いていくようなもので、ないものを作っていくようなこと。
 

空間の話。
 
 
 
その次の日、久しぶりに空を見上げている自分に気づいた。
 
自分の好きなことを、少しずつ思い出し始めた。
 
一年近く前に言われてから、ずっと心に入り込んでいて、何かするたび気になっていた言葉を「これは私のことじゃない」と気づいて、引いてもらうことができた。
 
なんだか力がぬけてしまった。



2017年6月4日日曜日

夾竹桃の枝の下へ行くと
甘い匂いがした
 
鮮やかなピンク色の花が満開だ
夾竹桃も芳る花なのだなと思う
 
先日、名古屋に行く前に買って、それからずっと使っていたパソコンが壊れた。
おとといは、介助の仕事を終えた瞬間に雷雨がやってきて
リュックに備えていた小さなか折りたたみ傘で身を守ったけれど
強い風にしなった骨がぐわんと曲がった。
 
びしょ濡れになって辿り着いた駅のホームから、空が真っ白に光るのを見ていた。
後ろに並んでいた女の子たちも、服が濡れたときゃあきゃあ騒いでいて
22時半、到着した空いた上り電車に乗りこむと、彼女たちは
「座りたい」
「でもこれじゃ(服が濡れていて)座れないよな」
「お尻は濡れてへん。大丈夫ちゃう」
と言いながら、3人並んでちょこんと座席についた。
その姿が可愛らしくて、ひととき和んだ。
 
 
母が大阪に来た。一緒に働いている橋本さん、仁美ちゃん、聡くんと会ってもらった。
ひとしきり母が喋った後
「安心しました。これから(みんなの)名前を聞いたら顔が浮かぶから」と言った。
その言葉がじわんと伝わってきて、心配かけていたんだなとあらためて気づく。

母が2泊して埼玉に戻ったあと
私はアクセサリーを身につけられるようになった。
 
小さな頃から
母はいつもネックレスとイヤリングと指輪、それから香水を必ずつけていた。
赤い服や鮮やかなグリーンの服、綺麗な色の服をいつも着ていた。
 
私はといえば紺の服ばかり着ていて香水は匂いに酔ってしまってつけられない。
アクセサリーも可愛いものを見ては憧れるのだけれど、身につけていると
肌へ当たるのが気になったり
似合わないもので着飾っているようなあさましさを覚えたりして
アクセサリーは何をしても嫌になってすぐに外してしまった。

それが
母が帰った翌日から、アクセサリーをつけることに抵抗がなくなっていた。
もし私が醜くて、豚に真珠に見えたとしても
そんなことはもう、どうでもいいのだった。
 

 

2017年5月19日金曜日



毎日、生活していると
ふと心がまったく動かなくなることがある。
影がなくなるような心許なさがあって、揺らぎが起こらなくなる。
人ともうまく話せない。
指紋の消えた指先のようにツルツルしているので、
そんな時期のことを「クリスタルゾーン」と呼ぶことにした。
 
名前があると場所ができて、すこしほっとする。
 
「今、クリスタル入ってしまった」ということで
状況を伝えられると、周りともコミュニケーションがとれるようになる。
「あ、クリスタルね」となって。
 
かたまることもある。
やわらかいときもあれば。
 

お芋屋さんで森道市場へいってきた。
 
この頃はあまりお芋屋さんのシフトに入れていないけれど、
森道市場のイベントは社員旅行のような感じもあって
めきめき働くけれど、好きなバンドの時間には、「好きに行きや」と言われる。
見たいものがあったら「見にいってきや〜」と言われる。
昨年は2泊がしんどかったので、今年は1泊2日で参加させてもらった。
 
 
フラワーカンパニーズをききたくて、
到着してすぐだったけれどステージに行かせてもらった。
 
フラカン、かっこよくて、楽しかった。
『深夜高速』を演奏したときは、その曲が好きなひとの顔が浮かんできて
それ聞いて泣いたといっていた女の子の顔が浮かんできて
ひとりで聞いているけど、この耳に入ったもの、目に入ったもの、
そのひとらにどこかで、届いたらいいと思った。
 
市場のあとヘトヘトになって座って小さくなっていたら
がんちゃんとあらいちゃんがやってきて、体をさすってくれた。
「なおみさん、これでゆっくり眠れますね」
と言ってくれて、帰りの車の中ではぐっすり眠った。
 
ふと真夜中目が覚めた時、
みんながしりとりをしている声がきこえて
目をつぶったまま聞いていた。
「東京プリン」とあらいちゃんが言っても続くので
「ン」なのに続くんや、と思っていたら
しりとりではなくて古今東西だったと
次に目が覚めたときに聞いた。
 
家の前まで送ってもらう。
「なおちゃんちやばいで」
と言われて新地に入っていくのがちょっと恥ずかしい。
「日当りはいいんで」と言って車を降りた。
 
なんだかんだと、1年半暮らし続けている。


2017年4月22日土曜日

 
 
久しぶりにお芋屋さんで働いた。
朝から働いて、ゆっくりな1日かと思っていたら
予想に反して忙しく、ずっと働きっぱなしで夜になっていた。

外が明るいので、午後3時頃かと思って時計を見ると6時だったり。
焼き芋を焼いたり、飲み物をつくったり、
お客さんと話したり、
商店街のうどん屋さんにお昼ごはんのどんぶりを洗って返しにいったり、
忙しかったけれど、動いた分だけ疲れた体の中で、魂はすくすくしていた。
 
夜に九条に戻って、絵の仕事をしに事務所へ行こうかと思うも
もう10時間働いている、と思って、まっすぐ家に帰った。
 
ふとんにごろんと寝転ぶと、夜はひろくて
わたしが夜を、せまくしていたのだなぁと思った。
時間という時間に、やることを思いきりつめて。
 
夜がひろいのは、いいな。
 
 

2017年4月7日金曜日


うれしいメールが届いた。

いよいよ、薄手のコートで出かけても
帰り道、寒さに身をすくめるようなことがなくなってきた春に。

お返事はまだ出していないけれど、受けとっているよ。
 
 
 
絵を描いたり、企画の準備をしたり。
遅くなってしまった連絡をしたり。

企画の懇親会で出す料理を仁美ちゃんの家のキッチンで作っているとき
音楽を流しながらあれやこれや話していて、
『創聖のアクエリオン』というアニメの主題歌を仁美ちゃんが流したとき、

一万年と二千年前から愛してる
八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった

という壮大な歌詞に畏れおののきながらも
胸の底をざらっと触る感じがあってぐっときた。

『秋日子かく語りき』とか
『ぼくの地球を守って』とかを、読みふけたい夜です。

そのあと、YUKIちゃんの『まばたき』を聴く。
YUKIちゃんが自分のことを歌ってるのが伝わってきて、胸ふるえる。
かっこいい。
  
 

自分のことばで
自分自身のことばで

ここからみえることを
ここで感じていることを


わたししか知らないこと
 

2017年4月5日水曜日



フキノトウやタラノメの天ぷらを食べたりして喜んでいたら
いつの間にかコートがいらなくなっていた。

石山さんに無農薬で育てたお米を白米と玄米、どさっともらう。
3合炊きの炊飯器で、白米2合玄米1合あわせて炊く。
美味しい。

のこさんの家で食べたサラダに黒酢をつかっているのが美味しかったので、
黒酢を買って野菜に合わせてよく食べている。

 
 
1ルームの小さなままごとみたいなキッチンでは調理がしにくくて
調理台とストッカーを兼ねたこぶりな棚がずっと欲しいと思っていた。

古道具で探したり、ネットで検索したりしても、予算とサイズでぴったりくるものがなく、作ろうかと思いながらも足はホームセンターに向かない。
頭のどこかにそれを抱えたまま、ひと月、ふた月と過ぎていくので、
「あれが欲しいな」と延々と思い続けるのをやめよう、と思って
若い女の子向けのインテリア雑貨店で1500円で買った棚が、
ひとまず、という気持ちだったのにとてもいい収納と作業台になって
その棚があることで料理をするようになった。
 

 

 
佐田さんに「人生フルーツ、観たほうがいいよ」と言われて
十三の映画館へ観にいってみた。
暮らし方をみつめながら、佐田さんや、西村さん、なべ氏や、ひかり幼稚園
自分の出会ってきたひとや、育ってきた場所が重なっていく感じがした。
 
生きることを、自分の手に握りしめるのではなくて
時や、環境や、自然にゆだねながら、そこにすっと一本、自分の筋で立つ在り方。
 
呼吸が深くなる感じがした。
 
映画のなかにあるような暮らしに心惹かれながら、
あの人生が素晴らしいのは、
彼、彼らが自分自身の生きる上で起こったことに、ごまかさず、つつましく根気づよく
こたえながら生きたからだ。と思う。
そこにある悲しみにも楽しみにも、心をひらいて、地を足で踏んで。
時をかさねて。
 
かたちを真似ることよりも、態度に敬服すること。
誰かの道に照らされて生き方をかえるとき、
それがより、自分自身の道をゆくことであるように。
 
 
 
絵の仕事、絵の仕事の日々。
 
 
髪の毛がのびすぎて、どうにもならなくなったので
くぼやんにお願いして、髪を切ってもらった。
 
話しながら髪を切ってもらっていると、シャンプーをしていても
髪を切っていても、途中で手がとまって、話し込むかたちになって
18時から始まったカットとカラーが、終わったのは22時半だった。
 
ばっさりと短くなった髪。

それでももう、首筋も寒くない。
身を縮めないで歩ける。

 
 

 

 

2017年3月15日水曜日


 
荷下ろしをしながら、進んでいる。
 
積んで、運んで、またおろして。
 
 
朝、起きて窓をあけたら
マンションのむこうにもくもくと白い雲と青空が見えた。
建物で視界がうまっていても、空はあるし、そしてとても広い。


昨夜、晩ご飯を家で食べようと、19時前に事務所を出ると
明るく青い夜があって、空気もどこかゆるくて
春がきたなぁと思う。
 
 
自分が無敵ではないということ
それは当たり前のことなのだけれど
つい、頭だけになると、からだのことや
時間という制限のことを忘れてしまう。
 
できないことが、たくさんある。
 
足もとをひとつひとつ、みていこう。
 
できないこと、やれないことをみて
それから自分の手の大きさを、はじめて見つけることができた。
 
たんたんと。
 
 
色んなことを、諦めた。
 
かなわないのに夢みていたことや
自分とはずれているけれどやろうとしていたこと。
 
諦めるのには時間がすこしかかった気がするけれど
 
自分とはずれたことを一生懸命なんとかしようとしている自分の奥で
全然、のびのびしていなくて、窮屈になっている小さい自分の姿がみえたときに
 
どちらを大切にするのかが、わかった。
 
 
事務所から一本道、ずっといったところに、珈琲屋さんを見つけた。
事務所からひとつ道を折れてまっすぐいったところにも、とっても美味しい珈琲屋さんがあって
どちらも同じくらいの距離だけれど
きっとわたしは、まっすぐ、一本道の方に、これから珈琲豆を買いに行くだろうと思った。
 
どちらかといえば、ひとつ道を折れていったところのほうが
豆は好みで美味しいんだけど
足と心がむくのは、まっすぐいったほう。

まがる、ということが
案外ストレスなんだな、と思った。
 
まっすぐ一本道の先って
同じ流れのところだから
ひゅっと自転車漕ぎだしたら、なんだか直ぐって、感じられるんだ。


2017年3月5日日曜日


色んなことが全然間に合っていないまま
むかえた3月。

あれをしなくちゃこれをしなくちゃ
ということがいつも心身に乗っかって
朝起きると
「ちゃんとしよう」「ちゃんとしよう」
と自分に言い聞かせている。

でも一向にいろいろできないのだから
どうしたらいいんだ、と思っていた。

こんな気持ちで描いた絵がいいわけない、とも思った。

ずっとためていた会計を終わらせて
ものの考え方を教わって
少しずつ手から抱えていたものが離れていく。

珈琲がすこしからだにしんどくなってきたので
なおちゃんにもらったハーブティのまだすこし残っているのを飲みながら
あぁ、そうだ、なおちゃんにお茶をつくってもらおう。と思う。
それで思いついたそのままにラインを送った。

なおちゃんからの返信は、落ち着いた感じで
的確にいくつかの質問が添えてあって
なんだかその感じにほっとした。

病院で看護師さんに、脈をとってもらうときみたいな
すっと、心がしずかになる感覚。


それから自分でもからだのことを少し見始める。
6時間は睡眠が必要だ、それより短いと疲れがぬけきらない。ということも発見して
6時間眠ろう。6時間眠れるようなスケジュールを組もう。と思う。
いつも4時間とか5時間後にセットしていた目覚ましを、
6時間後にセットしたとき
眠ることが嬉しくなった。
 
 
介助の仕事の研修の帰り道、
仁美ちゃんと橋を渡っているとき、川の向こうに日が落ちたあとの綺麗なピンク色と、うす水色のしずけさが広がっていて、川がたゆたゆとしていて
「この時間が好き」
と言って足をとめた。

仁美ちゃんも隣で立ち止まって、空を眺めながら
「すこしまえの夕陽がぴかーっとしているときより、こっちのほうがすき?」
と聞かれる。
「夕陽がぴかーっとしているときもすきだけど、この時間がすきかも。風がこうやってふいてきて、ちょっとつめたいな、でもあったかいな、とか。遠くのほうまで見える感じがする。しずかで」
と答えると
「おもしろいな、今なおが言ったことそのまんま、なおに思うことやわ」
と、仁美ちゃんが言った。

なんだかじわっと嬉しかった。

 
それから、これから仁美ちゃんとふたり
女性ってなんだろう、という企画をつくるところにいるので
その話をしながら帰る。

はじめは
「自分のなかの女性らしさとか、女性の質みたいなのがわかれば
自分のなかの男性的なところも抵抗なく使えるようになるのではないか」
という話をしながら歩いていて

事務所の玄関前にきたところで、仁美ちゃんが最近の出来事を話してくれたとき
仁美ちゃんは仁美ちゃんのままで、一緒に働いている男の人がその人のところで動いて
豊かにめぐっている景色がみえたときに
「別に男性的なところ、使えなくてもいいかもね」
と、思ってそういったら、なんだかすごく楽になって
仁美ちゃんとふたり「フーーーーーっ」と長い息がもれた。


ひとりマッチョにならなくていいね、という話をした。

2017年2月10日金曜日



東京から新幹線に乗ってやってきたたっつんは
翠江堂の苺大福と鹿の子をくれた。

きっとその日の朝に作られただろうお菓子が
いま大阪の自分の手元にある不思議。
距離をひとは飛んでいく。


村上春樹の著作の中で読まないでいた
『ねじまき鳥クロニクル』を勧めてくれたのはたっつんで
その本を読んでいる間には、本の内容と現実がシンクロしていくような
不思議なことが起こった。
 
埼玉から帰る日、
本棚に残していた本と雑誌をすこし、後から送ってくれるように
母に頼んでいて、そのなかに『ねじまき鳥クロニクル』の3冊もいれた。

 
村上春樹の小説とか『モモ』から教わったことは
くらやみ(何が起きているかわからないところ)への耐性だったように思う。

何が起きていて、どこにいるのか、わからないから
やみくもに動いてしまいそうになるけれど
確実に、着実に、1の次の2を、2の次の3を、と
歩みすすめること。決して戻らず、決して急がず。
そのときに必要なこと、それだけを、そのときに。

 

読みながら、学んだつもりでいたけれど
34歳のわたしはすっかり忘れていた。
 
 
 
もう一度、てもとに。
 
 
 





2017年2月9日木曜日

古河、幸手とめぐって
ふたりの祖母に会って
埼玉への帰省を終えて大阪に戻って来た。

夜行バスは池袋23時半発で、梅田に6時10分着と
短めの乗車時間だったのと
乗る前に薬局で耳栓を買ってつけていたので
案外楽だった。

隣の女の子は毛布と首にはめこむタイプの枕を持参していて
夜行バス慣れしている感じで、乗ってすぐに毛布にくるまって眠っていた。

朝、大阪に到着してシャワーを浴びたあと
三重の亀山へ向かって電車に乗った。
時間はかかるけど、乗り換えは一度だけでよかった。

奈良を走っているあいだ、山の色に春が混じっていて
あぁ、季節が変わったんだなぁと思っていたら
線路のむこう側に雪山があらわれ出す。

伊賀の山々には雪が積もっていて、
雪を被った木々の影が美しかった。

亀山の駅に迎えに来ていただいて
絵のお仕事をいただいたアトリエで、お話を伺う。

毎回、思う。大切な屋号を描く仕事を承っているということについて。
だいじなイベントのお知らせも同じくだけれど。

光栄な気持ちと一緒に、びびっている私もいる。
だからこそ、たんたんと。ぶれないように。

2017年1月31日火曜日



道半ば、ということばが
ふと浮かんでくる。

二度寝してしまったところを電話で起こしてもらい
電車に乗って京都へ向かった。

京都は寒い。
雪に触れているような、湿気を帯びた冷たさが渡っている。

JRの駅を降りて
京都タワーをみると、心がすこし、すっとする。

2017年1月26日木曜日

 
きのう、自転車を漕いで介助にむかいながら
前はまっくらだったのに
今日は公園も道の先も見えるな、と思った。
 
雪あがりで空気もたんと澄んで冷たい。
この冬の寒さの底にいるのに、ひかりは先に届いてきている。
 
 
携帯電話のインターネットが、突然使えなくなった。
その前からちょっと調子が悪かったのだけれど
それでラインもgmailもスマートフォンでは見られなくなって
ショートメールと通話しかできなくなってしまった。
 
それで自然とスマホに触れる時間が減っている。
心のなかで閃いたことがあっても、誰にも共有できないから
スマホの中のメモ帳をひらいて、どこにも発信されない言葉を綴る。
 
 
文字制限のあるショートメールが
思いがけず、気持ちを楽にする。
 
スマホを見すぎてしまうのが気になっていたので
これを機に、ガラケーにかえようと思った。

 
 
 
携帯がつながらなくなったとき
直前に起こった出来事とリンクして
「よっぽどこたえたんだな」というようなことを言われた。
電化製品は、身代わりになってくれることが多いから、と。
 
 
確かに、けっこう、ショックを受けているな…と思いながら過ごしていて
数日後、
わたしが相手にされたことと同じようなことを
調子が悪くなった自分が他者に対して、していると気づいた。
 
 
がくっと力がぬける。
 
 
 
どんな理由かわからないけれど、
スマホの調子が悪くなったことはよい機会だった。
 
持ち物をかえよう。人との関わり方もまた見つめ直そう。
24時間つながっているところから、すこしずつ離れていきたい。
 
 

 
 
 

 


 
 

2017年1月12日木曜日

 
 
昨日ふと、空をみたら空が広くて
なんだかほろりと、呼吸が楽になる感じがした。

 
月が満ちてきていた。
 
 
この1年、テレビがない生活は困るところなく過ぎた。
介助先でテレビを見ることもあるから、
まったく触れていないわけでもなかったし。

それでも、部屋で作業をするときには
不思議と「外の音」があったほうがリズムがとれるのも感じていたので
ちいさいラジオを買った。
 


 

2017年1月7日土曜日

 
 
 
仁美ちゃんとふたりで、仁美ちゃんの冬服を買いに行く。
トップスもボトムも、たくさん試着してみる。
手にとったときには似合うと思っていても
実際に着てみるとぱっとしなかったり
期待していなかった服が思いがけず似合ったりして
「似合う服」は着たときにはじめて見つかる。
 
 
仁美ちゃんに似合う服を、わたしが夢中で探す姿から
「なおは服が好きやなぁ」と言われて
あぁ、服が好きなのかもしれないなぁと思った。

 
おしゃれなわけでもないし
服もあんまり持っていないけど、服はたのしい。
 
「珈琲が好きやなぁ」と言われて
珈琲が好きなことに気づいたり
「辛いの苦手なのになんでからい、からいって言いながら食べるん?」と聞かれて
辛口カレーが苦手だと気づいたり
そんな風に、周りのひとの目線で自分を見つけることが重なっていたけれど
服のこともそうかもしれない。

 
 
いいのがあったらコートも買おう、と
なんばのリサイクルショップへ行った。

玉石混合の中から、ひたすら仁美ちゃんに試着してもらい
合わせやすそうな丁寧なつくりのチャコールグレーのコートを選んだ。

わたしも手にとったキャメル色のダッフルコートが思いがけず似合ったので買った。
1700円くらいで買ったけど、状態もすごくいいし
ほとんどウールなので軽くて暖かい。嬉しくなった。

 
今日、午前中に介助の仕事を終えたあと
仁美ちゃんは絶対に白のスヌードをあのコートに合わせるといい、と思うと
はやく合わせてほしくなり、大阪駅で降りてルクアで真っ白のスヌードを買ってプレゼントした。
自分のキャメル色のコートに合わせるストールも見つけた。


やっぱり服は面白い。


それにしても、
自分の買い物ではなく
仁美ちゃんに似合うものを探す、ということを夢中でして
「わたしって普段どうやって服を選んでいるんだったっけな」と疑問が浮かんできた。
 

「自分って何が好きなんだったっけ」と思った。

キャメル色のコートに合わせるストールもすぐに目に入ったけど
それはどうしてなんだろう。
 





2017年1月6日金曜日


年が明けて
カモメに餌をあげた。
今日が6日だから、まだ1週間も過ぎていないけれど
なんだか色んなことがあった感じがする。
昨年1年は、与えてもらった1年間だったなと
年の終わりに感じていた。
いろんなことがあったけれど、ひとつひとつの出来事に
ちゃんと関わって越えてきたと思う。
ひとりじゃなかったからできた。
今はまだわからないけど
昨年1年間で開いたことや、経験して終えたことが
このあと生きるだろう長い時間にとって
とても大事な1年になったと思う。そんな実感だけはある。
埼玉を離れて、昨年1年は
「自分が何をしたいか」ということを見つめるよりも
目の前にやってくることを、とにかくやっていくという年で
明日、自分が何をしているか前の日の晩に確認して…ということのずっと繰り返しでした。
そうやって自分のところに何がきたかというと
絵を描くこと
介助の仕事
聴くということのひたすら稽古
おばあちゃんとの再会 - 自分の生い立ちの確認
焼き芋屋さん
場を開く仕事
伝える仕事
ごはんに関わること
でした。
絵を描くこと、声をかけていただいて開いていく年でした。
そして、介助とか看護のようなところも、
やっぱり自分のところにめぐってくる。
森のイスキアに憧れた自分としては
聴くこと、場をひらく、ごはんに関わること
とキーが募っているのもおもしろい。


生きることは不思議です。
いつも
「自分の本当にやりたいことは何?」と問われてきた気がするけど
やってみないとわからない。
「どうやって生きていきたい?」の答えを探すよりも、
生き始めてみる、ということなんだな
と、感じます。
自分にできることは、
沖縄の島のひとたちが玄関のまえをいつでも綺麗にしているみたいに
自分を掃き清めたり、落ちてるものを拾ったりするくらいで
空の色や
隣に誰が引っ越してくるかなんていうことは
いつも外からやってくる。
外だと思っているそれも内側かもしれないし
内側だとおもっているわたしも、外の一部かもしれないけれど。
玄関のまえを掃き清め続けることだって
なかなかの仕事さ。
今年はもうすこし、
前日に明日の自分を確認するような展開ではなく
長い呼吸、深い呼吸で生きようと思います。
今年もよろしくお願いします。